10話 箱入りお嬢様のビジネス戦略
『ボクに任せてほしい』――青い宝石のような光を放ちながら、シカクは力強く胸を叩いた。
「と言いますと……シカクは建築の心得が?」
『トーさんの会社で、建築士けん大工してる。でも、トウキョウトで学んだこと、使わせてもらえない。生まれ育ったシオンの役、立ちたいのに』
シカクはカフェに増設するギルドへ、留学先で学んだ技術を使ってみたいらしい。
「まぁ! 建築の技術を学ぶために留学なさっていたのね」
シンシアはすっかりお願いしたい気になっているようだが、問題は「お金」だ。
『ボク半人前。でも、ちゃんと造る。材料費の200万ソロンだけ、ほしい』
「えっ……それ相場の半分以下ですよ!?」
破格の提案に、思わずシカクの肩へよじ登ってしまった。それでも彼は動じず、「任せてくれるのなら手間賃をまける」という。
『エメルたち、お金こまってる。ボク、仕事なくてこまってる。これでウィンウィン』
ウィンウィンどころか、こちらにとって好条件すぎる。
「ぜひ! お願いします!」
これでギルド創設が現実的になってきた。あとはその200万ソロンを、できるだけ早いうちに用意しなければ。あのニセ領主が、新たな取り立てへ繰り出す前に――今度こそ、資金を奪われてなるものか。
「では、必要な資材・設計・デザイン諸々は、すべてシカクへお任せします」
『任された』
「新装開店イベントで儲かった売り上げを、前金として持って行く」と約束し、シカクと別れた。あとは『バフ効果を判別したキノコーヒーの開発』、それから『イベント企画とPR』だ。
「商品の方は、シンシアにお任せしますね。私はイベントのための調査に行きます」
「ええ、任されたわ」
調査内容は、昨晩のうちにまとめておいた。あとは街頭インタビューで、できるだけ多くの種族から判断材料を集めなければ――『シオン領領主の妻』という肩書きを存分に利用し、賑わう往来へと乗り込んでいった。
仕事で目まぐるしく移動する領民たちに、根気強く声をかけ続けること数時間。いつの間にか、だいぶ日が落ちていた。
「どれ、ワシも答えよう」
「ありがとうございます……って、アレスター!?」
屋敷では少し見慣れてきたが、発展途上の町では浮いて見える燕尾服の少年に、質問表をひったくられた。
「なになに、『シオンの領民はコーヒーを飲むのか』……イェスじゃな」
「貴重なご意見ありがとうございます……って、なぜ卿がここに?」
「『そろそろ夕飯です』、と主人から奥方殿への言伝を頼まれてな」
それではまるで、夫というより「お母さん」だが。たしかに暗くなると治安も悪くなる。そろそろ屋敷へ戻る頃合いか。
「分かりました。ありがとうございます」
屋敷へ戻っても、休んでいる暇などない。調査の結果を元に、イベントの中身を練らなければ。
食材は質素になったものの、相変わらず凝った料理を堪能したあと。応接間で書類と向き合っていると、控えめなノックが響いた。
「エメルレッテさん……もう夜中だよ」
凝り固まった首を持ち上げると、ドラグが部屋に入ってきていた。彼が持ってきた銀の盆には、ホットミルクが載っている。
「また彼らが動き出すと厄介ですから。首飾りが効いているうちに、イベントを終えてしまいたいのです」
「……そっか。売り上げ、3倍にするって言ってたもんね。大変なことだと思うけど」
そういえば、ドラグとの話はそこで止まっていた。一度筆を置いて、状況を話しておかなければ――正面のソファへ腰かけたドラグからカップを受け取り、ひと息つくことにした。
「思わぬ出会いがありまして、今はもっと具体的な話になっているのです」
気の良いゴーレムのおかげで、増築費用は大幅ダウンとなったものの。コーヒー1杯の値段が200ソロンのままだと、1日100杯売り上げても、費用を集めるのに100日かかる。新装開店イベントでメニューのリニューアルと新価格を公表し、新規顧客を集めたいのだが。
