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ロボ君と私的情事  作者: 露瀬
第1章
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此処は今から、戦場だ

「サクラさん……目を……閉じて、ください」


 うん、閉じるよ、てかもう閉じてる、なんだコイツ。


 はい、ちょっと聞く限りではね、なんだかエロスな雰囲気のセリフだけどね、そんな空気は1ヘクトパスカルもありません、何しろハナコさんときたら、私が今までに見たことないくらいの冷たい目をしており、額には、くっきりはっきり浮き出た血管、ギリギリと奥歯を鳴らす姿は、今にも噛みつかんばかりに飢えたピットブルですら、靴履いて逃げ出すに違いないよ、といった有様なのですから。


「申し訳ありません、これは全て、わたくしの責任ですわ、なんて無様なのでしょう……やはり、いえ、割腹は後にしなければ、今は……いまは、ただ……」


 ごきり、と、ハナコさんの、どこかしらの、なにかしらから音が鳴る。うわ、初めて聞いたよ……人間が、本気で怒る音。


「きゃつばらの、臓腑を、すべて、引き摺り出すのみ、ですわ……」


 瞬間、私には理解出来ぬ動きにて、ハナコさんが宙に舞った。いや、そう動いたのは理解はできたのだが、何故そうなったのかが、理解不能なのである。


 薄暗い室内の空気をかき混ぜ、彼女は背中から床に落下した、大丈夫だろうか、なんだか凄い音がしたけど、なんだろう、今のは……なにか、そう、まるで、見えない壁にぶつかったかのような。


「……ちょっと、迂闊、なんじゃないですか、先輩、そんな事だから『怪獣王女』なんて、ね、馬鹿にされるんですよ、ね、ね、サクラさん、も、そう思いますよね」


 茶色い、くりくりとした瞳の、少し困ったような笑顔にて、丹波少年が立ち上がる。眼鏡をかけた椅子から。


 全裸で。


 本来なら、色々と言いたい事もあるのだが、今日の私には、そんな余裕はこれっぽっちも無いのだ、男子の裸を見てしまったとか、女子の裸も見てしまったとか、四つん這いになった全裸のエリアちゃんが、何やら床に散らばる、薄ピンク色の物体を咀嚼しているだとか、体育運動室程の大きさの窓の無い空間に閉じ込められたとか、その空間に人の死体らしきモノが散らばっているだとか、むせ返るような、血の匂い、高い湿度、粘りつくような、しかし渇いた口内、その全て、いつか見た、子供の頃の。



 ……これは、いくさ、だ。





「さ、サクラ、さん、その、先日は、ほんとに、失礼な事を、ごめんなさい! あの、だけど、だけど……きちんと、お話を、させてもらえませんか、聞いてもらえませんか、僕も、この、気持ちに、けり、をつけたいんです、お願いします! 準備も整いました、覚悟も決めました、だから、その、聞いて欲しいんです、見て欲しいんです……放課後に、第二十三改修待ち校舎で、待ってます……あの、僕は、待ってます……いつまでも……だったかな? ね、サクラさん、合ってます? 合ってたでしょ? 」


 にこにこ、と笑顔を見せる丹波くんは、服を着ていない事以外には、普段通りに思えるだろうか、いや、これが普段通りだというのならば、最初から、彼は、こうだったのだ。隠す必要もなかったのだ、のこのこと、こんな場所に追い込まれた私が悪いのだ、ハナコさんのせいでは無い。


 震えるばかりの私を庇うように、立ち上がったハナコさんが前に出る、うう、ごめんなさい……ハナコさんが一緒に来てくれるからって、エリアちゃんも居るからって、油断してた、何にも考えてなかった、頼ることばっかりに、慣れ過ぎてた……なんて、馬鹿なんだろ、何回めだろう、最近は幸せ過ぎて、忘れちゃってたんだ……私が、てんで駄目な奴って事を。


「サクラさん、壁際まで下がってください……抜刀します」


「できないよ、先輩、できません、結界が、いくつあるか、分かって、ますか? 準備してると、いいましたよね? ……エリア、いつまでも食べてないで、ちゃんとしなよ、華村先輩を押さえててよ、サクラさんを、めちゃめちゃに、できないでしょ? ……はい、終わり」


 ぱん、と彼が手を叩くと、彼女の人間は終わりを迎えた、ドロドロと口から臓物を吐き出し、涙を流し、変質してゆくのだ。伸びた鼻づら、鋭い、しかし乱れた犬歯、全身を覆い始める体毛と、赤黒く変色してゆく、丸い目玉。


「……っ、違法身体改造! 学園の生徒に、このような、丹波! 貴方は、死罪で済みませんわ! 」


「素手、同士なら、互角かなって、思うんです、よ、泥鬼にもしたから、三級戦者のエリアでも、まぁ、いけるかなって、そう、ね」


 牙を剥いてハナコさんに飛びかかるエリアだったモノは、しかし、苦痛に顔を歪め、涙を流し続けていたのです。当然だよ、あんな風に無理な強化して、痛くないわけないじゃない、なんて奴、許せない、ゆるせない! なんで、(すく)んでるのよ、私、情けないだろ、動いてよ、逃げないと、ロボ君を呼んでこなきゃ、こんなのハナコさんひとりじゃ対処しきれないよ!


