二十:第一形態・旧式ロボ
「それではっ、本日はよろしくお願い致します!」
元気いっぱいな声で、飛鷹茜は深く一礼した。早朝の『澄ノ江』一室、朝食と準備を全て済ませた暦が、旧メディアの一つである黄昏新聞社の若き記者茜を迎えていた。
待ち合わせの時間にしっかりと間に合い、こちらの準備が整っていることも計算済みのごとくインターホンを鳴らしたのがこの記者だ。同じ年とは思えないほど、職務をまっとうしている……と暦は思っている。
「この度は、弊社の取材に応じて下さったこと、深く感謝します。
沢山お話を聞かせてくださいね」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
今回の依頼は百五十一件めの異形討伐の依頼である。前に百五十件、直接戦うことが無かった依頼も含めて、暦はそれなりに経験をつむことができるようになった。
璃桜とふたりだけでこなし続けてきた依頼。今の依頼は、初めて第三者を現場に立たせてのものとなる。
「えっと……今朝簡単にお話したとおり、今回は旧式ロボの破壊が仕事となります。
事前に調査したところ、ロボの危険度は上位クラスで大きさもAランクと非常に危険であることが予想されます。
こちらは全力であなたをお守りしますが、万一私達にその余裕がなくなった場合、取材を中断して鳥居の外まで逃げてください。私たちを助けようとかロボの気をそらそうとか絶対考えないでください。巻き添えを食って、最悪命を落としてしまいますから」
「了解、です。ここからはじゅうぶん注意して、お付き合いさせて頂きますね」
茜は元気に返事した。その明るい笑顔にその場しのぎの感情は見当たらない。ちゃんと指示には従ってくれるだろう。
黒塗りの車に記者を乗せて、ギルド『澄ノ江』の二人はいつも通り仕事場へ向かっていった。
その場所は町はずれにあり、鳥居の外でも内でも人気がまるでなかった。結界代わりの鳥居も、美しい朱塗りがところどころ剥げており、雑草も伸び放題だった。
鳥居の前に辿り着くまでにいくつか民家を見かけたが、扉は開けっ放しで窓ガラスが割れ、人間ではないいやなものが住み着いている感がひしひしと暦に伝わってきた。
「鳥居をくぐる前に、一つお聞きしたいのですが」
「何でしょうか」
茜は端末をすらすらと操作し、改めて暦に向き直った。録音しているんだろう。
「この先は、魔窟なんですよね。死ぬかもしれない場所です。
あなたは、どうしてこの魔窟にもぐろうと決めたんですか?」
茜の声のトーンが低くなる。明るい笑顔も身を潜め、真剣な面持ちが浮かび上がった。
「……、特に意味はありません。父が失踪し、娘の私が仕事を代行することになったから……だと思います」
「たった、それだけで? 逃げることもできたのでは?」
「はい。でも……逃げたところで、きっと今まで通りの生活はできなかったと思います。
だったら、逃げるよりは、璃桜と一緒に戦った方がマシかなって、そういう単純な思いからです」
「場合によっては死ぬかもしれないのに?」
「死んだら死んだで悔しいです。
死なないように、魔窟にもぐるための訓練は続けていますから……続けるだけ、死ににくくなると思いたいですね。……えっと、これ答えになってます?」
「ばっちりです。お時間すみません」
「それでは、行きますね」
旧式ロボは、鳥居をくぐって遠く離れた暗い所に鎮座していた。自分がこの地の王であるかのように。
全長は璃桜を軽くしのぐ。横幅だって両手を伸ばしてもまだ届かない。
球体に比較的細い手足が組み込まれ、球体の中は本来であれば生身の人間が搭乗するはずと思しき座席があった。
旧式ロボの中で真っ先に廃棄されたタイプ――武力型のひとつだ。
ロボにもいくつかの種類がある。武力型は文字通り武器となるために生まれたロボだ。
その武器というのは銃器や爆弾、刃物や戦闘機、軍艦などを用いた戦闘で使われる。
人道に反するという理由から、武力型は生産数が極端に少なく希少価値も高い。中には設計図だけで終わったロボもいるという。
その武力型ロボは、人が操縦するタイプのものだった。人が乗って、乗った後にどういったことをするのか、暦は考えないことにした。人を襲うのか、人を救うのか、その武力がどこに向かうかを考えていては、これからの戦闘に差し支える。
ロボに感情があるとしたら、対峙している武力型ロボは貫録ある老人の雰囲気が、暦には伝わっていた。
自分の存在を脅かすギルドの人間が二人いるというのに動じない。武器を取り出すでもなく、静かにそこに立っている。
(こんな形じゃなくて、もっと違う出会い方があったらよかったのにね。
……いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない)
暦は銃を構えた。後方には茜と彼女を守る様にして璃桜がいる。
璃桜には茜の護衛を頼んでいるから、実質暦一人でロボの相手をしなければならない。
「璃桜、飛鷹さんをお願いね。後方支援は余裕があったらでいい」
「了解。深追いはするなよ」
「わかってるさ」
相手はどういうわけか動かない。その場から移動しない。試しに威嚇射撃しても同じことだった。
あれは動かないのではなく、動けないのだ。ロボの足下を見てみると、赤黒い何かがロボの足を地に縫いつけていた。
(何なの、あれ)
地中から子供ほどの手がいくつも伸び、ロボの足にしがみついている……少なくとも暦の目にはそう映った。
