194話:小さくはないです
北門の前には人だかりができていた。
桶、盥、樽、鍋、ともかく水を入れられるものを手に手に人が集まってる。
よく見れば長い一列を作って道の向こうまで人の列が続いていた。
辺りには掛け声と水が飛び散る音がする。
「これ、もしかしてお風呂屋さんからスライム用の毒を運んでる?」
人間にはひりつくくらいの毒。
それでも気にせず手に手に毒の水を汲んだ入れ物を渡していく。
人間が一人一人行ったり来たりするより安全で手早い運搬方法だ。
「あ! そっち行ったぞ! 気をつけろ!」
「大丈夫、まっかせて! それ!」
水を運ぶ人たちの列の向こうから声が上がるとスライムが飛び出す。
追って現れたエリーが短剣を投げつけると、途端にスライムは溶けるように消えた。
「あ、武器もスライムの核片のやつ」
「エイダ! …………と、騎士…………」
すごく嫌そうな顔をするエリーは怪我をさせられたしね。
しょうがない。
イーサンたちもエリーが店にいたことがわかって馬から降りると頭を下げた。
「その節は」
「おっと、今はそれどころじゃないだろ」
けど謝罪の言葉はオリガさんが止めた。
エリーを追ってやって来たシドも、怒鳴ろうとして開いた口を引き結ぶ。
状況を見れば私たちをここまで運んで来たのはわかったようだ。
「北門の状況は? スタンピードの鐘を聞いて騎士の馬を借りたんだよ」
オリガさんの言い方だとただの移動手段のようだけど、イーサンたちも口は挟まない。
エリーは騎士を警戒しつつ教えてくれた。
「私たちも詳しくは聞けてないの。ギルドから連名でダンジョン経験者が北門に集められたんだけど、集まった時にはもうスライムが入って来てたわ」
「衛兵もダンジョン内部に入ってて人手が足りない状態のところだ。まだ巨大変異種は出てきてないはずだぜ。詳しくは叔父さんに聞いてくれ」
シドはそう言って騎士を見ず北門を指した。
「ありがとう、シド、エリー。行こう」
イーサンたちを置いて行っても空気が悪くなるので、私は声をかけて北門に向かう。
北門はスライムを押さえる冒険者たちがバリケードを築いていた。
バリケードから零れた分が街中に入っており、同時にバリケードで門が閉じられなくなっているようだ。
「すごい数。これ、もしかして補食器官だったスライムですか?」
「そうだろうね。ただ見る限り全部じゃない。まだまだダンジョン内部に控えてるんだろう」
オリガさんが言うとおり、群体はきっと北門の砦の地面が見えなくらいの量はいる。
三十くらいが一気に来て、散発的にスライムが現われ、また後から塊が来るを繰り返していた。
対処しきれないスライムの数で取りこぼしが起きてるけど、毒をかけると途端に鈍くなるから怪我人はいないようだ。
そう見て北門のバリケードを越え、砦に入った瞬間、怒号というべき声が巻き起こった。
「出たぞ!」
身構えるけどおかしい。
続くのは戸惑いの声だった。
「何処だ!?」
「上だ! 上の入り口から出やがった!」
「地下にいたんじゃないのかよ!?」
衛兵たちも混乱している。
「上の入り口って…………」
「水晶の谷に向かうところだね」
私はオリガさんと確認して上を見る。
北門から入って広場があり、その向こうにはダンジョンの入り口を囲む形の建造物があった。
その上は歩けるようになっていて、私たちはそこを通って山の中腹にあるもう一つのダンジョンの入り口を使ったことがある。
目を凝らした瞬間、光が見えた。
「あれは、なんだ?」
私たちにつられて上を見たイーサンが呟く。
砦は広く、建物の上は哨戒路になっていて幅もある。
けれどその幅から溢れるほどの金色の流動体が光り揺れていた。
「スライムの巨大変異種!?」
私の声に重なる怒号が響く。
「慌てるな! そのまま下に落とせ! ダンジョンの入り口のほうだ!」
指示する声は衛兵隊長のヴィクターさん。
「十年前よりちいせぇ! 怯むな!」
