えくすかりばーっ
私は、運命なんてものは信じていません、いまのところ。
なので、少々、乙女チックなシチュエーションというものにも、懐疑的であるのです……例えば、一目惚れ、とかね。
だってそうでしょう? 出会った瞬間、好きになるなんて、あり得ないじゃんよ、見た感じで顔が好みだってんなら、まだ分かりますよ? でも、それが運命の人だとか、ビビっときた、なんて言われたってね、そらもうね、どんだけ能天気やねんって話なのですわ、今どき天然なんて流行らんぞ、このやろう。
あたしゃ、そんなこと無いからね、そんな簡単な女じゃないんだからね、はい、重いうえに面倒くさい女の子、佐倉サクラです、こんばんわ。ずっきゅん。
……でもね、そういうの、憧れないのかと言われれば、そこはやはり年頃の女の子、本当はキュンキュンしたい訳ですよ、ドキドキチャンスを待ちたい訳ですよ、私の心の鞄には、まだ隙間があるわけですよ、トキメキの入る余地はたっぷりですわ、お土産よろしくね。
だけどやっぱり、いきなり『好きです』なんて言われても困ってしまう訳でありまして。いったい、私のドコが好きなんだい? お互いに何にも知らないよね? いや、仮に君が私の事を知ってたとしても、私は何にも知らないんだから、まずは、もうすこし仲良くなろうよ……人が他人を好きになるっての、そんな、簡単じゃないよね? などと思ってしまう訳であり、なんだこれ、何言ってんだろ、たわし。
とどのつまりは、いつもの通り、テンパっているわけでございますことよ。
「え、あ……あの、あの、えっと……たわし、わ、わ……」
第十三校舎の対物抵抗門の前、じりじりと後退した私は、冷たい網状鉄筋コンクリートの壁に追い詰められていたのです。そして、私をこのピンチに追い込んでいる目の前の少年は、黒髪にクリクリまなこの男の子、丹波ジン君なのである。
「あのっ、初めて見た時から、そのっ……さ、サクラさんの事が……す、好きに、なって、しまいまして! これは、うう、運命! だと、そう、思ったんです! こんなこと、はじ、めっ、て、で、そのっ! 」
あわわわわ。
なんだこれ、なんだこれ! まさか、アレですか、告白ですか? どうする、どうすんのたわし、待ち合わせの時間には、まだ早い、ハナコさんは現れないだろう、ロボ君は……期待しない、うん、なんとなく分かってきたけど、あ奴は、私の身に物理的な危機が訪れない限り、無視を決め込む男だよ、ひどい王子様だよ、なんだよ、出し惜しみすんなよ、助けろよ、彼氏って何だっけ。
「だ、だから、その……僕と、ぼ、僕と……その……」
ちょっと待って、ちょっと待ってください! お願いだから、真剣な目はやめて、真摯な態度はやめてください、なんか胸が痛いから、勇気出して頑張ってるとこ、見せないで。うう、私もね、緊張しいだから、分かるんだよ、すごい決心だよ、汗だらだらじゃん、真っ赤じゃん、応援したくなっちゃうよ……相手が私じゃなかったら。
「いやらしい事を、してくださいっ!!」
ばっちーん!
……ん? いや、違う、違うよ! 私じゃないよ! 私じゃないからね! いや、私もおんなじ事をしたかもだけどな! なんやこいつ! また変態か! 可愛い顔してエロエロ中等生か、うわー、引いたわー、なんかさっきまでの葛藤とか申し訳なさとか恥ずかしさとかなんやかんや、一気に引きましたわ、大潮の干潟やで、マテ貝にょっきにょきやぞ! なんやこいつ。
「丹波ァ……いつも、言ってるよね……人様の前で、その醜い性欲を、表に出すなって」
「え、エリア、なんで、ここに……」
全力ダッシュからの、見事な打ち下ろしの手刀を見せたのは、エリアなんとかちゃんだった。うわ、すんごい目つき、だけど許そう、助かったよ、もう一発お願いします。
「光学隠形まで遣って! 私を撒いたつもりだった? 言っとくけど、あんたのクッサいクッサいカウパーの臭いは消せないからね! 次からはそこも隠蔽しなよ! できるもんなら、だけどね! ……それから」
ごっきいっ。
うわ! グーでいった! モロに入ったよ、ちょっと、それはマジでやり過ぎなんじゃないの? いやほんと、エリアちゃん、かなりチカラ、強いでしょ? 死んじゃうよ、丹波くん死んじゃうから!