あれはこちらに協力しているんだろうか。それとも異形がロボを餌だと思い込んでの行動なのか。どちらにしても、相手の足が封じられたことは大きい。
封じが解ける前に、できる限りダメージを与えておきたい。あれに足が戻ったら、暦一人の戦力では間に合わない。
武力ロボが動きたくても動けないのは、先ほどの射撃で確認済みだ。あとは腕の届く範囲に踏み込まないよう気をつけて戦えばいい。
ロボを動かす電池は搭乗席の下。防弾仕様のガラスを破って小型爆弾を投げ込めば、それで終わる。
暦はその場からとにかく撃ち続けた。防弾ガラスは簡単に突き破れない。
時々、ロボの両腕が暦めがけて襲いかかってきたが、暦はこれを回避でやり過ごした。素手ではなく刃物を握っている。あれがミサイルやら銃器やらを持ちだしたら、迎撃も視野に入れなければならない。
「……堅っ」
「手が邪魔だな。アレを一分だけ封じておく。その隙に搭乗席のハッチを開けて電池を破壊しろ。爆弾が怖いなら拳銃で壊しても構わん」
「よろしく!」
後方から聞こえる璃桜の策を、暦は振り向かず受け入れる。
暦の頭のずっと上を、赤い光がいくつか通り抜けた。ロボがそれらを視認するや、両手で叩きのめそうとする。
その行為は璃桜の予想の範囲内だったようで、璃桜がうろたえることはなかった。赤い光は囮で、本命は二発目の黒い光だ。
赤い光に紛れて現れた黒い光はしゅっとその身を伸ばし、ぐるぐるとロボの両手に巻き付いていく。蔦のように長く伸びたそれは、ロボの背後に構えている壁へと吸いついた。
その時すでに暦は動き出しており、周囲に警戒しながらロボに素早く近づいていく。ロボの足はじたばた暴れ、地中から邪魔をする無数の手から逃れようとしていた。
ロボの周囲に広がる壁を蹴り、そのままロボの方へと跳躍する。搭乗席へのハッチは端末で無理やりハッキングして抉じ開けた。
ぱかっ、とあっけなく開いた先には操縦席が広がる。人二人くらいは入れそうな広さだった。
「わっ!!」
突如ロボが揺れる。両手両足の封じを解こうとさっきより激しく暴れている。四角い空間になったハッチにしがみついて暦はやり過ごす。収まるのを待ってみたが、それはもう期待できない。
銃器を落とさないよう注意し、片手で体を支える。座席下に電池を組み込むための装置が確認できた。
暦はさっさと終わらせたくなって、無茶苦茶に発砲した。反動は少ないのが救いである。念入りに装置目掛けて火花を散らす。
壊れた、という手ごたえがあった。何度も銃撃を受けた電池がばちばちと黄色い光を放っている。
暦はさっさとロボから撤退する。着地が少し失敗したのは些細なことだ。
ぼんっ、と搭乗席で小さな爆発が発生した。巻き込まれる前に暦は撤退する。
目の前には、大きく目を見開いた少女が立っている。手にした端末でさっきまでの戦闘を撮影していたんだろう。撮影の許可は出していた。
だが暦はそれよりも、危険度が極めて高いロボの手ごたえのなさに違和感を覚えていた。
「……璃桜」
「どうした」
「わかってるくせにさ。
……さっきのロボ、本当に危険度高ランクだったの?」
「図鑑と情報を照らし合わせる限りでは、その通りだな」
「その割には、何だか随分簡単だったよね。
……うーん、どっちかというと運が良すぎるっていうのかな。ロボの足は最初から封じられていた。璃桜の援護もうまくはまって、ロボは私をほとんど攻撃できなかった。
ハッチだって、ダメもとで端末からハッキングを仕掛けたらすぐに開いたし、無傷でここまで終わらせられるなんて……」
「きみがこれまで培ってきた経験が今回に偶然活きて来たんだろう。
……と言いたいところだが、確かに妙だな」
暦は璃桜と一旦会話を切って、茜の安否を確認する。
「飛鷹さん、お怪我はありませんか?」
「ぁ、大丈夫です、おかげさまで。
それにしてもすごいですね。あんなに巨大なロボを、たった一人で倒してしまうなんて」
「いえ、璃桜の支援がありましたから。それに、今日はたまたま運が良かっただけですよ。いつもこんなかっこよく決まらないですし」
「そんなことありませんよ。あぁ、いい画が撮れました……!」
茜はうっとりと、自分の端末を抱きしめながら嘆息する。
ひとまず余韻にひたらせておいて、暦は爆殺した武力ロボの残骸をもう一度念入りに観察した。
そろそろと慎重に近づいていく。「用心しろ」と璃桜から釘を刺される。右手を適当に振ってこたえた。
爆発で生じた煙がそこらじゅうに広がる。やや視界が悪い。
ロボはもう動かない。電池が切れたのだから当然だ。
(老衰で体が思うように動かせなかったのかな。……っていうか、ロボに老衰ってあるのかな。世代交代とか……?
いや、ロボの動きは悪くなかった。ただ……幸運が重なりすぎてた)
こんな幸運は本来なら絶対に訪れない。誰かが故意に仕掛けた可能性が高い。
その手掛かりを突き止めるためには、残骸となったロボを観察するのが手っ取り早い。
慎重に慎重に、暦は銃を構えてすり足で近づいていく。
ロボとの距離がゼロになり、手はすぐに届いてしまう。
腰を落としておそるおそるロボに触れる。冷たい感触が指先に走った。
ふと、暦は頭によぎったとある『幸運』を思い出す。
(…………そういえば)
ロボは足を封じられていた。だから苦戦せずに済んだ。
その足を引っ張っていたのは誰だ? 何だ?
その幸運は、今どこにいる?




