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49話 ブラック・ドラゴンタクシー

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。緊急首脳会議の議題は――」

 

『ぼったくりドラゴンタクシー被害報告会』について。

 談話室中に響く声で、そう宣言すると。まず「たくしーとは何だ?」と実務チームのリーダー、エルフ族のナノが眉根にシワを寄せた。

 そうか、この世界に車は存在しないのだった。


「人を運ぶ運送手段のひとつです……って、今はそんなことより!」


 総評価『星1』の謎が、ドラグのおかげでやっと分かった。

 怒りを抑えつつ告げると、経営チームのリーダー、オーク族のカナメロの肩が大きく揺れた。彼女もずっと、低評価の謎を気にしていたのだ。


「オラたちに原因があるんじゃなかっただが……?」

「ええ、その通りですわ。スタッフの皆さまに落ち度は一切ありません!」


 隣でなぜか眠そうにしている夫、ドラグと顔を見合わせ、いよいよ話すことにした。前妻のゲルダが勝手に運送会社を経営し、ウチの客から運賃をぼったくっていたことを。


「あの派手な雌ドラゴンめ! それで『最後が全てを台無しにしている』と評されたというのか!?」


 身体を震わせるナノに対し、私も深く頷いた。

 ゲルダが勝手に営業行為をしていたことが発覚したのは、つい昨日のこと。しかし『エメル村』プレオープンの段階で、すでにゲルダたちは動き出していたのだ。


「一刻も早く止めるべきだ!」

「私も怒りを隠しきれませんが……止める手立てがないのです」


 今のシオンでは、営業許可基準が公的に決まっていない。条例整備が甘いのが現状だ。

 つまり、ぼったくりタクシー会社を法的に罰することはできない。


「本当にごめん。また僕が引きこもってた弊害が……」

「いいえ、ドラグ様は悪くありません」


 これはシオンを力で支配してきた、過去から現在までの竜人族すべての問題だ。

 それにしても。

 ここまでみんなと協力して積み上げてきた「エメル村」の評価を落とすなんて、絶対に許せない。


「あのぼったくり会社、必ず営業停止にさせてみせますわ!」


 そう改めて宣言し、拳を握ると――カナメロは力こぶを見せ、「オラも手伝う」と言ってくれた。

 一方ナノはため息を吐きつつ、部屋の隅に視線を向けている。


「『客が戻ってこない理由』と、『現状対策はない』ということは分かった。が、なぜその青いドラゴンがいる?」


 ナノが指差すのは、ぽかんと天井の隅を見つめる美形竜――。


「あれ……ボロネロ?」


 ゲルダの現夫であり、ドラゴンタクシーの当事者だ。

 彼は膝を抱えたまま、虚空を見つめている。


「ノームの森の前をうろついてたから、声かけたら……用があるって言うから」

「ドラグ様がお招きになったのですね」


 それにしても、用とはなんだろうか。


「またゲルダに見張るよう言われて来たのですか?」


 そう問いかけると、静かな黄金瞳がこちらを振り返った。

 いつも好奇心に溢れる瞳は、なんだか暗い。


「ゲルダ、やり過ぎ」

「え……?」


 妻を擁護するのではなく、まさかの告発――ボロネロは珍しく、「疲れた」と口にした。


「昨日は、神域の向こうまで、2往復……一晩で」

「一晩で!?」


 シオンから神域までは「北海道から沖縄」くらい離れていたはずだ。その距離を、たった一晩で2往復したというのか――。


「『音速越え目指せ』って、ゲルダが」

「そんな……『ドラゴンタクシー会社』、ぼったくりな上に超絶ブラックではないですか!」


 飛行機より速く飛ばされていたせいで、ボロネロはこんなに疲弊していたのか。

 すると、他のドラゴンも同じような状況なのだろう。


「僕がもっと強ければ、直接止めに行けるのに……」

「ドラグ様……」


『シオンでは力こそがすべて』――そう繰り返すロードンの言葉が頭に響く。

 力以外でドラゴンを従わせる方法は、本当にないのだろうか。


「ところで、用とはなんだったのだ?」


 ナノの声に弾かれ、ボロネロは懐から1通の手紙を取り出した。

 すると真っ赤な封筒が開き、芯のある声が響く。


『ご機嫌よう、後妻さん』

「ゲルダ……」

『“力”のない領主に統治の資格なんてないの。今回の件で、身に染みたかしら?』

「なっ……!」


 確信した。あの前妻美魔女――商売のためというより、こちらの邪魔をするために「ぼったくりタクシー」を始めたに違いない。


『「領統治権はその土地のルールで決まる」ってご存知? このままだと、私たちノクサリア家に統治権が移るのも時間の問題ねぇ!』

「そんな……」


 談話室に響く声が止んだ後。沈黙の中、隣から震えるため息が聞こえた。


「やっぱり、僕が弱いから……早く強くならないと。もっと、もっと鍛えて……」


 またいつかと同じ、闇落ち寸前の人みたいなことを言っている――。

 昨日の夜もどこかに行っていたようだが、朝食の時に尋ねても答えてくれなかった。


「エメル、待っててね……強くなるから」

「ドラグ様……」


 やっぱり今のシオンでは、ゲルダの言う通り力で何とかするしかないのか。


 でも、それで良いのだろうか――?


『そうだわ、ついでに一言』


 再び聞こえるゲルダの声に、意識が引き戻された。


『後妻さんの魅力もまだまだね』

「はい?」

『この間のウブなやりとりを見た感じじゃ、ドラグの肩甲骨……翼の付け根にホクロがあることも知らないんじゃあない?』

「なっ……!?」


 あの美魔女――グロウサリア家に対してではなく、私個人にまで喧嘩を売りつけてきた。


「営業妨害だけでは飽き足らず、領主代理まで煽りだしたか」


 冷静に言うナノから視線を逸らし、ふと隣を見上げたが、ドラグには今のが聞こえていなかったのだろうか。まだ「強くならないと……」と呟いていた。

 そういえば、ドラグとゲルダは1ヶ月で婚姻解消したと言っていたはず。彼らはそういう関係になったことはあったのだろうか――こういうことを訊ねるのは無粋だが、気になる。非常に。


