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後編

と、ヴィヴィアン様は急に顔を上げると従者に小声で何かを言いました。


ん?



「エドワード様の所に案内してくれる?」


従者は、なにも言わず、クルリと向きを変えると歩き出しました。

ヴィヴィアン様はその後ろをついていきます。


「ヴィヴィアン様、まさか……」

小声で恐る恐る尋ねます。



「そう、そのまさかね」

「いや、まずいですって。怒られますよ、下手したら外交問題になりますよ」

「そうなる前に解決するわ」

あちゃ~、業を煮やしたヴィヴィアン様は従者に魔法をかけて案内させているようです。



三階の奥の部屋の前で従者は止まりました。


「ここにいらっしゃるのね」

ヴィヴィアン様は、そっと扉をノックし、声をかけられます。


「エドワード様、ヴィヴィアンにございます。会いに参りました。扉を開けて頂けますか?」



ガタンと部屋の中で音がして、人が歩いてくる気配がします。


「……ヴィヴィアン?」




「エドワード様! 私ですヴィヴィアンです!」



「…………すまないが帰ってくれ。出迎えの者が言っただろう、誰にも会うつもりはないと」



「エドワード様……」



部屋の中で足音が遠ざかっていくのが聞こえます。




私は、ヴィヴィアン様の心中を慮るとつらくてお顔を見ることができません。








「エドワード様?扉から離れました?」




ん?ヴィヴィアン様は突然何を仰るのでしょう。




「危ないですから、できるだけ扉から離れてくださいね」




ヴィヴィアン様の右手の上に火球が浮かんでいます。




「ヴィヴィアン様っ、ヤバイですって。ちょっと、ちょっと、待ってくださいっ」


はい、無理でした。止められませんでした。




ヴィヴィアン様は見事なフォームで火球を扉に投げつけました。


ドゴオォォォン……。


ものすごい音がして、扉は、木端微塵になりました、あぁ。




ヴィヴィアン様は、もとは扉だった木片を踏み越えて部屋の中に入っていきます。

私も、慌て続きます。


部屋の中は、カーテンが全て閉められ薄暗く、様子がよくわかりません。


部屋の中央に人が立っているのが見えました。



「ひっ」

あぁ、私は侍女失格です。声をあげてしまうなんて。




そこに立っていたのは、ぼさぼさの髪を背中まで伸ばし、目は虚ろで、げそげそに痩せた男の人でした。


そして、その人の顔半分は、黒い蔦の様な不気味な模様で覆われていたのです。



私は、怖くて足がすくんで動けませんでした。




しかし、ヴィヴィアン様は、全く気にすることもなく男の人に近づいていきます。



あの方は、あの方は、やはり……。


「エドワード様!」




「ヴィヴィアン、君は何を!…………いや、そうじゃない。こないでくれ、私を、私をみないでくれ」




エドワード様は顔を背けて、悲痛な声をあげます。



「エドワード様、私、お会いしとうございました!修業が終わったら会いに来てくれると申しましたのに、何故来てくれないのです?」


「ヴィヴィアン、みないでくれ。君にだけは、こんな姿を見られたくなかったのにっ」


「まさか、お心変わりされたのですか?……だとしたら、私はどうしたらよいのでしょう」




あの、会話が微妙に噛み合っておりません。



「…………」

「…………」

どれくらい無言の時間がたったのでしょう。




根負けして口を開いたのは、エドワード様でした。


「君のことを想わなかった日は一日たりともないよ。私にとって大切な愛しい人は君だけだ……だが、こんな姿では、君に嫌われてしまうと、そう思って。嫌われるくらいなら、ずっとここに籠っていようと」



「まぁ!……よかった。私も愛するのはエドワード様ただお一人ですわ」


見つめあうお二人。よかったですね、ヴィヴィアン様!



