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22話 運命の男?

「……メル、エメル……」


 あの呼び声は誰のものだろう。

 気まぐれに出てきては、無責任な啓示をしたり、命を助けてくれたりする時渡人(わたしもり)か。それとも――もう、これ以上は息がもたない。


「エメルレッテ!」


 違う。ここは水の中ではない――唇に温かい熱が灯っている。

 

「ゴホッ、ゴホッ……!」


 意識が回復するのと同時に、胸の中に溜まった水が勢いよく押し出された。冷たく軋む肺の中に、酸素が入り込んでくる。


「エメルレッテさん……よかった……」

「ドラグ、様?」


 いったい何が起こったのか分からないまま、濡れた腕に痛いほどの力で抱きしめられた。咳き込みながら顔を上げると、ドラグの濡れた頬が光っている。

 ここは洞窟の外、博士のテントの下らしい。


「溺れかけてたんだよ……本当に、良かった」


 額に添えられた、白く冷たい手も濡れている。


「ドラグ様が、助けてくださったのですか?」

「う、うん……一応」


 謙遜する彼の背後に、青くか弱い光を灯すクリスタルたちが並んでいた。パープル博士も一緒に、こちらを覗き込んでいる。


『はぁ……貴様の夫が泳げるドラゴンで命拾いしたな。始祖の間の床が一部破壊されたが、人命には代えられまい』

「博士……ご心配、おかけしました。それに皆さんも」


 全身が怠く冷たい。ドラグから離れたら、凍えてしまいそうなほどに。


「……大丈夫だよ。今緑のクリスタルの子が、麓の屋敷に行ってくれてる。もうすぐアレスターが着替えを持って来てくれるから」


 その言葉にも救われるが、今は何よりドラグの熱と離れたくない。ずぶ濡れの身体で、同じく濡れた温かい胸にくっついていると――なぜか顔を背けられた。

 こつしてそっぽを向かれることにも以前は慣れていたが、今されると胸が少し苦しくなる。


「ごめん、その……だって、キミ、全然息してなくて……」


 ドラグの言葉と、唇へ移った控えめな視線に、心臓がドッと急加速した。息を吹き返した時、唇に残っていたあの熱は――。


「まさか、そんな……」

「キミを助けるために仕方なく……許してほしい」


 これはアレだ。フィクションの世界ではお約束の展開だが、現実だととてつもなく気まずいアレ――人工呼吸。

 厳密には推しではないが、この世界(シビュラ)の推しと言っても過言ではない彼と唇を重ねてしまった――人命救助とはいえ。


『領主代理は何を絶望しているのだ?』

「……嫌だった、のかな。やっぱり……」

 

 俯き離れて行こうとするドラグに、訂正の言葉をかけたいのだが。脳内が衝撃にやられたせいか声が出ない。

「イヤとかではなくて」――その言葉が出ずに放心していると。


「奥方殿! 大事ないか!?」


 久しぶりに聞くショタじじ吸血鬼の声に、冷えた身体が弾かれた。


「アレスター……」

「早よ着替えるのじゃ、ほれ。とりあえず毛布にくるまって、これでも飲め」


 珍しく焦った執事から差し出されたのは、湯気の立つホットミルクだった。


「じゃ、じゃあ僕はこれで……」

「あ……」

 

 ドラグはアレスターにこちらを任せ、博士たちと向こうへ行ってしまった。

 違う。「イヤ」ではなく、「ダメ」なだけだ。推しに邪な気持ちを抱くのがどうとか、触れるなんて大罪に値するとか、そんなことではない。

 この身体は「エメルレッテ(わたし)」であって「匡花(わたし)」ではないのに――彼に触れられることで熱を帯びるこの気持ちが、紛れもなく「匡花(わたし)」のものであることが問題なのだ。


「おーおー、手が氷のように冷えて……ん、どうした?」


 私の正体を明かすなど、この世界の誰にもできるはずがない。最初にこの世界へ来た時、決意したことではないか――当分はエメルレッテとして振る舞うと。


「い、いえ……その、寒くて」


 アレスターが持って来てくれた温かい飲み物と毛布、そしてコートのおかげで、だいぶ震えは治まってきた。しかし博士と始祖の洞窟へ行ったきり、ドラグが戻ってくる様子はない。

 

