終:少女と男と山積みのお仕事
水宮本社の爆発騒動は各メディアで熱烈に報道されていた。それの当事者でもある暦は、しばらくの間は報道陣にまとわりつかれる羽目となってしまった。茜は例外としても、メディアに対して良い感情を持っていない暦は、メディアへの取材は一切拒否し、自分の知りえる情報は警察組織に提供し、それ以降の対応を全て一任した。どうせ、零細ギルドの小娘が騒いだところで水宮に一撃を入れられるわけがないのだから。
警察からの話によると、暦が初めて魔窟に潜った際の乱入した旧式ロボや、茜を連れての討伐依頼で見つけた憑依型の異形などはすべて三波の差し金によるらしかった。手に入らないなら使い物にならないよう痛めつけてしまえばいい、という極端に走った判断がそうさせたようだ。
落ち着いた頃に、レアの様子を見に、一旦学校へ顔を出した。暦を傷つけるために自分が誘拐されたことを知ってショックを受けていたらしい。退院してから数日は、まともに授業を受けられなかったという。
だが現在はすっかり立ち直り、いつも通りの日常を送っていると聞いて、暦は心底ほっとした。
「私がノートを取っておかなければ、暦さんが学校へ戻ってくるとき、大変だものね」
そう笑顔で告げるレアと会話して、暦はもう大丈夫だな、と安心した。
爆破騒動後も、暦と茜はたびたび会って話をした。やむを得なかったとはいえ危険な行為を強いたことに変わりはない。その時の謝罪も兼ねての再会が一度あったが、茜はけろっとしていた。多少の恨み言は吐かれたが、話しているうちに茜の怒りは収まったようだった。
その後、暦の取材をした記事の文章をチェックし、改めて彼女の記事が世に出ることとなった。自分のことが新聞に載ると言うのはこの上なく複雑であったが、暦は茜の記事を手帳に貼っている。
個人的にも、暦は茜と親交を深め、彼女の取材には積極的に協力するようにしていた。
そして、ギルド『澄ノ江』の仕事を滞りなく続けている。
今日は依頼百八十件目。無事に旧式ロボを破壊し、今は澄ノ江の家へ向かっている。早めに片づいたので昼前には終わらせることができた。
いつも通り依頼をこなして、いつも通り報告した後は、璃桜の車で澄ノ江に戻る。
澄ノ江に着いた暦は、スーツの上着を脱ぎ捨てた。
「脱いだものはハンガーにかけろ。それからここでブラウスを脱ぐなよ。私がいるんだからな」
「う……。ぬ、脱がないってば」
言われて暦はおずおずと上着を拾う。報告や郵便物の処理など、事務仕事を終わらせ、やっと自由時間になる。
「ああ……あと二十件か。長かったなあ」
「…………」
かつて暦の父である要が座っていた社長椅子になだれ込みながら、暦は嘆息する。
半年かけて、二百あるうちの百八十を全て遂行してきた。あと二十でこの社長代理という肩書から解放されると思うと、なかなかに気持ちが落ち着かない。
「泣いても笑っても二十。気を引き締めて、全部やり遂げないとね」
「……」
「あっ、でも終わったら私、学校へ戻れるんだよね。戻ったら、璃桜とも疎遠になっちゃうのかな」
「……」
「その、私としては……いつも助けてくれたあなたにはすっごく感謝してるし、頭が下がるんだよ。だから、もし戻ることになっても、あなたの力になりたいし、ずっと仲良くしたいなーって……思うんだけど……」
「……」
「ちょっと! 聞いてるの?」
暦は唇を尖らせる。この言葉を璃桜にぶつけるのも、相当勇気が必要だった。
そんな重大決心をしたのに戻って来るのは無言だけというのは、あまりにひどい。
「……まあ、その、なんだ」
「?」
璃桜の視線が珍しく泳いでいる。話をするときはしっかりと目をみてくれるのに、今日ばかりはどうも落ち着かない。
「感傷にひたっているきみに水を差すようでとてつもなく恐縮なのだが」
「何? もごもごしてないではっきり言ってよ」
璃桜は大変気まずそうに、端末を取り出した。暦の端末がデータ受信を告げる。不思議に思って端末を開くと、メールが一件届いていた。
「……?」
暦は訝しみながらメールを確認する。
「……ちょっと」
「……」
「なにこれ」
「……」
暦の受信したメールは、
二百五十の新たな依頼の詳細であった。
「…………そういうわけだ。しばらくは、私ときみは疎遠になれないからその辺は安心しろ」
「……」
「恐らく、水宮爆破騒動と飛鷹の取材で一気にきみが有名になったのだと思われる。要の娘としてではなく、きみ自身の功績が評価された結果だ」
「……」
「ああ、私のことをそこまで信頼してくれているというきみの意思表示はありがたく受け取る。ありがとう。おかげで今少しだけ気分が高揚している」
「……」
「暦、きみが黙ってどうする」
暦の肩がぷるぷる震えた。顔が真っ赤に染め上がり、感情が暴発しかけて涙目になる。
もう一度確認する。件数は二百五十。桁数は間違えていない。正真正銘の二百五十だ。
「……こ、こよみ」
璃桜が恐る恐る暦に手を伸ばす。
暦はぐわっ、と顔を上げ、自分の端末を璃桜にたたきつける。
それだけでは物足りず、渾身の力を込めて、拳を璃桜にかました。甘んじて受けとめるという意思の表れだろうか。璃桜は両手でガードしなかった。
「ふざっけんなあぁぁぁ!!!」
霧島暦、十五歳。
その身に、新たに背負った仕事の数――――二十と二百五十。
この回で、『要ノ代理人』は完結となります。最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!




