きもちわるい
はい、皆さんこんばんわ、佐倉サクラです、ばっきゅん。
先に衝撃的な事実だけ伝えておきますが、昨日の牛丼は熟成肉でした、ばかな! だよ。
ロボ君おすすめだという定食屋さんは、丸家という名前の小さなお店でした。上品な構えのお洒落な店舗が並ぶ学園島にあっては、やや、古めかしい造りの、強化木造建築で、最初に入った時にはね、え、これ大丈夫なの? と、ドキドキしたものですがね、ですがね、これがね、すっごく美味しいの、あたしゃ、びっくらこいちゃったよ。
ごくごく普通の合成牛肉が、とんでもなく柔らかくって、自然な脂の甘さなの、まるで東京に居た頃の六角牛だよ、あ、そういやハナコって名前の牛も育ててたな……美味しかったよ、ハナコ、ありがとう。んで、この丸家は牛丼専門店って訳でもないそうだし、頼めばなんでも作ってくれるんだって、うぅ、なにそれ美味しそう、絶対にまた来ようね、というかロボ君め、ここで家を探したのは、まさかに、この為ではあるまいな?
まぁねー、料理は抜群だったしねー、そこについてはねー、文句ないよー、女将さんもねー、良い人だったしねー、赤毛が素敵で、笑顔の可愛い人だったよねー……いやらしい。そういうのね、女の子は分かっちゃうんだよ、なにさ、楽しそうにおしゃべりなんかして、ロボ君はそんなキャラじゃないでしょ、いやらしい、デレデレと鼻の下伸ばし……てはいなかったな、うん、なんだこいつ、何が目当てだ、餌だけかよ、ぷんぷん。
「……サクラさん? 」
おっといけない、不審に思われた、爆弾おにぎり咥えたまま、固まっちゃってたよ、恥ずかしいなぁもう、焼きたらこと昆布の境目がすき。
「もしかして、疲れてしまわれたのですか? 無理もありません、今日はもう帰りましょうか、授業のことでしたら、わたくしが教えて差し上げますからね、安心してください、わたくしはもう、大等部までに教わる事ならば、総て修めておりますから」
うぅん、相変わらず完璧だなぁ、私なんか、中等部の範囲だって覚束ないのに、仕方ないけどさ、田舎モンだし……いやいや、駄目だよね、いつまでもそんな言い訳、みっともないよ、うん、勉強も頑張ろう、明日からな。
ワハハ。
私とハナコさんは、いつぞやのオープンカフェにて、優雅なランチタイムと洒落込んでいました、うるさいな、おにぎりだって優雅なんだぞ。でも、今日からは引越しの準備もしないといけないので、確かに忙しいし、慌ただしいし、疲れることではあるのですが、しかしそれは、あくまで精神的に、であって、私の荷物など、身の回りの日用品以外には、おばあちゃんの形見の鏡台くらいなものなのです、頑張れば今夜中にも片付いてしまうでしょう。
「ううん、大丈夫、だよ……心配してくれて、ありがと」
ぷりぷり、と可愛らしく首をふりふり、私は再び爆弾に齧り付くのです、あ、うめぼし出てきた、テンション上がるゥ。
「うぅ、相変わらず、可愛らしい……明後日からは、一緒に……いっしょに、あれも、これも……うふ、うふふふ……(サクラさん、本当に大丈夫ですの? 無理は禁物ですよ、左手の怪我だって、まだ完治していないのですからね、食べ終わったら、包帯を取り替えましょうね)」
おい、なんか漏れた、なんかおぞましいモノが漏れ出てきたぞ、やめろよ、マジでやめろよ? フリじゃないからね? 絶対に、部屋は鍵付きにしてもらうからね? あとでロボ君に通話しとこう。
「華村先輩、お久しぶりです」
