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33話 消えたはずの『匡花』

『匡花』――その名を口にした後、レヴィンは闇の中に消えてしまった。今頃はもうシオンを出ているかもしれない。


「……シカクの友だち。ララミィたち、どうなる?」


 レヴィンが消えた昨晩、とりあえず屋敷の空き部屋に招いた13人のウェアウルフたちは、今朝も「家族(レヴィン)」の不在にざわめいていた。


「……ララミィたち、煮て焼いて食べられる?」

「まさか、そんなことしませんわ! とりあえず、貴女たちを社長のところへ連れて行きませんと」


 資材の行方は不明だが、事件の犯人は判明した。事情はあるにせよ、盗難の片棒を担いだ子狼たちを引き連れ、ゴーレムの会社へ向かうと。


『何ということだ……まさか息子が無実だったとは』


 今の今までシカクを軟禁していた社長は、柄にもなく落ち込んでいる。そんな彼に遠慮しつつも、シカクを含む社員ゴーレムたちの前で、遺跡で起こったことを説明することにした。


「真犯人は、レヴィンというレヴナント族だったのです。そしてこの子たちは……」

『子どもたち、悪くない!』


 珍しく大声を張ったのは、なんとシカクだった。ララミィを指にそっと乗せたシカクは、『あの占い師に従っただけ』と社長に向き直る。


『だが罪を犯したものは罰しなければ、示しがつかんではないか!』


 罰――ゴーレムの彼が言うそれが、どのようなものかは分からない。しかしシカクの言う通り、子狼たちはレヴィンとの絆を守ろうとしただけだ。


「でしたら、働いて損害分を返していただけば良いのでは?」


 チリンと響く鈴の音を振り返ると、玄関先には金髪の青年が立っていた。


「イオさん、どうしてここへ?」

「私も彼らの行く末が気になりまして。ところで、いかがでしょうか?」

 

 イオが提案したのは、行き場のない彼らを「夜間警備員」として雇うことだった。たしかにウェアウルフは、ゴーレム族が休眠する夜間でも動ける。見張りをつければ、事件の再発を予防できるはずだ。


「彼らをただ罰するのではなく、ゴーレム族の会社で働いていただくのですね」

『しかし信用が……』


 渋る社長に対し、ララミィたちを抱えたシカクが立ち上がった。


『ボク、ちゃんと面倒見る。トーさん、それでいい?』


 一度疑ってしまった息子に対して、思うところがあったのだろう。シカクの放つ青い光に照らされた社長は、『ならば良し』と声を落とした。


『我が社の夜間警備員として、貴様らをまとめて雇い入れる。だが当面タダ働きだ! 部屋も13匹まとめてひとつ! 3食しか出さない! 覚悟して働くんだな』


 さすがはゴーレム族を束ねるだけの度量がある。社長の決断に拍手を送っていると、ふと良い考えが浮かんだ。


「そうです! 貴女たち、仕事のない昼間は、町エリアの見回りをしていただけませんか?」


 交代で構わないから、異常がないか見回って報告してほしい――そう提案すると、ララミィは他の子狼たちと目配せした後に小さく頷いた。


「それは素晴らしい提案です、エメルレッテ様。『自警団のような、数に頼った監視の目を増やす』……領民の方と交わされた約束を、さっそく叶えることができますね」

 

 これで治安の問題が改善できるかもしれない。イオの言葉に「ええ」と大きく頷き、ララミィたちを振り返ると。自分たちの処遇が決まっても、彼女たちは上の空だった。


「ララミィ……」


『お前らを拾ったのは「スキルのストック」……それだけなんだからな』――レヴィンは去り際にそう言ったが、はたして本心だったのだろうか。


「……また、様子を見に参りますわね」

 

 無言を貫くララミィたちをシカクに任せ、ゴーレム族の森を去ることにした。

 昨晩の遺跡で、終始余裕の笑顔を見せていた()助手は、もはや当たり前のようについてくる。


「さて。すっきり解決はいたしませんでしたが、事件の犯人が判明したところで、私も本職に戻らせていただきます」

「ええ、今回は非常に助かりました。ありがとうございます」


 ギルドの前まで一緒に、と隣を歩くイオを横目で見ると。彼はいつも通りの笑みを浮かべていた。彼がシオンへ来た目的は、ある神官の命令だということは分かったが――私を「運命の人」と呼んだことを忘れているのだろうか。あれの答えについては、まだ聞いていない。