『ちょっと失礼、領主代理さん。助けくれてありがとう』


 無機質な声に、重い頭を上げると。いつの間にか傍に立っていたのは、黒いクリスタル――本物のブラックだった。

 水の中では必死で分からなかったが、彼女のボディは傷だらけだ。


「いいえ、こちらこそ……無事でよかったです」

『あの偽物に閉じ込められてから、もう1年ほど経っているなんて驚きよ』


 やはり、現場監督として出世していたあのブラックは偽物。【スキル:擬態】でブラックに成り代わっていたのだ。


「ブラックさん。貴女を閉じ込めた偽物は、いったい何者だったのですか?」

『……分からないわ。彼女がはじめて洞窟にやってきた時のことは、今でも憶えているけれど』


 彼女――その擬態スキルをもつ何者かは、あの道具箱がある部屋で、突然ブラックに話しかけてきたという。


『結晶石をたくさん売ってくれないか……そう言われて』


 クリスタル族が掘り出し研磨した石は、彼らが少しずつ麓の町へ運び、雑貨屋などに卸している。しかし彼女は、それでも「全然足りない」と焦っていたという。


「直接買い付けに来た……ということですの?」


 大量の石を欲しがった彼女は、いったいどんな姿をしていたのか。訊ねると、ブラックは困ったように光を小さくした。

 

『たぶん、あなたたち人間と同じ姿をしていたわ。でも何だか後ろの岩が透けて見えてて……とにかく変な感じだったの』

「半透明の女性……ですか?」


 人間ではないことは確かだが、何族かは断定できない。しかし明らかになったことがある――。


「やはりブラック……いえ失礼。偽物が結晶石を盗んだと見て、間違いなさそうですわね」


 だが動機までは分からない。高値で取引される始祖の結晶を売るつもりなのか、それとも別の目的があるのか――『ボクの仕事は、ただ集めるだけ』――そう最後に語っていたが。


「とにかく、引き続き私たちも犯人の行方を追います。クリスタル族の皆さん、どうか力をお貸しください」


 すると本物のブラックをはじめ、色とりどりのクリスタルたちが頷いてくれた。


「ですが、いったいどこへ消えてしまったのでしょう」


 あの洞窟で、偽ブラックと対峙した時のことを思い返すと。突然濁流を召喚した彼女は、いつの間にかどこかへ消えてしまっていた。

 腕を組み思考に入っていると、「おお!」とアレスターが手を鳴らした。


「そういえば奥方殿。これがそこの崖っぷちに刺さっておったぞ」

「えっ……」

 

 アレスターが差し出したのは、もう見慣れつつある焦げた矢だ。結びつけてある手紙を見た瞬間、胸がドッと音を立てた。


「監査官から、じゃったか? ほれ、開けてみろ」

「……ええ」


 お見舞い:プラス10点


「『災難に見舞われたこと、お見舞い申し上げます』って……」


 やはりこの監査官、ふざけているのではないか。さすが「ちびドラ」の面をつけて現れただけのことはある。

 結局元の10点に戻っただけだ――しかし、だからこそ立ち止まっているわけにはいかない。


「きっとまだ遠くへ行っていないはず……アレスター、偽物のブラックを探すのに、何か良い方法はないでしょうか?」

「ギルドの傭兵ノームたちに尋ねてみるのはどうかの。シオンのあちこちを見回っておるそうじゃ」

「それです! さっそくシンシアの娘さん……サツキさんたちに、話をうかがいましょう」


 5人姉妹の名前が長女しか出てこない。今はとにかくギルドへ向かい、偽ブラックの行方を追わなければ。

 ドラグは相変わらずこちらへ戻ってこないが、代わりにアレスターが麓まで送ってくれるという。


「お主ら、なーんか気まずくなっとるようじゃが。こじれる前に仲直りするんじゃぞ」


 アレスターの鋭い指摘に、返事をすることができなかった。

 別にケンカではない。気まずくは――なっているが。

 

