0029 紅炎 #02
「問題があなたたちだけのことなら止めないわ。でも今うちにはハルがいるし、ここの領主を知っているでしょう? よそのギルドの邪魔をすると面倒なことになるわ。だから、絶対駄目」
強い言葉で言い切るレグ。
「それから、あたしにはこの騎士団のメンバーを守らなければいけない義務があるの――団長だから。そしてそれには、あなたたちの命も含まれているのよ」
晴佳はただ見ていることしかできない。
明らかに自分が足枷になっているじゃないか――そう思った。レグが付け足した言葉は、そう考えるであろう晴佳のための言い訳ではないか、とも。
無言のまま、ロードは静かにレグを見つめていた。やがて静かに息を吐く。
「そうか、わかった――」
その瞬間、レグの安堵したような空気が晴佳にも感じられた。
「だが――」とロードは再び口を開く。
「ならばせめて、彼らを先に逝かせてやることはできないだろうか。ギルドの連中は彼らの陣を用いて集落を囲み、彼らの魔法による炎で焼き払うはずだ。だが彼らは集落の連中の命を先に断ってやることなどしないと思うのだが」
「それは……いえ、それも駄目よ。もしも見咎められたら」
レグは両手を胸元で合わせ、ぎゅっと握り締める。人としての情と団長としての責任の間で葛藤しているようだ。
「んまぁ要するに団長さんのおっしゃるにはぁ」と間延びした声が割って入る。
晴佳は――レグとロードも――テラーを振り返った。テラーは食事中は脇に置いていた大振りの剣を腰に差し、フードに手を掛けている。
「つまるところ『俺たちの姿を見られなきゃいい』ってことだろう? 腕の見せ所だぜ、相棒」
にやりとして白い歯を見せ、フードを被る。
「なっ……」
「そうか、なるほど……『大人の事情』というやつなのだな。私もまだまだ勉強不足ということか――ならばお任せを」
テラーのとんでもない屁理屈を聞いて唖然とするレグ。対してロードはさっと立ち上がり、レグに向き直ると右手を軽く胸に当てる。
「不肖ながらこのローデュウル・エルンスティ、並びにテラーウィ・カーム。これより我が団長レグノ・フローエンのためにひと働きして参ります」
ロードの隣でテラーも同じポーズを取る。だがこちらはフードから覗く口もとがまだニヤニヤしているのが晴佳にもわかった。
「ちょっと!」
レグが何か言い返す前にロードも自分の剣を手に取り、テラーと二人で山の方へと走り去る。いかにも重そうな装備のままだというのに飛ぶような素早さで消えて行った二人を見送り、晴佳もまた、レグと同じく唖然としていた。
「――行っちゃったねぇ」
その声に振り向くと、テントからジェラーノが顔を出していた。
「まぁ、そうなると思っていたけど」と肩をすくめる。
「あなた……だって、ならどうして止めてくれなかったのよ」
レグは悔しそうに顔を歪める。
「レグだってわかっていたはずよ。というより、本当は自分が行きたかったんじゃない?」
ジェラーノの声は幼いが、その言い方はまるで諭すようである。
「レグがサパーを連れて行けば一瞬で片が付くでしょう。でも立場が許さないから……だからテラーが代わりに行ってくれたのよ」
「あの人に気を遣われたなんて、考えるだけで虫唾が走るわ」
ツンとそっぽを向くレグ。
ジェラーノはその様子を見てくすくすと笑った。
「でも、ロードとテラーってすごく目立つじゃないか。ロードの真っ赤なローブとか鎧とか、あとテラーも銀髪だし。そんなんで大丈夫なの?」
晴佳は我慢できず、口を挟む。
レグとジェラーノはきょとんとするが、一拍置いてからレグがうなずいた。
「あぁ、あれは……だからこそ大丈夫なのよ」
「そっか、ハルは知らないんだものね」とジェラーノも面白そうに相槌を打つ。
「実は彼らの鎧もローブも、もちろんあの剣もだけど、あたしたちの物とまるで違うのよ。伝説では『生きる鎧』と言われるものなんだけど――」
「え、ちょっとまって。ロードたちって伝説級の勇者かなんか?」
晴佳はレグの説明を遮る。そんな人物相手に「弟子にしてくれ」なんてとんでもないことを言ってしまった気がして、一気に青ざめる。
「伝説級というか……まぁそう言われればそうかも知れないけど、とにかく大丈夫よ。万が一姿を見咎められたとしても、彼らだとは誰も思わないから」
「そんな軽い話? ってか、大丈夫って……あ、ひょっとしてあのテラーのコスプレと関係があるんだったりするのかな?」
「こすぷれ? がなんなのかわからないけど、変化という意味ならまぁ大体合ってるわ。彼らはその容姿だけじゃなく、鎧もローブも変化させられるから」
レグは聞き慣れない言葉に首を傾げつつも説明する。
晴佳にしてもますます謎な話で、聞きながら困り顔になった。
「まず『生きる鎧』のことを教えてあげたら?」とジェラーノが助け舟を出す。レグは「あぁ、そうね」とうなずいた。
「彼らの場合、鎧もローブも身体の一部なのよ。普段はわかりやすく赤い鎧とローブ、黒い鎧とローブにしてあるんだけど――本当の姿は違うものなの」
「違うって、どんな風に?」
「それは、あの人たちがハルに教えてもいいと思った時に教えてもらえると思うわ。ただ、偵察やさっきみたいな――その、隠密行動みたいなことをする時には、まったく違う姿になるのよ」
隠密行動と聞こえた言葉は、晴佳に忍者のような黒装束を連想させる。
「火を放たれる場所で黒い鎧なんか着てたら、怪しさ全開で逆に目立つような」
「なんで黒なの? テラーだってその辺は考えて、色を変えてるはずよ」とレグは晴佳に疑問を返す。
「え、黒じゃないの?」
「さぁ。移動中は黒にするのかも知れないけど、多分集落では全然違う色になってると思うわ。まるっきり別人に見えるようにしておかなきゃ、変化の意味がないでしょ?」
晴佳は余計に悩んでしまう。
ロードたちの身に着けているアイテムが魔法か何かで姿を変える。ここまでは理解できるのだが……
「結局のところ、ロードたちは目立たないようにしなきゃいけないんだろ? だったら――」
「逆よ。目立つようにするの。突然現れた、すべてが謎の人物。ふざけているでしょう?」
レグは苦笑する。
「どこの誰だか知らないけれど、ものすごく目立つ人が目立つ行動を取るの。でもそんな人物はその辺にはいないし、変化の魔法の痕跡も見当たらない――だから、あたしたちやロードが疑われることもない」
「え、魔法じゃない? 魔法のアイテムだと思ったのに」
晴佳はますます混乱する。
頭を冷やすために、ウィーテたちが作ったジュースを手に取った。
「例えばそれに入っているシダレット。見掛けよりも多くの果汁を含んでいることはハルも知っているわよね」と、ジェラーノが微笑む。
「ああ、そうだね」
軽い炭酸のような刺激が心地よく、晴佳は少し落ち着いた。
「でもその果汁がどこから涌いて来ると思う? それ、魔法じゃなくてシダレットが持つ『特性』なの。そういうものは魔法の痕跡がないので、解析を得意とする魔道士たちにも仕組みがわからないんですって」




