十五:強大な権力を欲しない零細ギルド
水宮というのは単純に会社であってギルドではない。璃桜はそう補足してくれた。
曇り一つないガラスの自動ドアに招かれ、暦は璃桜を連れて水宮本社に足を踏み入れる。
会社は高層ビルになっており、一階から頂上を見上げると途方もなく高かった。
オフィスの受付嬢に名を告げ、応接室へ案内される。
冷たい麦茶を出され、ふかふかのソファに腰かける。冷房の風が涼しくて心地よい。室内はほのかに甘い香りが漂っていた。磨かれたテーブルと柔らかいソファ以外には何もない質素な部屋で、暦は麦茶をちびちび飲むくらいしかできない。
ミナミという名前には聞き覚えがあった。
璃桜と出会ったその日、自分を引き込もうとしたあの優男だ。第一印象があの背広男二人を連れてのやんわりと無理やりなお誘いだったせいで、暦は彼に苦手意識が生まれてしまった。当然好感など抱けるはずもなく。
「三波……『との』って書いてアラカ? ってよむんだ」
「ああ。世間に活用されている新型ロボの三割は水宮のものだ。この会社あって人々は今の生活の豊かさを得られるといっても過言ではない」
「実感わかないな……」
「そうだな、例えばきみの端末タイプは猫のコンシェルジュだったな。そのデータ開発元はここだ」
「え、そうだったの?」
「きみの学校に設置されている救護ロボや災害避難の為のアナウンス、音楽・理科準備室に保管されている楽器データと実験器具データの提供も水宮製だ」
「そんなに!?」
「自慢ではないが、私と要の端末や身の回りの機械製品その他もろもろで水宮製品はただの一つもない」
「本当に自慢にならないな!?」
「要の命令だったのだから仕方がない」
「そんなの突っぱねていいよ!」
璃桜のしょうもない自慢に暦は小声で毒づく。そうしていると、右前方のドアがかちゃんっ、と開いた。
音に反応した暦は反射的に立ち上がり、さっきまでの少女だった表情を塗り替えた。璃桜はそれよりも早く行動していたらしく、席を立って暦の後ろへと控える。紅の瞳は、油断せず三波を見据えていた。
「これは、暦嬢」
「お時間を頂き、ありがとうございます、ミナミ社長」
暦はにこやかに微笑み、差し出された三波の右手を握り返す。相手に対して笑顔を絶やさない。彼と会合するという予定が決まってから、暦は璃桜の指導のもと、そういった技だけはきちんと身に着けた。
「まあ立ち話も何ですので、おかけになってください」
「はい、失礼しますね」
三波は背広を完璧に着こなしたさわやかないでたちだ。物腰柔らかで見る者を落ち着かせる雰囲気を醸している。
言葉づかいや姿勢も丁寧で堂々としており、若いながらにさすが社長だな、と思わせる。
「このたび、ギルド『澄ノ江』の社長要の代理として、私が今後、ギルドの仕事を請け負うこととなりました。
改めてそのご挨拶に伺った次第です」
暦は深々と頭を下げる。
「できるならもっと早くご挨拶できればよかったのですが、なにぶん急な代理になったため、引き継ぎや事務処理の手続きに追われてしまい、お会いするのが延ばし延ばしになってしまいました。
こちらの不手際をお詫びします」
「いえいえ。それより大変でしたね。高等部に進級して間もない時だったというのに」
「お心遣い、痛み入ります。今後も変わらず、お付き合いして頂けると嬉しいです」
「はは、願ってもないことですよ」
しかし、と三波が切り返す。
「私としてはですね、心配なんですよ。仕事とはいえ、こんなに小さな少女が、魔窟という非常に危険な場所へ赴かなければならないということが」
「いえ、仕事ですから」
「何とも健気な。
一介のロボ開発業界の社長が言うのもなんですが」
(やっぱりそう来るか)
笑顔を絶やさず、暦は心中で見抜いた。
「いかがでしょう。要社長が帰って来るまでの間だけでも、私の会社で身柄を保護させて頂くというのは」
(璃桜の言った通りだった)
三波との会合が予定されてから、暦は璃桜から忠告を受けていた。
『いいか、暦。ミナミはきみを引き抜こうとあらゆる言葉を尽くしてきみを誘い込む。
どんなに甘い言葉であっても、はっきり拒絶するんだ』
「学校へ通えるよう、こちらも手を尽くしますし、お父上のお早い復帰のために、彼の捜索も致しましょう。
もちろん、ルブラン殿の待遇も保証します」
心では醒めた気持ちで、暦は三波の誘いを聞く。だが暦は、璃桜に言われた通りの言葉を返していく。
「ありがたいお心づかいですが、お気持ちだけで大丈夫です。今のところはルブランとふたりでどうにか依頼を回せておりますし、私としても、だんだん今の仕事にやりがいを感じて来ている状態ですし」
「そうでしょうか。魔窟に潜るのが主なギルドは、下手をすれば命をおとす危険な職ですよ」
「そのあたりもしっかり心得ています。何度も危ない目には遭いましたが、そのたびに二人で切り抜けて来ました。
何より、私が『澄ノ江』を継ぐことが、父の一番の願いだと思うんです」
「……一人娘を危ない目に遭わせているというお父上の気持ちを優先するんですか」
「少々身勝手な親とは思いますが、それでも私にとっては大切な父ですから。
それに、まだ依頼は残っているんです。それをぜんぶ終わらせてからでないと、私自身がしっくりこないのもあるんです」
少々強引な性格とは自覚しているんですけどね、と暦は困ったふりをして笑う。
「それに、水宮さんのような大きな会社さんのお世話になるなんて、同業者からひんしゅくを買ってしまいます。水宮さんとは良い関係でありたいですし、水宮さんにご迷惑をおかけするのは気が引けます」
「むー、それもそうですか……。いや、残念です」
「こちらこそ、ここまで私達のことを考えて下さって、感謝してます。これからも、父の代と変わらぬお付き合いをして頂ければ、とても助かります」
「それはこちらの台詞ですよ。困った時は、いつでもご相談に乗りますから」
終始どちらもにこやかに会話をして、その会合は幕を閉じた。




