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8話 リセット・キャンセル

『なんと最低な幕引きでしょう』


 叱責の声が大きくなっていく。

 誰の声だったか。思い出す前に、暗闇の中で純白のベールが揺れた。


「……時渡人(わたしもり)?」

『ここは虚構の世界とは違い、取り返しがつきません。どうか悔いのなきよう――そう申し上げたはずですよ』


 そうだった。ついさっき、取り返しのつかないことをしてしまったところだ。

 ノームの子を助けようと、無策にもロードンに向かっていったせいで、あの鋭い爪に――。


「……私、また死んだの?」

『いいえ。小さき祖母の()()に守られたおかげで、致命傷は免れました』

「祖母の、加護?」


 首を傾げつつ訊き返すと、時渡人は白い腕をこちらへ差し出した。その手には、花嫁に似つかわしくない黒のダリアが一輪握られている。


『其方には、「この地を救う」という使命があるのです。無謀な行いを反省するというのなら、花に手を』


 無謀。確かにそうだったかもしれないが、あの状況で他にどうすれば良かったのか。


『匡花。次こそはうまく立ち回りなさい――今回は死の運命から逃れることができましたが、いつも巻き戻すことはできないのですから』

「巻き戻すって?」


 ダリアに触れた瞬間、暗闇がパチンと弾けた。

 明るい。雪を被った木々に囲まれている。ここは森――ブナ・カフェの前だ。


「時渡人は……」


 キノコ型のロッジを振り返った瞬間。

『次こそはうまく立ち回りなさい』――厳かな声が頭の中に響いた。


「もしかして」


 腹に穴は開いていない。ということは、だ。

 カフェの小窓から中を覗いてみると――やはりいた。ボロネロがちびノームと戯れている横で、険しい顔のロードンとマスターが話している。


「時間が、巻き戻ってる……?」


 彼女が何者か非常に気になってきたが、今はそれどころではない。すぐに行動しなければ。


「待て、落ち着け私」


 このまま焦って突入しては、同じ結果になる可能性が高い。ならば、今頼れる唯一の()を連れてこよう――思い立つと同時に丘を駆け上がり、息も切れ切れに寝室のドアをノックした。


「あれ……さっき外出したんじゃ」

「せっ、説明は後、とにかく、一緒にっ!」


 彼がロードンを恐れているとはいえ、いざとなれば奮い立ってくれるかもしれない。一縷の望みを込めて、戸惑う夫の手を引いた。


「えっ、カフェに戻るの……!?」

「非常事態なんです!」


 エビのように腰が逃げるドラグの背を押し、何とかカフェの前まで連れてくることができた。しかし直前になって、意外と筋肉質な身体がまったく動かなくなってしまったのだ。


「ノームのマスターがピンチなのは分かったけど、でも……」

「ドラグ様がいてくだされば、私ひとりよりもはるかに心強いのです」


 彼だって、仮にもドラゴンなのだ。初対面の夕食時に発揮された、彼の秘めたる力を忘れてはいない。


「……心強い?」

「ええ。早く突入しますわよ」


 少しだけ表情の緩んだドラグの手を引き、キノコ型のドアに手をかけた。


「観念しなさいニセ領主!」


 一度目同様、勢いよくドアを開け放つと。ロードンがちびノームに鋭い爪を向け、マスターは固まっていた。先ほどとまったく同じタイミングだ。


「あぁ? またテメー……と引き籠りか。今取り込み中だ、帰りやがれ」

「その子を放しなさい! チンピラ竜が新領主だなんて、誰も認めませんよ」


 多分最初も、こんな感じのセリフを言い放った気がする。すると彼は笑いながら、爪をひねる真似をした――あの動き、同じだ。


「地代を払わねーってんなら、力で従わせるしかねぇだろ? このシオンでは、『力こそがすべて』だ」


 セリフもおそらく同じ。それでも、鋭い眼光で睨みつけられると身体が震えてしまう。


「助けておばあちゃん!」

「ニシカ……!」


 先ほどはここで耐えられなくなり、後先考えずに突っ込んでしまったが。今回は違う。一応、ドラグが付いてきてくれているのだから。恐ろしい疼きを腹部に感じながらも、後ろにいるはずの夫を振り返ると。


