器
「肝が冷えたぞパンガキ」
月宗様の言葉にやっと御簾から出てきた涼風はきょとんと首を傾げている。
同じ部屋にいるけれど、もう皆緊張を解いている。
「天衛が喋るなど、初めて見たな」
恭さんも涼風をマジマジと見て驚いた風。
「そうなんですか?」
「ああ、天衛は俺達や人間の様に神の魂を頂いて生まれてきてはいない。神の神力だけで作られた器だ。本来心というものが無い」
そうかな? 月宗様が答えてくれたけれどそうは思わない。
涼風は布面で表情はわからないけれど、喜んだり悲しんだりわかりやすいと思うけど。
「それより涼風!パン面つけたまま入室すんじゃねぇよ!」
パッとパンのヒーローのお面を取り上げ高く上げた月宗様の手に、ぴょんぴょん飛んで手を伸ばす涼風が可愛い。
ほら、やっぱり気に入ってる。
「第一天衛、いつも父神様とはあのような距離なのですか?」
笹音さんが涼風に聞くけれど、やはり首を傾げたジェスチャーしか返ってこなかった。
「はぁ、だから子供は嫌いなのよ。もう帰りましょう?疲れたわ?」
踵を返した桜子に笹音さんと恭さんが続く。
「俺らはどうする?観光してくか?」
「いいの!?」
「ああ、少し気晴らしして帰るか。今日はよく頑張ったな。涼風、レレを連れて来い」
そう言って私をひょいと抱き上げ外廊下に出るとそのまま空を飛んだ。
ぐんぐんと高度が上がっていく。
「怖いか?」
「怖いけど、怖くない」
「は!なんだそれ」
お姫様抱っこなんてドキドキする。
もっと不安定なイメージがあったけれどふんわり抱えられているのに安心する。
「月宗様も、お着物、ありがとう。あんな高価なお着物私着たことなくて……」
「次は店ごと買ってやるよ」
「身体は一つだよ」
「毎日変えりゃいいだろ」
力を得るための嫁取りだと分かっていても、どんどんこの人に惹かれていく。
黒の似合う、夜の闇みたいな凛とした人。
「若ーーーー!!」
外宮を出てすぐの所にある老舗の旅館の前でレレさんが手を振って、隣に恐竜涼風がいる。もう着替えたのか。早いな。
ふんわり着地した私達の周りにたくさんの観光客がいるのに、皆空から来た私達に気がついていない。
「ちょっと目眩ましの幻術をかけてる」
驚く私に悪戯っぽく笑う。
「この旅館いいですね~~~!さぁお嬢様、お部屋借りてますんでデート用にお着替えしましょう!!」
こちらに来た時に入ったホテルも近かったはずなのに、より門前町に近い旅館を休憩用に取ってくれたということだろうか。
「さあお嬢様行きましょう~~~」
「「「いらっしゃいませ」」」
女将と中居さん達に案内されて広い和室に通されると、そこにはすでに衣桁に掛けられた訪問着が数枚と、クローゼットに掛けられたワンピースが並んで、窓際のテーブルには沢山のプレゼントが山積みになっていた。
「今回はぜーんぶ若からです!!」
「す、すごい……」
月宗様は別の部屋らしく、ここには私とレレさんと涼風しかいない。
あとでちゃんとお礼を言おう。
「お嬢様、何にいたしましょう!洋装でも和装でもお好きな方で!」
「あ……じゃあ、月宗様から贈られた振袖、着てみたい、デス……」
「!!了解です!!」
今日の儀式のために月宗様から贈られた振袖。
紺地に赤と白銀の大柄の牡丹が染められて、花の中心の金と銀の刺繍が上品なお着物。
可愛くてすごく気に入ったのだけれど、儀式向きではないかな?と今日は手に取らなかった。
「お嬢様!レェスの羽織りとブーツに致しましょう!!歩きやすいですし絶対可愛い!」
テキパキとレレさんが私に着せ付けていく。
涼風は私の横にぺたんと座り、月宗様にもらったお面をつけたりはずしたりして遊んでいる。よっぽど気に入ったんだな。
「はぁ~~~お嬢様めちゃくちゃ可愛い。お嬢様のリボンの箱も持ってきました!今日はベルベットのリボンでハーフアップにしましょう!」
巾広のモスグリーンのベルベットリボン。
両端に八咫烏の焼きごてが入ってる。
上から下まで月宗様からのプレゼント。
ソワソワしてしまうけれど、嬉しくてたまらない。あの人がくれる、私のイニシャルが入った、私へのプレゼント。
「結衣、準備できたか?」
襖をノックする音がして、月宗様の声がする。
それだけで胸がいっぱいで息が苦しい。
涼風がてこてこと襖を開けに行き、小さな恐竜君を肩車した月宗様が私を見下ろす優しい顔。
「行くか」
ダークグレーのシャツに黒のチェスターコート。シンプルなのにめちゃくちゃカッコいい。
本当に黒が似合う人だなと思う。
「いってらっしゃいませ~~~!」




