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43話 集え、シオンのプロフェッショナル!

「お久しぶりです、『領主代理』のエメルレッテ様」


 なぜ神官のジュードが、没収寸前のシオン領(うち)の事情を把握しているのか。

 問いかける前に姿を現したのは、『幻想国家シビュラ(ゲーム)』のマスコットキャラ――ではなく、その仮面を被ったシオン領監査官だった。


「ちびドラ様……なぜこちらに?」


 彼とはクリスタル族の鉱山で会って以来だ。

 エネルギー開発実験が失敗し、さらにドラグと喧嘩して落ち込む私の前に現れた彼――シオン領の状態について神官に報告したのは、彼だと言う。


「なんだお前も来ていたのか! イ……」

「実は私も、彼らの同僚なんですよ!」


 さっき、ジュードが何か言いかけていた気がするが――とにかく、彼が神官のひとりというのは納得だ。前の世界との繋がりを連想させる『ちびドラ』の面。それに第六神官であるレヴィンも、(エメル)の正体をなぜか知っている。

 神官、ひいてはこの世界の神王は、元の世界と何らかの繋がりがあるのかもしれない――。


「お初にお目にかかります、シオン領主様」


 考える間にも、スーツ姿の監査官は隣のドラグを見上げていた。可愛らしくデフォルメされた仮面と向き合うドラグは、不思議そうな顔で視線を泳がせている。


「あ、あの、初めまして。さっそくなんですけど、前から言いたいことがあって……」

「おや、何でしょうか?」


 ドラグが口にしたのは、領査定に関することだった。「評価基準が明確ではない」こと、「監査官の気分次第で点数を変えている」のでは、と次々にツッコミを入れている。


「これだと、不当な評価を与えられてもおかしくない……かなって」

「ドラグ様、さすがです……!」


 当たり前なようで、これまで思いつかなかった文句をドラグが申し出てくれた――シオン領を再興するパートナーとして、これほどまでに彼を頼もしく思ったことはない。

 ドラグの話をすべて聞き終えると、監査官は面を被った顔を軽く横に傾けた。


「実を言うとですねぇ。最初は領内の状態があまりにも酷すぎて、まともに監査する気などなかったのですよ」

「え……?」


 同じく声を上げたドラグと顔を見合わせたところで、監査官は続ける。

「当初は没収の最終勧告を伝える気で来た」、と。


「エメルレッテ様の頑張りで、少しずつ田舎領の復興も進んでいきそうだったため、様子を見ることにしたのです」


 知らなかった。

 実は最初の時点で積んでいた、なんて――ロードンたちに対処するためギルドを創設しなかったら、今頃シオン領は、グロウサリア家から没収されていたということか。


「では、現領主家を正当な査定相手と認め、査定基準を開示いたします!」


 確かにドラグの言う通り、これまでは「夫婦喧嘩」や「お見舞い」など、よく分からない加点が入ることもあった。しかしこれから発表されるのは、おそらく『シビュラ(ゲーム)』の「住民幸福度」と似た評価項目だろう。

 

「査定項目は計100点、それぞれが10点満点評価です」


 そして「現状はこちらです」、とちびドラが羊皮紙をこちらに差し出す。


 ・食料 0点

 ・医療 0点

 ・娯楽 0点

 ・治安 5点

 ・外交 0点

 ・政治 0点

 ・技術 10点

 ・仕事 10点

 ・観光 0点

 ・領主家評価 4点


「合計29点……」

 

 どうして、領地没収を免れるあと1点をくれなかったのか――すぐさま抗議すると、監査官は「詳細を発表いたします」と声を張った。


「ウェアウルフたちの自警団を組織したことで、治安は少し改善。クリスタル族の新エネルギー開発を成功させたことで、インフラ面は文句なしの満点。ノーム族を主体としたギルドの創設も雇用を生み出す手段として満点。ですが――」


 生活の根幹にかかわる食料への問題が大きすぎて、今の領主家に任せておけるか不安――監査官の指摘は正しい。


「ギルド効果で他領からの移住が増えている今、オーク族の集団を招き入れて、はたして住民たちの食を支えて行けるのでしょうか?」

「それは……これから挑む課題なのです」


 まさに今、食料問題への解決策を打ち出したところだ。


「ですから最終査定の1ヶ月半後まで、もう少し待ってはいただけませんか?」

 