「あ、あのあの、サクラ、さん、そんなに後ろを気にして……もしかして、逃げようと、思ってます? でも、その、逃げても、無駄だし、その、誰も、来ないと思います……結界と、あと、邪魔しそうな人には、ぜんぶ、泥鬼を付けてますから……でも、ね、辛島先輩には、たくさん付けたんです、同級生達から、泥鬼と、相性の良さそうな、人を、選んで、いじって……だって、サクラさんは、僕のものだし、先に壊そうだなんて、ずるい、ですよね? そう思いませんか? 僕がやります、あの、頑張りますから、エリアと練習したから、大丈夫です、あの、彼女、ね、すごい気が強いんですけど、ね、知ってますよね、でも、泣いて、這いつくばったから、犬みたいに、お腹出して……あ、そ、そうか、あそこで開いておけば……道具、買ってこないと、ごめんなさい、サクラさん、ちゃんと、ちゃんとやります、から、大丈夫ですから、ね、だいじょうぶ、だから、もっと怖がれよ」


 ……作戦、変更だ、逃げるもんか、泣くもんか、こんな奴に、まけるもんか!


「下郎! サクラさんに! 近付くな! 」


 ハナコさんの怒声が響くも、黒い獣に阻まれて、私の方には手が回らない様子。少しづつ歩み寄る丹波ジンは、未だに少し、おどおどとした喋り方と、せわしない動きで、その、どす黒い魂を知らぬ者には、可愛らしい中等生にしか見えないだろうか。


「わ、わた、私は、逃げないから! 」


「え? だ、だから、逃げられ、ませんって」


 心底呆れたのか、かぱっと口を開け、丹波ジンは、笑いともため息ともつかぬ、短い呼吸を数度繰り返し。


「……先に、華村先輩を、する方が、いいかな? ですよね? ね、目の前で、あの先輩が、ね、エリアみたいになれば、きっと、サクラさんも、考えなおしてくれますよね」


「わ、たし、は! 信じてるから! 」


「大丈夫です、華村先輩は、プライドが、高いですから、割と、早いと思うんです、エリアは、僕の事が、好きだったから、途中まで、受け入れてたし、その、そのぶん、早いと思います」


 そうじゃねーよ、このゲス野郎! 私はさ、信じてるんだ、そう決めたんだ、信じてくれるから、信じるんだ……頼ったりしない、甘えたりしない、でも、だけど、そう決めたから、信じてる!


 だから、これが、その証拠だ! 乙女の頑固さ、なめんなよ!


 所詮は、非力な女の子、パンチだってヘロヘロだけども、みてろよ、やってやる、こんな奴に遠慮はいらないよ、ハナコ流だ、目を狙え。


 みぎっ。


「いっつッ! 」


 痛ったぃ! 痛い! なにされた、ゆびが、右手の指が、なんか変な方向に、ぜんぶ!


「……見てなかった、かな、反転するって、知らないか、よね、でも、うぅん、サクラさん、馬鹿そう、ですね、もうやめてくださいよ、そんな事で死なれたら、今までの苦労が、台無しだろうが」


 めぎっ。


「あぎっ!?」


「さ、サクラさん! がっ、ぐ、ぐぅうっ! じゃまを……しないで……するなァッ!!」


 丹波ジンの蹴りを受けて、膝の曲がってしまった私を見たせいか、激昂したハナコさんは、黒獣を跳ね飛ばし、ゲス野郎に突進したのだが、しかし再び、あり得ない速度にて、向こう側の壁まで飛ばされてしまったのだ。轟音と土煙を巻き上げ、ハナコさんの姿は見えなくなってしまう。


「……え、あの、言いました、よね? 僕、わ、わ、本物だ、ほんとの馬鹿だ、あんなのとやったら、伝染っちゃいそう……もう、いいや、いらない」


 ギョロっと、彼の瞳が裏返り、犬歯が伸びる。その色は、やはり、その穢れた魂にも似た、どす黒い、まるで、血のような赤。



「……吸血鬼(ウプイーリ)か」



 がらり、と瓦礫を転がし、ハナコさんの沈んだ土煙の中から、声が聞こえてきた。


 うん、信じてた。


「っ、な、なん、で、なんで、此処が……分かるわけ、入れるわけ、ない、来られるはず、ないのに……」


「さあ? この怪獣が暴れ過ぎたのかな……馬鹿な奴め、結界は、内側こそ、頑丈にしておくべきだろうに」


 だから、泣いてない、泣いてないぞ、これは、あちこち痛いからだ、そんだけだもん、泣いてないぞ。


「さて、可愛いサクラを泣かせた罰だ……おい、お前、覚悟をしろよ」


 こきり、と首を鳴らしたロボ君に、黒獣が飛びかかったのですが、何故だか頭を無くしたその獣は、床を滑って彼を通り過ぎて行くのです。



「此処は今から、戦場(いくさば)だ」





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