190話:老人以下です
私はお姫さまなんて初めて見た。
けれど美しさとはほど遠いほどやつれ、かつて健康だった時なら可愛らしかっただろうという面影はある。
「老人以下の体力しかないよ。こんなの病気じゃなくても病気になるし、怪我をしただけで体力奪われて死んでしまう」
「何を言ってるんだ。姫はこうして回復をしているじゃないか」
本気で困惑する様子のイーサンの目は、どうやら曇っているようだ。
「私と同じくらいの歳でしょ? それで一人で歩けもしないなんて異常だよ。病気がちだとか体が弱いって話はもうとっくに超えてる」
私の言葉にアルヴィンが静かに目を見開く。
まるで今ようやくお姫さまの現状を直視したかのように。
日に当たらず血色も悪いためにくすんだ白い肌。
細いというには骨の形が浮きすぎた体。
「イーサンたちの体力を百とすれば、お姫さまは五以下。転んで怪我しただけで寝たきりで起き上がれなくなるくらい弱ってる。その上で傷を治すためにもまた体力を使わなきゃいけないし、体力を使い切ったら回復する前に死んでしまうくらいだ」
このお姫さまにはベルトは必要だけれど、それもただの気休め程度。
常に回復し続けるからこそ今もっている。
サンドロさんは重々しく確認を口にした。
「このベルトで、姫君が完治することはないというのか?」
「完治とかそう言う話じゃないです。もう生きるためだけの力自体が枯渇してる。ベルトでの回復は一時しのぎにしかなりません。体力自体を上昇させる方法がなければどうしようもない」
すぐにダンジョン内部で疲れる薬屋さんよりも弱いし耐久力もないのが見てわかる。
当の薬屋さんも呆れたように首を横に振った。
「最初のエイダの質問に集約されているだろう。なぜこうなるまで放っておいた? 体力や筋力の維持さえしていないだろう。ただ薬を飲ませてベッドに転がしたまま放っておいたと言われたほうが納得がいく様相だ」
「そんなことしているわけがないでしょう!」
侍女が悲鳴染みた声で言い返すけど、薬屋さんは怯みもしない。
「何を否定したところで君たちがそこの姫君の回復になんら寄与していないことの言い訳にはならないな。結果がそこにある。なんだその筋肉がこそげ落ちた手足は? ベッドから立ち上がらせることさえせずに優しく世話して死に導いただけではないか」
言い返した分だけ薬屋さんの暴言が叩き返される。
侍女たちはあまりのことにわなわなして言葉も出ないようだ。
オリガさんは冷静に疑問を上げる。
「実際熱出して三日起き上がらなかっただけで体重くなるし、それを年単位でしてたなら衰えるのも当たり前だろうね。周りが健康すぎて寝てれば治ると思ったとか? けどここには王宮からの医師がいたはずだ。この状態を放置しておく理由はなんだろうね」
体力回復の指示を出すはずの存在が仕事をしていない可能性があるのだろうか。
「確かに散歩も手足の曲げ伸ばしもしてないように見えますけど」
呟く私にアルヴィンが驚いた。
「ちょっと待って、それ、必要? 弱ってるのに、散歩してさらに熱出るのに?」
「そこは程度です。けど全く動かないだけ悪化するし、薬で回復するにも体力は必要だし。体力ない状態で薬飲ませるほうが悪くする一方だから」
私の答えにお姫さまの周囲は明らかに動揺した。
そんな反応を見咎めて、薬屋さんは顔を顰める。
「医師は腕がいいはずだが、実地の経験でも乏しかったか? 明らかにその状態の患者に緩和以外の薬を出すなど毒を盛るようなものだ」
そこに慌ただしい足音が近づき、壮年の男性が駆け込んできた。
「姫君を移動させたとはどういうことですか! ベルトは一時的な処置で無理は駄目だと言ったのに!」
「先生、いいのです。私が、指示を、出しました」
お姫さまの呼びかけで相手が医師だとわかる。
途端に薬屋さんが近づいて医師の手を掴んだ。
「この臭い、強い消毒薬でも作っていたか? なるほど、風に当たっても死にそうな姫君のため、滅菌室でも作って体力回復のためのリハビリを画策したと」
「き、君は?」
困惑する医師にソフィアさんが答えた。
「こちらがベルトを作ったエイダさん、そのエイダさんに天使の羽根の処理を教えたのがテーセで薬屋を営むそちらのメンシェルです」
「そしてあなたの著書で、この二人は天使の羽根の処理を参考にしたそうだよ」
