9話 おばあちゃんの特製コーヒー
『シビュラ』では、「最弱の種族」と称されていたノーム族が、まさか傭兵をしていたとは。
「しかもブルームーンって……上位魔族が貴族層を占めている、あの領のことですの?」
「あらまぁ、エメルさん詳しいのね」
詳しいも何も、「支配していました」、とは言えないが。
それにしても。超優秀な農家として頼りにしていたノーム族が、強力な種族ばかりの地で渡り合えるほどの力を持っている――これは使えるかもしれない。
「シンシアさん。このカフェに、ギルドを併設させてくださいませんか?」
「あらまぁ! ギルドですって?」
本来ならば、まず領内の生活基盤を整えたいところだが。こうも治安が悪いのでは、開発を進めることすら困難だ。ギルドを新設することで、優秀な傭兵であるシンシアの娘たちをシオンへ誘致できたら――。
「でも領主様の最後の財産は、孫を助けてくださるために使ってしまったのでしょう?」
この世界では、ギルドを増築するのにいくらかかるのか。『シビュラ』と同じ貨幣価値ならば、だいたい――。
「1000万ソロン。シオンにひとつしかない建設会社……『ゴーレム建設魔導式会社』に頼んだら、そのくらいかかるよ」
あまりに静かで忘れていたドラグが、空になった皿を置いてこちらに向き直った。
「あらまぁ、そんなに?」
どうやら貨幣単位や価値観は、『シビュラ』と同じらしい。混乱しなくて助かるが、ここは現実――そんな大金を稼ぐには、それなりの時間と手間がかかる。
「あの首飾りひとつで、いくらでも増築できたんだけど……」
「もう無いものを嘆いても仕方ありませんよ。大丈夫です。資金がなくても、まずは店の売り上げを3倍にしてみせますから」
胸を叩いて言い切ると、ドラグとシンシアは同時に顔を見合わせた。
「そんなこと、できるのかしら?」
「もちろん。あなたたち、ノーム族の協力が必要不可欠ですが」
彼女たちの得意分野は、何といっても「大地と自然」――例外はあったようだが、本来はコレだ。
「さっそく明日、店の帳簿を見せていただけませんか?」
ロードンたちが、首飾りに満足している今がチャンスだ――。
さっそく翌朝、ブナ・カフェを訪問すると。
「打ち合わせの前に、朝の一杯をどうぞ」
早朝にもかかわらず、シンシアはコーヒーを出してくれた。それも店の帳簿を添えて。
「売り上げアップはありがたいわ。でも、本当に3倍なんてできるのかしら?」
「3倍というのは、あくまで目安でして。まずはそもそもの売り上げがいくらかを確認しないと」
店の維持費や、彼女たちの生活費も考慮しなければならない。それらを差し引いた、1日の売り上げは――。
「1000ソロン……」
コーヒー1杯200ソロンで、客層はシオンに戻りつつあるノーム族だけ。今のままの売り上げだと、増築費用を貯めるまでに何十年かかるか分からない。
「エメルさん……お察しの通り、ギルドはすぐにはできないわ。でも最初の予定通り、用心棒を雇う分を貯めるのなら、もっと早くできるのではないかしら?」
その通りだが、それでは意味がないと昨日分かってしまった。ドラゴンを相手にできるほどの凄腕は、個人的な伝手でもない限り、ギルド経由でなければやって来ないだろう。
「いえ。まだ望みはあります」
ゴーレムの会社へ頼む以外に、ギルド創設のための選択肢はまだあるかもしれない。
「とにかく、何をするにも資金は必要です。まずはブナ・カフェの売り上げを3倍……いえ、10倍にしてみせます」
「10倍って! そう簡単におっしゃいますけれど」
「大丈夫です。私に考えがあります」
前世で培った事業戦略は、きっとこの世界でも通用するはず。そして「売り上げ10倍」を実現させるためには、やはりシンシアの力が必要だ。
「考えって? ただのコーヒーを2000ソロンに値上げしたら、今度こそお客さんがゼロになっちゃうわ」
「金額はあまり変えませんよ。それにこのコーヒー、ただのコーヒーではありませんよね?」