しばらく見つめあった後、ヴィヴィアン様は、部屋のカーテンを開けてまわりはじめました。



「ところで、お顔、どうされたのですか?」

ようやく、そこ聞くんですか。


「……よくわからないんだ。数年前に突然胸に現れて徐々に広がっていったんだ。医師もわからないといい、魔術師にみてもらったところ、これは、私の醜い心が表面に現れたものだといわれた」


「醜い心?」


「そうだ、なんでも出来る優秀な弟のレドに嫉妬した私の醜い心の現れなのだ」




ヴィヴィアン様は、おもむろにエドワード様のシャツに手をかけ、はだけさせます。


きゃ~、ヴィヴィアン様、いくら両思いだってわかったからって、性急すぎますっ。しかも、女性から迫るなんて、淑女としてあるまじき行動ですわっ。しかも、まだお昼ですっ、せめて、せめて夜になるまで待たないとっ。



ヴィヴィアン様は、はだけたエドワード様の胸をじっと見つめます。


あれ?これ、そういうピンクな展開じゃなさそうです。


いやだ、私ったら、おほほ。



「醜い心の現れ、そう言われたのですか?」

「……っ、あぁそうだ」

「これ、呪詛ですよ」

「な、なんだ、と?」

「呪詛、まぁ呪いです。呪い。誰かにかけられましたね」

「醜い心では、ないのか」

「違いますね。大体、人の心なんて大体ろくでもないことしか考えてません。嫉妬なんて皆してますし。でも、誰もこんな模様でてませんわ」

「ま、まぁ、そういわれると、確かに」

「診断した魔術師が怪しいですわね。普通の魔術師なら、そんなこと言いません。呪詛だとすぐわかります」

「しかし、義母上が手配してくれた魔術師だぞ。私の為に最高の魔術師を探してくれたのだそうだ」


んん?なにやらアウトな感じがいたします。



「この呪詛、解いて差し上げます」

ヴィヴィアン様は、エドワード様を見つめてにっこり微笑みます。


「…………できるのか?」

「もちろんです☆ 修業ちゃんとやっておいてよかったぁ」


ヴィヴィアン様は、エドワード様の胸に手をあてると目を閉じます。

ヴィヴィアン様のまわりが淡い光で包まれていき、その光がエドワード様も包みこんでいきます。


しばらくすると、エドワード様の胸から順に蔦模様が浮かび上がっていきます。


そうして、お顔の模様も浮かび上がって、模様は全てエドワード様の体から消えました。



え、早すぎません?普通、こんなに侵食した呪詛、魔力の強い魔術師が複数人集まって、力を合わせて一日、下手したら数日ががりでどうにか解けるってレベルですが。

まだ、始めて数十分ですよ。




模様は、ふよふよと宙に浮かんでいます。

不気味な光景です。



「この解かれた呪詛は、術者に返ります。解かれて行き場がなくなったのですもの、術者に返るのは必然。せっかくなので呪詛を、依頼した依頼主にも返して差し上げましょう」


「そんなこと、できるのか?」


「もちろんできますわ。エドワード様を苦しめたんですもの、ただでは済みませんわ。威力は倍、いえ三倍にして差し上げますわ」


「お、お待ちくださいっ、ヴィヴィアン様」


私は、慌てて止めに入ります。


「呪詛を返す行為は、行った者に反動がきます。ヴィヴィアン様、危険です」

私も、魔法息づくマジェン王国の者。そのくらいの知識はあります。


「何?そうなのか?ヴィヴィアン、そのような危険なことしなくていい」


「呪詛は消滅させましょう、その方が安全です。消滅のため、私も魔力がございますからお力をお渡しいたします!」

大した魔力ではありませんが、少しはお役に立つはずです。


「お二人とも、大丈夫ですよ。呪詛を返した反動がくるのは、返した者が呪いをかけた術者よりも弱い場合です。私、自分で言うのもなんですけれど、強いので」


あ、そうでした。ヴィヴィアン様、めっちゃ魔力強いんでした。ヴィヴィアン様クラスなら、返しの反動なんてきませんね。反動が吹き飛びますね。


「そういうわけで、いきますよ~」

ヴィヴィアン様は、浮かんでいる模様を一段と高く浮かせます。


そして、呪文を唱えました。

多分、「あなたを作り出したもの、依頼した者のところへお戻りなさい」的な事を言っているはずです。


ヴィヴィアン様が唱え終わると、黒い蔦模様は窓からするりと出ていき、どこかへ消えてしまいました。


「さて、どこへ行ったかしら?」

多分、予想はついていらっしゃるでしょうに。




「さて、エドワード様、体調はいかがですか?」


「あぁ、とても体が軽い。ずっとだるくて何もする気もおきず、不安感に苛まれていたが、まるで嘘のように消えている」


「全ては呪詛のせいですからね。けれども、体は弱っておりますから、少しお休みにならないと」


「そうだね、ありがとう、ヴィヴィアン」


「私、エドワード様のお役に立てまして?」


「あぁ、もちろんだよ。君が扉をぶっ壊して助けに来てくれなければ、私はどうなっていたか」


「……扉の事は、忘れてください。でも、修業頑張ったかいがありました」




お二人は、中庭でティータイムを過ごされております。


これまでのことをお互いに話しているお二人は、傍目にみてとてもお似合いです。


なによりヴィヴィアン様が嬉しそうで、私もニマニマが止まりません。


しかし、呪いはどこへ返ったのでしょうか。


おそらく威力倍増された呪詛返しを受けて術者は生きてはいないでしょう。術者に最も強く呪詛は返りますから。


依頼主は、かろうじて生きてはいるかと思いますが、あの模様が張りついていては人前に出てはこれないはずです。


私は一人の人物を思い浮かべます。


もう、あの方にお会いすることはないでしょう。




その日の晩餐の場に、エドワード様は、数年ぶりに姿を現したのでした。


父である、ザガン陛下に、今までのことを全てお話になりました。呪いによる模様を見られたくないがためとはいえ、これまでの態度、公務を投げ出していたことを詫び、これからは第一王子としてふさわしい人物となることを誓われたのでした。


