0017 市場 #02
「どうしたハル。ラフィが珍しいか」
ロードが首を傾げた。隣に座っているジェラーノが、ロードと晴佳の顔を見比べている。
「あ、いや、そういうわけじゃないんだ……それよりジェラーノ、もう少しここのことを教えてくれる?」
晴佳は慌てて首を横に振り、話を逸らせる。ラフィが灰色の瞳をすがめさせて晴佳を睨んでいたのに気付いたためだった。
――参ったな。ただでさえ嫌われてるっぽいのに、これじゃぁローブを貸してくれとか言えないや。
ジェラーノは促されてにっこりと微笑んだ。
「『ソト』と『ナカ』の話は絵本にもなってるのよね――むかしむかし、そのまたずうっと昔、『ソト』から来た高位の人たちがこの世界を作り、太陽を置いて、植物や動物を育てました、っていう内容で」
「へぇ……?」
――じゃあ元々は俺らみたいに地表に住んでいたってことか?
「その彼らのことを『神』と呼ぶ話も多いし、地方によっては神話とされているけど、歴史の文献によると神話というほどは古くない史実らしいの」
「ジェラーノ、結構詳しいじゃない?」
レグが感心したようにうなずいた。
「あたし、歴史の本が好きでよく読んでたから」
えへへ、とジェラーノは頬を染める。
「『ソト』から持ち込まれた植物の多くは、ここの太陽では育ちにくくて、光量が少ない方が育ちやすい品種しか根付かないことがわかってしまったのよ」
レグが説明を引き継ぐ。
晴佳には、あの太陽の光が弱かったかどうかは判断つかない。
昨日は雲が多かったせいで太陽そのものを見られたのは短時間だったが、曇りでも暗いとは感じなかったし、日が差した時にその熱も肌に感じられた。
「逆に、菌類にとって強過ぎない太陽はありがたかった、ってわけ。その中でも茸は、元々ここに存在していたものと掛け合わせて何十、何百種類という新種ができたの。今ではあたしたちの生活に欠かせないもののひとつ――いえ、むしろこの世は茸で回っているとも言えるわ」
――いや、さすがにそこまでは言えねえだろ。大豆じゃあるまいし。
晴佳が呆れた顔をしていると、レグはふふん、と得意気に胸を反らせた。
「昨日最初に出て来た料理のどちらにも、茸が使われているのよ。ゆうべハルが肉と言ってたのも実は茸で、これも茸なのよ」
レグはそう言いながら、ひと口大に切り取ったハムステーキをフォークで刺して見せた。
「え、これもキノコなんだ?」
その色合いもフォークで刺した時の弾力も、もちろん噛んだ時の歯ごたえも、ハムそのものだ。晴佳がイメージする『キノコ』とは、まったく別物である。
確認するように、晴佳はハムステーキを頬張る――だがわからなかった。
照り焼きソースで誤魔化されているが、肉そのものの旨味はないかも知れない、と考えればそのような気もする。その程度だ。
「驚いたでしょ? この辺りは肉よりも茸料理の方が多い地域なのよね。これは塩やハーブで味付けをした茸を干して、それから燻製にした保存食なのよ。他にも、ある領主の土地では大規模な工場が一大産業にもなってたりするし」
「へえ。工場もあるんだ」
日本でもキノコは工場で作られている。
そうなると、さっきの言葉もあながち大袈裟ではないのかも知れない、と晴佳は納得した。
「自生するようになった茸が土地の性質や環境に合わせて、進化ともいえる変化を起こしたりもしてるの。今では自生する植物より茸類の方が圧倒的に多いとも言われているわ」
「でもあの迷森は? あれ森ってことは樹木じゃん? あと、俺が引っ掛かってたっていうスズナリとか」
森全体に緑色の靄が掛かっているようにも見えた風景を思い出す。茸に葉緑素はないのではないか。
「迷森に生えている樹は主に五、六種類で、森の面積の半分がそれね。後の半分は樹のように見えるけど茸の一種で、巨木のように育つのは三種類。その中の二種類は建材にすると軽くて丈夫だけど、人が育てるとすぐ曲がっちゃうのよ。それから、スズナリは樹じゃなくて蔓性植物よ。あと――」
晴佳は手を軽く挙げてレグを制した。
「……うん、ごめん。あとでゆっくり覚えることにするよ」
晴佳の頭はもうパンクしそうだった。スズナリが樹ではないことだけは理解したが、その他は右の耳から入った言葉がそのまま左から抜けて行く気がする。
レグは呆れ顔になり、ジェラーノはくすくす笑っていた。
「――まぁそんなわけで、この世界にはさまざまな茸があるわ。食用だけじゃなく、特殊な効果を持つものもあって、その中のいくつかの茸はそれ自体が貴重でもあるので『魔法茸』と呼ばれているの」
かなり端折った様子で、レグが無理矢理まとめた。
「マジマシュ……」
晴佳はつぶやいてみる。
――なんとなーく、ものすごぉっく別なものを想像してしまう言葉だけど、多分そういう意味じゃないよな。
「そう。だから茸を採る茸採師はとても重要な職業なの。ハルに勧めた理由がそれ。それから、特別な茸を売る『魔法茸屋』も同じくらい重要ね」
「魔法茸屋?」
「魔法茸屋になるには組織に入ったり土地に縛られたりするので、ハルの身の上なら自由が利く茸採師の方が役に立つと思うのよ。職業を持たない男の旅は認められていないから」
「え……?」
――今、なんか変なこと言った?
「まぁ、それについてもそのうち教えてあげるわ。というか、嫌でもわかるかも知れないけどね」
「う、うん。じゃあそのうち――あと、訊いていいのかどうかわからないんだけど、テラーは帰って来ないの?」
「あいつのことだ、どうせ朝まで飲んだくれてて、そのまま厩舎ででも寝呆けているんだろう」
ロードがすぐさま答える。その口調は非常に冷たく、テラーのことを疎んじているかのようだった。
「随分な言われようだなぁ」
カシャリ、とかすかに鎧の音を響かせながら宿の戸口に立ったのは、テラーらしかった。フードは下ろしていたが、距離があるためその表情はわからない。
一方ロードの表情は更に厳しさを増す。晴佳はハラハラしながら身守った。
「あらお帰りテラー。今度は何枚、請求書と損害賠償を持ち帰ったのかしら?」
レグも澄ました顔で嫌味を投げる。
「うちの団長も副団長も辛辣だねえ……大人しく手持ちの金だけで飲んで来たよ。まだ田舎だしな――あとこれ、ハルに」
テーブルまで歩み寄った途端にバサリと投げ出された布を、晴佳は慌てて受け止めた。
「今着てるのはラフィのだろ。だから、ハルにも必要かと思って。それを着てたらとりあえず、茸採師か蜂蜜採りには見えるだろうからよ」
「え、ローブ?」
晴佳は膝の上で広げてみる。モスグリーンやカーキを基調とした迷彩柄のようなデザインだった。
「無地のものばかりじゃないんだ……へえ。あ、テラーありがとう」
「必要経費だからな。これは俺の金じゃねえ」
フン、と鼻を鳴らすテラーだが、その表情はどこか得意気だった。




