23話 新事件です名探偵
3章「迷探偵エメルと名助手、ときどき竜人夫」スタート!
怪しいギルド冒険者・イオの正体とは?
そして新たな盗難事件発生! 偽ブラックとの繋がりは…?
「それで、結婚の件ですが――」
屈託のない笑顔で返事を待つ青年に対し、口を開けば「正気か?」と言ってしまいそうだ。
あれだけ賑わっていたフロントが静まり返り、「領主代理が求婚されている」、「修羅場か?」と囁く声が聞こえてくる。
「受付をお待ちの皆さん、今なら空いていますよ〜」
静寂を破ったのはシンシアの声だ。おかげで、こちらを囲んでいた客がみんな受付へ流れていった。
「はぁ助かった……あの、ちょっと外へ移動しませんか?」
「よろこんで!」
声にも笑顔にも邪気が感じられない。ひとまず表のテラス席に落ち着き、エメルレッテ・グロウサリアと名乗ったところ。
「もちろん存じておりますよ」
「……では、私が既婚者ということもご存知なのでは」
「いいえ、それは存じ上げませんでした。この素晴らしいギルドを創設なさった方としか」
いつの間に領外へウワサが流れていたのだろうか。領主の妻ではなく、創設者として伝わっているのは嬉しい限りだ――こんな状況でなければの話だが。
「ところで貴方は?」
「おっと、これは失敬!」
優雅な所作でコーヒーを傾けていた彼は、背筋を伸ばし胸に手を当てた。
「私、イオ・サキギリと申します。シオン領にギルドが創設されたと聞き及び、本日参った次第で」
イオは職を求め、よその土地からやって来た冒険者ということか。しかしあの公開処刑――プロポーズは何だったのか。
「それは誠の心ですよ。『運命』と出会ったからこその、愛の告白です」
「はぁ……運命」
つまり一目惚れ、ということか。
簡素な作業着と、鈴の音が鳴る花のイヤリングがちぐはぐな彼――気品あふれる顔は、芸能人のようなオーラを纏っている。元の世界であんな出会いをしていたら、間違いなくロマンス詐欺を疑ったことだろう。
「私の外見を気に入っていただけて光栄ですが。そういうワケで、すでに結婚しておりまして」
「おや。『外見が気に入った』、とは一言も申しておりませんが」
イオの言葉に目を見開くと。彼は人差し指を唇に当て、「貴女だから」と囁いた。
「私、だから……?」
「ええ。『この世のものとは思えない』貴女の美しさも魅力的ですが」
何だろうか。真っ白な中に透明な染みを落としたような――見えない違和感が、イオの中に存在する。
まさか私にとっても、彼が運命の相手だというのか――。
「いや、ない。絶対ない」
完璧な微笑みに対し、強い力で言い放ったその時。
「おや、何の音でしょう」
イオが違和感を口にしてから数秒して、地響きのような足音が聞こえてきた。
『エメル! 良かった、ココにいた』
テーブル横で急停止したのは、青いボディのゴーレム――シカクだ。
「そんなに急いでどうしたのです?」
『緊急で相談したいこと、できた。たった今、ウチの会社で事件起きて』
事件――めまいがしそうだ。結晶石の盗難に引き続き、何が起こったというのだろうか。
「とにかくすぐに向かいますわ。イオさん、失礼します」
ギルドはオープンしたばかり。警察組織がない以上、領内の事件解決も領主代理の務めだ。
『君にわかってもらえるよう頑張るよ』――意味深な台詞を残して去ったドラグを追いかけたいが、今は仕方ない。
シカクに同行するため、差し出された手に飛び乗ったところ。
「私も同行させていただきます」
「えっ……でもギルドの依頼と違いますから、報酬は出ませんよ?」
「それは結構。ただ、貴女のお役に立ちたいのです」
つい先ほど出会ったばかりだというのに、何を考えているのか――純粋な笑顔の下にある何かが気になるが、今は困っている領民の元へ参上しなければ。
