王城の倉庫掃除と迎えに来てくれる人2
「複写魔法を使える人はいますか?」
「あの、俺、使えます」
私の呼びかけを聞いて、目の前の青年がそろりと手を挙げてくれる。
それを見て、私はほっと息を吐いた。
(この魔法が使える人がいるなら問題ないわね、情報は私が持っているし)
今から行おうとしているのは、ここにある物の情報共有だ。
私自身は魔法が使えないが、彼のような能力持ちがきちんと動いてくれるならこの大人数を動かす事ができる。
「ちょっと手伝ってもらいたい事があります、それと全員で何人いるか分かりますか?」
「いや、ちょっと分からないんで今から数えますね」
話を横で聞いていた、周りにいる若い人より少し年上の男性が指示を出してくれる。
部署別に何人か若い人を寄越して倉庫掃除に従事する形にしていたのだろう。
一度指示があれば彼らは機敏に動いて、人数が把握しやすいように並んでくれた。
「じゃあ今から素材のメモを持ってきますから、全員分複写してくださいね」
人数を把握したところで複写魔法を使える青年にそう言い残して、私は朝出てきた倉庫に引き返す。
そして二度寝を床で決め込んでいるカーレクティオン様を横目に、私は手製の素材メモを掴んで再び王城の倉庫に走って戻る。
最後に本に等しい分厚さになりかけているそれを手渡し、青年に複写魔法を掛けてもらった。
「随分詳細に書いてありますね、専門家ですか?」
「いえ、調べながら書きました」
複写魔法を掛けてもらった素材のメモをまとめながら、私は青年の言葉に返答する。
もちろん全てが自分で調べた事ではないが、この世界に来てから本などで調べて書き加えた事もある。
だからこれは半分嘘で、半分本当だ。
(話がややこしくなるから、ゲームの知識については話すつもりないしね)
これに関してはカーレクティオン様にも伝えていないし、今後そうするつもりもない。
そして何も知らない青年は、私が記載したメモを見ながら感嘆の声を上げていた。
「全部自分で書いたんですか、よくやりますね」
「一度書いておくと便利なんですよ」
頭の中にあるものは自分しか閲覧できない、だが頭の外に出力すれば他者も参照できる。
すぐに誰かに教えるつもりはなかったが、いざという時のために記載はしておいたのだ。
ただこんないきなり使うとは思っていなかったので、もっと文字は綺麗にすれば良かったとは思うが。
「じゃあ、各自これを見ながらやってください」
複写された素材のメモを、周りに群がっている侍女や使用人に配っていく。
幸いここに集まっている人は貴族の子供なので、文字を読む事に苦労はしない。
(本当は鑑定魔法が使える人がいれば一番良かったけれど、誰もいなかったのよね)
鑑定とは物が持つ特性などを把握する事ができる魔法だ。
身近なところであればカーレクティオン様が使っているし、非常に便利な魔法である。
しかし商人や錬金術師など働く人間の為の魔法でもあるので、貴族は下賎な魔法として忌避する事が多い。
(さっきの複写魔法の青年も、あまり自分の魔法が好きじゃなかったみたいだし)
複写魔法も鑑定魔法と同じように地位の低い魔法だが、個人的にはとても羨ましい魔法の一つだ。
素材を整理する時に一つ一つ自分で書くのは、とても骨が折れる作業だから。
(まあそれはともかくメモには注意書きも追加したし、これで事故は減るでしょう)
もちろん完璧ではないので、後で必要な情報はまた追加するつもりだ。
けれど今はこれで事足りるはず。
「さあ、掃除を始めましょう」
しばらく素材のメモを読んでもらった所で、手を打ち鳴らし宣言する。
どんなに知識があっても、手を動かさなければ掃除は終わらない。
結果からいうと、纏まった人数が問題なく動いたお陰で想定よりも早く片付いた。
基礎知識がなかっただけで、一度知ってしまえばそれを基にして応用できるくらいの教養が彼らにはある。
「例年より怪我人も少なく済みましたしね」
通りすがりの掃除道具を抱えた青年も、茶々入れを含めて声を掛けてくる。
倉庫掃除で怪我人もいかがかと思うけど、彼が言う事が真実だ。
(けれど、これからは大丈夫のはず)
彼らが今までうまく動けなかったのは、あくまで不適切なやり方をしていたから。