「そもそもの話ですが。イベントの目標金額を定めようにも、母数が分からなければ難しくて」
「母数?」
「この世界に……いえ、シオンにはどの種族がどれだけ住んでいるのか、ということです」
街頭インタビューで分かったのは、「シオンの各種族はコーヒーを好んで嗜むが、まだブナ・カフェ開店の事実を知らない」ということのみだ。実際の種族の数は、ゲーム知識ではどうにもならない。
「ちょっと待ってて」
慌てて退室するドラグを見送ってから、数分後。ひとまずイベントの企画書を進めようと、ペンを持つと。
「はい……これ」
いつの間にか戻っていた夫は、黒く上質な装丁の大判本を差し出してきた。『シオン領の書』と書かれている――そういえば、見たことのない文字だというのに意味が読み取れる。
「グロウサリア家の所有する図書館で見つけた、魔法の資料。訊きたいことを話しかけると、その頁を開いてくれるんだ。種族の詳細なデータ、とか」
今まさに欲しい完璧な資料が実在するとは――この感動を、どう言葉にしたら良いものか。悩む間にも、ドラグの表情が曇っていった。
「ごめん……使えなかった、かな?」
「そんな! 驚きすぎて呼吸が止まりかけていまして。もうなんていうか、最高です」
最初に「推しモドキ」などと心の中で呼んでいたことを告白し、ジャンピング土下座したいくらいだ。
キョトンとする夫の手をとり、改めて「ありがとうございます」、と目を見つめると。曇っていた瞳に、再び金色の光が差した。
「まずは売り上げの目標を定めて、客層のターゲッティング、店と商品にコンセプトとストーリーをつけて……とにかく、今すぐ作業に入らせていただきます」
ドラグのおかげで、一気にゴールまでの道筋が見えてきた。あとは自分の眠気との勝負だ。
応接室のレトロな置時計が刻む、カチコチという音が目覚ましになる。一心にペン先を走らせ、やがて音が聞こえなくなってきた頃――肩に柔らかい感触が乗り、意識が現実に呼び戻された。
「この毛布、ドラグ様が?」
「……そろそろ寝ないと」
優しさに甘えて、このまま意識を手放したいところだが。まとまっているアイデアが、明日の朝に消えていたら困る。
「ありがとうございます。よろしければ、企画へのご意見をうかがいたいのですが」
「えっ、僕が……?」
企画の要である、ノーム族の隠れた逸品――『キノコーヒー』を領内外に知らしめ、売り上げを増やすことが第一目的。そのために練った事業戦略だが、素人に理解できないような資料では意味がない。
「コンセプトは、あなたの『なりたい』が叶う一杯……へぇ、リラックスや痩身に効果のあるキノコのコーヒーなんだ。一時的な筋力増強効果……ちょっと惹かれる」
資料をじっと眺めていたドラグは、静かに青緑の息を吐き出した。
「僕はモノを売ったことがないけど……すごいよ。構造がしっかりした物語みたいに、綿密に計画が練られてる」
ドラグの反応を見る限り、的外れな企画ではなさそうだ。それに、「すごい」と評価されるのは素直に嬉しい。
「でも、正直意外。君は箱入りお嬢様だって、アレスターから聞いてたんだけど」
どこでこのような知識を学んだのか――問いかけるドラグに、思わず笑顔が固まった。
「それは……」
まさか「転生前の仕事で」、などと言い出すことはできない。
「エメルレッテさん」
「はっ、はい?」
ドラグは背筋を伸ばし、強張った顔を上げた。しかし彼は、牙を覗かせた口をすぐに閉じてしまう。
「お、おやすみ」
結局その先を聞くことはできず、ドラグは退室してしまった。言いかけて止めるのは、いつものことかもしれないが――立ち上がって身体を伸ばし、もう一度資料に目を通すことにした。
「あとはシンシアの準備を待っている間、イベントの周知をすれば……あ」
周知、と口にしたところで気づいてしまった。
「ゲームと違うんだから、自動で集客できるわけないじゃんか! ネットもチラシもないのに、どうやって……?」