「帰ったら、また、教育ね……ごめんなさい、先輩、ご迷惑をおかけしました、指一本で許してください」
え、あ、やはは、いや、いいよいいよ、ちょっとびっくりしちゃったけど、本当に気にしてないから、というかね、過激な発言はやめてね、最近ちょっとね、私の周りにはね、そういった人が増えちゃって……おい、なにしてんの、ちょっと!?
ぽきん。
「あっ!?」
ぐったりとした丹波君の腕を簡単に引き上げると、エリアちゃんは、彼の小指を、あらぬ方向へと折り曲げてしまったのです。な、何やってんの! 馬鹿じゃないの!?やり過ぎだよ、って、ちょっと、また何してんの! やめて、やめてったら!!
ぽきん。
「ああっ!!」
思わず飛び付いた私でしたが、間に合いません、なんたることか、エリアちゃんは自身の小指も、まるでプリッツェルのように簡単に、根元から折り曲げてしまいました、うわぁ痛そう。
ぺこり、と一礼して、丹波君を引き摺り、彼女は立ち去ってゆくのです。その瞬間、私の周囲に音が戻ってきました、門の内側から、白い制服の生徒達が、楽しげに笑い、今日の買い食いの相談をしています。……え、なに? そんな緊張してた? 私、いや、緊張はしてたけどさ、テンパってたけどさ、そんなに周り、見えてなかったのかな? あぁもう、訳が分かんないよ。
「サクラさん、お待たせしてしまいまし……どうされたのですか? 真っ青ですわ、ああ、いけない、わたくしが時間をかけてしまったから、ごめんなさい、ひとりで寂しかったのですね」
ちがうよ。
ぱたぱたと、可愛らしく駆け寄ってきたハナコさんは、公衆の面前で私を抱きしめると、何事か謝罪の言葉を吐き出し続けているのです。なんかもう疲れたからいいや、でも、腹立つから胸を押し付けないでください。
しかし最近は、なんでこう、変な人ばかり集まってくるのだろうか、アレか、類は友を呼ぶとか呼ばないとか、そういうことか、おのれ、折角のトキメキチャンスだったというのに、フラグと共に指がポッキリとは、なんと斬新な……でも、面白くはないよ、運命の神様、もっと考えてください。
「ひさしぶり、だったな……こくはく、とか」
「……は?」
あ、しまった、声に出た、あまりに久し振りだったんで、つい。しかし意外にも、ハナコさんは落ち着いた様子でした、てっきり、私の襟首をつかんで揺すりながら詰問を始めるとばかり思ってたのに……でも、まぁそうだよね、それが普通だよ、うん、良いことです、ハナコさんもやっと普通になってくれたのね、さぁ、ならば普通の女子らしく、からかいながら質問するがよいぞ、なんでも答えてやろう、てか、なんか怖いから吐き出させて、相談させてください、あと目が怖い、獲物は探さなくていいから! 首飾りは握らなくて良いから! やめて、やめろ、この怪獣ゴリラ!
「……サクラさんの態度からして……まだ、遠くには……ならば門から1キロ、扇型に薙ぎ払う……跡形も残さず……」
「えくすかりばーっ」
ずしん、と私の必殺技が脳天に決まり、怪獣ゴリラは討伐されたのです。
学園の平和は、私によって守られたよ、いや、マジでね。
ワハハ。