勝手についてくるイオを横目に、ゴーレムたちの倉庫がある森へ向かうと。シカクの父にしてゴーレム建設会社の社長でもあるランドが、倉庫の前に仁王立ちしていた。
『ムッ、貴様が領主代理という人間か。息子がいつも世話になっているな』
「こちらこそ、息子さんにはお世話になっております」
以前町でミス・グラニーと対立していた時は暴走トラックの印象だったが、さすが一企業の社長――意外と礼儀正しいようだ。
『とにかくこれを見てくれ!』
ランド社長の合図で、平ゴーレムたちが大型の倉庫を開いた。中は大規模な資材置き場になっているが、一区画だけ何もない。
『普段ここに魔性ツリーを置いているのだが、見ての通りだ』
まさかの、盗難2件目。
しかも魔性ツリーといえば、新エネルギーの開発に欠かせない資材ではないか。価値の高い資材が、立て続けに盗まれるなんて――偶然とは思えない。
「……なくなっていると気づいたのは、いつのことです?」
『今朝だが、盗まれたのがいつかは分からん』
最後に倉庫を開いたのは、昨日の朝。ここ最近建築の仕事が増え、倉庫は毎日開けていたという。
『我が社の貴重な資材を、我々が活動できぬ夜間に運び出すとは……許せん!』
昨日の朝開いたきりだというのに、なぜ夜だと思うのか。
『我々でさえ運ぶのに一苦労の丸太を、白昼堂々盗み出せる者はいない! 可能だとすれば、魔法を得意とするエルフ族だろう」
エルフ族は、ゴーレム族とは犬猿の仲で有名だ。開発推進派と自然保護派、エルフ族がゴーレム族の開発を足止めすることもあり得そうだが――エルフ族の長であり、シカクの恋人でもあるミス・グラニーが、そんな卑怯な行いを許すだろうか。あのシスコン弟ナノも、ミスの意向に背くことはしないはず。
ふと背後のシカクを振り返ると。思わず彼ではなく、イオに注目してしまった。真剣な話の最中だというのに、片膝をついて地面を凝視しているのだ。
『領主代理よ、聞いているか?』
「え、ええ。それで社長さんは、エルフ族が犯人だとお思いなのですか?」
2つの瞳を激しく点滅させたランドは、やがて静かに『分からん』と吐き出した。
『話をしようにも、我々が向き合えば争いは避けられない』
どうやらランドは、エルフ族が犯人だと決めつけてはいないらしい。
「でしたらこの事件、私に任せてくださいませんか?」
顔を合わせれば喧嘩になってしまうのならば、仲介役が必要だ。それに繋がっている気がする――クリスタル族の盗難事件と、ゴーレム族の盗難事件。
2つの事件を追っていけば、偽ブラックに辿り着けるかもしれない。
『軟弱な人間に調査が務まるのか!?』
「ご心配痛み入ります。ですが相応のリスクは覚悟の上です。そして何も、タダでとは言いません」
正方形の頭を同時に傾ける親子を、にっこりと見上げた。
シオン領のインフラ整備計画には、建設会社を営むゴーレム族の協力が欠かせない。あくまで好意ではなく、「領内の開発協力」を条件に事件解決を引き受ける、と宣言したところ――倉庫中に反響する笑い声が響いた。
『気に入った! あくまで「仕事」として、というところが信用できる。盗人を見つけた暁には、我が社総力を挙げ、エメルレッテ・グロウサリアに協力しよう』
「では、交渉成立ですわね!」
差し出された丸太のような指先を、できる限り全力で握り返した。
「では、さっそく……」
シカクを残し、仕事に戻るというランドを見送った後。倉庫の内外を調査して、犯人に繋がる手がかりを見つけようとしたが――もう犯人像は掴めている。
「資材を運べるのはゴーレム族くらい力持ちか、エルフ族並みの魔力をもっている魔族ってことですよね?」
クリスタル族のブラックに変身していた、「半透明の女性」。彼女の【スキル:擬態】を使ってゴーレムに化ければ、短時間で石や材木の山を盗み出すことも可能なはずだ。
