晩餐
私の部屋は3階で、エントランスホールに通じる大きな階段まで月宗様が迎えに来てくれていた。男性陣は階上への立ち入りが禁止になっているそうで、大階段からエスコートが始まった。
「可愛いよ、結衣」
金とオレンジを混ぜた様な夕陽色の瞳が私を優しくみつめる。
「ありがとう。あと、プレゼントも。リボン……嬉しかった」
髪と共に編み込んでもらった黒のベルベットリボン。
プレゼントの箱に付いていたもの。
リボンの先に八咫烏の刺繍が入っている。同じ黒糸なので目立たないけれど、絹糸がシャンデリアの光で艶めいて美しい。
「ああ。良かったな」
月宗様はニヤっと笑う。
イタズラが成功した子供みたい。
「んでこの棒持ったクマはなんだ」
「あ、なんか気に入ったみたいで……狩衣もお洗濯中で……」
クマ着ぐるみは足先まであるタイプのツナギだったので、現在涼風は草鞋をぬいでクマ足姿だ。ペタペタと歩く姿が大変よろしい。
「若!涼風の衣装、こちらでご用意いたしますね!!まだまだ足りませんので!お嬢様も大変およろこびになります!!」
「おー、好きにしろ」
後ろで(ヨッシャ!恐竜バージョンも買ったろ!)とレレさんの小さな声が聞こえる。
クスクスと笑うと月宗様が目を細めて優しく私を見ていた。
「楽しそうだな」
「うん、優しい人達を付けてくれて、ありがとう」
「ああ、あいつらなら信頼できる。ここにいる間はお前の手足になる。何でも言っていい。足りなきゃもっと付けるぞ」
「十分だよ。でも、ありがとう」
ほら、会えばビックリするほど大切にされる。
エスコートの手から伝わる熱が、胸を焦がす。
けれど心のどこかでセーブがかかる。
————「っ、桜子……」
2階の踊り場で恭さんにエスコートされた桜子と出くわし、足が止まる。
「あら姉さん、何?じろじろ見て」
気になっていた事。
怖くて口にできなかった事。
————桜子にも八咫烏の侍女を付けたの?
————桜子にも同じプレゼントとリボンのラッピングを贈ったの?
桜子の後ろに控える侍女3人。
一人は天衛の382番。
もう一人は焦茶の尖った耳と、二本の尻尾。
最後の一人は白いふわふわの耳と、先がくるんとした尻尾。
力が抜ける。
八咫烏じゃない。
たまたまかもしれないけど、私にだけの心遣いな事がわかって涙が滲むほど嬉しい。
彼らにとっては力を得るための嫁取りだと分かっていても、こんなにも月宗様に惹かれている自分が怖い。
「恭?貴方達からのお花のプレゼント、まとめて活けなおしたの。大きくなりすぎちゃったから、別の所に飾ってくれる?」
「承知した。あれか?素晴らしいな」
妖狐らしき侍女が持つ大きな生け花。
花瓶ではなく、陶器の水盤に剣山を使った見事な花。
「ありがと!季節の花じゃない物まで沢山あったから張り切っちゃった」
桜子は既に私への興味は失せているようで、楽しそうに階下へ降りていった。
お花は、贈ったのか。
当たり前だ。そんな事分かってたはず。
プレゼントだって私にだけなんて事が出来る人じゃない。
「結衣?どうした?」
首を振って見せて前を向く。
こんなことばかり考えたくない。
◇◆◇
晩餐と言っても立式の様で、人数にそぐわない豪華なビュッフェスタイルになっている。
壁には何箇所かにソファーや丸テーブルがおいてあり、どこで休憩してもいいみたいだ。
急遽運び込まれた桜子の生け花が、デザートのテーブルに置かれていた花と交換されて、皆が口々に賞賛していた。
私が月宗様にエスコートされて中に入ると、
笹音さんが近づいて来て月宗様からエスコートが笹音さんに代わる。
こういう時、月宗様は何も言わない。
すごくスムーズにエスコートの交代に応じる。
「何を飲まれますか、結衣様」
銀のトレイに沢山の飲み物をのせたボーイを呼び止め私に聞く笹音さんは、エスコートに慣れているのか動作が流れる様で紳士的。
彼もスーツに着替えている。
シルバーのスーツが似合う人なんて初めて見た。
「あ、オレンジジュースを……」
「ここに無い物でも何でも仰って下さいね、遠慮はいりません」
無い物をお願いなんてしないけど。困るのはボーイさん達じゃなかろうか。
「結衣様も、生け花の嗜みが?」
「いいえ、私はからっきしです。元々、花柳院の者ではないですから」
「おや、嫌な質問でしたでしょうか。申し訳ありません」
ジュースの入ったグラスを渡しながら、私の耳に顔を近づけて、また小声で喋る。
「ではお好きな花はございますか?特別に、教えて頂きたい」
バッと耳を押さえて口がパクパクした私を見てクスクスと笑う。
長い銀の髪を結った水色の組紐が揺れる。
「セクハラしてんじゃねえよ」
月宗様がぐいと後ろから私を抱き抱え、すぐ後ろのソファーに座らせてくれた。
「おや。そんなつもりは。ただの質問です」
「チッ…………」
「あ、あの、切り花は、あまり得意ではなくて…………その、可哀想で……」
桜子に聞かれたくなくて目が泳ぐ。
幸い桜子は部屋の端で恭さんと歓談していたので聞かれなくて済んだ。
「苦手な物を贈ってしまい申し訳ありません。次回、挽回させていただきたい」
「いえ、その、たくさんのプレゼントをありがとうございました、とても嬉しかったです」
涼風がソファーをヨジヨジと登り私の横にピタッとくっついて座った。
クマの丸い尻尾がフリフリと動くのを見て、ちょっとだけ緊張がとけた。
笹音さんはニッコリ笑って、私の手の甲にキスをした。
「お優しいのですね。後ほどダンスなどいかがでしょう。簡単なスローダンスです」
「ひぇ、っ、はい」
ここ、日本だったよね……?




