豪姫の香木 参 残り香
本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
一六〇六年に西洋の宣教師ロドリゲス・ジランが残した『日本年報』という記録は、今も歴史の一次資料として扱われています。
そこには、孤独の身となった豪姫が異国の神に縋り、「マリア」という洗礼名を得たという、哀れな物語が美しく書き連ねられています。
しかし、それは本当に真実だったのでしょうか。
それとも、イエズス会(教会)の存続と布教の戦果を本国へ誇示するために、宣教師たちが仕立て上げた、都合の良い「虚飾」にすぎなかったのではと、おもいつくった作品が、本書 豪姫の香木です。
異国の神がもたらす甘い教えの裏で、同胞の若い娘たちが黒い船の底に沈められ、商品として海外へ売り飛ばされていた闇を、豪姫は秀吉の背中越しに知っていました。
そして、徳川の厳しい監視の目をかいくぐり、命を賭して一碗の茶を点ててくれた古田織部の気高い武臣の意地を、その肌で受け止めていました。
茶室の奥、そして雪隠の仄暗い狭間で、織部から豪姫へと手渡された一片の香木。
それは、紙の上の文字で歴史を上書きしようとする南蛮の欺瞞に対する、この日本の大地を生き抜いた者たちの、静かな、しかし絶対的な拒絶の意思表示でありました。
ただ一言、「薬種」とだけ墨書きされ、検閲をすり抜けて八丈島へ送られた香木の破片。
波の音しか聞こえぬ絶海の孤島で、年老いた夫・宇喜多秀家がその香に火を点ずるとき、立ち上るひとひらの煙の中にこそ、いかなる歴史の帳簿にも書き換えられぬ「二人の真実」が正しく刻まれていたのだと信じてやみません。
本作『豪姫の香木』という物語を通して、読者のみなさんの心には、一体何が残りましたでしょうか。
漂う煙の移り香のように、ほんの少しでも、皆さんの記憶にこの物語が留まることができれば幸いです。
作者: 東曌( アズマショウ)




