二十七:引き金を引いたらゲームオーバー
自分を取り囲んでいるロボの数は五体。おそらく部屋の外には控えが数体はいるだろう。
それらを破壊した場合、同じダメージが璃桜に行ってしまう。
傷は瞬時にふさがるといっても痛い物は痛い。璃桜に不必要な苦痛を味わわせることは避けたい。
だが破壊しなければ、暦の命が危うい。
(さっきはつい啖呵切っちゃったけど……作戦も何もない。
璃桜を傷つけることになっちゃう状況、どうすればいいかも答えが見つかってない)
ひとまず、暦は茜とレアに向けて防護壁のデータを起動させた。二人の周囲には視えない壁が生まれ、多少の流れ弾はすべて弾いてくれるだろう。彼女たちの安全は守られた。
暦は一瞬だけ瞼を閉じて、開く。作戦を考えている暇はない。
ロボの攻撃をやりすごし、繭型のロボに近づいてリオウを助け出す。作戦にもなっていない、無謀な賭けでしかない。
それでもやるしかないのだ。窮地に陥ったために開き直ったか、それともあの父親の血を引いているゆえか、暦は笑っていた。
「この状況で笑っておられるとは、やはりあの男の娘ということでしょうか」
「かもしれませんね」
暦は端末からステルスデータを起動した。自分の身を旧式ロボや異形から探知されにくくなる、魔窟仕事では必須のデータである。人間の目にははっきり映るけれど、ロボの目を盗むことができるだけでもありがたい。
ロボの動きが惑っている。銃口や刃はあらぬ方向へ向けられ、頭部と思しき部位はきょろきょろと視線を動かし続ける。ずっとそのまま私を探し続けていて。
ひとつ、またひとつ。ロボは視えなくなった『敵』を探知しようとレーダーを聞かせ続けている。視えないならもっと強い探知を、さらに強く、強く。
そうして限界値を越えたロボは、己の熱に耐えきれずショートした。二体か三体ほど、同じような失敗で自滅した。
「……っぐ、ぅ」
璃桜をそっとうかがう。一瞬だけ顔が苦痛にゆがんだ。自滅のダメージもかえってくるらしかった。
ならばやり方を変えなければならない。暦は端末から素早く音爆弾のデータを取り出した。テニスボールほどの小さな黒い球体を天井に向かって投げる。
「耳をふさいで!!」
ごうん、という落雷にも似た轟音が降り注ぐ。ロボたちは音のした天井へと乱射する。
暦はパチンコ玉のデータを落とし、手に握り締める。これそのものは攻撃用ではないが、陽動には向いていた。
それをさっきから高みの見物を決め込んでいた三波へ向けて投げる。
「……!?」
三波が驚愕したように、暦には感じられた。もう少しじっくり観察してやりたかったが、今はそんなものを気にしてはいけない。
パチンコ玉は三波の足下にぶちまけられ、軽快な音を弾きだす。
ロボたちはその音に反応して、ちょうど三波の方へと銃口と切っ先をむけた。
「まっ、待てっ!!」
三波の焦った声に、ロボは固まった。
音を頼りに敵を探知していたら、自分の主の声がそこから聞こえたという状態に混乱している。撃つべきか留まるべきか、また同じようにぐるぐると思考を働かせる。
「こっちじゃない。敵はすぐそこにいる!」
三波の助言がロボを正常に戻した。混乱状態をあっさりと解いてしまった。
だが暦の全身には、まだステルスデータが起動されている。ロボが暦を探知できない状態は続いている。その隙に少しでも早く璃桜のもとへたどり着かなければ。
ロボとロボの間をするするとかいくぐりながら、暦は繭型へと走っていく。璃桜を解放する方法など知らない。無理やり引きちぎったら危ないかもしれない。だが手がないわけではない。
がむしゃらに武器を振り回すロボの攻撃はすべてかわしていく。複数のロボの動きをしっかり読み取り、どう足を運べば良いかを瞬時に導き出す。
安全な道を踏みながら確実に、目的へと近づく。無理に戦う必要はない。むしろ今は、自分から戦うのが負けなのだ。
目の前に、苦しそうな璃桜がいた。死にかけの赤い目が暦の瞳に映る。