ザガン陛下は、涙を流してエドワード様が戻られたことを喜んでおいででした。


和やかな晩餐となりましたが、レナ妃殿下は、体調が優れないとご欠席されておりました。




さて翌日、今日は王家主催、ヴィヴィアン様歓迎のパーティーが開かれます。


朝から、お支度をしなければいけないのに、ヴィヴィアン様が脱走を試みられております。


「ダメです! ヴィヴィアン様、入浴、マッサージその他諸々やらなければいけないことは山ほどございます!」


「で、でも、少しだけでもエドワード様にお会いしたいし……」


上目遣いでうるうるされると、つい許してしまいたくなります。


「……いえいえ、ダメです! エドワード様に、あぁ、私のヴィヴィアンはなんて美しいんだっ!と思ってもらいたくないのですか?」


「わ、私のヴィヴィアン!? そ、そんな風に言ってもらえるかしら?きゃあ、どうしましょう」


妄想で悶えているヴィヴィアン様をうまくバスルームへ誘導しようとしていると、扉がノックされました。


「ヴィヴィアン、今いいかい?」


「エドワード様!おはようございます!ど、どうされたのですか?」


「おはよう、ヴィヴィアン。昨日、君が来てくれたことが夢なんじゃないかと思って。君にパーティー前に一目会いたくなってね」


「それから、改めて、本日の君のエスコートをさせたもらいたい、そうお願いしにきたんだ」


ヴィヴィアン様は真っ赤になってコクコク頷いています。


「ありがとう。君も支度があるだろうから、私はこれで失礼するよ。パーティーでの君はとても素敵だろうね、もちろん、今の君もとても素敵だけどね」


笑顔でさらりと告げると、エドワード様は退室されました。


さて、幸せでうっとりされたいる間に、支度をガンガン進めるとしましょう。




「マジェン王国、第一王女、ヴィヴィアン・マジェン様、ご入場!」


高らかにラッパが吹きならされ、本日の主役であるヴィヴィアン様がエドワード様と入場されます。




途端、会場は大きなどよめきに包まれました。

「ヴィヴィアン様、お美しい」

「あの深緑色の髪、瞳も、とても素敵だわ」


ヴィヴィアン様を褒め称える声ともう一つ。


「エスコートしてらっしゃるのは、第一王子エドワード様ではないか?」

「そうよ、長らく公の場に姿を見せなかったのに」

「ご病気だったのでしたっけ?」

「私もよく知らないわ、遊学に行ってらしたとか?」


公に出てこなかった理由ははっきりと発表されていなかったようで、出席者たちは憶測で盛り上がっています。


「でも、とてもお似合いの二人だわ」


「そうね、お二人並ぶととてもバランスがとれていて、あぁ、私、レド様派だったけど、エドワード様ヴィヴィアン様派になりそう」


「え、ちょっとずるい、今私が言おうと思ってたのに」


「輝いていて眩いわっ」

「えぇ、本当に輝いてみえるわっ」


……ご令嬢方、それは真実です。輝いて見えるのではなく、事実輝いているのです。


ヴィヴィアン様は、光の魔力をうっすらと放出しており、光の粒子がお二人まわりを浮遊しているのです。


ヴィヴィアン様がこんなことをしているのは、もちろん、エドワード様のためです。


呪詛が解けたとはいえ、お体はまだ弱っており、顔色もあまりよくございません。


光で輝かせ、すこしでもご威光を高めようということなのです。




