朔の日
新月の朔の日はすぐにやってきて、今日は朝からレレさんとマキノさんに磨かれている。
一緒に磨かれてる涼風の頭を泡でツンツンと立てて遊びながら今日の装いをレレさんと打ち合わせ。
「月宗様はスーツだよね?」
真っ黒な仕立ての良い凛とした細身のスーツ。いつもすごくかっこいい。
「お!若と合わせます?若のポケットチーフと同じ色にしますか!!ひゃあ!楽しそう!」
涼風がバシャバシャと水面を叩き抗議するのを見て苦笑する。
「涼風も、お揃いの色にしようね?」
「狩衣ね~~~!」
あ、ほっぺが膨らんだ。
くまさんで行くつもりだったな?
薄い藤色のカクテルドレス。
コルセット風のチューブトップになっていて、ちょっと寒いかな?と思ったけど、レレさんがこれで正解です!と言ってくれた。
涼風も艶のある藤色の狩衣姿。に、ポシェット。
ノックの音が聞こえてマキノさんが開けると、藤色のポケットチーフとアメジストの付いたネクタイピンをした月宗様が立ってる。
「くっそ!犬っころが!!!」
よくわからない第一声を頂いて困惑していると、レレさんが耳元で囁いた。
「今日は狛犬の次期宗主と昼食の予定ですからね!お嬢様があまりにもお綺麗なんで、ヤキモチです!」
本当にそうなら嬉しいな。
なおも何かブツブツと文句を言ってる月宗様に涼風が体当たりし、足元にいた類君をギュウギュウとポシェットに突っ込んでいる。
「涼風様!ご無体な!その様にされなくとも私も共に参ります故!!」
類君を救出して涼風の頭に乗せてから月宗様を見るとやっと優しく目が細くなる。
「行くか」
差し出された手を取るとそこはもう境目屋敷の玄関ホールだった。
◇◆◇
素敵な図書室の窓際で久しぶりの恭さんと向き合っている。
ここにいた時と変わらず月宗様はスムーズに私のエスコートを恭さんに譲り退室して行った。
相変わらず現実離れした軍服と剣をさして、武骨だけれど綺麗な所作が目を惹く。
「図書室でご飯なんて、新鮮ですね……」
無言の時間が怖くて意味のない事を口にする。
「静かで良いかなと思った。気に入ったのなら、嬉しい」
図書室には至る所にソファーがおいてある。
壁一面の本と動く梯子がおしゃれで、梯子の上の方で類君が涼風に絵本を読む声が心地よいBGMになっている。
「青幽殿も狭量だな」
「え?」
クツクツと笑う彼の栗色の髪が揺れる。
片側だけ後ろに流しセットされていて、ツンツンとした短髪が彼によく似合っている。
「それ。だいぶ牽制されている」
長い指で私の肩を指差して言う。
この部屋に入る前に月宗様が肩にかけてくれたスーツのジャケット。
チューブトップドレスの私が寒いだろうと貸してくれたのかと思ってた。
ボボボと赤くなる顔を両手で隠すと、恭さんはなおも可笑しそうに笑う。
「結衣殿、忘れないでもらいたい。何かあれば狛犬を…………いや、俺を頼ってくれ。いつでも駆けつける」
「?ありがとう、ございます?」
「ああ。今はそれで良い」
恭さんはご機嫌にお茶を飲む。
嫁取り合戦なはずだけれど、焦りの様なものは感じられない。
桜子が本命だからだろうか?それにしては私に言う言葉に誠実さがある。
よくわからない。
「長期戦なんでな」
キョトンとした私に苦笑しながら恭さんが言う。
「そもそもこの嫁取りは長期戦が普通なんだよ。無理に嫁御を手籠にするのは御法度だ。ゆっくり知ってもらうしかない」
それ以上はまた黙ってしまう。
狛犬のメイドさんがお茶のおかわりを淹れ、奥にまた下がった。
笹音さんのように当たり障りない話題を振ってくれるわけではないけれど、優しい心遣いは感じる。
絵本に飽きたらしい涼風が私の膝に戻り恭さんを布面ごしにじっと見る。
————「獅子丸」
お茶を飲みながら恭さんが言うと、私の座る椅子の横からぬっと犬?が顔を出す。
狛犬?神前にいる、石のあれ。
眉がくるんとしていて、大きいもっふもふの犬。オレンジと白のツートンカラーが可愛い。
「はぁ、太り過ぎだ獅子丸。第一天衛、引っ張ってやってくれ」
椅子と後ろの本棚に挟まれた大きなワンちゃんを嬉々として押し出して背中に乗る涼風が可愛い。
「使役獣だ。害はない。遊び相手にちょうどいい」
「ふふ、良かったね涼風」
涼風は頭から類君をそっとおろし自分の前に座らせると、楽しそうに大きなワンちゃんタクシーで遊び出した。
「ありがとうございます、気遣って頂いて」
「いや?獅子丸も散歩がわりになるだろ。」
笹音さんの時の事件があったから身構えていたけれど、恭さんは優しくて安心する。涼風も警戒していないし、類君も楽しそうにしてる。
穏やかな時間がすぎる。