「それでは近いうちに、また」

「お待ちください!」


 深々とお辞儀をするイオを引き留めたものの、踏み込んで良いものか――悩む間にも、「もしや」とイオが先に口を開いた。


「私が貴女を運命と呼ぶ理由、気になりますか?」

「えっ……!」


 本当に、イオは大した名助手だ。

 ブナ・カフェの誰もいない入口に視線を遣ったイオは、静かにこちらへ近づいた。


「前に助けられなかったから……今度は必ず貴女を助け、一緒に故郷へ帰りたいのです」


 やはり。竜巻の落下から救ってくれた時と同じだ。彼は私と大切な人を重ねている。

 そう指摘すると、彼の耳に揺れる花のイヤリングがリンと鳴った。


「いくら似ていたって、私は貴方の大切な方とは違いますわ」


 そう断言し、顔を真っ直ぐ見上げると。夕日と混ざる青の瞳は、どこか寂しげに揺れていた。

 辛い、悲しい、違う。これは郷愁(ノスタルジー)なのだろうか――イオの目を通して、感情が混ざり合う。彼と初めて会った時に感じた、透明な違和感が胸を締める。


「……エメルレッテ様」

 

 いつの間にかイオに手を掴まれていた。戸惑うまもなく、強い意志の宿った視線に射抜かれる。


「私は決して貴女を諦めません。たとえ何があっても……ね」


 イオはいつもの笑顔に戻ると、さり気なく手を離した。そして当分の間はシオンに滞在すると言い、「お役に立てることがあれば、またいつでもどうぞ」、とギルドへ帰っていったのだ。


「イオさん……」

 

 彼がなぜ私にこだわるのか、踏み込むのはまた後日にしよう。今は夫の待つ屋敷へ帰り、彼と向き合い話さなければ。


「事件解決お疲れ様、じゃ!」

「あ、アレスター!?」


 相変わらず人を驚かせることを生きがいにしている少年執事は、シャンパンとグラスを手に天井から舞い降りた。


「ご馳走を用意して待っておったぞ。ほれ、食堂へ急ぐのじゃ」

「せっかくですが、今はドラグ様と2人で話したいことがありまして……」


 決意が鈍る前に、彼への想いを言葉にしておきたい。

 真剣な眼差しに対し、アレスターは「ほほぅ」と含みのある笑みを浮かべた。


「では主人の部屋のベランダへ、テーブルと食事を運ぶとしようかの」


 そこでゆっくり食事を摂りながら話せばいい――気の利いた提案に頷くと、さっそくアレスターは料理を上階へと運びはじめる。最後に食堂で待ってくれていたはずのドラグが、首をひねりながら部屋へと現れた。


「……なにごと?」

「あとは若い2人でごゆっくり、じゃな!」


 朝寝坊しても起こしに行かない――そう残して出ていくアレスターに、ドラグは深いため息を吐いた。


「まったく余計なお世話だよ……ね?」

「えっ? え、ええ」


 珍しく目がよく合うのはなぜだろうか。喜ばしいことのはずが、今は妙に緊張する。

 ひとまずご馳走の並んだテーブルに着き、色とりどりの星が瞬く夜空を仰ぐと。思った通り、こちらが口を開かなければ、彼から話しかけてくることはなかった。

 グラスを傾けつつ、隣を横目で見ると。夜の闇をぼんやりと照らす黄金の瞳は、シオンの町灯りを映している。

『そういう契約だっただろ……?』――いつかのドラグの言葉が、頭に反響した。

 契約婚を提案したのは私。転生当初は「推しモドキ」と揶揄(やゆ)した彼と、無理に夫婦になる必要はないと思ったのだ。しかし今となっては、その契約が胸を締めつける原因になるなんて――。