「さぁドラグ様……あれ?」

「ドラグ、入らない? そこ、邪魔」


 まだキノコの内装を観察しているボロネロにつつかれているのは、ドアから半身をのぞかせたドラグだった。

 突入前、少しは緊張が緩んだと思ったが。やはりロードンに対するトラウマが発揮されているのだろうか。


「ドラグ様、領民の危機です! こちらにいらして、一緒に彼を追い払いましょう」

「おいおい! だぁれが、だぁれを追い払うだって?」


 まずい。このままでは先ほどと同じ――いや、もっと最悪だ。ドラグを目の敵にしているというのは本当のようで、一度目とは比べ物にならないほど、ロードンの圧が強くなっている。


「ムダな殺しはしねぇ。が、傷の一つや二つに関しちゃ容赦しねーぜ」


 ロードンがさらに苛立っている。このままでは本当に、ちびノームに危害が及ぶ。頼みのドラグも、やはりトラウマには勝てなかったか――と頭を抱えた直後。


「ごめん、もう大丈夫……ちょっと慣れた」


 驚いた。入り口で固まっていたドラグが、いつの間にかそばに寄ってきていたのだ。緊張しつつもその場に止まろうと、必死な顔をしている。


「ドラグ様、どうしましょう……実は」


 ここまで勢いで来てしまったが、チンピラ竜に対処する手立てを、具体的に用意していたわけではない。ドラグが何とかしてくれるのでは、と期待していたことを正直に告げると。


「期待してくれたところ申し訳ないけど、僕じゃロードンには勝てない……でも、勝つ必要はないよ」


「首飾りは持ってる?」、と妙に落ち着いたドラグが尋ねてくる。


「え……? はい、こちらに」


 いったい何をするつもりなのか。首飾りを差し出すと、ドラグの牙が耳元に近づいてきた。


「えっ、でもそんなことをしては!」

「今はあの子を救うのが最優先……でしょ?」


 それはそうだ。後先のことを考えている場合ではない。


「分かりました、やってみます」


 ドラグの硬い指を握り、再びロードンを見据えた。


「『ブナ・カフェ』の地代を、こちらでお支払いします。ですから一刻も早く、その子を解放してください」


 力では敵わない。ならばドラグの言う通り、この場を収めるにはこうするしかない――用心棒を雇うために持ち出した首飾りを、筋肉ドラゴンに向けて差し出した。

 あとは彼がどう反応するか、だが。


「すげぇ! そんだけデカい極光(オーロラ)石なら、町全体から地代集めても釣りが来るかもなぁ」


 すっかり首飾りに興味を惹かれたロードンは、つまみ上げていたノームの子を放り出した。


「おばあちゃんっ!」

「ニシカ……!」


 良かった――が、やはりロードンは領主の器ではない。ただ価値のあるものを前に喜んでいるところを見ると、妻のゲルダに、「とりあえず金を集めろ」とでも言われているのだろう。

 領主にとって大切なことは、お金を集めることではないというのに。




「はぁー……キノコシチューが沁み渡りますわ」


 喜んで首飾りをお持ち帰りしたロードンと、終始キノコに恍惚としていたボロネロが、揃ってカフェを去った後。カフェの店主――彼女はシンシアというらしい――が、孫を救ってくれた礼にとディナーを振舞ってくれた。


「森の幸を詰め込んだシチュー、たくさん食べてね」

「ありがとうございます! コーヒーもそうでしたけど、シンシアの作る料理は、何だか力が湧いてくる気がします。ね、ドラグ様?」


 隣を振り返ると。いつにも増して、どんよりとした空気を纏っているドラゴンがいた。しかもツノがシチューの器に入りかけている。


「……どうなされました?」

「ごめん。君に送った首飾りなのに、アイツらに持ってかせちゃって」


 まさか、そんなことで落ち込んでいたとは。


「むしろ謝らなければいけないのは、私の方です」


 仮にも結婚記念品を、用心棒を雇うための資金にしようとしていただけではない。ドラグがロードンをトラウマ並みに恐れていると分かっていたはずなのに、無慈悲にも引っ張り出してきてしまった。