姿は見えないけど、どうやら上のほうでスライムの巨大変異種を相手にしてるらしい。
「小さい、あれで?」
アルヴィンが小さくはない金色を見上げて眉を顰めた。
金色のスライムはどう見ても大きい。
ラグーンスライムの五割り増しくらいある。
三階建ての家一軒と同じくらいと言えばやっぱり大きい。
「エイダ、君は行ったらやれることもあるんじゃないか? やっぱり尻込みしてしまっている者もいる」
オリガさんに言われて見ると、衛兵の中には血の気を失っている者がいる。
「私はここで騎士に守ってもらうことにするよ。何せか弱いからね」
そう言いながら寄ってくるスライムを蹴って冒険者たちのほうへ転がすオリガさん。
中には毒を被って緩くなっていたようで、オリガさんの蹴り一つで真っ二つになるスライムもいた。
「わかりました」
私も足元のスライムを反射的に踏みつぶして答える。
それを見たイーサンは肩を跳ね上げた。
目撃した衛兵も見えるくらいに鳥肌を立ててるけどこれはもうしょうがない。
「イーサン、盾となれ」
「は、はい!」
サンドロさんに命じられて、イーサンは私を護衛するためについてくる。
「戦うのかい?」
「スライム程度なら。けど問題はスライムへの嫌悪で動けなくなる衛兵だよ」
私はさっきスライムを踏み潰すのを見て鳥肌を立てた衛兵に三叉の杖を向ける。
そのまま戦意高揚の魔法を放ちつつ、上の入り口に通じる建物に向かった。
「うお!? あ、助かった!」
「プロポーズ薬もこの魔法も時間制限あるから気をつけて」
私はイーサンと一緒に建物に入り、そのまま階段を上がる。
哨戒路の上に出ると、迫るようにいる巨大変異種が視界いっぱいに存在した。
その巨体に果敢にも槍を突き入れる衛兵たちが見える。
「だー!? そっちじゃねぇ!」
後ろで指揮を執っていたヴィクターさんが叫んだ。
同時に巨大変異種がずるりと動く。
その方向は砦の外、東側だ。
重量を物語るように、砦の一部を巻き込んで崩しながら落下していた。
砦周辺の木々をなぎ倒す音も加わって、巨大変異種が哨戒路から砦の外へと落ちて行く。
「くっそ! 奴は生き物のいるほうに寄って行くんだ! おい! 砦の外出てそっちから誘引し直せないか!?」
ヴィクターさんが忙しく下に向かって指示を出した。
「あ! こら待て! お前らはじっとしてろ! なんで救護要員が外出てるんだ! やめろ! 誰かそいつら止めろ!」
状況を確認する前に、下を覗き込んでいたヴィクターさんが慌ただしく声を上げた。
私も下を覗き込むと、ダンジョン入り口からはスライムが溢れるように出てきている。
そこには衛兵がおらず、周囲の建物を封鎖する形で閉じ込めているようだ。
するとヴィクターさんの声で出てきたと思しき衛兵がドアを開いてスライムたちを蹴散らし始めた。
「あれは、教会の…………?」
私の隣で覗き込んでいたイーサンが呟く。
視線を追うとダンジョンに向かう砦の出入り口、その脇にある通用門が閉まるところだった。
「さっきヴィクターさんが言ってた救護要員って、まさか!」
「くそ! 教会の奴らが巨大変異種を誘引するために出て行った! 教会に連絡入れろ!」
私が顔を上げるとヴィクターさんが振り返る。
そこでようやく私たちの存在に気づいた様子で目を瞠った。
そして隣のイーサンをひと睨みすると、一度堪えるように目を閉じる。
すぐに口元に強いて笑みを浮かべてみせた。
「おう、南からこの時間で来たってことは馬がいるな?」
「…………あぁ、私と、団長と同僚で三頭だ」
緊張ぎみに答えたイーサンに、ヴィクターさんは肩を竦める。
「面割れてる奴らで来たか。妥当な判断だ。来たからには手伝う気があるんだろ? 今は本当の緊急時だ。たとえ騎士だろうと使えるものは徴収させてもらうぞ」
ベルトを強奪した時の言い訳を引き合いに出して、ヴィクターさんはそう言ったのだった。
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