 軽快な口調ながらも、責め立てるような威圧を放つの監査官を、負けじと見つめ返す。

 すると――ちびドラの下の顔が、小さく笑った気がした。


「ええ、ええ、分かっておりますとも! それより私、感動いたしました!」

「……え?」


 肩を落とす間もなく、監査官から拍手を送られた。そっぽを向いて漂うレヴィンはさておき、ジュードまで監査官につられて、鼓膜が破れそうな音量で手を打ち鳴らしている。


「人間の貴女が魔族たちを次々と味方につけているとは、なんとも素晴らしい! 貴女を応援するいちファンとして、これから創設なさる予定の『オーク農園』、私にもお手伝いさせていただけませんか?」


 隣を見上げると、ドラグは微笑みながら頷いた。 

 もう、かつてのように目の合わない夫ではない――金色の瞳から、私への厚い信頼を感じる。


「手伝ってくださるなら、どなたでもありがたいですわ!」


 むしろ好都合だ。ただでさえ人手のかかりそうなオーク農園施工に、スペックの高い神官たちを巻き込むことができるなんて。


「ですが、ここに神官が3人も集まっていて良いのですか?」


 いち田舎領の再興に構っている暇などないのでは、と口にしたところ。


「それは問題ないでしょ」


 答えたのは、花壇の上をふわふわ漂うレヴィンだった。それに補足するように、目の前の監査官が続ける。


「残る3体の神官は、私たちとは格……いえ、モノが異なる『怪物』ですから!」

「怪物……?」


 ドラグが首を傾げつつ腕を組むと同時に、レヴィンの笑い声が響いた。


「それ、後でアイツらに言っちゃおーっと」


 ゲームの「神官」は、神王の座に着いたプレイヤーが自由に指名できる、6体のサポートキャラ。

 それぞれが「領主クラスの強スキルや戦闘力を有する特別な存在」、というように、そこまで個体差はなかったはず――この世界だと、彼らよりも上位の存在がいるということか。


「とかく! 資材盗難で迷惑かけたのは事実だ。他の仕事は残り3体で大丈夫だからな、この不真面目な幽霊をこき使ってくれ」

「ボクはもういいだろ〜!?」


 とにかく今は、嫌がる幽霊の手でも借りたい。改めて、「では」と施工地図を広げた。


「すごい……こんなの、いつの間に?」


 目を見開くドラグに対し、笑って誤魔化すしかなかった。カブを育てる合間に加え、何日か徹夜したと知られれば叱られるに決まっている。


「これから、シオンのプロフェッショナルに召集をかけますわ! 皆様、ご協力よろしくお願いします」


 飛んで素早く移動できるレヴィンを、ゴーレムの森へ。山を登って降りる程度造作もないジュードが、クリスタル族の鉱山へ。そして通常の人間よりは体力に自信があるという監査官は、ノームの森へ。

 やがて神官が呼び出してくれた種族の代表たちに加え、オーク族とエルフ族もグロウサリア家の庭先に大集合した。


「それではこれから、『オーク農園施工計画』の説明会をはじめます!」

 

 演説台代わりにドラグの肩へ乗せてもらい、圧巻の風景を見渡す。さらに屋敷の壁へ立てかけた結晶石のスクリーンに、施工地図を映した。


「まず、ゴーレム建設魔導式会社の皆さんには、立派な管理棟施設・倉庫の建設計画を立てていただきます」


 先日、ゴーレム会社の社長ランドからもらった「資材盗難事件解決」の礼状を掲げると、ランドとシカクがグーサインを出してくれた。


『その節は、領主代理には大変世話になった! 当然、我が社一同領主家に従おう!』

 

「頼りにしています」と微笑み、次に紫のクリスタルへ視線を向ける。


「そして、『魔性ツリーを利用した新エネルギー開発』に成功したパープル博士! その成果を、ぜひ施設の水、電気、ガスなどのエネルギーに利用させていただきたいのですが」


 始祖の身体を削り取ってエネルギー資源に利用していた、従来の方法とは違う。少しの資源で膨大なエネルギーを生む研究を一緒に成功させた時の感動は、まだ記憶に新しい。


『あぁ、良いだろう。貴様がいなければ、この実験の成功は何百年先になるか見当もつかなかったからな』


 珍しく皮肉のない博士に、「ご協力感謝します」と微笑んだ。


「そして最後に、おばあちゃん……失礼しました、ギルドマスターのシンシア。カフェ&ギルドに、他領への広告塔になっていただけないでしょうか?」


 オークの作った野菜を他領へ流すことで、他領からもシオンでは採れない食べ物をもらう。交易を行うことで、シオンの食がより充実するはず――彼女に、その橋渡しになって欲しいとお願いすると。


