30 逡巡
30逡巡
ヌル「ああああああああああああ!!」
ヌルは泣き続けた。
己の無力さを嘆いた。
暗闇に閉じ込められて動けない環境が、
更に思考をネガティブにさせる。
外の世界に換算すると数日間、泣き続けた。
泣くと言っても涙が出たり、
動いたりできるわけではない。
缶の中は意識だけの世界だった。
何もできないその中で聴覚だけは働いた。
缶に加わる振動で外の音だけは聴こえるようだ。
しかし、
ナーガ殺害の音以降は何も聞こえてこなかった。
悲しみという感情が枯れかけてきた。
というより、精神的に疲れたのであろうか。
ヌルは少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
悲しみの次にヌルを襲うのは後悔の自責だった。
あの時、どうすればよかった?
すぐにギリーを殺せばよかった?
そういや、ヌルの赤ちゃんってなんの話だ?
ナナが妊娠してた?
隠してた?
そういや、ここ最近の体調不良…
つわりか!
何故、隠してた?
ああ…魔王討伐の旅か…
産休くれとか、言い出せないよな。
みんなから勇者様だとか、担がれてたから。
きっと、物凄い重圧だったんだろうな。
誰にも相談できずに。
俺にも相談できずに…。
俺の軽はずみな行動が原因なのにな。
やり直したい。
もう一度やり直したい。
何年前に戻ればいい?
巻き戻しのスキルで一度だけ、
やり直しができるはずだ。
いくら考えても答えは出ない。
思考は後悔から反省へ。
そして原因の究明へ向かう。
そもそもなんでギリーはあんな行動にでた?
最初から計画のうちだった?
それとも鏡制作中に魔王軍に買収された?
魔王軍の人間がギリーになりすました?
そういえば、不審な点はある。
ギリーは魔王討伐隊の唯一の生き残り。
なぜ1人だけ生き残れた?
…
司法取引!
ギリーは魔王の配下になる事で生き延びた!
そして人間界へのスパイという、
任務に最適な人材でもある。
希少な加護と、
ユニークスキル持ちの新成人連続失踪事件にも、
おそらく関わってる!!
真相が少しづつ見えてきた。
今後のことを少しずつ考え始めるヌル。
これからどうするべきだろうか。
ナナの仇をとる?
これはギリーを殺すのはもちろん、
その先にいる魔王も倒すということか。
ナナからもらったスキル…
俺の使命は、
ずっと勇者であるナナを守る事だと思ってた。
けど違った。
俺の本当の使命は、
勇者の代わりに魔王を封印することだったんだ…
ナナに救われた命。
ナナから貰ったスキル。
これらを有効に活用しなきゃな。
ナナが無駄死にになっちまうよ。
必ず達成してナナを英雄にしよう。
ナナの銅像でも作って、
功績は全てナナのものにして…
それでナナは喜ぶだろうか?
何が命に代えてもナナを守るだよ。
バチンッ!!
ヌルは何か不思議なチカラに殴られた。
???「ふざけんなよ!
なに諦めてんだよ!
お前が諦めたら、
誰がナナを助けるんだよ!!
俺はなあ、ナナを助けたいよ!!
助けたいけどな、俺にはもう…命が…体
が…
無いんだよ!!
どうすることもできないんだよ!!
お前にはまだあるじゃないか!!
命がある!
体がある!
時間がある!
まだやれるじゃないか!!
なんで諦めるんだよ!
うぅ…。」
謎の声が泣き出す。
謎の声の不思議な力が、
ヌルに掴みかかり揺さぶる感覚がした。
ヌル(これは…
少年?
いや子供か。
誰だ?
いや、1人しかいないな。
溺れたナナを助けて死んだ少年ヌルだ。
これは何だ?
魂なのか?
そういや、昔テレビで見たな。
心臓移植を受けて助かった人が、
心臓の持ち主の記憶があるって話。
これは少年ヌルの記憶なのか?
しかし、
さっきの話は現状を理解してるようだし、
とても5歳児の話とは思えない。
そういえば、過去に2度、
おかしな体験をしたな。
地球で心筋梗塞で死ぬ間際に
ナナの声が聴こえたとき。
それと、ドラゴンとの戦いで死にかけたときに
聴こえたあの声は、
さっきの少年ヌルと同じ声だ。
よくわからないが、
意思疎通ができるなら会話もできるはずだ。)
「そうだな、君の言う通りだ。
俺はここを出たら魔王を倒すよ。
そして、生涯をかけてナナを助けるための
方法を探すよ。
任せろよ!!
