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life goes on2

「え?」


 途中から俺の後ろでそわそわしていた男を掴み上げて、聖女の居る部屋に放り込む。

 俺がソイツに気づいていたのまでは分かっていただろうが、まさか部屋に突っ込まれるとは思わなかったのだろう。

 碌に抵抗もできないまま、頭から床にフルフェルトは突っ込んだ。


「いつから聞いてたの?」

「……ほぼ最初から。なかなか入れなくて」


 冷めた目で見てくる聖女に、何ともいえない表情で弟は答える。

 話に参加する気はなかったのだろう、用意のない会話に弱いフルフェルトは所在無さ気に視線を彷徨わせていた。


「お前昔から、妙に間の悪い所あるよな」

「うるさいですよ」


 緊張を解してやろうと弟に後ろから声を掛けると、慣れた様子で一蹴される。

 あの騒動の後から、弟は随分と昔の様に戻っていた。


(そう、昔のフルフェルトはこういう感じだった)


 下位の王子であるが故に自由で、朗らかな子供。

 俺ともよく遊び、喧嘩もするくらいに軽やかだった。


「あなた達、案外仲いいのね」


 ぼんやりと聖女は、今までと空気感の違う俺達二人を眺めている。

 そしてその理由が気になるのだろう、先程よりもこちらに気を寄せているようだった。


「拗らせる前はそれなりにな、俺の料理を食ってた時期もあるんだし」

「毒殺が怖かったですからね」


 久々に肩でも組んでやろうと手を伸ばしたら、今度は冷たく押し退けられる。

 とはいえフルフェルトが俺の食事を食っていた事は本当の事だし、何だったら暗殺怖さで一緒に寝ていた事もあった。

 女の前でそれを暴露するのはあまりにも可哀想なので、流石に黙っていてやるが。


「随分元気じゃない、負けたっていうのに」


 そして一方的に俺にじゃれつかれているフルフェルトを見ていた聖女は、先程よりも更に機嫌を悪くしていた。

 俺が構っている事もそうだろうが、自分がいじけているのに共犯者が早くも立ち直っているのが気に入らないのだろう。


(矛先をずらしてやるか)


 この後八つ当たりされるであろう弟の事を考えて、俺は別の話題を探そうとする。

 だがフルフェルトはそんな聖女に慣れているのか、特に慌てる事も無く答えを返した。


「負けても人生は続きますからね」


 あ、もう平気みたいだな。


 そう、直感で分かってしまった。

 この間のオルガネーゼとの会話を聞いていたので分かっていた事だが、改めてコイツは吹っ切れたのだと感じる。

 きゃんきゃんとわめきたてている聖女を、どこか楽しそうに宥めている弟。

 そしてその事に、今度は一抹の寂しさと安堵を感じた。


(ずっと俺がいないとどうしようもないと思っていたが)


 そう思っていたのは、俺だけのようだ。

 なら俺はもうこれ以上、ここで会話を続けなくても良いだろう。


「じゃあ俺は行くわ」

「はあ!? この状態放り投げていく訳!?」


 俺の言葉に、寝転がっていた聖女が跳ね起きる。

 頼まれても居ないのに勝手に来て、引っ掻き回して出て行かれる事に納得できないらしい。

 だが俺自身は、もう十分すぎる程に目的を達成してしまった。


「元々お前が生きてるか見に来ただけだしな。じゃ、達者でやれよ」


 聖女の覇気が復活して、一気に騒がしくなった幽閉部屋から俺は出て行く。

 だがその声よりも小さな、けれど確かに聞こえる足音に俺は振り返った。


「兄上」

「なんだ」


 廊下まで追いかけてきたフルフェルトに向き直る。

 けれど俺は今までになく、緊張していた。


(……落ち着かない)


 対立してしまっていた時とも、じゃれつかれていた時とも違う、真っ直ぐに俺を見てくる瞳。

 それをこんなに直視するのは久々だ。

 今までは正面に立っても、色々なものが邪魔してしまっていたから直視せずに済んだ。

 それにさっきみたいに複数人に騒いでいたらどうとでもなるが、二人で真面目に向かい合うとそうはいかない。


「王位を譲って守ってくれた事、感謝しています」

「そうか」


 長い事拗れていた弟から、素直に感謝を浴びせられるのはいたたまれない。

 だって王位を譲った事には、己の我儘だって含まれていたから。


(俺は王座に縛り付けられるのなんて御免だった)


 だから言い方を変えれば、俺は弟に面倒ごとを押し付けたとも言える。

 本当にフルフェルトの事を思うのであれば、王位継承権を譲った上で近くで守ってやるべきだった。

 そうすればコイツは聖女に騙されず、罪を背負う事もなかった。

 オルガネーゼは王妃になっていただろうし、王国も復興し始めているとはいえ壊滅的な被害を負う事はなかっただろう。


(今考えたって、どうにもならない事だが)


 結局はそうならなかった。

 それが分かっているから、俺はきちんとした返事を返せない。


(それに俺は今の状況を後悔できない)