「ええ、もちろんよ。あなたの頼みなら、おばあちゃん何だって頑張っちゃうわ」


 最前列で手を差し出してくれたシンシアのところへ、ドラグのツノを操って近づく。そしてシンシアの小さな手をしっかりと握った。


「ありがとう、おばあちゃん……」


 私がこれまでやってきたことは、間違いではない――今この時、それを強く実感できた。


「やはり彼女は素晴らしい……異なる種族が、彼女を中心に結束するとは」

「珍しいな、お前が他人を褒めるとは!」


 領内の各種族が私を信頼する様子に、神官たちは驚いている。

 ただ、今はまだ何も始まっていない。

 これからの道行きを見守ってもらわなければ。


「それではさっそく、明日から『オーク農園』施工計画をスタートいたします!」


 盛大な歓声ともに、この場は一度お開きにした。もうすっかり日が傾いて、間もなく夜になってしまう。


「持ち上げてくださって、ありがとうございましたドラグ様。最後に部屋へ送っていただけませんか?」

「……うん」


 明日はエルフたちと、農園建設場所であるエルフの森の外れを視察して、オークたちと畑作りをはじめなければ――考える間に、ドラグの足が止まった。しかしそこは、私の部屋ではない。


「あれ? ここ、ドラグ様のお部屋では?」


 ツノを引いても、指示に従ってくれない。


「ちょっと! このドラゴン歩行器、制御不能になってしまったのですが!?」

「自動運転……君、ほっとくと徹夜しそうだし、僕の部屋で寝て」


 有無を言わさず部屋の中に連行され、バルコニーに降ろされた。ドラグはいつかの夜のように、「ここで夕飯を食べよう」と微笑む。


「まぁ……どっちにしろ食べなければ、ですものね」


 アレスターとレヴィンが、食事の支度を整えてくれたところで。オークたちが庭のテントでどんちゃん飲み会をしているのを見下ろしながら、シャンパンのグラスを傾けた。

 カナメロとジュード、長のディズロムが葡萄酒の樽を囲んで笑っている――なんだか、こちらまで楽しくなるような光景だ。


「そういえば」


 ずっと口を閉じていたドラグが言い出したのは、「昼の話の続き」だった。


「エメルから好きって言ってもらったこと……ないんだけど?」

「は……はぁ」


 言葉にはしていないが、好意をキスで示したではないか――そう呟いて、庭を見下ろしたままでいると。横から伸びてきた、少し強引な手に腕を引かれた。

 黄金の瞳が、少し寂し気に揺れている。

 

「でも、あれは頬だったよ……?」

「それは……」


 今度こそ、私から口にしてくれたら許す――そんな無茶を言うドラグに、「今は無理」と返したところ。彼は一切諦めようとせず、目を閉じた。

 キレイな顔をこちらに向けたまま、待っている――。


「えっ、ええと……今、ですか?」


 プロフィール帳の交換から始めようと思ってたのに、どうしてこんなことに――でも、やるしかないのだろうか。このまま拒絶して、また関係が拗れても困る。

 推しとは似ても似つかない彼。それでも、この世界で一番心を許せて、安心できる彼――「好き」、だからこそ緊張する。

 少し色の悪い唇に、以前よりは薄くなった目の下のクマ。意外と長い黒のまつ毛。

 ダメだ。

 見惚れると、余計やりにくくなる。


「……まだ?」

「い、今やります……!」


 ピリッと痺れるほどに熱くなった頬に、セルフ平手をかます。

 そもそも異世界とか元の世界とか関係なく、誰かとこんな風にするなんて、今まで考えたこともなかった。推しのために稼ぎ、推しコンテンツが少しでも長く続くことを願い推し続ける――そんな半生を送ってきたのだから。


「……っ、よし」

 

 覚悟を決め、彼の意外とたくましい両肩に手を添えた、その時。


「あれ?」


 夜の闇が塗り替えられるほどの、真っ白な光が周囲を包む。ドラグの姿も、何もかもが見えなくなる。

 これは――。


『久しぶりですね、エメル――いえ、匡花』


 虚空に浮かぶのは、顔のない花嫁。

 私の魂をこの世界へ運んだという時渡人(わたしもり)が、白い闇の中現れた。


「久しぶり……だけど、今じゃなくない!?』


 人が一大決心した直後だというのに。


「話すのにも魔力(リソース)を食うのです――とか言ってたじゃん!」


 そう文句を言うと、時渡人のドレスが揺れた。


『其方が彼の者に心を許しつつあると見受けました。そこで、大切なことを伝えに参ったのです』

「大切なこと?」


 時渡人の空気が変わった。

 顔が見えなくても、針のような細かい圧を肌に感じる。


『この世界の住人である(ドラグ)に完全に心を許せば、もう元の世界の身体には戻れなくなります』

「…………え?」

次回:元の身体は、生きている…?

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