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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第二章 ケルトニアの魔導士
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二十 城塞都市

「へえ~、軍っていうのは戦争だけやっているのかと思っていたけど、いろいろと面倒臭いことがあるのね」

 サーラが面白そうに感想を洩らした。


「人が集まれば、必ずそうした争いが起きるもんさ。

 それは女の世界だって一緒だろう?」

「確かにね。あたしたち遊女の間でも、足の引っ張り合いは日常茶飯事だもの」


「ちょっ、ちょっと待ってください!

 何かいいように話が終わっちゃいましたけど、大尉殿が王国に派遣された理由はどうなったんですか?」

 エイナが慌てて割って入った。


「ああ、そうだったな。

 まぁ、それから先は大した話じゃないんだ」

 ケネスは小さく笑った。


「大隊長を失った貴族とその取り巻きには、憎しみをぶつけるべき犯人がどうしても必要だったのさ」

「それが、大尉殿だったということですか?」


「そういうことだ。

 俺が魔法防御でなく物理防御を選択したのは、意図的な行為ではないか?

 そもそも、大隊長を焼き殺した魔法を放ったのは、俺だったのではないか?

 奴らはそう疑ったんだよ」

「でも、大尉殿は無実だったんですよね?」


「もし俺が犯人だったとしたら、もっと上手くやっただろうな。

 俺は部隊で最古参の魔導士だった。あのボンボンを殺《や》ったのが誰かなんて、簡単に目星がついていたさ。

 魔法には、癖っていうものが出るからな。

 だからと言って、俺がその真犯人の名前をチクると思うか?」


 ケネスの問いかけに、エイナは首を振った。

「いいえ。大尉殿は黙っていらしたのでしょう?」

「当然だ、馬鹿野郎。

 そいつがやっていなかったら、三分後には俺が大隊長を地獄に送っていただろうよ。

 むしろ俺が疑われている状況は都合がよかった。

 俺はそれなりに戦力として評価されていたから、証拠もなしに処分されることはない。

 ――そう高をくくっていたんだが、少し甘かったんだな」


「お偉いさんから圧力がかかったのね」

 サーラが察したようにうなずいた。


「まぁな。だが、上層部だって馬鹿ばかりじゃない。

 軍としては基本的に俺を守る姿勢だが、貴族連中を無視するわけにはいかない」

「それで、王国へ派遣されたってわけなのね」


 サーラが納得したように答えたが、エイナにはまったく理解できなかった。

「ごめんなさい、私には話が分かりません。

 もう少し、噛み砕いていただけませんか?」


「もしエイナちゃんが遊女だったら、叱っているわよ。

 男の人の話はちゃんと聞いて、何を言いたいのかを先回りして察するのが客商売の女ってものよ。

 要するに、首を差し出せってごり押しする貴族たちに対して、軍部はケニーを王国に派遣することによって、身の安全を確保しようとしたのね。

 俗にいう〝ほとぼりを冷ます〟って奴よ。

 ケニーが外交上の功績を挙げれば、貴族たちも理不尽な要求をしにくくなるでしょう?」


「ああ、そういうことですか!」

 鈍いエイナもやっと納得がいった。


「要するに、俺が戦場やケルトニア本国にいては、周囲に迷惑がかかるから、今回の話は渡りに船だったというわけだ。

 だからと言って、遊び半分で王国に来たつもりはないぞ。

 お前みたいなぼーっとした新米どもを、一人前に鍛えてやるさ」


      *       *


 昼食は、街道脇に馬車を寄せて車内で摂った。

 宿に用意してもらった、簡単なサンドイッチのような軽食である。

 この時ばかりは、外に出ていたシルヴィアとカー君も戻ってきた。


「どうだ、その毛玉は何か察知したのか?」

 ケネスが指についたバターをしゃぶりながら、シルヴィアに訊ねた。

「何とも言えませんね。

 カーバンクルによれば、『どことなく気持ちが悪い』そうです」


「何だそりゃ?」

「呪術の気配は感じるものの、差し迫った危険ではない――と言えば分かってもらえますか?」


「監視されているということか? それとも具体的に追跡されているという意味か?」

「両方ですね。上空から見張られている以外に、追跡者もいるようです。

 ただ、具体的に襲ってくるような気配は感じないそうです」


「素敵な報告をありがとうよ。

 敵は様子見を決め込んでいて、蒼城市に入るまでは仕掛けてこないということか。

 ……そんなに余裕があるのか?

