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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第二章 ケルトニアの魔導士
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二十一 会見

 シルヴィアは溜め息をつきながら、馬車の中に入ってきた。

「しばらく城門ここで待機です。

 おそらく、そう時間がかからずに通してもらえるはずです」

「それじゃ、まずは宿屋探しね。

 港街の宿屋は割と質素だったから、今度はもう少しいいところに泊まりましょうよ。

 久しぶりに、ふかふかのベッドで眠りたいわ」


 サーラが期待に満ちた表情で乗り出してきた。

 しかし、シルヴィアはすげなく首を振った。


「その前に、私たちは蒼城に行かなくてはなりません。

 第四軍に協力を求めるという話を、覚えているでしょう?

 おそらく、蒼龍帝閣下とお会いすることになると思うわ」


 これにはケネスが驚いた顔を見せた。

「よくは知らんが、蒼龍帝って言ったら、王に次ぐ身分じゃないのか?

 警備に人数を割いてもらう程度の依頼で、わざわざ会うのは変だろう」

「あたしは関係ないわよね?」

 サーラも『面倒は嫌』という感情を隠さなかった。


「それが、そうもいかないんです。

 蒼龍帝のシド様は、何でもご自分で確かめないと気が済まない性質たちで、恐らく私たち全員から話を聞こうとするはずです。

 もちろん、サーラさんも例外ではありません」

「え~!」

 遊女は可愛らしく頬を膨らませて見せた。どんな時でも男に与える印象を意識するのは、さすがと言うべきであった。


「諦めてください。シド様が首を縦に振らない限り、第四軍の援助は受けられないのです。

 忠告をしておきますが、シド様は恐ろしく頭の切れる方です。下手な嘘は絶対に通用しません。

 訊ねられたことには、正直に答えた方が身のためですよ」


      *       *


 シルヴィアの見立てどおり、彼女たちはそれほど待たされずに城門の通過を許された。

 城からは軍の馬車が遣わされ、マルコの街で雇った馬車はお役御免となった。

 一行は第四軍の印である、コバルトブルーの金属プレートが輝く革鎧を着用した武装騎馬隊に先導され、城塞都市の中心に聳える蒼城へと向かった。


 巨大な城門を潜ると、すぐに聳え立つ城が目に入ってきた。

 蒼城の石材には、青味がかった緑色凝灰岩グリーンタフが使われ、淡い青緑色の尖塔が林立する姿は、溜め息が出るほど優雅で美しいものだった。

 サーラは軍の大型馬車の窓から身を乗り出すようにして、しばらくその緑の城に見入っていたが、やがてゆっくりと歌い出した。

 郷愁と抒情性を持った旋律は、王国民なら誰しも一度は耳にしたことがあるものだった。


 「麗しの蒼城」。それは、この美しい城を称える言葉であると同時に、名も知らぬ吟遊詩人が作った有名な曲の名でもあった。

 サーラの美しい歌声は、蒼城市の大通りに響き渡り、道を行き交う市民たちは「何事か」と驚いて振り返った。

 馬車を先導する騎馬隊の兵士たちも、思いがけない歌にうっとりと聴き惚れる始末だった。


 サーラは歌の一番だけを歌い終わると、ほうっと溜め息を洩らし、窓から身体を引っ込めた。

「あたし、歌はよく知っていたけれど、実際に見るのは初めてよ。

 歌のとおり、ううん、それ以上に美しいお城なのね」


 彼女の上気して赤くなった頬と、うっとりとした表情は、城に負けないほどに美しかった。

 サーラは歌と踊りといった芸能ばかりでなく、この世界に存在する美しいものを心底から愛している。

 その気持ちが痛いほどに伝わってきて、エイナの目には思わず涙が滲んでいたのである。


 蒼城は円形の城塞都市の中心に位置していた。

 一行が通過した北門に限らず、どの門から入っても等距離で、馬車ならおよそ十分ほどで到達する。

 エイナとシルヴィアは、前年の演習中に帝国の工作員に拉致され、そこから逃げ出して蒼城市に逃れたという経験があった。

