189話:城砦に乗り込みます
私はドレスアップして正面から南の城砦に乗り込むことになった。
文句つけられてもそう簡単には帰ってやらないんだから。
なんて思ったのに、私の前で城塞の兵が体調を崩した。
「おっとこれはいけない。私たちのことはお気になさらず安静にしているといい」
「勝手に進みますのでお大事に」
笑顔で歩きだすオリガさんに続いて、ソフィアさんも何食わぬ顔で城砦に入っていく。
そして気づかれないよう袖から吸わせた粉薬を直す薬屋さん。
もう一つ言うと、姿を隠してトリィたちもいる。
私には効かないから見えてるんだけど、すごく心臓に悪い。
「えっと、まっすぐ行ったらある階段を登るそうです」
声を出さないトリィたちの身振り手振りを見て、私が案内することになった。
「登って左の廊下を真っ直ぐ。そしたら右手に広間があるのでそこらしいです」
階段を上りつつ会う人を体調不良にさせながら、私たちは進む。
「やる必要あるのかって顔をしているな」
薬屋さんが私を振り返ってせせら笑う調子で言うと、ソフィアさんが真剣な表情で必要性を教えてくれた。
「脱出も考えると立ち会う人数は少ないほうが良いと思います」
「最悪、お抱えの騎士の犯罪を訴えたこっちの口を封じしてなかったことにとも考えられるしね」
オリガさんがすごく極端なことを言い出す。
その間も後ろから追って来ようとする城塞の使用人らしい人に、薬屋さんは上から容赦なく薬を振りかけてた。
私は良心が痛むので見ないふりをするしかない。
前を向いて後ろから目を逸らしたら、先に行っていたフューエが指で合図を送って来た。
「えっと、お姫さまが来そう? それと三、侍女が三人かな? 後は…………騎士はすでに二十ほど入ってるそうです」
合図を訳すと、合ってたようで頷かれる。
どうやら先に騎士が入って守りを固め、そこに今から姫さまが入るようだ。
「御入来が先なのですか?」
「ソフィアさん?」
「いえ、普通は高位の者がこちらを待たせる形で謁見するものですから。先に入る理由はなんだろうと」
ソフィアさんの疑問にオリガさんが鼻眼鏡を押しやって頷く。
「ふむ、備えるにしては騎士も入れた上で姫が先にはいるというのもおかしいね」
「相手は病人なら立ち歩くことができないからでは?」
薬屋さんにフューエが頭の上で大きく丸を作った。
「合ってるみたいで、えっと、侍女が、三人、抱えて?」
それってつまり、自力で立てないの?
「エイダ?」
階段の途中で止まった私にオリガさんが声をかける。
「おかしいです。あのベルトをつけてそんな回復しないなんて」
「考えられないことではない。病の元が常に患者の中で新たに生まれ続けているのならば、原因となる部分を切除なりして体外に出さなければ最も悪い部分にしか作用せず、全体の回復に支障をきたすこともある」
薬屋さんが自立できなほど弱っているお姫さまの病状を推測した。
「つまり、姫君の病は言われていたような肺の病ではないと?」
驚くソフィアさんに薬屋さんは手を上げる。
「おっと早合点をするな。ごくまれに肺の病が悪化して血流に乗ることで既存の治療では対応しきれなくなることがある。とはいえ、ここの医師がそれを見逃したとは思えない」
「え、薬屋さん知ってるんですか?」
私の問いは、おおげさに肩を竦める動作を返された。
「君も名前と実績は知っているはずだ。何せ闇ギルドから持ち込まれた希少本は、ここにいる医師が宮廷に仕えていた時に作り発行した物だからな」
あれ!?
確か実際に希少な薬草である天使の羽根を扱った上で書かれたものだった。
ってことはイーサンたちに天使の羽根が効能短いって教えたのもその人なんだ。
けどそんな人がいて、どうして?