今後は扱いの分からないものが出てきたとしても、調べれば対処できる事が今の彼らには分かっている。
(適当ではいけないけれど、危なくないように作業するだけならこれで十分)
錬金術師の素材を扱うのでなければ、怪我なく整理できていればいい。
つまり私はそのやり方を伝えられたのだから、役目は果たしたと考えて良いだろう。
「では私はそろそろ戻るので失礼しますね」
「「「ありがとうございました!」」」
あらかた掃除が終わった所で、元の倉庫に帰る事を告げる。
最初はここに来る事も躊躇したが、こうして終わると役に立てたなら良かったと思う。
(それに今まで距離があった彼らと会話する事ができた。これは大きな進歩だわ)
けれど完全に帰宅状態に入っていた私に、倉庫の奥から声が掛けられる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいオルガネーゼさん!」
「どうしました?」
バタバタと走りながら私の前に回りこんでくるのは、書籍の整理を担当していた青年だ。
何か不測の事態があったのだろうか、配ったメモも完全なものではなかったのだし。
けれど彼が私に声を掛けた理由は、そんなものではなかった。
「次は一緒に書庫整理をお願いします!」
「え」
頭を勢いよく下げながら言われるが、要は帰り際の残業要請だ。
しかもその言葉を聞いた人達が、それならとばかりに私を取り囲んで参戦する。
「あ、それなら薬品庫の方も」
「武器庫も手が足りてません!」
「ちょ、ちょっと」
自分の部署も、ここの場所が、と止まる事なく要望が溢れてくる。
正直な話、全てに関わるのは勘弁させてもらいたい。
(けど行動を共にしていると、無理のない程度に手伝うのはいいんじゃないかとも思ってしまう)
短い時間ながら一緒にいたせいで、情が湧いてしまっている。
問題は少しならと付き合っているうちに、全てに付き合わされる事が目に見えている事だが。
しかし、それは倉庫に入ってきた彼の一声で止められた。
「ダメだ、全員オルガネーゼを離せ」
先程まではいなかった声が、部屋の動きを全て止める。
その元を辿ってみると、私の主人がこちらに向かって歩いてきていた。
「カーレクティオン様」
「帰るぞ」
少し前まで慌しかった空気は、彼が来た事で凪いだように静かになる。
そして私以外のみんなが深く頭を下げていた。
けれど、それでも諦めない青年が一人。
「お、お待ちください! 彼女をあと少しでも」
余程彼の持ち場は荒れているらしい。
この城にいるからには良くも悪くもカーレクティオン様の事を知らない訳はないだろうし、彼の噂も聞いているだろう。
けれど目の前の彼は、引く気配を見せない。
(よっぽどマズい状況なのかしら)
しかしカーレクティオン様は、その青年の願いにしかめっ面で返した。
「魔本の事は素材のメモに書いてあるだろう、俺も読んでるから知っているぞ。それに書庫は俺も行くから、そんな大変な状況でない事も知ってるからな」
そう言うとカーレクティオン様が彼の持っている素材のメモの複写を、指で弾く。
そういえば私も、彼が読み物として素材のメモをぱらぱらと捲っていたのを見たことがあった。
「それにオルガネーゼの決定権は俺にある、だろう?」
「はい」
異論はないと私が頷くと、彼はもう振り向かず倉庫から出て行く。
私も後ろにつきながら退出したが、さすがに止める人はもう誰もいなかった。
「あの、ありがとうございます」
私の前を歩くカーレクティオン様に向かって、声を掛ける。
彼には、本当に感謝していたから。
(だって彼に、私を迎えにくる義務などない)
むしろ私が夕方までに戻らないといけなかったのだ。
なのに彼は恩着せがましい様子もなく、さらりと答える。
「困っている部下を助けるのも雇い主の役目だ、気にするな」
(こういうところは、本当にかっこいいわよね)
それより飯だ、と倉庫に向かう足取りも私に合わせてくれている。
彼の普段の歩行速度はもっとずっと早いのを、私は知っているから。
(だからついていきたくなるのよね)
酷い部分があるのは、承知している。
けれどそれを飲み込んでも、追いかけたくなる魅力が彼にはあった。




