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バレたら終わり。ヤンデレから生き残るために百合を演じる。  作者: SINYA


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第28話「エピローグ:君のいる世界」

 その日の放課後の教室は、文化祭の後片付けで騒がしかった。

 まだ危険な非日常の延長線上にある。

 ただ一つ、楽観的な希望を除けば。


 ボクは自分のカバンを開けた。

 理由は単純だ。

 非日常を日常に戻すための解決策を、準備してきたからだ。


 白川美琴。

 ボクの幼馴染。


 成績優秀で、誰に対しても穏やかに微笑む、おしとやかな少女。

 だがその裏側には、変化する未来への恐怖と独占欲、死への憧れを隠し持っていた。

 

 今日の午前三時、眠れないままでいた頭にアイデアが浮かんだ。それに歓喜し、この方法ならなんとかなるかもしれないと、深夜テンションで一人騒いでいた。

 この時までは。


「……なんだこれ」


 カバンから、一冊のノートを取り出す。

 白い表紙。

 タイトルは『花村玲と白川美琴の交換日記』。


 重い雰囲気にならないよう、ボクにはまるで似合わないキャラクターのステッカーまで貼ってある。


 幼稚な表紙だ。

 深夜テンションって怖い。

 見るだけで恥ずかしい。


 それでも、ボクはノートを開いた。


『九月三日 晴れ』

『よう、元気か? まあ、昨日は色々あったけど、落ち込まないでほしい』

『ボクたちは、まだ子供だ。間違うこともあるし、反省して前に進めばいい』

『お前はボクにとって大切な幼馴染だ』


 ボクはページをめくる手を止めた。

 心拍数が上がり、頬に熱が集まっていく。

 ノートを閉じた。

 読んでいると恥ずかしくなる。


 廃棄するべきか。

 内容だけでも書き直すか。


 しかし五秒後には、再び開いていた。

 これはボクの正直な感情だ。

 深夜だったからこそ、いつもの逃げ癖を回避して、記録できた言葉でもある。

 ……なるほど。


「やるしかないか」


 綺麗な夕日に染まった騒がしい教室で、ボクは恥ずかしさを押し殺して結論を出した。


 理屈よりも先に、自分の心へ問いかける。

 これは単純な感情論ではない。

 未来の設計図だ。

 状況を整理する。


 白川美琴は、ボクに対して極めて異常なレベルの執着を抱いている。

 ならば、その精神的圧力を、交換日記というパイプで外へ逃がす。

 空気圧を抜くのだ。


 そして、「偽装のための恋人」として扱い、傷つけてしまった黒瀬彩にも、ちゃんと謝る必要がある。

 その後どうするかは、話し合って決めるしかない。


「玲、なにしてるの?」


 振り返るより先に、制服から漂う柔軟剤の清涼な香りが鼻をかすめた。

 ボクは反射的にノートを閉じ、背中に隠す。


 白川美琴が、そこにいた。


「……ちょっと考え事をしてた」

「そっか」


 白川の表情は暗い。

 視線は下を向いていて、目を合わせようとしない。


「今日の食事、本当に私も行くの? 私は忘れて、黒瀬さんといた方が……」

「いや、だめだ。昨日のことを許したわけじゃない。必ず来て」


 ボクは強く言った。

 腹に力を入れ、彼女から視線を逸らさずに言葉を発する。

 正直に話し合いたい。

 だから、慣れないが、形だけでも真っ直ぐな人間を真似する。


「やっほー、玲ちゃん!」


 少し硬くなった雰囲気を突き破るように、聞き覚えのある軽い声が教室に響いた。

 黒瀬彩。

 派手なカーディガンを羽織った彼女が、無防備な足取りでこちらへ向かってくる。


「何してんの?」

「白川と少し話していただけ」


 白川の視線が黒瀬に向いている間に、ボクは白い交換日記をカバンに戻した。


「じゃ、行こうか」


 黒瀬が先頭に立って、教室のドアへ向かう。

 ボクと白川も、その後に続いた。


     *


 ボクたちはマクドナルドに着いた。

 店内は、油と塩、そして女子高生たちが放つありふれた幸福の匂いで満ちていた。


 白川と黒瀬が店の奥の席に並んで座り、ボクが反対側に一人で座る。

 以前三人で来た時は、ボクの左右に二人が座ろうとしていた。


 だが、今は二人とも向かい側にいる。

 少し寂しいと感じた。

 以前なら、距離を安全の尺度として捉えたはずなのに。


 今はなぜか、落ち着かない。


「で?」


 向かいの席でメロンソーダのストローをくわえていた黒瀬が、話を切り出した。


「玲ちゃん、どこから話す?」


 ボクはカバンから、準備してきた白いノートを取り出した。

 それを白川に差し出す。


「……交換日記。私と、玲の?」

「ボクはお前のことをもっと知りたい。そして、勝手に危険な考えに陥らないでほしい。だから、お互い思ったことを正直に書く。できれば、毎日書いて交換する」

「……私が、これを受け取っていいの? 昨日、あんなことをしたのに」

「だから、これはボクのための安全装置でもあり、拘束でもある。勝手にやめちゃだめだ」

「ありがとう。頑張って書く」


 白川が、大切そうにそのノートを抱きしめた。