「えっ……なにごと?」


 新しいロッジの入り口には、様々な種の行列ができていた。改装して広くなったエントランスでも、入り込む隙がないほどだ。

 微笑むアレスターが「あとは上手くやるんじゃぞ」、とお屋敷へ帰るのを見送ったあと。ゴーレムたちの足の間をくぐり、何とか中へ入り込んだ。


「シンシア、これはどういうことですか?」

「あらまぁエメル! 見ての通りよ、今は受付対応に追われているの」


 なんと創設からたった3日のうちに、ギルドの登録希望者が殺到しているようだ。掲示板にも、すでに仕事の募集が張られている。


「すごい……少しずつ、シオンが活気づいてる」


 やはり私がしたことは、間違いではなかった――今なら自信を持って、ゲルダにそう言い返せる。

 しかし胸が熱くなると同時に、刺すような痛みも感じた。これで盗難の件さえなければ――。


「失礼」


 賑わいの中でもよく通る、軽快な低音に振り返ると。何者かに手をそっと掴まれた。


「なっ……!」


 混雑のどさくさに紛れた痴漢か、と怒りに燃えて振り返ったが。その手は私と同じ形、質感をしている。


「突然すみません、お嬢さん」


 チリンと鳴る鈴の音に、ふと顔を上げると――眩しい金髪、曇りない碧眼の青年と目が合った。


「人間……?」


 身軽そうなワーカー服を、ほどよく筋肉のついた細身で着こなしている――自分以外の人間を見たのは、この世界に来て初めてだ。しかし不思議なことに、この声がどこか懐かしく感じる。「聞き覚えがある」、というだけではない。

 手を振り払えないまま、彼の真っ青な瞳に囚われていると。


「まさかこのような場でお会いするとは……おっと。いきなりで大変失礼なことと存じますが、どうかお聞きください」


 いったい何を言い出すつもりなのか――少し緊張した様子に、こちらもつられて背筋が伸びた。


「貴女が現れた瞬間、頭の中に祝福の鐘が鳴り響いたのです! 運命のお嬢さん、どうか私と結婚してください」


 けっこん。

 周囲の雑音が一瞬にして消えた中。堂々とキザなセリフを吐く青年を見上げていると――『純白のドレスとは一生縁がなさそう』――誰かの声が頭に響いた。


「あぁそっか、けっこんって結婚か……って、ええええ!?」

「けっ……こん?」


 とっさに出た叫び声に、かすれた声が重なった。聞き覚えのある声を、おそるおそる振り返ると――。


「だれ、その人……?」


 こちらに向けた指をかすかに震わせているのは、鉱山に置いてきたはずの夫――ドラグだ。


「あ、ドラグ様、これはちが……」


 ダメだ。今どんな弁解を口にしたとしても、どす黒いオーラを放っているネガティブ竜には届かない気がする。最悪なことに、この名前も知らない男――人の手を握ったまま離さないのだ。


「や、やっぱり僕が嫌……だったんだ。抱きしめた時も、き、キス……したいって言った時も、君はなんか後ろめたそうな感じがしてて」


 頼むからこんなところで赤裸々に語らないでほしい、と叫びたいところだが。今はそれよりも、ロッジを震わせるほどの圧力を放っているドラグを鎮めなければ――。


「あ、貴方が見てるのは『私』じゃないから!」


 とっさに出てきた言葉に、すぐさま手で口を塞いだ――が、もう遅い。


「僕が……君を見ていない?」


 何の事情も知らない彼にこの言葉を投げたところで、正しく意味を捉えてもらえるはずがないのに。

 後悔の波が全身をさらい、せっかく温まっていた身体が指先まで冷えていった。


「そっか、そう思われてたんだ。そうか……」

「……ドラグ、様?」


 ぶつぶつと何かを呟く漆黒竜は、やがて決心したように顔を上げた。金色の瞳が、かつてないほど真っ直ぐに、エメルレッテの姿を映している。


「これからは、君に分かってもらえるように頑張るよ。ちょっと無理をしてでも」

「えっ? 無理って何の……」


 言い終わらないうちに、ドラグは重い足取りでロッジから出ていってしまった。

 先ほどまでの賑わいが嘘のように静まっている中、黒いオーラの残像を見つめていると。すぐ側で揺れる鈴の音に、意識が引き戻された。


「それで結婚の件ですが、ご検討いただけますでしょうか?」

「……は?」


 いまだに手を離さない金髪の男は、ドラグが現れてから今まで気絶でもしていたのだろうか。何事もなかったかのように、屈託のない笑顔でこちらを見下ろしている。

 心の中が大嵐の真っ最中であるこちらを意にも介していなさそうな、この変人――いったい何者か。

次話:「私結婚しているのですが…?」「存じております」


23話へ進む前に、次回は2章完結記念の番外編をお楽しみください!


不思議系男子竜ボロネロと、彼の家族の日常を描いた短編です。

エメルの好敵手・前妻ゲルダの意外な過去も明らかに…!

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