0018 市場 #03
レグも少し機嫌がよさそうな声色だった。
「こんな田舎の村に茸採師用のローブが売ってるとは思わなかったわ」
「そういうもんなの?」
晴佳はローブを丁寧に畳み直し、脇に置く。
「普段着なら作れる裁縫師が村にひとりくらいるけど、専門職のローブなどは特殊な作り方なの。たまに防具の行商人がローブも一緒に売ってるけどね」
腕のいい職人は道具や材料を求めるために、こぞって領都へ向かうから、とレグは付け足す。
その打てば響くような受け答え、そして検索エンジン並の知識量に晴佳は感心した。内容を聞いて理解できるかどうかはさておき、であるが。
実はこの少女が仮の姿で老婆が本体なのだと言われても、今なら簡単に信じるだろう。
「この辺りの村や山には、蜂蜜採りがよく立ち寄るんだとさ。だからそれは彼ら用らしい」
テラーはロードの隣にどかりと腰を下ろす。その瞬間、ロードがムッとしたのを晴佳は目にした。
「あら、そうだったの。初耳だわ。よく知ってたわね」
厨房から、ウェイターが食器と小さな平たいボウルを持って現れた。テラーがテーブルに置かれたボウルに手を浸す。
フィンガーボウルのようなものらしい。
「まぁ、昔ここには立ち寄ったことがあるんで」
ウェイターに差し出された布で手を拭きながら、しれっとした表情でテラーは答えた。
「ふぅん、そうなの……」
対して、レグは思案顔になった。
改めて見ると、この騎士団は一枚岩という様子ではなさそうである。お互いに腹の探り合いをしているようなことが、こうして時々見られるのだ。
「あ、テラーはごはんどうするの?」
ジェラーノが場を取りなすように問い掛ける。
「……酒で」
「だめよ」と、レグがすぐさま却下した。
「ちっ――じゃあパンとスープで」
ロードは、テラーが答える前から無言で取り分けていたスープの入ったボウルと大きめのパンをふたつ、テラーの方へ押しやる。
――やっぱり、ロードは面倒見がいい人なんだ。
そう思いながらその様子を眺めていてふと、ロードもパンとスープしか摂っていないことに気付いた。
「ロード、それだけじゃ足りなくないかな? この茸のステーキ、ハムみたいで旨かったし、よければ――」
ロードは少し目を開いたが、小さくうなずくと片手を上げた。
「あぁ。そうだ、いい機会だから言っておこう。私は――私とテラーは、茸を食べないのだ」
「え、そうなの? アレルギー?」
「アレルギーではないが……まぁ、そんなものだと思っていてくれていい」
食べられない物を勧めて悪かっただろうか。
後悔に似た感情が湧く。それを知ってか知らずか、レグやジェラーノまで黙り込み、微妙に気不味いような沈黙が流れる。
ただ、ウィーテはきょとんとしながらリンゴジャムのパンを頬張り、ラフィは我関せずとウィーテの世話焼きにいそしんでいた。
晴佳がしゅんとしていることにロードが気付き、少し目を丸くした。
「いや、なるべく早いうちに言っておこうと思っていたので、丁度よかったと思ったまでだ。今は他の客もいないからな」
そう言ってほんの少しだけ目尻を下げる。
「ハルが気にすることではない。むしろ私の分も食べて体力をつけてくれた方が助かる」
「あぁ、うん、わかった」
慌てるように晴佳は食事を再開した。
「それじゃあこのスープに入っている干し肉は、本当の肉なんだね」
晴佳がつぶやくと、ロードの口からため息のようなかすかな笑みが漏れた。
ベーコンを粗微塵にしたような干し肉は、それだけを噛みしめると塩味がきつい。元々保存食なのだろう。
「ええっと、テラーも戻って来たことだし、食べ終わったら宿を出るわよ。今日は野営予定だから、先に市場で食料を調達したいの」
「どうせ荷物をまとめ直すんだから、先に買い物の方がいいんじゃないか?」
「俺も賛成だ。いくらラフィに持たせるにしても、手間ってもんがあるしな」
「――珍しく意見の一致をみたわね? いいわ、じゃあ先に市場へ向かいましょう。とりあえず五日間分もあれば十分だと思うから」
食事を終えた一行は受付けに向かい、レグが市の様子を尋ねる。
すると「うちのカゼナをつけましょうか? ミュフラ」と男がすかさず売り込んで来た。
「案内代だのチップだのって言われるのは面倒だわ」とレグはつれないが、男は否定した。
「いやぁ、またここへお立ち寄りの際にはうちへお泊りいただければそれでいいんですよ。実は、カゼナは市を見に行くのが好きなんですが、ひとりで出すと夜まで帰って来ねえんで。お客を案内しながら戻って来るように、って言うと聞くんですけどね」
「つまり、犬の散歩を任されるようなものね」
晴佳はその言い方にぎょっとするが、「上手いことおっしゃる」と男にはウケたようだ。
「いくらなんでも言い過ぎじゃないか?」
晴佳はついつぶやくが、ロードが咳払いをした。
宿の表に現れたカゼナは昨日よりは幾分身綺麗だ。といってもやはり簡素なシャツとズボンだけだったが、髪はまとめている。
「迷惑を掛けるんじゃないぞ」と男が朗らかに送り出す様子を見て、晴佳は不思議に思った。
* * *
市は活気に満ちていた。村の入口からまっすぐ反対側まで伸びる道沿いに店が並ぶ。
場所取りのシートを広げただけの店から、出店の屋台のような店、客に食事を提供するテーブルや椅子が用意されている店など、規模はさまざまだった。
食事を摂れる店舗は村の中央、広場からすぐの辺りに集中しているようだ。
レグは『鉤鼻亭』を出て広場付近の店から見ると言う。
カゼナは安売りの店や、特産品の店を楽しそうに説明していた。だがその言葉は拙く、晴佳には時々聞き取れない言葉も出る。
「この地方の訛りが強い。それにカゼナは読み書きを教わってなさそうだ」
「学校はないの?」
「ある所にはあるが、この村での規模はわからん」
「保存食は端の方にも売ってるのよね」
そう言いながらレグは果物を数種、その場でカゴに入れるとジェラーノに渡す。
「ミュフラ、少しお寄りくださいませんか?」
ふいに路地から声が掛かる。レグはしかめ面で振り返った。
「何か用? 先を急ぐのだけど」
「我はギルド所属の魔法茸屋。ャパネ・ソノップと申します。階級は第三位。ここでお会いしたのも何かの縁、以後お見知りおきを」
階級を聞き、レグの表情が少し変わる。
「ふん、ギルドの三位が何故こんな辺境の村へ?」
「我は魔法茸屋でもありますが、中位の茸採師も兼ねておりまして――おや、旦那をお連れで? それとも息子さん、には見えませんね」
商人――ソノップは黒薔薇色のフード越しに晴佳を見て首を傾げた。
「ハル、下がってろ」とロードが囁く。
「ハル? ――旦那さん、昔どこかでお会いしたことがございましたかな?」
その声は奇妙にぶれて聞こえた。
「余計な詮索は命を縮めるぞ」とロードが鋭く言い放つ。
「承知しておりますよ」
ソノップは首をすくめた。




