カーネルと呼ばれた女の子。
息抜きです。
私の名前は小佐早智。
そう聞けば『ちーちゃん』とか、『さっちゃん』って呼ばれてると思うかもしれないが、生憎私の渾名はカーネル。
小学3年の頃、同級生だったアホの男子が言い出した。
由来は名字が小佐で私の身体が大きかったから、大きい小佐で大佐、それでカーネル。
酷い渾名だ。
そもそも階級を示す少佐と小佐では漢字が違う。
でも子供からすれば、そんな違いはどうでも良かったのだろう。
だから白いスーツを着たおじいさんと私が似ているなんて意味ではない。
ここは重要な事だから覚えてて欲しい。
嫌がれば嫌がる程、アホは調子にのるもの。
先生は止めるよう終わりの会で何回も指導してくれたが、それは逆効果だった。
アホの友達が面白がって言い出すようになり、私も諦める事にした。
それは両親の耳にも入ったが、私が気にしてないと言ったらそれ以上は追及しなかった。
実際それほど気にしてなかった。
イジメほど陰湿ではなかったし、陰口の類と思えば気にするのも馬鹿らしかったから。
それに私は本当に大きかった。
小3で身長は170センチを越えてたし、小学校の全女子の中で一番デカかった。
私の父は180センチ程だが、母親は186センチあったから、間違いなく遺伝だろう。
生まれた時の体重も4800グラムあったそうだ。
『陣痛が2日も続くわ、アンタは中々出て来ないわで、あん時は死ぬかと思ったわ』
母は今もそう恨み事を言うが、お腹の中でそこまで大きく成長させた向こうが悪い。
このままでは母を追い越してしまうかも、そんな恐怖感に食事を控えようと考えたが、食欲には抗えず現在私の身長は184センチ。
最近ようやく成長は止まってくれた。
体重はまだ止まってない。
だけど肥満を心配した両親からの勧めで、7歳から15歳まで近くの水泳教室に通ったから、おそらくデブではない。
ただ胸やら尻の厚みはどうしようもなかった。
そんな私だったが中1になって間もなく、幼馴染の男子から好きだと告白された。
そいつは小3の時に私をカーネルと名付けたアホだった。
当然だが断った。
アホは『俺はもう早智をそう呼んでない』と言ったが、そんな事問題ではない。
何が悲しくて元凶からの求愛を受けなくてはならないのか。
フラれたアホは信じられない行動に出た。
なんと私の渾名を中学校でも広め始めた。
呆れてものも言えない、友人達の火消しも虚しく、中学でもカーネルは私の渾名として定着したのだった。
中学を卒業したある日、私の住むマンションの隣の部屋に一組の家族が引っ越してきた。
引っ越し屋さんが次々と家具を家に運び入れる。
家具の量から察するに、どうやら一人暮らしではないようだ。
「早香これから宜しくね」
「もちろんよ、由美香」
早香とは私の母の名前だ。
母はマンションの廊下で引っ越してきた女性の手を握りピョンピョン跳ねていた。
あんなテンションが高い母を見たのは初めてだったので凄く印象に残った。
「あの人って母さんの知り合い?」
その日の夕飯、私は母さんに聞いた。
「そうよ、山村…今崎由美香さん。
私の中学と高校で同級生だったの」
「へえ…」
単なる同級生じゃない、おそらく親友か。
「随分綺麗な人だったな〜」
お父さんが鼻の下を伸ばした瞬間、母さんの目つきが変わる。
ずっと昔、1度浮気未遂をした事があるお父さん。
以来、お父さんは母さんに別の女性を話題にするのはタブーなのに本当懲りない人。
「言っときますけど、由美香は浮気や不倫が大嫌いの人だからね。
色目を使ったら…今度は殺す」
「はい…」
空手二段の母から本気の殺気をぶつけられ、お父さんは縮み上がっていた。
「そうだ早智、明日由美香の家に行ってくれない?」
「私が?なんで?」
急に話を振られてビックリする。
「家具の配置が気に入らなかったみたいで、位置を変えたいんだって。
どうせ春休みで暇してるんでしょ?」
「なんで私?
