錬金術基礎講座と聖女の乱入4
「やっぱり私が心配でしたか?」
形だけ繕ったフィーカが勝ち誇った顔を、私に向けている。
言わなくても分かっているだろうに、わざと聞くのが追放前と変わらない彼女の性格だ。
(それは別に構わない、最初から分かっていたことだから)
でも。
「あぁ、そもそもオルガネーゼは心配してない」
カーレクティオン様のそれは、少し傷つく。
否定する事なんて、できないけど。
(そう、よね。聖女と比べたら死んだって困らない存在だもの)
錬金術師に倉庫番は重用されるとしても、国に重用されている聖女とは雲泥の差だ。
彼が聖女を疎んでいようが、その優先順位は変わらない。
だが答えの本意は、そういう事ではなかった。
「あぁ、だってアイツには強い守り石を渡してる」
(あ)
言われてから、胸元で揺れる石に気づく。
考えてみれば焦っていたとはいえ、半狂乱でもない状況で炎の熱さを感じないどころか火傷も負っていないのはおかしい。
けれどその結果が彼の与えてくれたものの加護だとすれば。
「それは俺が錬金術で作った守り石だ、この程度でコイツを傷つかせるものか」
(嬉、しい)
真っ先にフィーカを助けに言った理由が、そもそも私が傷つかないようにしていたからだと知って今度は胸が熱くなる。
結局、私は蔑ろにされていると思って拗ねていただけだ。
そうでないと知ってしまえば、現金な心は簡単に軽くなってしまう。
「それ、私にもください! 私も欲しいですわ!」
当然聖女である自分よりも倉庫番を優先させられたと知ったフィーカは、その守り石を欲しがる。
だがそれも、カーレクティオン様が止めてくれた。
「聖女なら自分の身ぐらい自分で守れるだろう」
「万一という事もありますわ! この体は替えが効きませんもの!」
暗にそれは私の替えが効くという事を言っているのだろう。
失礼極まりないが、聖女の替えが効かない点に置いては彼女が正しい。
(どんなに頑張ったって私は少し知識があるだけの倉庫番、聖女とは比べるべくもない)
だが私の主人に、その価値観は適用されないようだ。
「どちらにせよ、作るのが難しいから無理だ」
「じゃああなたのを寄越しなさい。オルガネーゼ、これは聖女命令です」
カーレクティオン様に口で勝てないのが分かったのだろう。
直接フィーカは、私の胸元に手を伸ばす。
思わず一歩後ずさってしまうが、一度掴まれれば拒む事はできない。
しかしカーレクティオン様は彼女を引っ張って私から遠ざけた。
「それはオルガネーゼのだ、取り上げるな。それにお前には倉庫番になれない」
「何故です!?」
言い合いながら、カーレクティオン様とフィーカの目が至近距離で合う。
(普通なら、恋にでも落ちそうな距離ね)
現にフィーカはカーレクティオン様の端正な顔に目を奪われている。
だが、対する主人は随分恐ろしい顔をしていた。
「この火事はお前が起こしたものだろう」
私達しかいない部屋に、その声は小さくても良く響く。
それが誰かを断罪しようとしているものなら、なおさら。
「違います! そこの侍女の不注意よ!」
(よくもまぁこんだけすらすらと嘘が出るわね)
言葉の意味を理解したフィーカが、弾かれたように罪を擦り付けようとしてくる。
けれど実際に現場を見て、原因を既に分かっているらしいカーレクティオン様は騙されてくれない。
幸いにしてこの主人は、敏い。
「じゃあ、この卵と木材を近づけると何が起こる?」
「えっ」
フィーカが差し出された物を見て、目を丸くしている。
でもそれは無理もない。
卵を見ても、知識がなければ火事とは到底結びつかないだろう。
「お前は?」
「それは火蜥蜴の卵なので割れると、火の要素が漏れ出て発火します」
「そういう事だ」
カーレクティオン様に問われて、淀みなく答える。
確かにそれは卵ではあるのだが、着火する際に良く用いられるために火種という通称がある。
ゲーム内でもほとんど扱わない素材だが、やり込んでいた私は覚えていた。