「……マウント取ってぎだな」


 顔を見合わせるカナメロとナノに対し、思わず「別に!?」と口が喋りだしていた。


「過去の女性が何を仰ろうと、今ドラグ様の隣にいるのは私ですが!?」

「……必死だな、お前も」


 ナノ言葉が胸をチクリと刺した。

 今、ドラグの妻は私――頭では分かっているのに、胸を覆うもやが消えてくれない。




「あの、ドラグ様」


 緊急会議の日の深夜。

 今夜も外出しようとしていたドラグを部屋の前で捕まえ、バルコニーまで手を引いた。


「ど、どうしたの……突然こんな時間に」


 顔は戸惑っているものの、尻尾が小刻みに揺れている。


「ええと……その、ですね」


 夜空に赤く燃える星々に目を奪われつつ、口を閉じた。

「ゲルダとはどこまでいってたんですか?」――そう聞きたくて仕方ないが、聞けるはずがない。

 たしか最初の頃、「ゲルダが昔から苦手だった」と言っていたことは覚えているが、仮にも夫婦になったのだ。何もないことがあるだろうか――。


「エメル……?」

「ゲルダとは、5年前まで夫婦……だったのですよね」


 今は、こんなことを気にしている場合ではないのに。そもそも自分が後妻だと初めて聞いた時、特別何も感じなかったのに。

 やっぱりゲルダが彼の前妻だったことを考えると、今は胸が苦しくなる。


「その……どんな感じだったのかな……なんて」


 前妻との夫婦生活の様子を、できる限り遠回しに、それでもドラグが察してくれるように尋ねると。


「……嫉妬、してくれてるの?」


 振り返った先の夫は、なぜか嬉しそうに顔を輝かせた。


「ちっ、違います! ただ……」


 違わないから、言葉が続かない。

 それでも何かを捻り出そうとしていると、ドラグは「あのさ……」と床に視線を落とした。


「君は今も会ったりするの? その……イオって人間と」

「はい……?」


 なぜ今、イオの話になるのか。


「……いいから、教えてよ」

「ええと。あれから一度もお会いしてはいませんが」


 爽やかな反面何を考えているのか分からない、金髪の青年冒険者を思い返していると――優しい手に、そっと腕を引き寄せられた。


「君がイオと一緒にいた時は、僕の方が嫉妬した」


 耳をくすぐる低音に、全身が震えた。

 嫉妬――。

 そうか。あの時のドラグは、こんな気持ちだったのか。


「君からはまだ、『好き』って言ってくれたことないけど……これはそういうこと、だよね?」

「……まぁ。そういうこと、ですわ」


 言えない。

 でも、自分の中にある彼への気持ちは認めたい。

 肩に触れた手を握り返すと、今度は全身を抱き寄せられた。

 甘くて落ち着く匂い――私を包んでくれるこのドラゴンを、もう一生推すしかない。

 ただ――。


『完全に心を許せば、元の世界に戻れなくなる』


 時渡人の言葉が、まだ頭から離れない。


「でも……どうして急にゲルダとのことが気になったの?」

「あ! やっぱりあの時、上の空でしたのね」


 ゲルダが手紙の最後に残した、例の煽り文のこと――「背中のホクロ問題」について話すと。ドラグは自身のシャツに手をかけ、引き締まった筋肉を披露してきた。


「……っ!?」


 頭が真っ白になる中、ドラグは「ある?」と尋ねつつ後ろを向く。


「なっ、なんのお話ですか!?」

「だから、背中のホクロ……」


 まさか、それを私に探せというのか――。

 いつまでも動かない夫竜に背を向けるわけにもいかず、推しへの行為とは思えないギルティな所業を終えることにした。

