42話 波乱の役割分担会議
「【能力鑑定】……だと? 人間のお前が、いつの間にそんな高度なものを身につけた?」
さすがは何でも突っ込んでくるナノ――でも、いい機会だ。ここで一度、能力の信憑性を証明したほうがいいだろう。
エルフたちをテーブルの近くに呼び出し、深く息を吸った。
「では、エルフの皆さまの得意魔法をそれぞれ挙げていきます。まずは……」
長のミス・グラニー。彼女が風魔法を得意とすることは周知の事実だが――意識を右目に集中させると、相変わらず世界観を破壊するダイアログが表示された。
「まぁ! 実はミス、5色もの魔法をお使いになるのですね」
風を司る緑魔法以外にも、赤、青、黄、白。さすがは長――拍手と共に讃えると、エルフたちがざわめいた。
「お前……本当に見えているのか?」
「では、ナノの得意魔法も鑑定ましょうか?」
あまり力の無駄打ちをしたくなかったが、仕方ない。再び右目に意識を集中させると――。
「もういい! 姉さんの魔法が5色もあることを知っているのは、私と村の老人くらいだ」
ナノの慌てぶりに、思わず口角を上げそうになった。とりあえずこれで、能力の信頼は得られただろう。その上で、配属の希望調査をしなければ。
「『経営サイド』に必要なのは、発想と企画の実行力、そして全体の指揮がとれること。そして『実務サイド』に必要なのは、体力と根気、臨機応変な対応力です」
まずは大まかに二手に分かれてほしい――100を超えるオークとエルフの集団に向かって声を張ると、彼らは素直に従ってくれた。
思った通り、ほとんどが実務サイドに動いている。森を育てるエルフ、そして農業の楽しさを知ったオークたちは、大体そちらを希望すると思った。
実際、経営サイドの人数はそこまでいらない。各種族の代表ひとりずつと、私、ドラグだけでも最初はどうにかなる。
「でも……」
問題がひとつ――カナメロが実務サイドに行き、ナノが経営サイドに行ってしまった。しかし今は希望を尋ねている時間。このあと調整するしかないだろう。
「それでは、これから皆さんの適性をこの目で鑑定ていきます」
右目の力を使い過ぎて、以前鼻血が出たことは、まだ記憶に新しい。
とにかく落ち着いて、範囲を最小に絞って、ひとりずつ視線でなぞるように鑑定ていこう――。
「エメル、無理しないで……」
黒い手が肩に触れる。爪を立てないよう優しく触れる指先にそっと手を添え、「大丈夫ですわ」と微笑んだ。
「以前よりも、負荷は少なさそうです」
「ほんと……?」
右目にチクチクとした痛みを感じるが、無理をしている感覚はない。そのままオークたちの群れを視線でなぞると。
「さすが、『戦闘民族』ですわね」
ほとんどが物理戦闘に向いた【筋力増強B】、【武器適正C】などのスキル。長ディズロムはそれらに加え、強スキル【指揮A】をもっている。
「やはりオーク族の皆さんは実務向きでいらっしゃいますね」
それに本人たちの希望も肉体労働だ。ここは問題ない。ただ、実務を希望しているカナメロだけは――とにかく今は次だ。
優雅に立ち尽くすエルフたちを、ゆっくりと視線でなぞる。
「やはり、ですわね」
魔法に長けた【魔力貯蔵庫C】、【白魔法D】などの色魔法を所有している者が多い。
彼らには実務のサポートに回ってもらい、【薬草知識】などをもつエルフには講師役として一緒に作業を手伝ってもらおう。
そして大本命、長のミス・グラニーは【緑魔法S】とかなりの高性能魔法持ち。
「でも……」
彼女の場合、得意の風魔法は攻撃特化で農業には使えそうにない。ナノの制御役としてサポートについてもらうか――またエルフたちは、森の管理や果実の出荷という仕事をすでに持っている。
「シフト制で数人に来てもらうことは可能ですか?」
「それは構わないが……領主代理、私の能力を教えろ」
上からのナノに、いつか町で鑑定たスキル【緑の大地EX・レベル11】のことを思い出した。
念の為、改めてナノを鑑定ると。メインの【青魔法A】に比べてまだレベルは低いが、やはり自然育成系のスキルでは最強クラスのものを有している。
「【緑の大地】か。まさか私に、そんな力があったとは……」
「その能力を活かし、ぜひ実務のサポートリーダーをしていただきたいのですが」
そう提案すると、ナノは珍しく素直に頷いた。再び「緑の大地……」と呟き、こっそり微笑んでいる。プライドはシオンの霊峰より高い彼だが、自然を愛する心は人一倍だ。きっとスキルを役立ててくれるだろう。
