0028 紅炎 #01
言葉とは裏腹に、ロードの声は優しかった。
晴佳は食器を置き、頬を紅潮させたまま立ち上がって「はいっ! よろしくおねがいします、師匠!」と頭を下げる。
その様子を見たロードを始め、レグやテラーたちもぽかんとしていたが、レグが納得したようにうなずく。
「そっか、ハルのいた世界ではそれが目上の人に対する挨拶なのね?」
「え……うん、そうだけど、こっちではやっぱ違うんだ?」
顔を上げながら晴佳は不安げな表情になる。身に着いた動作なので咄嗟に出てしまっただけだったが、ここがただの外国ではなく世界そのものが違う場所なのだということを失念していた。
「全然違うわね。それ、安易に人前ではやらない方がいいかも知れないわ。異界人についての知識を聞き齧ってる人がいないとも限らないもの。最悪の場合――」
「わかった。気をつけるよ……でも、うっかり出ちゃいそうなんだよなぁ」
晴佳はため息をついて座り直す。
折角希望が湧いて来たというのに、誘拐され奴隷で人生が終わるなどというのは絶対に避けたいことだった。
「なんだお前、未婚の母にでもなるつもりか?」
テラーは隣に座っているロードを肘で小突く。ロードは片手で軽くあしらいながら「何を言っている。大体私が師匠というなら、お前もそれに付き合わなければいけないんだぞ」と言い返す。
「うぇ……そう来たのかよ……しょうがねえな、そういう契約だし」と、テラーは肩をすくめた。
晴佳はテラーの言い方が気になった。だが何故だか、それは訊いてはいけないことのようにも思われた。
ウィーテとラフィはさっさと食事を済ませるとテントに潜り込む。中から楽しそうにはしゃぐ声が聞こえて来るので、すぐ寝るわけでもないらしい。ジェラーノとサパーも間もなくそれに続いてテントに入って行ったが、ウィーテたちの相手をしているらしく、時々歌声も聞こえて来た。
火の周りには晴佳と、今後の予定を話し合うレグとロード、そして果実酒を飲みながらレグたちの会話に茶々を入れるテラーが残っていた。
「――じゃあ明日の朝にでも私とテラーが様子を見に行こうか」
ロードは両ひざの上に腕を置き、そのまま両手を組む。鎧の籠手がカシャリと軽い音を立てた。
「えぇ? めんどくせえな……」と銀髪をいじりながら文句を言うテラー。だがロードは軽く一瞥しただけで話を続ける。
「場合によっては道を逸れて山の方へ迂回した方がいいかも知れない。多分テラーの今日の探索はその想定もしていると思うので――」
「多分じゃねえよ、相棒」
ふっと鼻で笑うと、テラーはまた果実酒をぐいと呷る。
「当然だろ……だがな、そーいうことは言わない方がカッコいいんだよ。そんくらいわかれよ」
レグは肩をすくめる。
「じゃあ明日は迂回も視野に入れて――待って……何か話し声が」
突然話を中断すると、レグはフードをさっとつまんで耳に当てる。晴佳たちはには何も聞こえなかったが、その理由はすぐにわかった。
「これ、あのソノップっていう魔法茸屋の声だわ。じゃあやっぱりこの耳茸って――」
「団長、俺らにも聞けるようにしてくれ」
テラーがいつになく真剣な声で割り込む。レグは小さくうなずき、ローブのフードに手を当てながらぶつぶつと何かつぶやいた。途端に晴佳の耳にも誰かの会話が届く。
「――ゃないか」
「それはそうだが、この状況では引き返すしかない。いくら第三位とはいえ、俺たちに無理強いはできないだろう? 直接指示できるのは二位以上だ」
「無理強いするつもりじゃないさ。だがタラ、俺は届けると約束したんだ。たかがペストで我がギルドの第五位が引き返したと噂になれば、ギルドの信用問題にも関わるぞ?」
「――お前と客の約束なんぞ俺たちの知ったことじゃない。大体お前は俺よりも後からギルドに入ったくせに――」
二人の男性が口論している。確かに片方はソノップの声だった。ぶれたように聞こえる、奇妙な特徴のある声だ。
途中まで来たギルドの仲間が足留めを食っているようだが、話している相手はソノップのことを快く思っていないらしい。
「参ったなぁ。あの集落の手前までは来ているようなんだけどな」
テラーが唸る。
「どのくらいの距離かわかる?」とレグ。テラーは小さくうなずき、目を細めた。
「そうだな……大体、二キロメイタってとこか。向こうの方が風下だから、黒黴病を恐れて近付けないのかも知れない。だがギルドの連中ならワクチンくらい摂取していそうなもんだがな?」
「キロ?」晴佳は思わずつぶやく。
ロードがそのつぶやきを拾い、「キロメイタというのは、メイタが千集まった単位のことだ」と解説した。
「そ、そうなんだ……」
晴佳は戸惑いがらも、とりあえずうなずく。
「こちらが風上で助かったわ。でもワクチンが届かないのは困ったわね」
レグは魔法茸屋たちの会話に集中している。晴佳が気を取られている間にも、ギルドの内輪揉めの口論は続いていたようだ。
「馬と馬車を使っているのね。まず騎馬の数人で例の集落の様子を見に向かったらしいけど、このソノップをいかにも嫌っている様子のタラって男は馬車にいるみたいね?」
「男の嫉妬は醜いねぇ」テラーが苦笑混じりにつぶやく。その時第三の声が割り込んで来た。
「――ぇますか。駄目で――うここは焼き払うしか――」
「なに……?」ロードがいち早く反応した。
「嘘でしょ……そんなに酷いことになってるの?」
レグも息を飲む。テラーの顔からニヤニヤ笑いが消え、厳しい表情になった。
そして唐突に音声が途切れた。その直前ソノップが何か叫び掛けていたが、ひょっとするとタラという人物がなんらかの方法で耳茸の通信回線を断ち切ったのかも知れない。
「焼き払う、って?」自分の想像が外れていればいいと思いながら、晴佳は問う。
だがロードから返って来た答えは晴佳が聞きたくない内容だった。
「つまり、集落の人間を閉じ込めて火を放つんだ……どうやら生身の人間がいなかったか、いてもごく少人数だったようだ」
さっきレグからそういうこともあるという話も聞いたし、自分でも予想はしていたが、それでも晴佳には信じられないことだった。声が震える。
「ほんとに? いくら生身じゃないっても、生きている人がいるのに火をつけるなんて」
「もしも彼らが領主付きのギルドだとしても、そこまでする権利があるの?」とレグも悔しそうな声を出し、唇を噛んだ
「あそこにいたのが、元々死んでも構わない連中だったということならわかるけどな――だが、たまたま宿を取った旅人もいるかも知れないんだろ? それごと焼き捨てるとは。人間のやることは理解しがたいな」
テラーは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「――レグ、相談なんだが」
しばらく何やら考え込んでいた様子のロードが口を開く。だがレグは「駄目よ」とすぐに否定した。
「まだ何も――」
「あなたのことだもの、大体想像つくわ。あそこにいる連中の無事そうなのを助けたいって言うんでしょ?」
「そう、だが……」ロードはため息をつく。
レグは眉間に皺を寄せてロードを見やる。その手は震えていた。