あと少しだから。
「っっ、璃桜!!」
暦は思いっきり、璃桜へと手を伸ばす。この手を取りたくても、向こうは取れないんだろうけど。
ところが、その手は璃桜に届くことはなかった。
暦の足を、文字通り引っぱった邪魔者がいたのだ。
「……っ!」
両足が、急にずしりと重くなった。両手をあらぬ方向に強く引かれる感覚が襲った。
目線を向けると、璃桜に絡んでいた管によく似た蔦が、暦の手足に巻き付いていた。
「こん、の……!」
それに抗ってひたすらに手を伸ばそうとする。
そんな小さな努力も水泡に帰した。
華奢な蔦は存外頑丈で、暦が引き千切るつもりでもがいてもびくともしなかった。
暦は蔦に自由を奪われ、そのまま床に組み伏せられる。まともに受け身も取れなかった。背中を強く打ち付けて、喉からいやなものがせり上がる。
「っ、かは……っ!」
「こっ、暦さん!」
茜の悲鳴が聞こえた。心配させてしまった。
暦の視界がぐるっと回り、最後は天井に止まった。
ご丁寧にロボの一体が暦の胴に足を置き、ぐっと力を込める。
「ぐ、ふ……っ」
暦を床に縫い止めたロボを、傍観していた三波が優しく撫で褒める。ロボは嬉しそうに頭を下げている……風に暦には思えた。
「残念でしたね」
「……」
三波は暦の拳銃データを蹴り飛ばす。蔦によって手足を強く絡みつかれたせいでか、暦の手の力は弱っていた。
「僕に抗ったにしてはよくやった方です。今までいくつものギルドや同業から狙われたことがありましたが、貴女は手ごわい部類の人間だった」
「……恐縮、です」
「ですが、しょせんはただの子供です。数には勝てませんし、純粋な力でも貴女は劣る」
暦は黙って聞いていた。好きに喋らせておくことにする。しかし自分から目を離させないよう意識させた。この勝負はまだ終わっていない。
「さて、貴女には消えてもらわなければなりません。ああ、殺しはしませんのでご安心を。
貴女のお父上も一緒に始末する必要があるので、まだ死なせはしませんよ。まだ……」
三波の演説が終わった。今だ、と暦はとっさに袖の中へ隠した端末を握り締める。
衝撃波のデータを起動させた端末を、自分にのしかかっているロボの足へ思いっきり投げつけた。
ばんっ!! とロボの足が強く弾かれる。
不測の事態に惑ったロボは、そのままバランスを崩す。ついでに、暦へ乗せていた体重も浮かせてくれた。
ロボをひっくり返した端末は、繭型の方へとからから滑って行く。
ロボの持っていた刃が、暦を拘束する蔦の一本を裂いた。バランスを保てなくなったロボの手が滑った産物だった。そのまま、ロボは転倒した。危うく三波はそれに巻き込まれて潰れるところだったが、すんでのところで逃げたらしい。悪運だけは強いのだろう。
暦はこの好機を逃さない。自由になった左手でロボの刀を奪い取る。巻きついた蔦を切り裂き、手足の拘束を解く。
転がるようにして繭型へと今度こそ近づき、端末を拾い上げた。投げ捨てられた拳銃データを一旦消去し、再度自分の手の中へ起動する。
暦は璃桜を庇うようにして立つ。
「……ふ、ふふ。そうとうしぶといようですね」
呆れたように三波が言う。
「父子揃って私の思惑をかき乱していく……。目障りだ……。何としてでも、最初に出会ったときに拘束しておくべきでした」
「……」
「ただ殺すだけでは飽き足りません。貴女は、要と同じようにいたぶって差し上げた方が良さそうだ」
「それはどうも。まあ、いたぶられるのはお断りしますけど」
すると、三波がくぐもった笑いを零す。その歪んだ笑みに、暦の背筋が凍った。
「っくくく、ふははは、はは、はははは!!
そのすまし顔、要によく似た憎たらしい顔!! 今から最高に歪ませてやるッ!!」
三波の手には、小さなスイッチが握られていた。かちっ、とためらいなく押されたそれに反応し――
部屋全体を、警護ロボが囲む。そしてその殺意は、すべて暦に注がれた。




