第6章 「そしてついに、英雄が形作られた。」
すべてが静まり返った。若い警官の両耳には、もう苦痛の叫び声も、うめき声も届かない。
その場所の空気はさらに熱を帯び、燃え上がる炎がオレンジ色の空を染めていた。
そして、その熱気に押されるように、空はゆっくりと黒い雲を集め、灼けるような暑さを和らげようとしていた。
しかし、空が役目を果たしている一方で、地上の人間たちはただ戸惑うばかりだった。
彼らは右を見て、左を見て、何をすべきか分からずにいる。
まるで母親を失った赤ん坊のように、泣きじゃくるしかできなかった。
「こ、ここから早く逃げないといけない!」
一人の警官が叫ぶ。
「で、でもあのモンスターはどうする!? 放っておいていいのか!?」
隣に身を潜めていた警官が反論する。
「……あ、諦めるな! お、俺たちは援軍が来るまで耐えるんだ!」
別の警官が震える身体で叫び返す。
「終わった……終わったんだ俺たちは! ここで全員死ぬんだ!!」
警官たちは逃げ出したかった。
しかし逃げれば、隊長の犠牲を無駄にするようで胸が痛む。
だが、今の彼らに何ができるというのか。
耐える?
しかし、いつまで?
戦う?
だが、あのモンスターを倒せる武器など持っていない。
むしろ彼らの武器は、あの怪物には通じないと証明してしまったではないか!
では、どうすればいい?
許しを乞おうにも、あのモンスターは人間の言葉など理解しないのだ。
そして絶望の只中で、若い警官がゆっくりと立ち上がった。
彼は今、自分の隊長を押し潰した軍用車両の上に立っていた。
その手にはライフルを握りしめ、鋭く、怒りに満ちた瞳で前をにらみつける。
ただその存在だけで、周囲の先輩たちは息を呑み、声を失った。
「みんな!! 怖いなら武器を置け!!
命が惜しいなら武器を置け!!
家族のもとへ帰りたいなら、今すぐ武器を置け!!」
「武器は守るために使うものだ! だから覚えておけ!!」
「ここで武器を持っているのは俺だけだ!
だから、お前たちが武器を持たない限り……
“俺が”お前たちを守る!!」
若い警官は胸の底から絞り出すように叫んだ。
「それと覚えておけ!
もし武器を持ったまま逃げ出すヤツが一人でもいたら……
俺はそいつをためらわずに撃ち殺す!!」
その言葉を聞いた瞬間、残っていた警官たちは一斉に武器を地面へ放り捨て、
我先にとその場から逃げ出していった。
先輩たちが情けなく逃げ去る姿を見て、若い警官は露骨に顔をしかめ、
「チッ……」と地面に唾を吐いた。
黒い雲がゆっくりと降りてきて、ついに重く冷たい涙を落とし始めた。
炎と黒煙に囲まれたこの場所に残っているのは──
巨大なモンスターと、怒りと失望に満ちた一人の若い警官だけだった。
「隊長、見えますか?
あなたが信じてきた部下たちは……あなたを置いて逃げていきましたよ。」
若い警官はライフルの弾倉を確認しながらつぶやく。
「隊長、聞こえますか?
あなたが教え育てた部下たちは……その教えを捨ててしまいました。」
彼は左手のひらにたまった雨水を見つめながら呟いた。
「隊長! 感じていますか!?
さっき奴らが味わった“恐怖”なんかで……俺の心は折れません!!」
若い警官は左手にたまった雨水を勢いよく振り払う。
「見ていてください!
あなたがくれた信頼……俺は絶対に無駄にはしない!!」
若い警官はモンスターに向かって叫んだ。
「おい モンスター!
銃で傷つけられなくても構わない!
スターダスターだけが倒せる存在でも構わない!
俺の執念、見せてやる!!」
モンスターは人間の死体を食いちぎりながら立ち尽くし、
若い警官の声に反応するように彼を見つめた。
そして両手の肉片を放り捨て、挑発を受けたかのように咆哮し突進してくる。
「グロオオオオアアアア!!」
「隊長!! 見ていてください!!」
若い警官が叫んだその瞬間──
「スウウウウッ!!」
若い警官の背後で燃え上がっていた炎が左右に割れ、
その間を“誰か”が巨大な炎の剣を構えて高速で飛び込んだ。
「ブレェェェェーーッ!!」
炎の剣がモンスターの頭部を切り裂き、
モンスターは顔から地面へ崩れ落ちた。
直後、炎が一斉に爆ぜて二人の姿を飲み込む。
若い警官は目を見開いた。
(火の剣……? 中央本部から派遣されたスターダストの使いか?
だが、本部から二人も派遣されるなんて聞いてない……)
数秒後、荒れ狂っていた炎が一点に集まり、
巨大な剣となって謎の人物の右手に収束した。
「スターダスト・アクティベイション・コンプリート」
炎が完全に消え、若い警官は救助者の姿をはっきりと視認した。
「……お前……」
次の瞬間、その表情が憤怒へと変わる。
「てめぇクソガキ!!
スターダスターなら最初から助けろよ!!
何人死んだと思ってんだ!? 市民も、仲間も……そして隊長も!!
お前は何してた!? 何してたんだよ!!」
若い警官が怒鳴り散らすが、
その人物は一瞬だけ彼を見て、すぐに巨大な燃える剣へ視線を戻した。
「…………」
若い警官が本当に怒っている理由は──
“遅れて来たから”ではなかった。
その人物は……
かつて彼と隊長が命を張って守った青年。
さっき臆病風に吹かれて逃げ出した、あの青年と──
まったく同じ姿をしていたからだ。




