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32話 漂うゴシック・ガール

 音もなく祭壇に降り立ったレヴィンの、少したどたどしい口調が一変した。この皮肉を込めた低い声色――偽ブラックが本性を現した、あの時と同じだ。


「まさかお前が裏切るとは思わなかったよ。お姉ちゃん悲しいなぁ」

「……ごめん」


 俯いたまま結晶石の影に引っ込むララミィに対し、レヴィンは小さなため息を吐いた。


「だからあのゴーレムと遊びすぎんなって言ったのにさぁ」

 

 おそらく、レヴィンを鑑定()るなら今しかない。彼女がまだ警戒していない状態ならば、もしかしたら――右目に意識を集中させ、熱の高まりを静かに感じた。


「っ……痛い」


 いつもならばここで止めているが、それではダメだ。


「……っ!」

 

 眼球が沸騰しそうな限界まで力を強めたところ――深い霧が晴れたように、これまで掠れて見えなかったダイアログが、はっきりと浮かび上がった。


「【魔借(まがり)A・レベル356】……?」


 まさか、元神王にも知らないスキルが存在するとは――ゲームとの違いが、こんなところにも現れている。


「エメルレッテ様、彼女のスキルが見えたのですか?」

「そうみたい……ですわ」


 偽ブラックとの衝突から魔性ツリーの行方を調査するまでの連続行使で、【能力鑑定】が進化したのだろうか――これまで抑えていた限界を少し超えたことで、ついにレヴィンの隠しスキルを見抜くことができた。

 

「ですが、【魔借】って……?」

「それは本人の口から直接うかがいましょうか。その隠されたスキルこそが、事件解決の大きな鍵となるのですから」


 イオは【魔借】について知っているような口ぶりだが、雨の中を漂うレヴィンは答えない。

 人間ではなく、魔力をもったレヴナント族である彼女は、半透明の身体をクラゲのように浮かび上がらせた。その姿は、本物のブラックが話していた偽ブラックの特徴と一致している。


「『スキルを見るスキル』、か。それ、厄介だよねぇ」


 我に帰ると。動きを止めたレヴィンが、こちらへ透き通る笑顔を向けていた。

 何か嫌な予感がする――ふたつの深淵が強く光った瞬間。


「エメル様!」


 陣形を組んだサツキたちが前へ飛び出た。


「危ない……!」


 とっさに叫んだものの――光を浴びた傭兵ノームたちは、何ともない様子だ。彼女たちが光に照らされた瞬間、反射した光がレヴィンの方へ移ったように見えたのだが。


「【探索】に【庭師】ねぇ。ふたつとも雑魚スキルかよ」


 例の光が、再びレヴィンからサツキたちへと戻っていく。

 まさか、【魔借】とは――。


「他人のスキルを貸し借りできるのですか……?」

「ハハっ、そういうこと。便利でしょ?」


 なんだそのチート級強スキルは――ここは現実世界ではなかったのか。


「そのスキルで、我々の捜査を見事撹乱させたわけですね」


 明らかに危険な雰囲気に、とんでもないスキルの発覚――こちらは頭がパンク寸前なのだが、雨に打たれてもイオの笑顔は輝いていた。


「もう言い逃れできないのですから、聞かせていただけませんか? そのスキルを使い、どうやって大量の資材を倉庫から運び出したのか」


 イオはもう分かっている様子だが、レヴィンの口から語らせようとしている。


「……チッ」


 レヴィンはイオから視線をこちらに移すと、広げていた傘を閉じた。息を呑むと同時に雨が止む。


「いいぜ、逃げらんないなら話してやるよ」


「その代わりお前たちも逃げるな」――そう前置いて、レヴィンは青紫の唇を開いた。彼女がそのチートスキルを使い、どうやって資材の山を運んだのかを。


「まずはあの青いゴーレム……シカクと仲良くなったララミィから【擬態】を借りた。んで、ララミィに化けてシカクに近づいたってわけ」

「お待ちください。どうしてシカク本人に擬態しなかったのですか?」


 シカクに擬態し、資材を運んだ方が早いのでは――そう訊ねると、レヴィンは「無知か?」と笑い混じりに吐き出した。


「【擬態】はあくまでガワを真似るだけだよ。身体能力は引き継げるけど、スキルは無理なの! だからアイツに催眠をかけてみた」


 魔性ツリーほど重量のある資材を一度に運ぶのは、並のゴーレムでは不可能。【スキル:超怪力】をもつシカク自身に運ばせる必要があった――レヴィンが最初に紫魔法を持っていた理由はそれか。精神系に作用する紫魔法、それもレベル80を超えていたはず。それだけレベルが高ければ、高位魔族のシカクを催眠状態にすることは可能だ。