「では次に、経営チームのリーダーを指名させていただきますね」
「あれ……エメルがリーダーじゃないの?」
ドラグの問いに、首を横に振った。
立ち上げに協力したとしても、私はあくまでプランナー。実際に施設を運営して生活するのは、彼らオークなのだ。
「私がリーダーに推薦させていただくのは、オーク族のカナメロさんです」
やがては彼女を農園のオーナーに――そう提案すると、オークたちから歓声が上がった。
「お、オラそんな……できんだべか?」
「貴女は経験で培った【探索知識】と、お父様から受け継いだと思われる【指揮】のスキルを兼ね備えています」
それにカブ作りを指揮したカナメロを、オークたちは信頼している。これ以上の人材はない。
満場一致でリーダーはカナメロに決定――かと思われた、その時。
「待て!」
口を挟んだのは、新たに発覚した自分のスキルを噛み締めていた、ナノだった。
「なぜ『森の賢者』であるエルフ族ではなく、蛮族が我々のトップなのだ!」
ナノ、面倒くさい――カブの食べ比べで、カナメロに少しデレていたではないか。
忘れていたわけではないが、ゲームでも彼はこういう人だった。さすがは不幸イベントの代名詞、現実世界でもとことん私に突っかかるらしい。
「落ち着け私……こういう時は、『冷静に対処』」
悶えを押し込め、高圧的なナノと若いエルフたちに向き直った。
「先ほど申し上げた通り、カナメロさんは作物の育成知識に長けたスキルをお持ちです。その知識は深く聡明、現にオークの皆さんを指揮して、魔性カブの育成を成し遂げました」
それに何より、「オーク農園」はオークたちのための新事業。そう静かに言い放つと、ナノの珊瑚色の髪が宙に浮きはじめた。
これは、怒りのせいで魔力が髪に流れ込んでいるのだろうか――。
「それとこれとは話が別だ! では我々はいずれ、オークどもに雇われるというのか?」
「ま、まぁ、リーダー同士うまく……」
「領主モドキは黙っていろ!」
仲介に入ろうとするドラグを突き飛ばしたナノだったが。畑に尻餅をついたのは、ドラグではなく彼だった。
「ご、ごめんね……?」
手を差し出すドラグを睨みつけ、ナノは立ち上がる。
自業自得な気がするが――鋭い視線は、次にカナメロを捉えた。
「この男とうまくなどやっていけるものか!」
男。
一瞬にして辺りが静まり返り、鳥の声だけが畑に響いた。
「お、とこ…………?」
カナメロが、顔色を白くして固まっている。
何か言葉をかけなければ――考えるうちにも、彼女はふらつきながら駆けていく。
「……ナノ」
「はい! 姉さ――」
笑顔で振り返ったナノが、一瞬のうちに倒れた。彼をため息混じりに見下ろす姉、グラニーの手には、圧縮された風魔法の残像が残っている。
「エメルさん……弟の不手際の後始末を頼むのは、非常に心苦しいのですが」
「い、いえ。ぜひ行かせていただきます!」
忘れていた。切れたら怖いのは姉の方だった。
背筋を震わせつつも、裏庭の方へ向かったカナメロを追いかけると。
「……カナメロさん」
カナメロは腰を丸め、花の閉じたハート型の雑草をいじっていた。いつかの夜、ここで彼女が冠にしてくれた植物だ。
そんな彼女の背にそっと触れると、大きな背中が震えを増した。
「あ、あんなキレーな人に男って言われで……オラ、恥ずかしぐって」
あれは完全にナノが悪い。無自覚とはいえ、彼女の心を傷つけたのだ。
「エメル……」
「ドラグ様!」
夫も、心配で追いかけて来てくれたらしい。そんな彼と並んで、カナメロの横にそっと腰を落とした。
前回気づいた、ナノを見るカナメロの目について。「もしかして」と問いかけたところ。
「こんなの初めてで、オラ……」
「恋……!」
男と間違われた衝撃を受けつつも、頬と耳を染めるカナメロに、甘酸っぱさを感じずにはいられない。
自分はさておき、人の恋愛は大好物だ。相手がナノというのが複雑だが。
「……あんなこと言われても、オラ、まだ……」
嫌いになれない――消え入りそうな声に、隣のドラグと顔を見合わせた。彼は何か言いかけたが、結局は薄い唇を引き結んだ。
「領主さまたちは、竜と人だべ……どうやって好き同士になっただが?」
「どうやって、ですか?」
純粋な黒の瞳がこちらを見つめるも、すぐには答えられなかった。
