胡桃の紅
神々の眷属である我らに百年に一度、当主の嫁取りがある。花嫁を手にした当主は膨大な力を得、一族には繁栄が約束される。
神託により決定される花嫁は通常一人。
その一人を我ら八咫烏一族、狐一族、狛犬一族、龍の一族で奪い合う。
今回龍一族の参加がなぜかないため三種族での顔合わせとなった。
嫁取りは花嫁が五歳の誕生日を迎える年に一度だけ顔合わせがある。大人になった時にスムーズに我らを受け入れられるように。
全ての一族が花嫁にいい印象を持ってもらう為にあれやこれやと贈り物を用意し、未来の花嫁に期待をする。
神々から眷属の我らへの褒章と捉えている者が多いが、その実は神々の暇つぶしだ。
古に暇な彼らの遊びによる戦争で、地上が不毛の地に変わった事があった。
それを悔いた神々は、我ら眷属に嫁取りをさせるという代理戦争を始めたのだ。
今も天界でことの成り行きを面白おかしく見ているに違いない。
俺は宗家(※当主筋)だが、母上の身分が低かったため次期当主筆頭ではない。
それでも一目花嫁を見たくて無理を言ってついて来た。
会場周りの警備に入れ込んでもらったが、十歳の子供の俺には特にやる事もなく庭で昼寝をしていた時に何の因果か結衣と出会った。
小さな小さな甘い匂いがする人の子。泣き虫で、俺が植物を操るとすぐに泣き止み笑顔を見せる。
クルクルとかわる表情が可愛くて、何故か懐かれたが手に入らない宝を目の前にしているようで歯痒い。
「ゆい?どうした?今日はおそかったな?」
毎日の顔合わせは昼食を兼ねた茶会だ。
結衣は部屋で朝食を取ったらいつもまっすぐ俺のところに来ていた。
日が高くなった頃にやっと顔を見せた結衣はスカートの端を握って俯き、
「結衣、泥棒じゃない……」
と絞り出すような声で言った。
「?そんな事知ってる」
「違うの!欲しかったわけじゃなくて!ちが、違うの!!」
ボロボロと大粒の涙が出てきて困惑する。
ここに来るまで、泣くのを我慢していた事に。
こんな小さな子が、俺の前まで来てようやく安堵したかのように泣き出した事に。
「どうした?何があった?」
「プレゼントの箱のリボンがね、キラキラしてて……綺麗で……見てたの。触ってない!触ってないよ!!盗ろうとなんてしてない!!ほんとだよ!」
「っ………………」
見ると結衣の丸い可愛らしいほっぺたが赤く腫れている。こんな小さな柔らかい生き物に、何故こんな仕打ちができるのか。
結衣の話や耀から聞く話から結衣の置かれている立場は分かっている。
「これやるから、もう泣くな」
「ぐずっ、これ、なぁに?大きいどんぐり?」
「胡桃だよ。開けてみろ」
「開ける…………?」
繊細な金の蝶番がはめ込まれた胡桃を小さな指でパカッと開く。中にあるピンク色の紅を見て、目を見開いてみるみる笑顔になる。
俺の持つ金では一つしか用意できなかった物。スペアの俺が贈り物を用意する理由はないが、眷属一族にとって心惹かれる花嫁に一目でもあえたら渡したいと思った。
「わぁ!お化粧!素敵!ママがもってるやつ!嬉しい!!お兄ちゃんありがとう!!ママに見せよう!踊る時のママとお揃いだ!!」
「結衣の母御は踊り子か?」
「そうだよ。ニホンブヨウの先生だよ!お兄ちゃんのママは?」
「もう儚くなってしまわれたが、俺の母上も舞妓だった」
「マイコ?ママと同じ?」
「そうだよ。お揃いだな」
苦笑して頭をなでる。結衣の母御とは違い、俺の母上は芸妓だ。酒の席で父上が見初め、俺が生まれた。母親の地位が低いため俺は主筋の中でも地位が低い。
「ママの踊りが見られなくなっちゃったから悲しいお顔なの?」
「いや…………別に…………」
「じゃあゆいがいっぱい練習してお兄ちゃんに踊り見せてあげるね!次遊ぶ時のお約束!」
「次…………」
「次!!!」
「俺はただのスペアだぞ。今回は運良く一緒に来れたが次はないかもしれん」
「なんで??」
「俺に力がないから」
主筋である宗家の下の三柱出身の母親を持つ耀にかなわない。
「じゃあお兄ちゃんは次会う時までにいっぱい強くなればいいね!」
「………そう、だな……俺がもっと力をつければ…………結衣、次も俺に会いたいか?」
「うん!!!」
男の子は一瞬黙って泣き笑いの顔で私を見、それから手を繋いで会場への道を歩き出した。
「今日は最終日だし、晩餐も共にする筈だ。お前の分のデザートもちゃんとあるから、それを楽しみに戻ればいい」
「お兄ちゃんは行かないの?一緒にいたい」
「ん、俺はまだ入れない」
「お兄ちゃん、また会える?お名前は?」
「俺の名前は…………いや、いい。今は烏とだけ覚えておけ」
「からしゅ?」
「ああ」