パーティーは、滞りなく過ぎてゆきます。


王太子が決まっていない中、マジェン王国の王女をエスコートしたエドワード様。レド様派が優勢のようでしたが、今この国の貴族たちは、エドワード様、レド様、どちらを推すべきか困惑しているようです。


結局、このパーティーにもレナ妃殿下は姿をみせませんでした。




カトレアから帰国して数週間。


私は、毎日ヴィヴィアン様から、惚気話を聞かされております。


ヴィヴィアン様、私も一緒にカトレアに行きましたので、全部見て知っております。


でも、ヴィヴィアン様がとても幸せそうなので、何度でも聞きますとも!




しかし、心配なことがあります。


エドワード様は、レド様の暗殺を試みて、最後は北の塔に幽閉されてしまうはず。


正直、あの優しげで理知的なエドワード様が暗殺をしようとするなど信じがたいですが。


いえ、レド様に嫉妬していたとおっしゃっていたではないですが!


これは、これは、まずいのでは。






はっ!そうです!




レド様のバッドエンド。

これがありました!


ヒロインが暗殺者からレド様を庇い、死んでしまうルート。

レド様は、ヒロインを失ったショックで正気を失い、自分も自害してしまう、はず。

その後、カトレアの王太子が誰になったのかは描かれませんてましたが、レド様が死んだのなら、エドワード様が王太子になったはずです。


ヒロインとレド様には大変申し訳ないですが、このルートならヴィヴィアン様はエドワード様と幸せになれます。


エドワード様が手を汚すのはまずいです。

何かの拍子にヴィヴィアン様が知ってしまう可能性も無きにしもあらず、です。

そうなったら、ヴィヴィアン様がどんなに嘆き悲しむか。



…………私が殺るしかありません。


私には、前世の記憶、この乙女ゲームをプレイした記憶があります。

ヒロインを見つけ出し、始末すること等容易いことです。

ヴィヴィアン様から受けた大恩、今こそ返す時です。

こんなことで、到底返しきれるものではありませんが、ヴィヴィアン様、不肖わたくし殺ってまいります!




その後、記憶にある攻略情報を基にヒロイン殺害計画を練り、シミュレーションもバッチリです。


あとは、実行に移すのみですが、ヴィヴィアン様の侍女のままではいけません。


捕まった際、ヴィヴィアン様にまかり間違ってもご迷惑をおかけするわけにはいきません。

本日限りで、お暇をいただかなければ。




ヴィヴィアン様と過ごした日々を思い出すと幸せ過ぎて涙が出そうです。

我慢、我慢。涙を見せずにお別れをしなければ……!



「ヴィヴィアン様、今少しお時間をよろしいでしょうか」

ヴィヴィアン様は、机に向かっておられます。エドワード様へのお手紙をお書きになっていらっしゃるのですね。


「アンナ?どうしました?」

「その、あの、お話したいことが、ございます……」

「何? どうしたの、そんな怖い顔して」

「…………ヴィヴィアン様、今まで、お世話になりました」

「え?」

「私、アンナは、本日をもってヴィヴィアン様の侍女の職を辞させていただきたく…………」

「急にどうしたの? そんな、困るわ、アンナがいなくなったら。はっ!もしかして、お給金が少ない? それとも休日が足りないのかしら? アンナ、待遇に不満があるなら言ってちょうだい。あなたがいなくなるなんて、嫌よ」