ドラグとエメルレッテの馴れ初めは、いわゆる「政略結婚」。他にどう言えば――うんうんと首を捻っていると、隣のドラグが「僕は」とはっきり口にした。
「ひとつのことに向かって走る彼女の姿が、誰よりも輝いて見えた」
「え……」
今、何と言ったのか――真っ直ぐこちらを見つめる金の瞳に見惚れる間にも、ドラグは再び口を開く。
「ダメな自分をぜんぶ認めてくれる……でも、このままじゃいけないと思わせてくれる。僕の竜生にとって、なくてはならない存在……なんだ」
「ドラグ様……」
知らなかった。
すぐに答えることのできなかった私とは違い、彼は私の存在を肯定してくれたのだ。ならば私も、それに応えなければ。
「私は……彼が見ていてくれるから、自由に走れるのです」
この人の側にいれば、私はこの世界でも「匡花」でいて良いのかもしれない。本当のことは明かせないが、それでも――。
「自然な出会いではなかったけれど、今は彼と巡り会えたこと、とても幸運だと思います」
丸くなった金の瞳を真っ直ぐに見上げる。
「気弱だって良いのです。傷つきやすくて、優しい貴方が、私は……」
好き、とは流石に出てこなかった。カナメロの前というのもあるが、きっと2人きりでもまだ口にできない。
「エメル……だから?」
だから――とは。
「……その続きは?」
「はい?」
この竜、まさか「好き」と言わせようとしているのか。期待に染まる目から視線を逸らしたが、「教えて」と顔を強引に前へ向けさせられる。
「あ、あの、カナメロさんが見てますっ!」
「構わない……それより、聞きたい」
こちらは構うのだが――潤んだ目を横のカナメロに向けたところ、頬を赤らめた彼女は「あどはご両人で」、と走り去ってしまった。
「待って! ええと……っ」
2人きりになり、頬を包む手の熱が増す。それとも、私の体温が上がっているのだろうか――もう逃げられない。覚悟して口を開いた、その時。
「出遅れたか!?」
「わっ!」
屋根の上から降ってきたのは、いつものスーツを纏ったジュード。そして彼に首根っこを掴まれたメイド姿のレヴィンだ。
「コイツを探すのに手間取ってな。レヴィン! お前も『オーク農園計画』に尽力しろ!」
「はぁ〜? ボク、領主家の雑用やらされてもう2週間以上経つんですけど?」
彼らの登場に胸を撫で下ろしつつ、「まだ配置決めの途中です」と告げた。
本当に助かった――が、ドラグは不満げに黒い尻尾を揺らしている。
「よし! ならば俺たちも参加させてもらおう」
「ボクは気が向いた時のお茶出し係で」
「馬鹿者! お前は俺と田畑を耕すのだ!」
言い合う2人を前に、ふと思いついた。今ならジュードのスキルを確認できるのでは――こっそり右目に手を当て、熱を集中させると。
「うーん……?」
ジュードのそばに表示されたダイアログは【???】だ。どうやら常に隠しているらしい。
一方レヴィンは、遺跡で見た時と同じ【魔借り】。そして、彼女を慕いつつも別れを余儀なくされたウェアウルフのスキル、【擬態】が借りたままになっている。
鑑定ていることに気づいたらしきレヴィンは、宙を漂いながらこちらを睨みつけてきた。
「……余計なこと言ったら殺す」
「はいはい、私の方からは何も言いませんわ」
いい加減素直に、ゴーレムの会社で夜間警備員として働くウェアウルフの子どもたちに会いに行けばいいのに――そう思いつつも、今は口をつぐんだ。
「それで領主夫妻よ! ヤツから話は聞いている。貴様らは後がないのだろう?」
領査定で、あと1ヶ月半の間に30点以上を出さなければ、シオン領は没収される――ジュードのさりげない言葉に、思わず目を見張った。
「どうしてそれを……」
「荒廃した領を立て直すための『ギルド創設』に『新エネルギー開発』、そして『資材盗難事件解決』で稼いだ25点。足りない残り5点を、『オーク農園』で補おうとおっしゃるのですね?」
ジュードとレヴィンではない、妙にハキハキした聞き覚えのある声――ジュードの巨体の後ろから現れたのは。
「あっ……!」
『幻想国家シビュラ』のマスコットキャラ、『ちびドラ』の仮面を被った変態――もとい、シオン領監査官だ。
次回:ちびドラ監査官により、ついに査定項目が明らかに。
エメルがこれまで築いたものが、一気に花開く瞬間をお見逃しなく!
また、「プロフィール帳の交換から始めたい」と照れる初心後妻に、夫竜は納得するのか?