「エイダさん、あなたを連れて来たのは理由があります」
ソフィアさんが階段の上から改まっていう。
「その目で姫君の病状を見てほしいのです。本当にあの方は病なのか。そして今もまだ冥府の恵みを処方するだけで良いのかどうかを」
「君も聞いたんじゃない? ここの人たちまともに診察もさせてくれないんだ。その点君は見るだけでおおよそがわかる。そのおおよそさえ伯爵も把握できていないんだよ」
「姫君周辺の者は、テーセに住む者がかつて前任者を襲ったように姫君を害すのではなかと疑っているのです」
テーセの街の人も胡散臭く思っているけど、城砦側も危険人物だと思っているらしい。
私が応諾のため頷いた時、ノインがフューエとは別方向から現れた。
「…………騎士が気づいた」
呟くように告げて、身軽に柱を登って人の視界の外へ去る。
私たちは急いで姫がいるという場所を目指した。
「おっと、ちょうどいい。そのまま開けておいてもらえるかな? 伯爵令嬢のお通りだ」
広間の扉を開いた騎士にオリガさんが軽く告げる。
同時に研究家パーティは逃げ足の速さを生かして素早く扉の隙間を通って入り込んだ。
私も遅れまいと慌てて続く。
入った広間は石作りで、堅牢ではあっても優美さはない。
それでも色鮮やかな織物や金属を打って作った飾り物などがあり立派さは感じられる。
「姫の御前で慎みたまえ」
「いつになく気弱ですのね。騎士たる矜持をお捨てになった自覚があるようで安心いたしました」
サンドロさんが注意しようとするのをソフィアさんがいつにない強気で叩き返す。
そしてサンドロさんは私を見て口を閉じた。
驚いたまま固まっているイーサンの横には、笑おうとして失敗したような顔のアルヴィンがいる。
そんな騎士たちが守るように立つ奥には、一段高い位置に据えられた椅子に細い少女が沈むように座っていた。
クッションを差し挟まれてようやく上体を立てられるというような力ない姿だ。
「ひどい…………」
私が思わずもらした呟きは、静まった広間に響いた。
「さて、これは予想以上だ。ソフィア、出直すべきだと言っておく」
「メンシェル?」
薬屋さんも一目で理解して忠告する姿に、オリガさんが目を瞠る。
薬屋さんは医療に関わるからこそわかる。
魔眼がなくてもわかるほど、お姫さまは衰弱してた。
「このまま話をさせるとしてだ。体力を削らせるとそのまま死ぬぞ、あれは」
言って薬屋さんは私を見る。
頷きで応じるとソフィアさんも息を呑んだ。
「あぁ、やはり私は、もう助からないのね」
「姫さま!?」
溜め息のように呟くお姫さまはいっそ何処か安心しているように見えた。
支えるように椅子の側にいた侍女が悲鳴染みた声を上げるのも気にしないようだ。
「そう、では、どれくらい私に猶予があるかしら? こちらのベルトは、それまで、貸していただけて?」
喋るだけで辛そうなのに、本人はいたって正常ぶって喋るのが怖い。
「死後の、ことを、陛下にお任せ、する、手紙だけでも、書かなければ。騎士は、私のために、罪を犯したのですもの」
「姫君、そのような」
サンドロさんは目を瞠り止めようとするけれど、どう扱っていいのかわからないように言葉に詰まった。
お姫さまが辛そうに目を閉じてしまったから余計に周囲が緊張を高めて黙り込む。
駄目だ、これは予想以上に駄目だ。
「ごめん、礼儀とか何も知らないけど言わせて。どうしてこうなるまで放っておいたの?」
私はイーサンたちを見つめてあえて聞いた。
今の様子で意思疎通がきちんとできてないのはわかるし、もういっそお姫さまが腫れもの扱いなのもわかるけど、それでもこれはいきすぎだ。
「この人は、いったいどれくらい自分の足で歩いてないの? こんなの自分の体重で押しつぶされて死ぬ直前じゃない。こんなの老人よりひどいよ」
私の言葉にさすがのお姫さまも瞬きを繰り返して驚いた様子だった。
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