 俺が逃げ出したせいでオルガネーゼは倉庫番になり、フルフェルトは大罪を背負う事になった。

 聖女は幅を利かせ、市民には不便を強いてしまっている。


(けれどその行動をしたから、オルガネーゼと会えた)


 適当にやってきた俺の足りない所を、補ってくれる女。

 本人の自己評価は低いが、目に見えない場所で相当助けられている。


(俺の錬金術は、決して質の良いものではない)


 今まで成功するまでやっていたから、できているように見えていただけだ。

 特に限られた素材で錬金術を行わなければならない時は、諦める時だってあった。


(けれどアイツが来てからは、そういう事が殆どなくなった)


 完成度を問わなければ大体物が作りあがってしまう錬金術の特性に甘えて、素材の事を俺は随分甘く見ていた。

 けれど今はアイツが管理してくれているおかげで、細かい部分まで見渡せるようになった。


(おかげでどうして失敗するのか、どうやったらうまくいくようになるかまで最近は考える事ができる)


 オルガネーゼに執着する理由は、それ以外にもある。


(アイツは愛らしい)


 これは造形の話というより、在り方の話だ。

 確かにオルガネーゼは保身を優先して失敗したり、尻込みしたりする事が多い。


(だがそれだけじゃない、オルガネーゼは少しづつ成長していっている)


 婚約破棄の傷が深く、最初こそ身を守る事だけを考えていた。

 だが最近は他人に頼られ、自信を持って応えられるまでになった。

 もちろん失敗する事もあるが、それでも立ち上がってどうにかしようとする。


(だからこそ、隣で手助けしてやりたくなる)


 それに彼女が俺の食事をうまそうに食べたり、最近は親しみを込めてからかってくる所も嫌いではない。

 最後は蛇足になるが、つまり理由をつけて気にかけたいと思ってしまうくらい俺はオルガネーゼの事を気に入っていた。


(だからこそ罪悪感で、普段は滑らかに回る口が引っかかる訳だが)


 今からやり直せる代わりにオルガネーゼを手放せといわれても、俺はそれを選べない。

 そのせいで真面目にフルフェルトに掛ける言葉は、どうしても重みのないものに思えてしまう。


「お前が無事で生きていくなら、それでいい」


 最終的に弟に掛けられた言葉は、それだけだ。

 先程あれだけじゃれ付いていたとは思えないほど、フルフェルトに向けた俺の声は硬い。


(でも、多分弟には伝わった)


 余計な言葉は言わず、弟は俺に頭を下げる。

 俺が昔の経験からフルフェルトの行動を分かるように、フルフェルトも根底は昔から変わっていない俺の思考などお見通しなのだろう。


「はい、今までありがとうございました」

「……あぁ」


 完全に兄離れした弟に、今度こそ背を向けて歩き出す。

 普通の兄弟として育てなかったせいで、やたら複雑な感情を互いに抱いてきた。

 けれどそれも、今日で終わりだ。


(俺も、弟離れしなければいけない)


 離れていく足音を、喜ばなければ。




「で、お前もあの状況に入れなかったのか」

「そうです、おかげで聞き耳立てる羽目になりました……」


 今度こそ部屋から離れようとすると、幽閉部屋から近いとも遠いとも言えない微妙な場所でオルガネーゼが立ち尽くしているのが見えた。

 ちょっと席を外すと言って出てきたから、俺が戻ってこないのを不思議に思って捜しに来たのだろう。

 だが自分が会話に入るには居辛過ぎるが、何もせずに戻るには気になる話しだったせいでその場で立ち往生になったようだ。


(でもアイツらの話を聞けた事は、コイツにとっても悪い話じゃないはずだ)


 俺が弟の事が気がかりだったように、アイツは自分が思っている以上に聖女の事を気にしている。

 自分を追放した聖女の事を許した訳ではないが、破滅まではして欲しくないという怖がりな心を持つ女だから。


「お前が思ってる以上に、アイツらは元気だっただろう?」


 直接言葉にして確認すると、倉庫番は一瞬の間の後に少しだけ表情を緩めた。


「ええ、安心しました。それに仲悪くなさそうで」


 そう、弟とあの女の仲は悪くない。

 恋愛感情があるかどうかは知らないが、互いの行動に反応するくらいには興味を持っている。

 そして一人でないのであれば、きっと大丈夫だろう。


「良かったな」

「えぇ」


 そして俺も、コイツの憂いがなくなるのであればそれで良い。


「行くぞ、オルガネーゼ」

「はい、カーレクティオン様」


 倉庫を目指して歩き出すと、倉庫番が追ってくる。

 道筋は交わらないが、離れる事もない。


(俺も変わったな)


 後ろを歩くオルガネーゼの足音を聞きながら、そう思う。

 初めの頃は短期間しかいないだろうと思っていたが、今は隣にいるのが当たり前になっている。


(ずっと一人で生きていくのだと思っていたが、違った)


 一人ならば行ける所まで生きればいいと思っていた、しかし今はそうもいかない。

 守るべき、いや守りたい存在がいる。


(昔ほど簡単には死ねなくなった、が)


 それも悪くないだろう。


(フルフェルトの言う通り、俺達も人生が続いていくのだから)

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