「おや、そうとも限りませんよ」
突然の横槍に振り返ると。不自然に地面を這っていたイオが、こちらへ何かを差し出した。
「それは毛……ですか?」
イオの指先につままれているのは、赤茶色のフサフサの毛束。獣族のものに見えるが、さすがに細かい種族までは特定できない。
「鉱石でできたゴーレム族に、体毛はありませんよね?」
「ええ。でも、どうして獣族らしき毛が倉庫に落ちているのでしょう」
偽ブラックが犯人だとして、資材を運ぶのに不便な身体へ擬態する必要があるのだろうか――あごに手を添え俯いていると、クスッという笑い声が響いた。
「それこそ名探偵の出番です。自信をもって捜査を引き受けられたのですから、推理はお得意なのでしょう?」
イオの口調と笑顔が挑発めいている。腹の底から湧き上がる怒りを抑え、「見ててくださいませ」と右目を押さえた。
イオが指先に挟んでいる赤毛を鑑定れば、何か痕跡が分かるかもしれない――しかし毛を凝視しても、世界観を壊すダイアログは表示されなかった。
「その虹色の瞳……まさかスキル、ですか?」
「えっ! スキルの概念をご存知ですの?」
現実を生きるこの世界の住人たちは、自分たちのスキルを魔法以外認識していないと思っていた。しかし今、イオは確かに「スキル」と口にしたのだ。
「そうでしたか。あの後そんな力を……」
「イオさん?」
花の形の耳飾りをリンと鳴らし、イオは何かを考え込んでいる。やがて「それで」、と顔を上げたイオの瞳は、いつも通りの澄んだ色をしていた。
「そのスキルで、何か発見はありましたか?」
「いえ、それが……」
生き物ならともかく、物体に残った痕跡を見ることはできないようだ。
「なぜここに獣族の毛が落ちていたのか、不明のままということですね」
「ええと……業者! そう、これは倉庫に出入りする業者の獣族が落とした毛です」
偽ブラックと獣族の毛を、強引に結びつける必要はないはずだ。イオの落胆を取り戻すため、とっさの思いつきを口にしたところ。
『この倉庫、貴重な資材だらけ。ゴーレム以外、出入りしない』
シカクの無慈悲な指摘に、思いつき推理が論破されてしまった。
「そう……でしたか」
「気を落とさないでください! 犯人が『鍵を壊さず中に入れた』、というのも良いヒントです。この毛の持ち主がどうやって倉庫内へ入ったのか、いくつか推測することができますから」
やはり、イオのように痕跡を見つけて推理するのは苦手だ。その観察眼が純粋に羨ましい。
「……エメルレッテ様、よろしいでしょうか」
「はっ、はい?」
出会った時と同じように、イオが仰々しい態度で手を握ってきた。
「私を名探偵の助手としてお雇いになりませんか?」
「助手……?」
「最初に述べた通り、報酬はいただきません。私はただ、貴女のお役に立ちたいのです」
その純粋な笑顔の下に、いったい何が潜んでいるのか――しかし赤茶色の毛をすぐに見つけたイオの洞察力は捨てがたい。むしろ私よりも「探偵役」が適任だ。
「ですが本当に、『運命』だけでここまでしてくださるのですか?」
「ええ。貴女だからです」
見えない。彼が何を考えているのか――だが何も分からない今だからこそ、思い切れる選択もある。
「……分かりました。では、手を組みましょう」
透明なベールに覆われた「何か」が分からないのであれば、いっそ側に置いて観察すれば良い。推理は不得手だが、隠された能力を見る目に狂いはないのだから。
「感謝いたします! 助手として、精一杯はたらかせていただきますね」
私を「運命」と呼ぶ、正体不明の冒険者。一方的に握られた手を、強い力で握り返した――しかしこの握手、想像以上に固い。まるで、決して手を離すつもりがないかのように。
次回:迷探偵・名助手コンビ結成!