由美香さんは一人暮らしじゃないよね」
「息子さんと娘さんが居るわ」
「旦那さんは?」
「単身赴任でアメリカですって」
「ほう単身赴任か」
海外に単身赴任、そりゃ凄い。
お父さんは普通の会社で万年係長、お母さんは市役所勤務、縁の無い世界だ。
「息子が居るんなら私は必要ないでしょ?」
「アンタの怪力が役に立つじゃない」
「失礼な!!」
うら若き15歳の乙女になんて事を言うんだ!
「握力60、背筋180のどこが怪力じゃないって言えるのかな」
「なんで知ってるの…」
「この前アンタ、フィットネスジムに一日体験行ったでしょ?
ポケットに入れっぱなしだった数値表を見たの。
洗濯前にちゃんと捨てない早智が悪い」
「あ…」
確かに行った。
春から入学する高校の近くにあるフィットネスジムに、一緒に行った友達がドン引きしてたっけ。
「…お母さんも私と数値変わんないでしょ」
「そうだな」
「二人共なんか言った?」
「「いいえ」」
だから殺気は止めて欲しい。
私に武道の心得はないんだから。
「私は仕事だから、それに腰でも痛めたら大変だし」
「私だって…」
「日当5000円」
「畏まりました、お母様」
そんな訳で翌朝、隣に住む今崎さんの部屋を訪ねた。
捻り鉢巻、首にタオル準備万端。
「失礼します、お母さんから言われて来ました小佐早智です」
「いらっしゃい、ごめんね」
「は…はい」
扉が開き、出てきた女性の美しさに息を飲む。
昨日チラッと見た時も綺麗な人だと思ったが、間近で見た美貌は半端ない。
私の母と同い年なはずなのに、この差はなんだ?
「どうしたの?」
「いや、綺麗だなって」
「ぷっ」
今崎さんが吹き出す。
そんな変な事言ったかな?
「早智ちゃんも綺麗よ、さすがは早香の娘ね」
「へ?」
全く嫌味に感じない。
こんな綺麗な人に言われたら、そう思ってしまうはずなのに不思議。
「どうしたの?」
「い、いえ始めましょう」
どうもペースが掴めない。
早く終わらせて、お母さんから貰った5000円でドーナツでも食べに行こう。
「お母さん来た?」
「ええ。
お兄ちゃん呼んできて」
部屋の奥から可愛い女の子が顔を出す。
小学生くらいかな?
この子が娘さんか。
「おまたせ」
「……は?」
ジャージを着た男の子を見た瞬間、息が止まる。
身長は私より低いが180近くある。
バランスの取れた、服の上からでも分かる筋肉質な体型。
なにより私の理想が具現化した、そのお顔…
「どうしたの?」
「は!」
慌てて捻り鉢巻を解き、頭を下げる。
これは不味い、なんという失態を!
「は…初めまして小佐早智と申します!」
「うん、さっき聞こえたよ」
声まで理想じゃないか!!
「お…お名前を」
「今崎雄一だけど」
雄一君か、一生忘れないよ。
「私は今崎由香里です」
女の子も元気に自己紹介してくれた。
「それじゃ始めますね!」
腕まくりをして室内に入る。
靴下を新しいのにしてて良かった。
「このタンスは?」
「もう少し壁際に、大丈夫?」
「畏まりました、お母さま」
「…お母さまって」
タンスの反対側を持っていた雄一君が笑った。
笑顔も素敵だ。
「早智ちゃん、次は私の机お願い」
「任せて!」
今の私ならどんな家具でも担ぎ上げてみせるわ。
「よっ!」
「凄い、お姉ちゃん凄い!」
机の両端を掴み、壁の奥に引っ付けると由香里ちゃんは手を叩いて喜んだ。
「早智ちゃんは何歳?」
おっと、お母さまからの質問は粗相のないよう答えないと。
「15歳です!
この春から三国谷高校1年です!」
「僕と一緒だ」
「本当ですか!?」
なんという偶然、これは運命なのね。
恋の予感に胸が高鳴るのだった。