「ヴィヴィアン様……。お給金は、充分に頂いておりますし、休日もこれ以上は必要ございません」

「なら、一体何が、どうしてなの?」

「一身上の都合です。どうか、この答えでお許しください」



ヴィヴィアン様は、私をじっと見つめています。


私は、その視線に耐えられなくなり、俯いてしまいました。


「もしかして、私のためかしら?」

「っ!」

驚いて、思わず顔をあげてしまいました。

ヴィヴィアン様は、困ったように微笑んでいらっしゃいます。


「エドワード様は、呪いも解け、公務に復帰されたとはいえ、まだ王太子に決まったわけではないわ。レドを王太子にと推す声も根強い」

ヴィヴィアン様は、ゆっくり話されます。

「私の婚約者は、カトレアの王太子。レドが王太子に選ばれてしまえば、私が意に沿わない結婚をすることになる、と案じて何かしようとしたのでは? 例えば、レドの殺害、とかね」


ほぼ当たりでございます。

私が殺そうとしたのは、ヒロインの方ですが。

結局、ヒロインの後を追ってレド様にも自害していただくので、レド様の殺害と同じことです。


「アンナ、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ」

大丈夫じゃありません。

私は、前世の記憶のこと、ゲームのレドルートのことを全部話してしまいたくなりました。

信じてもらえないだろうけど、ヤバイ奴扱いされるだろうけど。


「ねぇ、アンナ。エドワード様に呪いをかけるよう依頼したのは誰だと思う?」


え、それは……。

私はずっと思っていた人物の名前を挙げました。


「……レナ妃殿下、だと考えております」


「そう、当たりよ。あの方は、呪詛返しの影響を受けて、もうベッドから起き上がれない状態よ。仮に、動けたとして、あの黒い蔦模様が浮かび上がっているから、人前には出られない」


「元々エドワード様が、王太子に指名されるはずだったの。けれど、エドワード様のお母上、前王妃が亡くなりレナ様が王妃の座についてから、レドを王太子に、と強く推し始めたの」


「それで、陛下もすぐにはエドワード様を王太子に指名することができなくて。そのうち、レナ様がエドワード様に呪詛をかけて、公に出られないようにして、ますますレドを推す声が高まっていったの」


「でも、もはや後ろ楯だった王妃がいなくなったレド。対して、マジェン王国第一王女である、この私がついているエドワード様、どちらに軍配が上がるかなんて明らかでしょう?」


すごい自信です、ヴィヴィアン様。

「でも、ヴィヴィアン様。ヴィヴィアン様は、カトレアの王太子の婚約者ですよ?そんな、決まる前から明確な肩入れしたらまずいのでは……」

「アンナ、あなた、私がエドワード様以外の方との結婚を了承すると思って?」


「ないですね」

即答させたいただきます。


「つまりはそういうことなの。私はエドワード様と絶対に結婚する、それ以外はあり得ない、とお父様お母様に小さい頃からずっと言っているし、なんならカトレアのザガン陛下、前王妃の前で、エドワード様と二人で私たち結婚します!と宣言していたから。王太子はエドワード様で確定なのよ」


結婚宣言、そんな事してたんですか。

私は存じ上げないので、私がお仕えする前、ずいぶんお小さい頃のことでしょうが、本当にずっとエドワード様ラブだったのですね。


「でも、呪詛の件は、本当に大変だったわ。押し掛けるのが少し遅れたら大変なことになっていたわ」

「え?」

「私が解いたとき、呪詛は大分エドワード様に食い込んでいて衰弱していた。でも、それだけじゃない。あの呪詛は、最後には人を欲望のままに駆り立て凶行にでるよう組まれていたの」

「つまり、それって」

なんだか、ピースがはまりそうな気がします。


「あのままいったら、エドワード様はレドに嫉妬していたとおっしゃっていたから、最悪レドを殺害しようとしたかもしれないわね。エドワード様をどれだけ苦しめるつもりだったのかしら、レナ様は」


…………ゲームで、エドワード様がレド様に暗殺を試みたのは呪詛のせい?ヴィヴィアン様が間に合わず呪詛を解かなかった場合の話ってことでしょうか。


と、いうことは、呪詛の解けたエドワード様はレド様を狙わない。

暗殺者は現れないので、結果ヒロインが巻き込まれてレド様と親しくなることはない……。

二人は、恋に落ちない!