おや、誰かしら、可愛らしい声、いささか気持ち悪いハナコさんに気を取られ、接近を許してしまったのだが、声をかけてきたのは三人の男女。制服のデザインが少し違う、うぅん、中等部の子たちかな? ……いや、しかし、これはまた……超絶可愛いな、おい。
この学園に来てから、私の密かな自尊心はボロボロになっているのですが、とにかくもって、美男美女の割合が高いのですよ、ここ。まぁ、大半の人は遺伝子整形なんだろうけどね、でもね、本物はね、やっぱりね、違和感が無いのですよ、見たら分かるんだからね、特技なんだよ。
「あら、ご機嫌よう、うふふ、久しぶりですわね、シャーリーさん」
「はい、ですが僕達は用事がありますので、ひとまず挨拶だけ……これで失礼します、お隣の方も、申し訳ありませんが、自己紹介は、また次の機会にさせてください」
ぺこりとお辞儀するその姿、まさに美少女よ、他に表現する言葉が見つかりませんわ、ぐぬぬ、なんたる美しさ、しかも、それでいてボクっ娘かよ、おのれ、王道を行く隙間産業か、路地裏に突っ込んだロードローラーかよ、でも……もう少しだけ愛想が欲しいかな? 勿体ない、まぁ、私が言えることじゃないんだけどね。この、いかにも真面目そうな美少女は、柔らかそうなショートボブの金髪に、青に近い綺麗な碧眼、薄いピンクの唇は、何にも手を入れていなさそうなのに、ツヤッツヤのぷりっぷりなのです、冬になるとカッサカサになる私とは大違い、百点満点で言えば、95点くらいの美少女だわさ、もう少し、にこやかだったら満点あげちゃうよ。
……でも、いくら隙間に突っ込むからって、男子の制服は、やり過ぎじゃないかなぁ? まぁね、まだ中等部だしね、そういう人は何人も見てきたんだけどね、これは忠告だよ、シャーリーくん、早いうちにやめときなさい、後で恥ずかしいから、お布団かじる事になるよ、中二病じゃ恋は出来ても実らないよ。
私は、この可愛い後輩のために、先達からの有り難いお言葉を、何とか頑張って伝えてあげようと口を開きかけたのですが。
「あ、あのっ! あのあのっ、お名前を、きかせてくださいっ! 」
へ? 私? なにごとかねチミィ。ぐい、と美少女を押し退けて前に出てきたのは、少し小柄な男の子、こちらは黒髪で、クリクリとした茶色の瞳の、今は可愛さの方が優っているのだが、中々に将来性のありそうな少年だ、うん、いいね、イケメンの素質があるよ。
「え、わ、わた、わた、たわし」
たわしはもういいよ、ほら、この子もリアクションに困ってるじゃん、てか、なんか落ち着きの無い子だなぁ、ピンと伸ばした指先のままに、あっちへこっちへ、せわしなく手を動かしている。でも、分かるぞ少年よ、お前も同類だな、なんか親近感わくね、今度爆弾おごってあげるよ、タダだからな。
「丹波! この人が困ってる! もう行くよ、先輩待たせてるんだからね! またにしなさいよ、いやらしい! 」
おおぅ、露骨なジェラシー、典型的なツンデレだ、黒髪眼鏡っ子の割に、気ぃ強そうだなぁ……うん、力も強そうだなぁ……丹波くんとやらは引き摺られちゃってるよ、あはは、なんかほのぼのだね、青春なのかな? よかよか。
キリキリ、と音を鳴らし続けるハナコさんから目を逸らし、私はおにぎりに集中することにしました、やっぱりシャケは定番だよね、王道だよ、でも、高菜もすき。
なので、背を向け立ち去る金髪の超絶美少女、シャーリーくんの、ほんの小さな呟きなど、私の耳には、まるで届かなかったのです。
(……あれが、佐倉サクラ……やはり、そうだ、いつも、ああやって、男に淫らな色目を遣って……)
「きもちわるい」