三度飲んで確信した。このコーヒーにはバフ効果が込められている。
「最初にこのコーヒーを飲んだ後、丘を降ってきた時の息切れが嘘のように軽くなっていました。それに……」
エメルレッテの身体が致命傷を免れた理由を、時渡人は「小さき祖母の加護」と言っていた。確かにあの時、ロードンの爪に刺される前、「おばあちゃんの特製コーヒー」を飲んでいたのだ――これはシンシアに話せないが。
「差し支えなければ、材料を教えていただけませんか?」
「たいしたものは入れていないわ。森で探してきたキノコくらいで」
まさにそれだ。【スキル:探索】のレベルが高いノームは、強力なバフ効果のある薬草類を見つけることがある。現実を生きる彼女たちは、自分の能力について認識していないようだが。
「アナタがおっしゃった通り、コーヒーや料理にいれると、ちょっと元気が湧いてくるのよ」
彼女は「ちょっと元気が出る」という、お守り程度の効果としか思っていないのかもしれないが、致命傷を回避できたのだ。きっとバフの量は破格のはず。
「シンシア。あなたのコーヒーは、他にない特別なものです。うまく宣伝できれば、きっと領内外からお客さんが殺到するはず!」
バフ効果キノコを活かしたコーヒーを売りにする。そのうえで、店の存在を広めるための新装開店イベントを開きたい――カウンターに乗り出す勢いで立ち上がると、いつも細められている深緑の瞳が開いた。
「あらまぁ……」
まずい。熱が入りすぎて引かれただろうか――『「あなたはこれが向いてる」とか言ってくるんだけど、こっちの気持ちはどうでもいいのかって』――前世で言われた陰口が、頭と胸を締めつける。
他人の可能性を指摘して喜ばれることもあれば、疎まれることもある。口に出して良いものかを考えてから発言できないのは、昔からの悪い癖だと分かっていたのに――。
「このお店をノームの隠れ家的カフェに留めておきたいのでしたら、断っていただいても……」
「断るなんてとんでもないわ! アナタの情熱、ヒシヒシと伝わってきたもの」
熱のこもった瞳が、じっとこちらを見据えている。彼女の言葉が本心であると伝えるように。
そうだ、この世界ではそんな遠慮をしている場合ではない――自分の力を信じて、彼らのビジネスを後押ししなければ。
「シンシア……決して損はさせません。精いっぱいやらせていただきます」
クライアントから了承を得ることができたところで、少しずつ材料を集めるとしよう。
「ところでそのキノコ、稀少なものなのですか?」
「いいえ? ノーム以外は見向きもしないけれど、エルフの住む森には年中生えているわよ」
「案内していただけませんか? その場所へ」
『湖畔の森』といえば、『シビュラ』では美しい緑と湖のコントラストが「映える」と、撮影スポットになっていたが――2次元と3次元の差は圧倒的だ。
「すごい……現実じゃないみたい」
人の手が入っている感じがしないというのに、この森は複雑な彫刻のように美しく管理されている。
「エルフ族の賜物ね。私たちノームは緑を増やしても、『整える』ことはしないもの。さぁ、こっちよ」
シンシアの後を追いかけ、鮮やかな草花の群生する森の奥まで進んでいくと。小さな池を取り囲む、暗い湿地に到着した。丸く可愛らしい色とりどりのキノコが、木々の根元に生えている。
「これが『お守りキノコ』よ。本当の名前は知らないけれど、私たちはそう呼んでいるの」
シンシアは口を動かしつつも、慣れた手つきで採集をはじめた。彼女はわたあめを千切るように素早く摘んでいるが、やってみると思ったより硬い。
「あらまぁ、アナタはやらなくていいのよ! 私は手の皮が厚いのだから、任せてちょうだい」
「お役に立てず、すみません……ところで、色が違うと効果も違うのですか?」
赤、黄、白――ひと目見渡すだけで、何色ものキノコを見つけることができる。
「赤は『元気いっぱい』、黄は『ハッピーな気分』、白は『ぐっすりおやすみ』ね」
「色によって効果が変わるんですね」