俺がいた世界の伝承[ゲームだけど…]
にはな、蘇生魔法ってのがあったんだぜ!
俺が必ず蘇生魔法を手に入れてみせる!
安心して任せろよ!!」
少年「わかった。
ナナを死なせた罪はそれで勘弁してやる。
約束だぞ兄ちゃん!
ナナを頼むぞ!!」
少年の声は聞こえなくなった。
さて、予定変更だ。
これからどうしようか。
先ずは外に出ることだけど。
これは待つしかないのか?
外に出た後はどうしよう?
過去に戻ったとしてどうする?
先手必勝で、いきなりギリーを殺すか?
それやると、一生牢獄だよな。
そもそもアレに勝てるのか?
俺はギリーの攻撃対象になるんだろうか。
ギリーが魔王軍なら、多分ならないよな。
缶に入った俺のこと、忘れてたっぽいしな。
ナナを連れて王都に行く途中で逃げるか?
勇者だとバレなければ助かる?
いや、それだと俺が誘拐犯か?
捕まれば俺は牢獄で、ナナは勇者か。
なにより、
魔王が支配する世界でナナを幸せにできるのか??
そもそも、
過去に戻ってナナが生き残る選択をしたとして、
この世界のナナは生き返るのか?
たぶんダメだろ。
助かるナナは平行世界のナナだけのはず。
この世界の、俺が大好きな、
俺の子供を妊娠しているナナは多分助からない。
それじゃダメなんだ。
じゃあ、どうする…?)
ヌルの考えがまとまる頃、
缶の外の世界では1ヶ月ほど経っていた。
ヌルは行動に出た。
ヌルはスキル【空の王】を使った。
通常、缶の中に封印された者は、
外の世界に干渉できないハズだが奇跡が起きた。
スキルを使えたのである。
ヌルは1番近くにいた、カンカン鳥を操作した。
幸運にも王城のありとあらゆる扉が
開けっぱなしだった。
カンカン鳥を城の地下通路まで行かせ、
ナナのポーチを探した。
幸運にもナナのポーチはすぐに見つかった。
ここから缶を取り出す作業は難航した。
何とか缶を取り出し、
カンカン鳥に缶を掴ませた。
鳥は飛び立ち外へ出た。
王都はもちろん、あの地下通路にも、
誰の死体も無かった。
不思議である。
王都の壁を越えた頃、操作が厳しくなってきた。
スキルの時間切れである。
ヌル(やばい!こんな無人のとこに、
置き去りにされるのはマズい!!)
小さな川が見えた。
時間切れギリで缶を川に落とした。
カンカン鳥の視点で
物を見る事ができなくなった。
水が流れる音、
ときおり缶が石に当たる音などが聞こえる。
ヌルは上手くいってホッとした。
あとは誰かが拾って、
開けてくれることを祈るだけだ。
外に出た後の作戦は、スキル【戦略・特級】を使うことで上手く決まった。
あとは、
作戦決行の日に備えて魔力を貯める事にした。
過去に戻るためには大量の魔力が必要になる。
オニオは、
1秒すら戻す事が出来なかった程である。
缶詰封印の効果は魔力を貯める行為と
相性が良かった。
通常、生身の体なら、普通に何もしなくても
魔力は体から抜けていくが、
缶の中にいる間は、
全く魔力が外に漏れる事は無かった。
ヌルは精神を集中させ魔力を練り、貯めた。
缶は川を下った。
たまに大きな石などにひっかかり、
止まる事もあった。
止まった缶は、雨などの増水でまた流れだす。
小さな川はやがて大きな川に合流する。
川はやがて海へ。
缶は河口から海へ出たが、
すぐに海岸へと打ち上げられた。
しばらくの間、波の音しか聞こえない日々。
ある日、嵐が来てまた海へと流れる。
缶はうまく離岸流へと流れつき、沖へでる。
たまに海鳥の声が聞こえる。
海鳥の声が鯨を呼ぶのか、
鯨の尾が水面を叩くと大きな音がなる。
またある日は、
好奇心旺盛なイルカたちのオモチャになることも。
イルカの群れの中の1匹が、
何かに導かれるように缶を咥え泳ぎ出した。
そのイルカは、
ヌル達が鉱山に入る前に助けたイルカであった。
イルカはフォトンアランド大陸の南にある大陸、
【アイズ大陸】の東の海岸近くに缶を運んだ。




