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早智さんは諦めない!  作者: じいちゃんっ子


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閑話 母の後悔

 仕事帰り私は親友の小佐早香をホテルの個室ラウンジに呼び出した。

 ここに来て二年、ようやく町に溶け込めた。

 息子は高校で初めて親友と呼べる友人も出来て、大好きな女の子も…


「おまたせ由美香」


「ううん、ごめんね」


 早香は汗を拭いながら席に着いた。

 私達が出会って今年で28年、気づけばお互い42歳になった。

 相変わらず早香は綺麗で、中学高校と男女を問わず人気者だった。


「いつまでも綺麗ね」


「あらありがとう、でも昔から由美香には負けてたわ、おっと今もか」


 軽く受流しながら早香は笑った。

 それから軽い雑談を交わす。

 仕事の事、お互いの家庭、配偶者の愚痴、殆ど由美香が話して私は相槌を繰り返していた。


「そろそろ本題に入らない?」


 30分が過ぎた頃、由美香が言った。

 彼女は昔からそうだ、場を温めて私が話しをしやすい環境を整えてくれる。


「…雄一は私の事恨んでるって思う?」


「急にどうしたの?」


 少しだけ早香が驚いた。

 でも私の言葉に狼狽える様子はない、既に何を考えていたか分かっていたのだろう。


「昨日雄一を見たの」


「そりゃ毎日見てるでしょ」  


「そうじゃなくて神社の夏祭りでよ」


「そういえば早智も昨日行ってたわね。

 あの子ったら張り切って浴衣を着て行ったの」


「早智ちゃん似合ってたわ」


「ありがとう、それで?」


「私も娘にせがまれて夏祭りに行ったの」


 そこで偶然雄一を見つけた。

 夜店の前で笑い合う数人の男女グループ、その中に雄一と早智ちゃんが居た。


「幸せそうだったわ」


「そりゃ今が一番幸せな時期だからね。

 早智ったら、いつも雄一君の話するときはデレデレよ」


 早香は朗らかに笑った。

 子供が見せる曇りのない笑顔、それは親として嬉しいもののはず…なのに。


「私にあんな顔は見せてくれない」


「そうかな、いつも雄一君は笑ってるじゃない」


「違うのよ、私に見せる笑顔と」


 あの子が私に見せる笑顔は作り物。

 作り上げた偽りの顔だ。


「…ふむ」


 早香の表情が真剣なものに変わる。

 彼女も薄々気づいていたみたい。


「雄一を引き取って数年気付かなかった。

 最初からずっと笑顔で、聞き分けの良い子だった

 でも今考えたら…」


 あんなに直ぐ打ち解けられるはずがなかった。

 10年も1度も会わなかった薄情な母親が急に現れて、自分を引き取ったのに雄一は恨み言一つ吐かず、笑顔で私をお母さんと言った。


「異常よね、私はあの子を捨てた母親なのに」 


「由美香…」


「聞き分けが良すぎるのよ。

 普通罵倒する言葉の1つや2つぶつけて来るでしょ?」


 その覚悟はしていた。

 でも雄一はしなかった。

 再婚した夫にも直ぐにお父さんと呼び、娘にも笑顔でお兄ちゃんだよって。


「ちょっと落ち着いて」


 そう言って早香はゆっくり頷いた。

 市役所の相談窓口を担当している早香は慣れた感じでしばらく考えていた。


「雄一君は良い子を演じてる、由美香はそう思ったのね」


「そうよ」


 間違いなくそうだ。

 心の奥底では私を憎み、夫や娘にも複雑な感情を抱いてるに違いない。


「自分を守る為でしょうね」


「守る?」


「多分雄一君は父親の実家じゃ一人ぼっちだったんじゃないかしら?」


「そんな事…ない」


 そんなはずは無い。

 私が板下の家を出る時、当主だった元義父が言ったのだ。

 この子は大切に育て上げると。


「本当にそう思ってたの?」


 何も言葉が出て来ない。

 本当は分かっていたんだ、元夫が雄一を大切にするはずがない。

 でも当主が後ろ盾になっていたなら大丈夫だと思い込んで…いや思い込みたかっただけだ。


 だから当主が亡くなったと私の実家から連絡を受けた時、これで雄一を取り返せると安易に考えた。

 久男さんを説得し、それで解決すると…私は雄一を…


「軽蔑したでしょうね」


 こんな酷い母親、軽蔑して当然だ。

 本当の感情を押し殺し続け、無理を強いた結果雄一は偽りの表情しか出せない人間になってしまった。


「親から捨てられ、母親はとっとと自分を忘れて高校時代の恋人と再婚して幸せに暮らしてましたなんて、絶望しかないでしょ」


「違う!」


 雄一を忘れた事なんか無かった!

 久男さんと再婚したのも別に狙っていたからじゃない!!

 なんで早香はそんな酷い事を言うの?


「でも雄一君はあなたに着いて来た。

 例え表情は偽りでも、あなた達家族の一員である事を望み、今変わりつつあるの」



「…本当に?」


 他に生きる道が無かったからじゃないの?


「それを証明してるじゃない、うちの娘が」


「あ…」


「だから心配しないで。

 まだ時間は掛かるかもしれないけど、きっと雄一君が心からの笑顔を見せてくれる日は来るって」


「そうよね…」


 そんな日が来てくれるだろうか?

 今は信じるしかない。


「まあ早智は奥手だからね、まだ手しか繋いでないみたいだし」


「そうなの?」


「ええ、早智の友達から聞いた情報じゃ、まだ恋人とすら周りに言ってないみたい」


「意外…」


 あんなに幸せそうで親密な笑顔を交わしていたのに。


「全くよ、周囲の人間はみんなやきもきしてるらしいわ。

 早くくっつけってね」


 早香の言葉に二人の様子が目に浮かぶ。

 母親失格の私だけど、雄一の幸せを願わずにいられなかった。

次ラスト

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