 その際に、蒼城に出頭して蒼龍帝の尋問も受けていた。


 そのため、蒼城に入るのは二度目ということになる。

 だが、ケルトニア人のケネスにとっては初めてのことであり、サーラに至っては城自体が初体験である。


「何てきれいなのかしら!」

 案内の兵士に先導されて、蒼城の中を進みながら、サーラは感に堪えたような声を何度も洩らした。

 この城の主人であるシドは男性であるが、二年前まで存命していた先代の蒼龍帝は、フロイア・メイナードという貴族出身の女性であった。


 そのため、蒼城の内部は至る所に色とりどりの花、趣味のよい絵画、精緻な刺繡などで飾られていた。

 代替わりしてからも、その良き伝統は受け継がれて美観には注意が払われていた。

 外も中も溜め息が出るほど美しい城として、〝麗しの蒼城〟の名を欲しいままにしていたのである。


      *       *


 先に述べたように、エイナとシルヴィアはこの蒼城に出頭して、蒼龍帝に拝謁したことがある。

 それは体のよい〝尋問〟であったのだが、蒼龍帝であるシドは決して詰問することなく、静かな口調で質問の数もそう多くなかった。

 その際は、大きな会議室のような場所で、シドの周囲には副官の他に、軍の幹部将校たちがずらりと並んでいた。

 今回も同じような感じなのだろう……エイナたちはそう思っていた。


 しかし一行が案内されたのは、意外にこぢんまりとした部屋だった。

 山のような書類が積まれた大きな机、一方の壁は全面が書棚となっており、多くの書類や書籍がびっしりと詰め込まれていた。

 その二点を除けば、部屋の調度は極めて上品で落ち着いたものだった。

 絨毯は足首まで沈み込むほどふかふかで、大きな応接セットは十人以上が楽々と座れそうである。


 エイナたちを迎え入れたのは、蒼龍帝の副官であるプリシラだった。

 背が高く金髪の美女という点では、シルヴィアと似通っていたが、プリシラの方が骨太のがっちりした体格で、いかにも頼りがいのある感じである。


 シルヴィアが魔導院に入学したころ、プリシラはすでに高学年だったので、それほど親しくはなかった。

 それでも、全学年を合わせても百人以下の学院だったから、当然お互いに顔も名前も覚えている。


 だが、プリシラはシルヴィアに笑いかけるどころか、目を合わせることもなかった。

 彼女はケネスを客人として、丁寧だが節度を持った態度で、応接のソファに座るように勧めた(サーラもそれに準じた扱いだった)。

 逆にシルヴィアとエイナに対しては、護衛の兵士として見做みなし、何の案内もしなかった。

 従って、二人はケネスたちの座るソファの後ろで、立ったままで待っていなければならなかった。


 シドが入室してきたのは、十分ほど経ったころだった。

 初めて会うことになるケネスとサーラは、緊張した面持ちで立ち上がっていた。

 二人の目が、驚きで見開かれた。


 軍服姿で入ってきた蒼龍帝は、子どもかと思えるほどに小柄だったからだ。

 この部屋にいる者で一番小柄なエイナでも、身長は百六十センチ近くあったが、シドはそれよりも十センチは背が低かった。


 シドはそうした目に馴れっこになっていた。

「そう物珍しそうな顔をしないでくれ。私はこれでも成人しているのだ。

 第四軍を預かっている蒼龍帝シド・ミュランだ。

 ケネス・フォレスター魔導大尉だったな? 遠路はるばるご苦労であった」


 若き蒼龍帝は淡々とそう言うと、ケネスに向け手を差し出した。

 ケネスはつられたようにその手を握る。武骨な手にすっぽり収まる、小さな拳だった。


 だが、彼ははっと気がついたように手を離すと、かつんと靴の踵を打ち合わせて直立不動の姿勢を取った。

 そして、エイナたちが見たこともないような機敏な動作で、見事な敬礼をして見せた。


「お会いできて光栄です、蒼龍帝閣下」

 出鼻をくじかれ、雰囲気に呑まれてしまったケネスとしては、仕切り直しのつもりだったのだろう。


 シドはゆったりと答礼を返すと、今度はサーラに向けて手を差し出した。

「サーラ嬢だったな?