 俺たちが第四軍と接触すれば、戦力が倍増することぐらい、敵さんだって承知しているだろうに」


 シルヴィアは美しい顔に笑顔を浮かべた。

「いいじゃありませんか、向こうにも都合があるに違いありませんもの」


 彼女は膝上にこぼれたパンくずを手で払うと、馬車の扉を開けて再び外に出た。

 そして、振り返って車内に残る三人に声をかけた。

「御者さんに聞きましたが、あと三時間もすれば蒼城市に着くようです。

 もう少しで〝麗しの蒼城〟が見られますよ」


      *       *


 エイナたちが乗った馬車は、夕方四時過ぎには蒼城市に着いた。

 リスト王国には王都リンデルシアとは別に、四古都と呼ばれる古くから栄えた都市が存在する。

 蒼城市はその中でも最も新しく(とは言っても、三百年近い歴史がある)、辺境地帯の開発基地を兼ねた東部の拠点である。


 四古都はいずれも、巨大な城壁に囲まれた城塞都市だった。

 二十メートルを超す高い城壁は、かなり遠くからでもはっきりと認められた。


 壁の周囲には、ごちゃごちゃとした市街地が放射状に広がっている。

 城壁内はかなりの面積があるが、膨れあがった都市人口を収めきることができず、市民たちは壁の外側に溢れ出し、てんでに住居を構えた。

 新市街と呼ばれる壁外の居住区は、比較的貧しい者たちが多かったが、その分活気にあふれた商業地として膨張を続けていた。


 馬車は賑やかな新市街の街並みを左右に見ながら進んだ。

 街道は道幅が広く石畳が敷かれていたが、左右に広がる新市街の低い街並みにつながる道は狭く、舗装もされていなかった。

 道の両側には、せり出すようにして多くの商店がさまざまな品物を広げ、盛んに客を呼び込む声が、馬車の中まで聞こえてきた。

 すれ違う馬車の数も増え、道を歩く人の波も絶えない。


 サーラとケネスはそれほど驚きもせず、馬車の窓からそうした賑わいを眺めていた。

 ケネスは大国ケルトニアの出身だから、大都市の雰囲気などそれほど珍しくはない。

 サーラも大陸有数の歓楽街に暮らす身であるから、こうした雰囲気にはどこか懐かしさを覚えていた。


 むしろ、王国民であるエイナとシルヴィアの方が、目を丸くしていたと言っていい。

 彼女たちが暮らす王都には、四古都と違って新市街が存在しない。

 王都では城壁外に勝手に住みつくことが禁じられていたからだ。


 〝新市街〟という名は聞こえがいいが、要するに貧民《スラム》街である。

 女王が居住する都には、ふさわしくないという考えだったのだろう。

 そのため、首都であるリンデルシアの人口は十万人に満たず、二十~三十万人が居住する四古都の方が、遥かに巨大な経済力を持っていた。

 それは、四古都の主人である四帝が、王国において重きをなしている理由の一つでもあった。


 馬車はごちゃごちゃとした新市街を抜け、ほどなく巨大な城門に到着した。

 城門は常時開け放たれているが、中に入るには審査を受ける必要がある。

 それほど厳格なものではないが、何しろ大都市であるから流入する人の数が多い。

 そのため門の前には、手続きの順番を待つ商人や旅人の長い列ができていた。


 シルヴィアは御者台から降りると馬車を待たせ、城門を警備する当番兵の方へと歩み寄った。

 彼女は自分の身分を明かすと同時に、参謀本部から出された命令書を提示した。


「命令書にあるとおり、自分たちはケルトニアからの客人を護衛しております。

 マルコ港までは船で参りましたが、その途中で何度か暗殺者に襲われました。

 ついては第四軍のご協力を仰ぎたく、なにとぞ蒼龍帝閣下にお取次ぎを願いたい」


 きれいな敬礼をして、そう口上を述べたシルヴィアは、背が高く美しい金髪をきちんと結った若い准尉である。

 身分証と命令書を受け取った警備の軍曹は、自分よりも遥かに若い女性将校の整った顔を、眩しそうに仰ぎ見た。


「委細承知しました、准尉殿。

 直ちに城へ先触れの者を遣りますので、恐れ入りますがそれまでここでお待ちいただきます。

 身分証はお返しいたしますが、命令書はいったん預からせていただきます。

 よろしいですか?」


「構いません」

 シルヴィアは鷹揚にうなずいた。

 こうした手続きは必要なことだ。外国の賓客だから、いますぐ通せという横車は押せない。


 軍曹は命令書に視線を落として確認を取った。

「お通しするのはグレンダモア准尉殿と、同じく護衛のフローリー魔導准尉殿、そして客人のフォレスター魔導大尉殿の三名、ということで間違いありませんな?」


「いえ、もう一人……その、一般人がおります」

「はて、それはどのような方ですか?