 そう、ホクロを探すだけ。

 別に「肩甲骨と翼の付け根ってこうなってたんだ~」とか、「背筋ヤバい」などと思ってなどいない。


「あれ?」


 美魔女ドラゴンの話だと、ホクロは翼の付け根にあるはず。


「ない……あ!」


 これはもしかしなくても、揶揄(からか)われたのだ。


「……やっぱり。その……彼女とそういう関係になったこと、ないから」

「え……?」


 嬉しい、なんて思ってしまった自分が憎い。

 別に彼が過去に何をしていようと、責められる権限などないのに。

 燃えるように熱い顔を逸らした瞬間。ふと、腰の下の方にある黒い点を見つけた。


「あっ、ここにはあります」


 ここ、と指差せば、ドラグの身体がビクッと揺れた。


「ご、ごめんなさい!」


 頼むから訴えないでほしい――視線を逸らしつつ、そう早口に言うと。

 

「あんまりそういうことされると……自制、できなくなる」


 鼓膜を震わせる声に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

 また、抱きしめてくれることをどこかで期待していたのだが――振り返った先の黄金の瞳は、どこか不安げに揺れている。


「待ってて。僕、強くなるから……『領主代理の夫』じゃなくて、『領主』として、エメルの隣に立ちたい」

「ドラグ様……」


 彼はもう、私の後ろで震えていた気弱なドラゴンじゃない。

 恐れながらも、必死に前を向こうとしている。


「でも、無理はなさらないで。信じていますから」


 今の私には、そう言葉をかけることしかできない。

 ただ、「ぼったくりタクシー会社」――これを力以外でどうにかできるのは、きっと私だけだ。




「裏庭で飛ぶ練習をする」というドラグを見送り、ひとりで夜の図書館へ向かったものの。


「さて、どうしますか」

 

 ゲルダたちの陰湿な商売を、どうしたら止めることができるのか――ボロネロから聞いた話を思い返すと、元の世界の「限界労働社会」が頭に浮かぶ。

 ブラック企業での労働に疲弊し、転職を求める人々。

 仮にホワイトを謳っていても、給料が上がらない現実。

 私も、ゲーム内の推しのドラグ様に貢ぐことを生きがいにして、何とかブラックハウジングに留まっていたが――転職紹介サービスを介して、もっと条件の良い会社からオファーをもらったことはあった。


「でも……」


 推しのイベントに参加しやすい都内から引っ越したくなかったこともあり、結局あのブラック・オブ・ブラック――『ニゲル・ハウジング』に留まり続けていたのだ。


数人(かずと)も同じ部署にいたからなぁ……」


 小学校からの腐れ縁、幼なじみにして会社の同僚だった、坂下数人。

 何かと完璧で調子の良い彼のことを思いだし、急に涙腺が熱くなった。


「そういえば数人、『私が転職するなら一緒に辞める』とか、意味わかんないこと言ってたな…………あ」


 転職――。

 一緒に――。


「そうだ!」


 思いついてしまった。

 力ではなく、知略でブラックタクシー会社を解体させる方法を。


「あのブラック環境を逆手にとれば……!」


 すぐさま紙とペンを手繰り寄せ、今後の計画を一心に書き出していった。

 これなら、確実にいける――。

次回:転生後妻の、ブラックタクシー解体計画とは…?


また、窮地のエメル村に「超絶VIPなお客様」がご来園!?



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