だめだ。もう頭が回らないが、こんなに重要な問題を先送りにするわけにはいかない。絞り切って枯渇寸前の脳みそを、無理やり回そうとしていると。
「ならば口コミじゃな」
「ひゃあぁっ!」
まただ。また、背後から現れたショタジジ吸血鬼にしてやられた。
「フフフっ、お主は誠に良い反応をする。ところで、ちらしとはなんじゃ? 網は分かるが」
まずい。また迂闊な発言をしてしまった。頭がはたらいていない――かすむ目をこすっていると、アレスターはソファに掛けていた毛布を手にとった。
「ほれっ。無理をして、ただでさえ100年余りしかない寿命を縮めるでない」
毛布を肩にかけようとしてくれているが、つま先立ちになっている。可愛い――などと口にしたら、不愉快だろうか。
「ありがとうございます」
頬の緩みを抑えつつ顔を上げると。
「『生まれつき身体が弱いと、貴女の乳母から聞いています。無茶をしないように』……と、ドラグから伝言じゃ」
「ドラグ様から?」
もしや最後に言いかけていたのは、このことだったのか。
「そっか……やっぱりエメル、身体が弱いんだ」
丘を昇り降りするたびに感じる苦しさは、やはり気のせいなどではなかった。
それにしても、仮面夫婦だというのに心配してくれるとは。直接言わなかったのは、彼なりに気を遣ったのか――やはりエメルレッテの夫は優しい竜だが、今は少しくらいの無理でもしなければ。
翌日の正午。紙の束を抱え、ひとり町へ出ることにした。簡単にイベント概要を記した紙を、各店へ貼り出してくれるようお願いに回らなければならない。
「やりますか……と、その前に」
道を振り返ると。焦げ茶色の毛を三つ編みにしたノームが、じっとこちらを見つめていた――森を抜けるまで、付いてきていたことは分かっている。
「ニシカちゃん、私にご用ですか?」
「えめるは人間だけど、ワタシたちを助けてくれた……だから、ノームたちに声かけた。みんなでその紙配る」
声をかけただけで逃げていた彼女が、まさか協力を申し出てくれるとは――これはイベントも成功する気がしてきた。
「では、お手伝いをお願いします!」
綿密な段取り、できる限りの宣伝、そしてオリジナリティ溢れる商品――すべてをそろえた今日。あと少しで、新装開店イベントがはじまる。
「シンシア! これの在庫、どこにまとめてありますか?」
「床下の収納よ。エメル、サーブをする時はこのエプロンをつけて」
「はい、マスター!」
慌ただしく動き回るうちに、あと1分を切っていた。もう時間だ。時間、なのだが。
「……エメル?」
訊き返さずとも、彼女が何を言いたいのかは分かる――が、しかし。
「なんでしょうか、シンシア」
何かしら発しなければ、気を保っていられない。まさか客の来る気配がゼロだなんて――イベントを楽しみにしていたシカクすらも、姿を見せる気配がない。
「えめる! 大変!」
滑り込むように店へ入ってきたのは、息を切らしたニシカだった。
「どうしたの!?」
「町でっ、とにかく、行ってみて!」
苦しそうなニシカをシンシアに預け、ひとり森を駆け抜けると。
「なに……これ」
町の大通りには、とんでもない数の領民が集っていた。
『エメル! あれ』
「シカク!?」
何体かいるゴーレムの中でも、真っ青なボディのシカクはよく目立つ。この人だかりのわけを尋ねるよりも早く、シカクの肩へと担がれた。
『あっち、見て』
長方形の指が示す方は、メインストリート。その真ん中に特設ステージができている。
『ゲリラのファッションショー。カフェいくみんな、強制参加、させられてる』
ステージ上でモデル顔負けのポージングをしているのは、文字通り燃える赤髪と豊満な肉体が目を引く女性。シカクが「強制参加」という割に、群衆の視線を一身に集めている。
「ドラグと同じ……竜人?」
赤い翼と尻尾をもつ美女――その胸元には、見覚えのある極光石の首飾りが輝いていた。
次回:前後の直接対決……?