私は、どっと脱力してしゃがみこんでしまいました。

「わかってくれた? エドワード様は王太子になるのよ。もう心配はないでしょ? 侍女は辞めないわよね」

「は、はい、もちろんです!これからも誠心誠意仕えさせていただきます!」


「セレナに感謝しなさい、アンナ」

「え?」

「セレナが教えてくれたのよ。あなたが何か思い詰めて大変なこと計画してるって」

セ、セレナ。

「まぁ、あなたが私に何も言わず消えちゃったら、セレナが捕まえて連れ戻す手筈だったのよ~」

あぁ、恥ずかしいっ。全部お見通しだったのですね。




数ヵ月後。

ヴィヴィアン様のおっしゃっていたとおり、エドワード様が王太子に指名されました。


エドワード様の王太子指名と、ヴィヴィアン様との正式な婚約のお祝いの式典に出席するため、再びカトレアを訪れています。


元美容部員としての腕がなりますわ~。

修業のためほとんど社交の場に出てこなかったヴィヴィアン様ですが、その美貌と私が前世の知識を活かしてデザインするドレスによって、いまやマジェン王国のファッションリーダー、マジェンの輝く一等星、誰も彼もがヴィヴィアン様の虜でございます。

ふふっ、このカトレアでもその地位を確立する日は近いですわ!


カトレア王城の大広間。

豪華絢爛なその広間で、今式典が始まります。

「エドワード・カトレアを今この時をもって、王太子とする!」

ザガン陛下の威厳が威厳のある声で、そう宣言されました。

出席者から大きな拍手が贈られ、エドワード様は、ゆっくりと壇上に登り、ザガン陛下に古いしきたりに則ったお辞儀をいたします。

「エドワードが、王太子となったことにより、正式にマジェン王国第一王女ヴィヴィアン・マジェンとの婚約することとなる。カトレアとマジェンの末長い平和と友好を願う」

更に割れんばかりの拍手が贈られ、ヴィヴィアン様が壇上に上がり、エドワード様と並びます。

チラリと、出席者の方に目を向けると、レド様もご出席しておりました。


式典のあとは、パーティーとなります。

侍女は、基本的に控え室で待機ですが、私は、本日の主役であるヴィヴィアン様をお助けするために特別に会場に入ることができております。

ヴィヴィアン様や、他の出席者様たちのお邪魔にならないようひたすら存在感を消して用のないときはほぼ壁と同化しております。


「兄上、王太子の指名改めておめでとうございます」

レド様が、エドワード様とヴィヴィアン様の所にご挨拶にいらっしゃいました。

さすが乙女ゲームの攻略対象というべきイケメンでございます。

あれ、レド様、どなたもエスコートしていない。ヒロイン連れてきてない!

本当にヒロインと恋に落ちなかったのね、よっしゃ~。フラグ完全に折れてる~。

これで、本当に一安心です。


「ありがとう、レド」

「ヴィヴィアン様もおめでとうございます。姉上とお呼びすることになるのかぁ」

「様は止めてよ。いつもヴィヴィアン呼びだったじゃない」

「兄上の妻となる方にもう呼び捨てはできないよ」


ゲームの知識がある私からすると、とても違和感のある光景です。

エドワード様とレド様が仲が良いなんて。

でも、ヴィヴィアン様を含めたお三方は小さい頃から仲良く過ごしていたのですから、おかしくはないのでしょうか。


「兄上、私は学園を卒業したら、国に戻り公務に励み、政治についてもっと勉強いたします。そして、臣下として兄上の治世を支えさせていただきたく存じます」

これは周りの貴族たちはしっかり聞いていたでしょう。レド様の臣下宣言。自分には王位を狙う気はないとはっきり明言されました。

「私も、エドワード様を生涯お支えしますわ、妻として」

そう言ってヴィヴィアン様は、エドワード様とレド様に微笑みかけます。

絵になる、この三人、一緒にいるとめちゃくちゃ絵になります!