「昨日は、ごめんなさい。玲の命を、私の恐怖で終わらせようとした。そんなことは……もうしないから」


 白川の目元に、涙が滲む。

 彼女はカバンから、黒いノートを取り出した。


「これは、玲に渡す」


 ボクはそれを受け取った。

 黒い表紙は、思っていたより軽かった。

 でも、その中身は、まだ重い。


 これで、彼女が一人の世界に閉じこもることは減るだろう。

 交換日記があれば「自分は嫌われたのだ」と誤解した時や、未来に意味がないと感じた時、少しは対処できるようになるかもしれない。

 できれば、彼女の心の歪みを直すところまでいけたらいい。

 そんな希望も、少しだけ抱いている。


「アタシには何かないの?」


 黒瀬が、期待するような眼差しでボクを見る。


「ああ、ごめん。思いつくものがなかった」


 彼女は少し残念そうな顔をした。


「……まあ、いいや。アタシが欲しいのは、そういうのじゃない」

「何か欲しいものがあるのか?」

「うん。あるよ」


 黒瀬が目を閉じて、息を吸い、吐く。

 そして、決心したように目を開いた。


「玲ちゃん。アタシたちの関係、終わりにしよう」


 急な言葉だったが、納得するしかなかった。


 白川から逃げるために、人を利用したのだ。

 縁を切りたくなるのも当然だろう。

 でも、このまま終わるのは気分がよくない。

 終わるなら、もう少し綺麗に終わりたい。


「ちょっと待って、黒瀬」

「待たないよ」


 黒瀬が席から立ち上がった。

 ボクも慌てて立ち上がる。


 テーブルの横を通って出ていこうとする黒瀬の手首を掴んだ。

 黒瀬がボクを見る。

 以前と同じように、その手を振り切って行ってしまうのではないかと思った。


 でも、彼女はボクが掴んだ手を口元まで上げて、そっと口づけをした。

 唖然としているボクを見つめ直し、黒瀬は口を開いた。


「偽装とか、練習相手とか。そういう関係は終わりにしたい。玲ちゃん、アタシと付き合ってくれない?」


 予想外の言葉に、何と返せばいいのかわからず、口だけがぱくぱくと動いた。


 黒瀬は静かにボクを見守りながら、答えを待っている。

 深呼吸をして、心と頭を落ち着かせる。


 もう逃げたりはしないと決めた。

 嘘もつかない。

 だから、考えていることをそのまま伝える。


「正直に言うと、ボクは女同士で付き合うということを、まだうまく想像できていない。そもそも、恋愛というものもよくわからない。だから、今すぐ『いいよ』とは答えられない」

「……」


 黒瀬が少し失望したように、表情を曇らせる。


「でも、だからこそ、知りたいとは思う。多分また、不器用な進み方になると思う。でも、恋を学ぶために利用するんじゃない、もう黒瀬を練習台にはしない。黒瀬を知るために近づく。、ボクのことも、ちゃんと知ってほしい。結論を言うと……正直自信はないけど、頑張ってみたいんだ」


 ボクの答えを聞いて、黒瀬は爆笑した。


「なにそれ。玲ちゃん、真面目すぎ」

「深刻な場面だっただろう。笑うな!」

「恋人になって、って今すぐ言いたいけど……。でも玲ちゃんがまだわからないなら、まずはお互いをもっと知っていこう。その後にアタシを選ぶかどうかを考えて。それでいいよ」


 笑っている黒瀬の反対側から、白川が近づいてきた。

 そして、空いているボクの左手を掴む。


「私も、玲を諦めたくない。今すぐ、玲に選んでほしいなんて言える立場じゃないのはわかってる。でも、私を残していかないで……一人にはしないで……」


 白川は俯いたまま、言葉を発した。

 呼吸が浅く、速い。

 罪悪感を抱えながらも、勇気を出して言っているのだと思う。


「ふーん。玲ちゃんはどうするの?」


 黒瀬がボクを見る。

 ボクは……。


「白川。お前が昨日やったことは、なかったことにはできない。でも、お前の気持ちも完全に無視することはできない。だから、恋人にはできないが、ちゃんと話し合おう。さっき渡した交換日記は、そういう意味でもある。お前を一人にはしない」

「うん。ありがとう」


 そして、白川は黒瀬へ向いた。


「黒瀬さんを、玲を奪う敵だと思っていた。でも、昨日、玲を助けようとしてくれたのはあなただった。それを認めるのは悔しい。でも、ありがとう」

「白川さん。玲ちゃんがちゃんと話しているから、アタシは黙ってる。でも、もう一度玲ちゃんを傷つけようとしたら、その時は我慢しないよ。それは覚悟してね」


 すべては黒いノートから始まった。

 嘘の恋人を作り、逃げ続けていた。

 けれど、今、ボクの前には白いノートがある。

 そして、嘘ではない関係の二人がいる。


 三人の嘘は終わった。

 今すぐ誰かを恋人に選ぶのは、たぶん無責任だ。

 でも、もう嘘の関係にはしない。


 ちゃんと知って、ちゃんと考えて、ちゃんと答える。

 もしかしたら、恋の演技は、ここから本物になるのかもしれない。


ここまで読んでくださりありがとうございました。

続きの展開も構想しています。面白かったら評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。

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