シンシアは、客の様子を見てキノコの種類を変えているという。これもPRに使えそうだ。
それにしても、ただ見ているだけは申し訳ない。彼女が摘み終えるまで作業をしようと、持参していたメモ帳とペンを片手に周囲を見回したところ。池のほとりに沈んでいる、腰掛けるのに良さそうな青い石を見つけた。
「私、あの石の上で作業していますね」
「落ちないように気をつけてね」
それはフラグだろうか。
いくらエメルレッテが細身で体力のないお嬢様だとしても、そう簡単に池ポチャはない――とは思いつつ、慎重に石へよじ登った。
「この石、すごくキレイ……」
石と石の繋ぎ目が、太陽を反射して光り輝いている。削り出して、店の新しい看板にしたら目立つのではないか。
『くすぐったい』
「うわっ!」
石が動いた。それも池の中からせり上がるように――ツルツルした石の表面を身体が滑っていき、つま先が水に触った、その時。
「あれ……?」
濡れた細い石が5本、身体を持ち上げてくれている。ふと視線を感じ振り返ると、鉱石の隙間から見えるふたつの光と目が合った。
『ふぁ~あ、よく寝たなぁ』
「あなたは……昨日町で助けてくれたゴーレムさん!」
陸に降ろしてくれた彼は、自身も池から這い出てきた。結局服は濡れてしまったが、びしょ濡れは免れたのだ。贅沢を言ってはいけない。
「まぁエメル、なんてこと……!」
採集の途中だったシンシアが、とんでもない形相で開眼している。ゴーレムに襲われていると勘違いしているのだろう。
「こうなったら――」
「シンシア待って! 彼は優しいゴーレムさんで、ええと」
そういえば、まだ名前を聞いていなかった。
『ボクはシカク。また会った、人間。ノームも、こんにちは』
「あら……まぁ」
シカクは礼儀正しくも、正方形の頭を深々と垂れている。突然ゴーレムから繰り出された故郷式の挨拶に、シンシアだけでなくこちらも面食らってしまった。
「これはご丁寧に……ところで、どうしてシカクは池の中に沈んでいたのです?」
『整えるタメ』
池のほとりに三者並んで腰かけ、シカクのゆっくりな喋り調子に付き合い、広い心で話を聞いてみると。彼は日光浴で熱くなった身体を冷やしていた、と語った。
『今、さいこうに整ってる』
「……それは良かったですね」
故郷で流行っていた健康法、そして先ほどの挨拶――それらをゴーレムである彼がしているところを見ると、不思議な気分になる。
「シカクさんは人間の文化がお好きなのかしら? もしかして、以前『トウキョウト』にお住まいだったとか」
「東京都……!?」
耳慣れた地名に、思わず声を上げてしまった。
「あら、エメルさんの故郷でもあるでしょう?」
シンシアの話によると。エメルレッテの故郷である東京都――もとい『トウキョウト』は、人間の治める都市らしい。
妙だ。『シビュラ』にそんな都市はなかった。魂を別世界へ運んだり、時間を巻き戻したりと、あり得ない力を持つ時渡人ならば何か知っていそうだが――こちらの呼びかけには応えてくれない。
『ボク、留学してた。10年ほど』
「まぁ10年……ノームでいうと30年も!」
さすがカフェのマスター、子どものように辿々しい喋りのシカクとも、テンポよく話せている。
『ところで。エメル、ノームを用心棒にした?』
「いいえ。彼女はカフェのマスターで、実は……」
たしかシオン唯一の建設会社を経営しているのは、ゴーレム族だったはず。シカクが直接関わりがあるかは不明だが、事情を話してみよう――彼女のカフェにギルドを増築しようとしている、と。
『もう建設会社に依頼、した?』
「いいえ、依頼しようにも資金が足りないのです」
推定1000万ソロンの増築費用を貯めるため、今こうしてキノコを採集している、と説明したところ。シカクの瞳から放たれる、青白い光が輝きを増した。
『その仕事、ボクに任せてほしい。学んだこと、リッパなギルド造るのに、生かしてみせる』
次回:ギルド創設なるか……?