「でも、ドラグ様は逃げなかった。それどころか、助けてくださいました」


 ドラグならば本気を出さなくとも、カフェへ向かうまでに私の腕など簡単に振り払えたはず。


「どうして来てくださったのですか?」

「それは……たとえ家柄が目当てでも、君はこんな僕と結婚してくれたから」


 そうだったのか。エメルレッテが彼と結婚した理由は、家柄。しかし何だかしっくりこない。

 彼女の本心は分からないが、私は――。


「きっと、それだけではなかったのだと思います。あなたが本当は勇気ある人だと、どこかで感じていたのかも」

「……エメルレッテさん」


 影を帯びていた瞳に、黄金の光が宿った。契約婚を持ち出した時に消えてしまった輝きが、再び彼の瞳に宿っている――そうか。これはゲームとは違う。推しと同じ名前の彼は、確かにここに存在しているのだ。


「やっぱりこの世界は、紛れもない現実……」


 しかし私がこれまで生きていた世界とは、まったくの別世界。もう気まずい職場に行く必要はないが、大切な人たちとも会うことができない。


「だったら、私は……」


 顔を上げ、今、目の前にいるドラグを見つめた。


「決めました。私、ドラグ様の名誉を取り戻します」

「え……?」

「荒地だらけの領地も建て直しましょう。お義父様がご存命だった頃に負けないほど、活気のある領に」


 ゲームとは似て非なる、このシビュラを知らなくとも、ドラグがいれば何とかなるかもしれない。今回のように、2人で協力することができれば。


「まずは用心棒を雇ってチンピラを牽制するところから。ドラグ様、一緒に頑張りましょうね!」


 ドラグの手をそっと取ると、彼はなぜか照れたように顔を背けた。


「あっ、あの……さっきから見てる」

「はい?」


 黒い爪が指し示す方を見ると。目を丸くしたちびノームと視線がぶつかった。


「ほわぁすごい、ドラゴンと人間のカップルだ」

「あらまぁ、邪魔しちゃいけないわニシカ」


 こうもマジマジと見られていると、たしかに恥ずかしくなってくる。


「ニシカちゃん? 一緒にシチュー食べ……あ」


 こちらから声をかけると、やはり逃げていってしまった。まだ人間に慣れないのだろうか。


「ところで、さっきの話だけれど」


 シンシアの真剣な声色に、カウンターを振り返ると。彼女は顔の古傷を撫でながら、静かに肩を震わせていた。


「グロウサリア卿は、たしかに良い領主様のようですね。ですが我々ノームは……一部の竜族に受けた迫害を、忘れることはありません」

「迫害……?」


 そういえば、初めてドラグと丘を降りていた時。『アイツらを制御できないせいで、力が弱い種族はよそに出て行っちゃって』――あれはもしかすると。


「領主様のお父上がいらっしゃった頃、シオンはあらゆる種族が共生する楽園でした。ですが例の『暴君』が幅を効かせるようになってからは……我々はまとめてよその土地に移るほかありませんでした」


 先ほどのような行いが、5年前も行われたというのか。


「でもシンシアさんは、またこの地に戻ってカフェを開いたのですよね?」

「ええ。シオンはノーム族の故郷、どうしてもこの森に戻ってきたかったの。私もあと10年若ければ、あんな連中どうにかできたのに」


 故郷に戻りたい気持ちは分かる――が、今その後にとんでもない言葉が飛び出したような。


「どうにかできた……って?」


 ドラグもその部分を聞き逃さなかったらしい。シンシアは再び顔の古傷をなぞりながら、穏やかに微笑んだ。


「私、若い頃は傭兵をしていたの。娘たちは今もブルームーン・トロイカのギルドに所属しているわ」

「ようへい……って、傭兵!?」

次回:ノーム族マスターのおかげで開かれる、新たな道とは……?

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