「催眠も借り物ですか?」

「あぁ、アレを借りるのは手間がかかったよ。ヘンクツな紫のクリスタル、研究ばっかのくせに警戒心は強いんだから」


 まさかパープル博士から借りていたとは――しかしここまで話を聞いて、【魔借】が本当のチートではないと分かった。おそらく多数は一度に借りられないのだろう。先ほどサツキたちからスキルを奪った時も、ふたつだけだった。


「シカクを使えるようになったら、結晶石も魔性ツリーも簡単に運び出せたよ。往復しなくたって、たった一回で資材を全部運べちゃったんだ」

「……それで、資材はどこにやったのですか? 貴女の目的は?」

 

 込み上げる怒りを抑え、震える息を吐くと。レヴィンは片目を閉じ、「ナイショ」と透き通るような声で返した。

 本物のブラックから聞いた話では、レヴィンは大量に資材を欲しがっていたはずだ。


「あらゆる力を使いこなすというレヴナント……」

 

 ここまで聞いたイオが、何かを思いついたようにレヴィンを見据えた。


「貴女、六神官ですね?」


 六神官――まさかレヴィンが、シビュラを統べる神王に仕える、神官のひとりだというのか。


「お待ちください……では、神王が今回の資材盗難に関わっているということですか?」


 レヴィンは答えない。代わりに雨雲の混じる息を深く吐き出した。


「お前が邪魔をしなければ、ねぇ……?」


 彼女の纏う空気が冷えていく。流れるような動作で再び和傘を開くと、再び大粒の雨が降りだした。すべてを洗い流すような雨の中、彼女のツインテールとスカートだけが、青白い風を帯びて舞っている。


「神器――『昇天(アセーシャ)』」


 神器――初めて聞く言葉に意識を取られている間に、鋭い何かが目と鼻の先へ迫っていた。


「……っ!?」


 それが傘の先端と気付いたのは、サツキがレヴィンの攻撃を弾いた後だった。


「あっちが攻撃()ったってーことは、反撃していいんだよな、エメル様?」


 刃の擦れる高い音を立てながら、シンシアの娘たちは次々にナイフを構えた。


「ええ、もちろん! ほどほどにやっちゃってください!」


 号令を機に、傭兵ノームのナイフとレヴィンの傘が重なった。やはり、あのロードンを追い払った腕前はダテではない。5人姉妹の見事な連携で、レヴィンを翻弄している――が、悠長に構えてはいられない。


「まずいですね」


 ムカつくほど冷静なイオの指摘にも、頷かざるを得なかった。


「ええ……」


 レヴナント族が降らせる雨、そして神器の傘から繰り出される風。加えて暗闇という環境が、本来「太陽」と「自然」を司るノーム族にとっては不利な状況だ。


「チッ、雨風で前が見えやしねぇ!」

「それにこの暗闇……ワタシたち(ノーム)にとって最悪……」


 まずい。ノームたちの動きをレヴィンが上回りはじめた。ひとりが風に吹き飛ばされたことで、陣形が崩れはじめる。


「お姉ちゃん……!」

「みんな、お姉ちゃんを守れ!」


 最悪の状況に加勢したのは、彼女を「家族」と慕う子狼たちだ。遺跡の奥から一斉に飛び出してきた彼らは、夜目を生かしてノームたちの隙をついている。


「……ごめん、シカクの友だち」


 動きの鈍ったサツキたちの間をすり抜け、牙を向けてきたのは――。


「ララミィ……」


 小さくも鋭い牙が、喉元に迫る。

 彼女の目に迷いはない。

 まさかこのまま、本当に――。


「くっ……」


 コマ送りのようにゆっくり近づく子狼の牙から、必死で目を背けた瞬間。波打つ黒い影に全身が包まれた。ガサガサと羽ばたくのは、コウモリの群れ――彼らは大きな影になり、ララミィを弾き飛ばした。


「痛みに耐えた甲斐はあったじゃろう? 奥方殿」


 この年齢不詳の低音は――。

 