オリガさんの補足に医師はびっくりしている。
何故か騎士や侍女も驚いているようだ。
私がきょろきょろしていると、薬屋さんも気づいて周囲の反応を見る。
「なるほどなるほど、そういうことかね。いやぁ、上流階級のお歴々はお上品極まる。どうやら病に対しての最大の敵を見誤っていたようだ」
「な、何を言っているんだね?」
わざとらしく肩を竦めた薬屋さんから手を離された医師はこわごわ聞き返した。
薬屋さんはすぐには答えず、私たちのほうに戻って来てから口を開く。
「医師の判断を疑うことなく、指示を受け入れ、大人しく療養する。そんな患者ばかりなら楽な仕事だろう。だが、心配のあまり処方してもいない薬を勝手に飲ませる侍女、過保護が過ぎて散歩もさせない騎士。それらに囲まれていては勝手が違ったことだろう」
薬屋さんの指摘にそれぞれが目を逸らす。
つまり心当たりがあるんだ。
あまりのことに私やオリガさん、ソフィアさんも唖然する。
薬屋さんが言うことが間違ってないなら、お姫さまが弱るのも当たり前だ。
間違った看護と間違った気遣いでお姫さまを弱めるだけだったのだから。
「だがな、一番厄介なのは生きることを諦めた患者本人なのだよ。苦しくとも言わない、治る気がない、変調も悪いと思って黙っている、気晴らしさえも罪悪感で拒否をする。自分が我慢すればと見当違いな覚悟を決めて死へと進む。それを止めるためにいる者を馬鹿にしていることだ」
薬屋さんの指摘にお姫さまは動揺しない。
ただ少しの申し訳なさが浮かんだように見えた。
「そんな、苦しい本人が回復を厭うなどありえますまい」
医師は狼狽えるけれど、すでに覚悟してしまっていると見て、お姫さまの所へ小走りに近寄る。
「姫君、まだ諦めてはなりません。苦しいでしょうがそのベルトがあれば延命だけは可能なのです。このテーセなら、ダンジョンならまだ希望はあるんです」
「いいえ、私のために、皆を縛ることを、長引かせてなんになります。こうして私のために騎士は罪を犯してしまった」
「それは私の独断であって姫君には関わりのないことです」
サンドロさんが慌てて膝をついて訴えると、侍女も揃って訴えた。
「姫さまがご心痛なさる必要などありません。全ては王家のため尽すことになるのですから。お元気になられたのち、しかるべき褒賞を与えれば良いのです」
後から帳尻を合わせろという侍女に、お姫さまは首を横に振る。
「私を思い、大事だからこそ罪の意識もない、それこそが、私は恐ろしい」
疲れたような顔でお姫さまはこっちを見た。
いや、ずっと温度のない視線を送っていたソフィアさんを見ている。
「先生、ダンジョンで何を手に入れても、もう、私に差し出されることはありません」
「そんな!」
医師のみならず騎士も侍女も驚いてこっちを見る。
その様子が本当にお姫さま第一で、お姫さまさえ助かればあとは帳尻を合わせられると思っているのがわかった。
権力っていうのはそういうものなんだろうけど、私の感情としては確かに差し出すなんてことする気にはならない。
そして天使の羽根を見つけたの時点で、テーセの人たちはお姫さまのために使おうなんて思ってはいなかった。
「こうして、奪われた物を前に、私の心配を語り、破棄もしないそちらのラスペンケルは、きっと慈悲深い。そんな方から奪っておいて、次もなど、スタンピードで、どうなるかもわからない中、むしが良すぎる話でしょう?」
お姫さまにはスタンピード対策でベルトが必要だと手紙で知らせてある。
その上でこっちの悪感情を理解し次はないと諦めてるんだ。
「姫さまそんな! 罰を受けるならば団長のみならず我々も引き受けますので!」
「今度は正しくやればきっと! ですからどうか!」
生きる気力のないお姫さまを囲んでの愁嘆場に、薬屋さんは肩を竦めた。
「やれやれ、生きぎたないことだ。実に人間らしい」
「えぇ、周囲にその気があるのならばまだ」
ソフィアさんの視線を受けて、オリガさんは笑顔で手を打つ。
「さて、それじゃ君たちが必要とするドラゴンの心臓のためにもまずはテーセの街を守ってもらわないといけないわけだ」
私も知らない話で驚くけど、潜んでいたトリィたちも音を立てる失態をおかしていた。
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