「オ、オルガネーゼが分かっててやったかもしれないじゃないですか!」
カーレクティオン様の視線からさすがに分が悪い事を悟ったのだろう、フィーカは言葉の方向を転換する。
だが、カーレクティオン様は私にも想定外の方向で返答した。
「この女は倉庫を愛してるから無理だ」
「は?」
自分への弁護を、予想もしていなかった方向から返されたフィーカがぽかんとしている。
だがカーレクティオン様の言葉の意味を分かってしまった私は、恥ずかしさから頬が少し赤くなったのが分かった。
(ひ、否定できない)
確かに前世の知識を活用して、この倉庫は整えられている。
だがそれ以上に荒れ果てた最初の状態から脱却したのは、私がずっと一から素材の分類を行ったからだ。
「俺が言うのも何だが、その倉庫の仕上がりは執念の出来だぞ」
苦労をカーレクティオン様に伝えた訳ではないが、持ち主であるからこそ分かっているのだろう。
ここまで倉庫を綺麗にするのに、どれほどの時間と労力をかけたのかを。
「で、でも」
「何にせよお前がここにいるのは限界だ、迎えも来てる」
なおも自分の主張を通そうとするフィーカを、彼は制する。
顔を上げた彼の視線の先には、いつの間にかフルフェルト王子が立っていた。
「すまない、彼女が無茶をした」
彼は現状を理解しているのか、若干居づらそうにしている。
カーレクティオン様と面と向かって話さなければならないストレスも、あるかもしれないが。
「ちゃんと手綱は握っておけよ」
そしてカーレクティオン様はフルフェルト王子にフィーカを投げ渡した。
思いのほか乱暴な手付きに抵抗する事もできなかったのだろう、聖女は簡単に王子の腕に収まる。
「嫌よ、私は!」
「オルガネーゼ」
なおもカーレクティオン様の元へ戻ろうとするフィーカに近づいて、私は彼女の鼻先にとある花をかざす。
彼女の意識が私から逸れている間に、私はカーレクティオン様が持っていた花を受け取ってそっと近づいていた。
「失礼いたします」
「あっ……」
鼻先にそれをかざされたフィーカは、王子の腕の中で意識を無くした。
そしてそれ以降、彼女は何も口にすることなく寝息を立てている。
(今、私が聖女に嗅がしたのは眠り花の花粉)
本当はストレスで不眠症になり掛けた私が眠りやすいようにカーレクティオン様が採取しに行ってくれたものだが、こうなってしまえば仕方がない。
「この女を二度とこっちに寄越すな」
「……分かりました、兄上」
カーレクティオン様とフルフェルト王子の言葉を最後に、この騒動は幕を引く。
時間の割に精神力を奪われていたが、ようやく解放されるのだろう。
(あ、見られているわ)
そして去り際にフルフェルト王子が、私を振り向いて見つめているのに気づいた。
けれど。
(特に言葉を掛ける必要はないわね)
私はもうただの倉庫番で、彼は王子だ。
(呼びかけられてもいないのに、言葉を掛けるのは不敬に当たるわ)
そう都合よく礼儀を考えて、私はフルフェルト王子に頭を下げて視線を外す。
するとフルフェルト王子も私に声を掛けず、フィーカを抱えて引き下がった。
「迷惑を掛けた、……失礼する」
こつこつと静かな足音が遠ざかっていく。
それを聞き届けて、ようやく私は息を吐いた。
威圧感のある音では決してないけど、聞き慣れた足音はもう私を緊張させて仕方がない。
(もうあの足音は聞きたくない)
あれが聞こえただけで、私の体は固まってしまう。
けれど。
「大丈夫か、オルガネーゼ」
私を気遣い、少し背を屈めてこちらに話しかけてくるカーレクティオン様。
その様子を見ていると、凝り固まった心が途端に安らぐ。
未だに私に渡しきらなかった花を抱えているのが、少し可愛くもある。
「大丈夫ですよ、カーレクティオン様」
いつの間にか、少し笑顔を浮かべて私は答えていた。
あなたがいるから大丈夫。
言葉にはしないけれど、彼には嘘偽りなしにそう言えるから。