「あの、ドラグ様」

「……うん?」


 小さなテーブルを挟んだ向こう側の夫は、静かにこちらへ視線を滑らせた。

 やはり今夜は、これまでよりも目が合う気がする。


「私、ドラグ様が『この世界で一番信頼できる人』なんです」


 それはイオではなく、ドラグだけに向ける匡花(わたし)の感情――そう告げると、見開かれた瞳がゆっくりと丸くなった。


「その上で告白いたしますと、()()()()では、この世界の誰のことも愛せないのです。その……恋愛的な意味で」


 この身体はエメルレッテのもので、「匡花(わたし)」のものではない。心と身体がずれた状況で、彼と本物の夫婦になれるとは思えない――転生者であることは明かせないが、彼の不安を和らげるためにも、今の気持ちを正直に話すべきだ。


「ですから、これからも今の関係を続けませんか?」


 今の関係――契約婚の継続。

 ドラグは何かを言いかけた口を軽く閉じ、青緑の息を吐き出した。


「……君がそうしたいなら」


 続けて彼は、「一緒に居られるだけでもいい」と、こちらから視線を外した。


「エメルレッテさん、君は何か、僕に言えないことが……」

「さぁて、気を取り直して乾杯いたしましょう!」


 ひとまずの和解と称して、強引にグラスを合わせた直後。一口も飲まずにグラスを置いたドラグは、イスごとこちらへ身を寄せた。


「でも、僕もしたいようにさせてもらおうかな……」

「えっ?」


 これからは少しずつ、遠慮をやめていこうと思う――そう宣言するドラグに、グラスをそっと取り上げられた。黒い爪を折った形跡のある指先が、アルコールで熱をもった頬に触れる。


「……キレイだ」


 右目を覗き込む夫の鼻先が、頬に触れそうなほど近い。気弱なダウナー系ドラゴンは、この一瞬でどこへ行ったのか――しかし、ここで動揺したら負けな気がする。


「こっ、この瞳は始祖様からいただいたものですから、美しくて当然――」

「いや……違うよ。君が努力して、認められて手に入れた輝きだから……キレイだと思うんだ」


 顔が近い。鋭い牙の隙間からこぼれる熱い吐息が、頬にかかる。不本意とはいえ、もう2度も重ねた唇が、そっと近づいてくる。


「あっ……あの、ダメ……」


 急加速する鼓動と全身の熱を感じながら、目を閉じた瞬間。


「危ない……!」


 声に弾かれ目を開けると。ゴウっと炎が爆ぜる音と同時に、ドラグの手に握られている炎の矢文を見つけた。


「これは……まさかドラグ様、飛んできた矢を掴んだのですか?」


「ギリだったけど……」と矢を掴んだまま呟くその姿に、以前感じたある考えが浮上した――「本気出したらこの人強いのでは?」、と。


「それにしても危ないですわね! 監査官の手元が狂ったのかしら?」

「その割には、僕の頭めがけて来た気がしたけど……」


 そういえば、クリスタル族の鉱山を降りて以降、さっぱり査定通知が来ていなかった。あんなに前は頻繁だったというのに――緊張した様子のドラグと視線を交わしつつ、震える息を呑んで結果を開くと。


「盗難事件解決でプラス10点、領民との約束『狼の自警団を組織する』をとりあえず達成でプラス5点……えっ、15点も上がってる!」

「すごいよ……! やったね、エメルレッテさん」


 これで計25点だ。「3ヶ月後に30点を上回らなければ、シオン領は領主家から没収する」――まだ約束の30点には届かないが、今だけでも喜んで良いだろう。


「でも……」

 

「事件解決」の文字に、ずっと頭の中にある引っかかりを思い出してしまった。2件の盗難事件は、どちらもレヴィンの仕業と判明したが、彼女の目的は何だったのか。そして何より、最後の呟きだ。


匡花(キョーカ)


 去り際に彼女は、私を見てたしかにそう言った。六神官のひとりレヴィン――神官は、シビュラを統べる神王直属の部下みたいなもの。

 もしかすると。この世界の神王が、私の正体について知っているのだろうか。

3章「迷探偵エメルと名助手、ときどき竜人夫」完結しました!


次回は番外編を挟み、次週より4章「週末農業体験リゾート:エメル村」がはじまります!

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