 私は知らなかったのだが、部下たちに聞いたら、君の名を知っている者が何名もいた。

 知らない者でも、黒船屋の名はほとんどの連中が耳にしたことがあるそうだ。

 いやはや、世の中にはまだまだ私の知らないことが多過ぎるね」


 サーラはケネスと違って、その罠にはまらなかった。

 シドの手を取る代わりに、スカートの裾を摘まんで軽く膝を折り、上半身を軽く前に傾けた。

 上流階級の令嬢が見せるような、完璧な礼を取ったのだ。

「お初におめもじいたします、蒼龍帝閣下。

 私のような下賤な者の名をお気にかけてくださり、ありがとうございます。

 ですが、閣下のお手を汚すことだけは、どうかお許しください」


 シドは宙に浮いたままの自分の手に目を落とすと、苦笑を浮かべた。

「それは残念だ。

 南カシルで五本の指に入るという、名高い遊女の手を握る機会など、そうそうは訪れないだろうに」


 サーラは艶然とした笑みを浮かべた。

「あら、それでしたら、今度お忍びで黒船屋に遊びにいらしてくださいませ。

 手だけではなく、お好きなところを確かめられますわ」

「うん、魅力的な提案だが、うちの副官プリシラが噛みつきそうな目で睨んでいる」


「まぁ、怖い」

 彼女はころころと笑って腰をおろした。

 勧められずに着席するのは本来無礼なのだが、その自然な仕草に、シドもケネスもつられたようにソファに身を沈めた。


 シドはいきなり握手を求めることによって、その場の空気を支配するつもりだったが、いつの間にかサーラによって主導権を奪い返されていたのだ。


「警護の手を借りたいとのことだったが、まずは事情を聞かせてもらえるのだろうな?」

 蒼龍帝のこの質問には、起立したままのシルヴィアが説明することとなった。

 エイナより彼女の方が要領のいい話ができるので、これは自然な役割分担である。


 シルヴィアは南カシルを出てからの船旅と、その間に起きた三度の襲撃の顛末を、要点を抑えて簡潔に語った。

 そして、マルコ港から蒼城市に至る道中でも、どうやら呪術師の監視下にあったようだということも付け加えた。


 シドはほとんど口を挟まずに、注意深くシルヴィアの話に耳を傾けていた。

 彼女が話し終わった後にいくつかの質問を発したが、それはあくまで確認事項といった感じだった。


「話は大体分かった。

 護衛については一個小隊、十二名の騎馬兵を付けよう。

 君たちはそもそも魔導士と召喚士だ。一人で中隊規模の敵と対抗し得る戦力のはずだ。

 それで不足はあるまい?」


「ありがとうございます」

 敬礼するエイナとシルヴィアに軽くうなずいたシドは、大人しく座っているサーラの方に視線を向けた。


「呪術師が狙っているかもしれないという石だが、私にも見せてもらえるかね?」


 サーラとしては拒む理由はない。

 彼女は結い上げた髪に手を伸ばし、隠していた革袋を外して、中から例の古びた装飾品を取り出した。

 シドはテーブルの上に置かれた石を手に取り、顔を近づけてしげしげと眺めまわした。


「シルヴィアは蒼城市でこれを鑑定できる店があるらしいと言ったが、この〝ヴァンの家〟のことなのかね?」

 石の裏側に貼られた紙を覗き込みながら、蒼龍帝が訊ねた。

 その口元には、いつの間にか小さな笑みが浮かんでいた。


「はい。ひょっとして、閣下はヴァンの家をご存じなのですか?」

「まぁ、知っているかと聞かれると、そういうことになるか。

 ヴァンという男は、ノームを召喚した二級召喚士だ。

 ノームには宝石や貴重なアイテムを鑑定する能力があって、ヴァンはそれを利用して鑑定屋をやっていたらしい。

 もっとも、それはもう何十年も前の話で、ヴァンもとっくの昔にこの世界を去っている」


「えっ、では……!」

「そう慌てるな。ヴァンが消えてからも、その店は続いていたんだよ。

 最初は親戚の者がやっていたらしいが、その後にある召喚士が店を買い取った。

 ヴィンセントという名だが、リッチーを召喚した男――と言えば、聞いたことがあるだろう?」


「ああ! あの有名な……」

 シルヴィアは驚いたような声を上げたが、エイナには心当たりのない名前だった。

 その怪訝な表情に気づいたらしく、シドがわざわざ説明してくれた。


「リッチーというのは最上位のアンデッドでね、人間を遥かに凌駕する知識と魔力を持った幻獣界の住人だよ。

 そんな怪物を召喚したヴィンセントは、当然のように国家召喚士に任命されたのだが、彼はそれを拒絶したのだ。

 王立魔導院四百年の歴史でも、前代未聞の椿事として知られている事件だ。

 もっとも、軍への忠誠を拒否したのはヴィンセントではなく、リッチーの方だったのだがね」


 シルヴィアがうなずいているところを見ると、召喚士の世界ではよほど有名な話らしい。

 魔導院における魔導士課程は歴史が浅い。エイナが知らなかったのは、無理からぬ話だった。


「リッチーは膨大な知識を持っている。鑑定などお手の物だったから、ヴィンセントが店を継いでからというもの、ヴァンの家の名声は裏の社会に轟きわたった。

 サーラ嬢が相談した宝石屋が、この店を訪ねるよう勧めたのは当然だろうね。

 ただ、残念ながらこのヴィンセントも、五年前にこの世界を去っている。もちろん、彼が消滅したことでリッチーも幻獣界に戻ってしまった。

 だから、私は実際にはヴァンの家を訪ねたことはないし、彼と会ったこともない。

 もしリッチーがまだこの世界に存在していたのなら、万難を排してでも会ってみたかったのだが、残念なことだ」


「何てこった、それじゃこの石の正体は、分からないままってことか……」

 ケネスが思わず呻き声を上げた。

 しかし、彼はすぐに気がついた。


 蒼龍帝の口元に浮かんでいた笑みは、まだ消えていなかったのだ。

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