 一応、身分証の確認はさせていただきますぞ」

 軍曹の目が油断なく光った。さすがに門衛を務める兵士は手抜かりがない。


 シルヴィアは一瞬、言葉に詰まった。

 サーラのことを何と言って説明したらよいのか、まったく考えていなかったのだ。

「ええと、つまり、フォレスター大尉殿の身の回りの世話をする女性です。

 ですから、彼女は城外で待たせてもらえばよいのです」


 だが、軍曹は頑固に首を振った。

「そうは参りません。

 ケルトニアの客人をお迎えするのです、シド閣下は直接お会いすることを望まれるはずです」


 シルヴィアは慌てた。蒼龍帝に遊女を会わせるなど、とんでもない話だ。

「それはそうでしょうが、彼女は無関係の一般人で、閣下にお目通りできるような身分の者ではありません」


 軍曹は首を横に振りながら、小さく溜め息をついた。

「失礼ながら、准尉殿は閣下をご存じないのでしょう。

 シド様はどんなことであっても、自らの目で見、耳で聞くことを重んじられるのです。

 例えそれが下賤の者であっても、例外ではありません」


 軍曹はそう言ったが、シルヴィアは蒼龍帝であるシドのことをよく知っていた。

 シドは王立魔導院の二年先輩で、シルヴィアは十年にわたって同じ学び舎で過ごしてきたのである。

 彼は恐ろしく頭のよい男であったが、それだけに人を信じないところがあった。

 何でも自分で確かめなくては気が済まない性格は、いまだに直っていないらしい。


 それにしても万事休すだ。どうせ身分証を確認されれば、サーラが遊女であることは簡単に分かってしまう。

 シルヴィアは軍曹の耳元に顔を寄せて、小声でささやいた。

「彼女はフォレスター軍曹の〝夜《よ》伽《とぎ》〟をするために同行させている、そういう商売の女性です。

 いくら何でも、蒼龍帝閣下のご前に出すわけにはいかないでしょう!」


 軍曹は一瞬、ぽかんとしたが、すぐに合点がいったという顔で愉快そうに笑った。

「なるほど、なるほど。

 大国ケルトニアの客人ともなると、そこまで気を遣わねばならんのですな。

 これは勉強になりました。

 しかし准尉殿、それならばなおさら閣下のお耳に入れねばなりませんし、おそらくお会いになりたがるでしょう。

 シド様はそういうお方なのです」


 あのシド先輩が、遊女であるサーラに興味を示すのだろうか?

 いや、彼のことだから、大いに面白がるのはあり得そうな話だった。

 彼は頭の上がらない先輩――しかも、今は青龍を従え、国の四分の一を支配する蒼龍帝という要職に就く身である。

 そんな人物の前に、春を売る女性を連れてきた後輩を、彼はどんな顔をして迎えることだろうか。


 考えただけで、シルヴィアは気が重くなった。

 彼女はとぼとぼと馬車に戻り、サーラから身分証を預かった。

 すぐ後ろについてきた軍曹にそれを手渡すと、彼はしげしげとその内容を確認し、馬車の窓からそっと中を覗き込んだ。


 サーラが愛想よく笑顔を見せて軽く会釈すると、軍曹もにこやかな顔でうなずき、身分証を彼女に返した。

 彼は馬車から離れ、持っていた書類に慣れた様子で必要事項を書き込んだ。

 そして、感に堪えたような声でシルヴィアにささやいた。


「驚きましたな。

 自分は南カシルに行ったことはありませんが、それでも黒船屋の名は知っております。

 その有名店の遊女を旅のお供に仕立てるとは、いったいいくら払ったのですか?

 もちろん、軍が出しているのでしょうが……いやはや、一度でいいからそんな夢のような体験をしたいものです」

「身分確認は終わったはずですよ、軍曹。

 鼻の下を伸ばしている暇があるなら、早く城へ人を遣ってください」


 軍曹はすばやく敬礼をした。

「はっ、ただちに手配いたします!」


 彼は回れ右をしたが、ふとシルヴィアの方を振り向いて、白い歯を見せた。

「それにしても、自分はついております。

 今日はめったに拝めないような美人を見ることができました。

 しかも、二人《・・》もです!」


「軍曹!」

 シルヴィアが顔を真っ赤にして怒鳴った時には、すでに軍曹は走り去っていた。

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