「あ、アレスター……!?」


 巨大なコウモリから人型へ変わったアレスターは、自分の細い首筋をトンと指した。


「えっ……噛み跡のこと?」

「エメルレッテさん!」


 背後からの声に振り返ると同時に、温かい腕の中へ引き寄せられた。この安心感のある甘い匂いは――間違いない。


「ドラグ様……」

「大丈夫? どこも怪我してない……かな?」


 抱きしめてくれる腕が、優しくも力強い。無事を確かめると同時に、周囲に吹き荒れる雨風から守ってくれているようだ。

 遅れてやってきた恐怖と安堵に、目の奥が熱くなる。このままいつまでも腕の中にいたいところだが、今は――。


「私のことより、サツキさんたちが!」


 ドラグの胸板を押しのけ、レヴィンと子狼たちに翻弄されていた傭兵ノームたちを見ると。赤黒い魔力を瞳にたぎらせた少年執事が、レヴィンの傘を掴んでいた。


「えっ……?」


 アレスターの片腕の力でも、レヴィンは傘を引けないようだ。また周囲の子狼たちも、瞬きひとつせずに固まっている。


「チッ……ボクは戦闘向きじゃないにしても何だよコイツ。なんで神官(ボク)より強いんだよ!」


 アレスターのスキルを鑑定()ることはできないが、ゲームと同じだとしたら――【赤と黒EX】――あの瞳に睨まれれば、血液をもつ種族は動けなくなる。レヴナント族のレヴィンには効かなかったようだが、それ以前にあのショタじじ吸血鬼――物理力が強すぎやしないだろうか。


「……やっぱ推しの次に推せる」

「えっ? 今なにか」

「あっ、い、いえ! ところで、どうしてここが?」


 ドラグは夕飯の準備のため、先に帰宅していたはずだ。そう問いかけると、ドラグの指先が首筋に触れた。


「ひゃっ! えっ、ちょっ」

「この噛み跡……アレスターに付けられたんでしょ? 仕方ないとは思ったけど、なんか複雑……」


 そういえば昨晩の帰宅直後。ドラグの部屋を訪れる前に、アレスターが突然噛んできた覚えがある。痛みが一瞬で引いたため忘れていたが、この印とやらが魔力で彼と繋がっていたらしい。


「エメルレッテさんが危ない目に遭ってるって言うから慌ててきたけど……間に合って良かった」

「……来てくださって、ありがとうございます」


 再びドラグの胸に頭をもたれた直後。ほっとする間もなく、苛立ちのこもった叫びが雨の中に響いた。


「あぁぁぁぁ……みんな役立たずだ。ボクは()()()の命令にすぐ応えたってのに! クソ真面目なオッサンも老ぼれ竜もお花畑女もそこの人間も……あぁ、もう投げちゃっていいか。目的は果たしたんだ」


 濡れた視線を落としたレヴィンは、傷ついたララミィに手を伸ばした。


「何をするつもりですの!?」


 そう叫ぶと同時に、ララミィから浮かび上がった小さな光の玉が、レヴィンへと移っていった――あれはララミィから、【擬態】を借りたのか。


「お主何を……」

 

 アレスターの隙をついたレヴィンが傘を奪い取り、身を引いた、その時――ゴシック・ガールの姿が何重にもブレはじめた。小さくなった影は、一瞬にして赤茶色の子狼に変わったのだ。


「待ちなさい!」

「エメルレッテさん……!」


 ドラグの手から離れ、逃げ出した偽ララミィを追いかけようとしたところ。鈍足のエメルレッテを、小さな影がいくつも追い抜いていった。


「待って、お姉ちゃん!」

「置いてかないでよぉ!」


 必死に後を追う子狼たちの声に、思わず涙腺が熱くなる。


『お前らは利用されてただけなんだよ!』


 レヴィンの怒声が響き、子狼たちが立ち止まった。

 

『お前らを拾ったのは「スキルのストック」……それだけなんだからな』


 それでも子どもたちは、走るレヴィンを追いかけていく。レヴィンの声に、かすかな温度が残っていると、彼らも気付いているのだろう。


「レヴィン、待って、ください……っ!」


 エメルレッテの身体が悲鳴を上げている。もう追うのは限界か――震える膝を押さえ、立ち止まると。子どもたちを振り切るレヴィンが、一瞬だけこちらを振り返った。


匡花(キョーカ)……そいつらは悪くないから』

「え……?」


 匡花――久しく耳にしていなかった名を呼ばれ、頭が真っ白になった。

 なぜ彼女がその名を知っているのか。この世界の、誰も知らないはずの名を。

次回:転生前の名を呼ばれ、戸惑うエメル。夫竜との関係にも揺れが生じることに…?

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