パーティーも滞りなく終わり、ヴィヴィアン様はお部屋で休んでおられます。

先程までエドワード様もご一緒で、お二人で軽食をつまみながら談笑されておりましたが、もうお戻りになられました。


私も、小腹が空いてまいりました。

厨房へ行ってなにかいただいてくるとしましょう。


中庭へ差し掛かると、エドワード様がどなたかとお話になっているのが見えました。

私の位置からでは、どなたと話しているのか見えません。

はしたないと思いながらも、私はそっと近づいていきました。

ないとは思いますが、どこぞのご令嬢と会っていたりしたら大問題ですからね。


ご令嬢ではありませんでした。

エドワード様とお話されていたのはレド様でした。

何をお話されているのでしょう。

よろしくないと思いながらも、 物陰に隠れて、耳をそばだてます。


「兄上、母上のことすみませんでした。多大なご迷惑をお掛けして、何年も兄上を苦しめることになり、本当になんとお詫びしたらよいのか」

「いや、もう大丈夫だ。レド、お前こそつらい思いをさせた。留学という形で国を離れたのは、公の場に出なくなった私を守るためだったのだろう?」

「……私には、それくらいしかできませんでしたから。国にいれば母に否応なく後継争いに引きずり込まれます」

「義母上とは会ったのか?」

「いえ、もう会うつもりはありません。私は兄上をお支えすると決めたのです。あの人とは決別する覚悟で此度戻りました。母上の方も、私と会う気はないようです。今日の式典も欠席していましたし」


レド様、レナ妃殿下は呪詛が返ってきて大変なことになってます。もう、お会いできないでしょう。

エドワード様は、レナ妃殿下に呪詛をかけられていたことはお話にならないようです。お優しい方です。

話を聞けば、レド様はご自分の母がやらかした罪に苦しむことになるのですから。



「お前と昔のように話ができるようになって本当によかった」

「兄上……。私もです。もう昔のように接してもらえないと、諦めかけていました」

「…………私はね、レド。ずっとお前に嫉妬していたんだよ。なんでもできて、皆を惹き付ける魅力をもつお前にね。成長するにつれて、どんどん立派になって、私は苦しくて苦しくて堪らなかった」

「兄上」

「嫉妬に飲み込まれもうダメだと思ったが、ヴィヴィアンが助けにきてくれた。王太子になった今も正直怖い。本当に私が王太子でよいのか、と。けれど、ヴィヴィアンが、私を信じてくれて、側にいてくれるから、私は頑張れる」

エドワード様は、大きく息を吐きました。

「あぁ、ようやく、お前に本心を言えた。なんだか、すっきりしたぞ」


「兄上、あなたは、私に嫉妬していたと、そうおっしゃいましたね」

「? あ、あぁ」

「嫉妬していたのは、私の方ですよ」

「え?」

「兄上は、私が一番欲しかったものを手にいれて、幸せにしていて」

「一番欲しかったもの?」

「ヴィヴィアンですよ。兄上、全く気がついていなかったのですね。私は、ヴィヴィアンに会ったその日からずっと彼女を想っていたのに、彼女が選んだのは兄上だった」


なんですと~。

ちょっと待って何この展開。


「何度もアプローチしたのに彼女はちっとも相手にしてくれない。彼女の心を占めているのはいつだって兄上だったんですから」

「…………」

レド様は、フッと笑います。


「だから、嫉妬していたのはお互い様です。兄上、お気になさらず」

「いや、気にするだろう。ものすごいことサラッと言ったな」

「そうですか?」

「言っておくが、ヴィヴィアンは絶対渡さないからな!」

「そこは弁えております。兄上の婚約者に手を出すようなことはいたしません」

「本当だな?」

「本当ですって。兄上、目が怖いですよ。そもそも、ヴィヴィアンは兄上しか見ていないので大丈夫です」


はわはわ、すごい展開です。まさか、レド様もヴィヴィアン様をお好きだったとは…………。

フラグ折っているとはいえ、ヒロイン全然出てこないじゃないですか。


本当にここは乙女ゲームの世界なのでしょうか。

乙女ゲームとよく似た全く別の世界なのでしょうか。

わかりません。

どちらでも構いません。

私にとって大事なのはヴィヴィアン様が幸せであること、それだけなのですから。


エドワード様とレド様はまだあれやこれやと話しております。

私は、そっとその場を離れました。


お腹が空きました。

そうでした。厨房へ食べ物をもらいに行くところでした。

まだ何か残っているとよいのですが。













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