番外 華麗なる王太子妃5
王を軍の総指揮官に頂いているとはいえ、実務をするのは直下の司令官である。
王太子の側室候補に挙げられている中に、第1司令官令嬢もいる。
政略でネイデールの姫君を迎えたことになっており、その姫君は男装で軍に口出し、王太子もすぐに飽きるだろうと思われているからだ。
司令官室に入ると、シルビアは嘲笑った。
「たしか、侯爵だったな。
なめられたものだな、戦がないと能無しでも司令官とはな」
シルビアは、第1司令官を挑発する。
「その太った身体で軍人とは、笑えるな」
そう言って目配せすれば、ヒューマは両手を空に向けて肩をすぼめて肯定する。
初日にシルビアをバカにした中隊長は、この男の子飼いの一人だ。
マーベリックによって独房に入れられて階級を剥ぎ取られたのに、この男が第1部隊に引き取って
反省してるならともかく、王太子が騙されていると訴えているようだ。
「妃殿下、言葉が過ぎます」
抑えているだろう、司令官の声は震えている。
「おや、私が王太子妃と知っていたか。
司令官の部下は知らなかったぞ。
今日は予告に来たのだ。
第1司令官の席をいただくから、掃除をしておくように」
シルビアは、持っていた書類を司令官の前に置く。
「私は書類仕事は得意なんだ。
過去の予算書、決議書、申請書、楽しかったよ。
遠征訓練で予算申請しておきながら、実施していない訓練がいくつかあるね、予算はおりているのだろう?」
司令官が手に取ろうとした書類をシルビアは、目の前で取り上げる。
そのやり取りをデルタとミッシェルは驚きをもって見ていた。
第1司令官は横領をしていたのか。巧妙に隠されていたはずだ、例え遠征を失くしても何らかの手段で財務や王の追及が入らないようにしていただろう。
それを、僅かな期間で発見する才覚。
だが、狙ってください、と言わんばかりだ。
だから、ヒューマ・アエルマイアが来た時点で動いたのか。
シルビアが王都警備隊長室に戻ると、ミッシェルはシルビアの前に膝をついた。
「我が軍がお恥ずかしいばかりです」
「立つがいい、私もすでに我が軍だと思っている、違うか?」
シルビアは椅子に座り足を組むと、微笑む。
「軍のあらを探そうとして、王太子に書類を用意させた。
ネイデールでも、同じような事をしていたから、どこを見るか分かっていた。
あらどころか、処刑物件を見つけたわけだ」
シルビアの笑みは苦笑いに変わっていた。
「シルビア様、それを見つけたのは最近ではありませんね?
もっと早く行動を起こせたはずでしょう? 我々では信用がありませんか?」
ミッシェルが確認の為にシルビアに尋ねる。
「お互いにな。
私の為に躊躇なく命をなげだすのは、今のところヒューマとマーベリックだけだ。
何より一個師団で来られたら、こちらの人数では足りない。私が生き残ることが勝敗を分ける。
まあ、よほどのバカでないかぎり、私というエサに簡単にはくらいついてこないだろう」
シルビアの言葉に、デルタは俺だってと言いかけたが、シルビアの信頼を得る何も自分にはないと思い当たっていた。
ミッシェルも同じ気持ちだったらしく、拳を握りしめていた。
「シルビア様、自分を囮にする為に相手を挑発するのは危険すぎます」
ヒューマがお茶のカップをシルビアに渡しながら、無謀過ぎると言う。
「司令官はあの書類の存在を見ている。
どのみち王に進言される前にと焦っているでしょうから、強硬手段に出るのは間違いないでしょう。
俺はその書類を見てませんが、どのような物なのですか?
遠征訓練をしていないとは?」
ヒューマ、デルタ、ミッシェルは司令官室で初めてシルビアの意図を知ったのだ。
「さっき言ったとおりだ。
予算が降りている演習訓練をせずに、経費を私用した。
天候不順などの名目で、訓練には出かけたが目的地ではなく近隣で演習を行ったのだ」
経費の差額を流用したということだ。
夜になる前に、王都警備隊長室は襲撃を受けた。
警備隊の交代で人手が少なる時間を狙っての犯行だ。内部事情を知る者が情報を流したのは間違いない。
つまりは、シルビアを罵倒して独房に入れられた中隊長だ。
「よほどのバカだったな」
楽しそうに言うシルビアは剣を手にしているが、シルビアにたどり着く前にヒューマ達が対処するので戦闘には参加していない。
経費流用の恩恵を受けている者は大勢いたのだろう、まさしく一個中隊の規模の覆面襲撃であった。
多勢で襲撃し瞬殺するつもりだったのだろうが、返り討ちに会い、時間がかかった為に王都警備隊だけでなく、駆け付けた第2、第3部隊の反撃で、襲撃犯は討ち死か傷を負って捕まった。
朗報を待っていた第1司令官は、横領だけでなく謀反人として捕縛された。
「私は、王太子妃なんだよ」
連行される司令官に、シルビアは最高の笑みで言い放った。
その夜の王太子夫妻の寝室は、物々しい雰囲気に包まれていた。
「危険な事をしないというから、手伝ったんだ。
それがどうだ!?」
マーベリックがシルビアに詰め寄るが、シルビアも負けはいない。
「戦がないのはいいことだが、平和ボケしているのではないか?
国外から来た私だから気が付いたということもあるが、財務の人間も噛んでいるのは間違いない。
誰も気づかないはずはないんだ。それはお前に任せるよ」
ふー、と息を吐いてマーベリックはシルビアを見つめた。
「いや、シルビアがよくやったのは分かっているんだ。
でも心配したんだ。
襲撃を受けている、と急報がもたされた時の気持ちがわかるか?」
「ごめん」
シルビアはそっとマーベリックの手を握る。
「今度は、事前に連絡を入れるよ」
もうしない、とは言わないシルビアである。
「手を握られるぐらいじゃ、ごまかされないぞ」
挑発したから襲撃を待っている、とでも連絡を入れるつもりか。
「分かった、分かった。
暫くは小鳥さん達と、お茶でもして静かにしているよ」
「ちょっと待て、今度はどこの令嬢を誑かしたんだ!?」
マーベリックの心配の種は尽きない。
「じゃ、今度の夜会ではドレスを着るから。
何色がいいか考えておいて」
シルビアがマーベリックの髪に手を入れ、顔を近づける。
「ごまかされてやるよ」
王太子殿下は王太子妃に唇を重ねた。
番外編、いかがでしたでしょうか?
シルビアは王太子妃として認知されるのを、実力で勝ち取りました。
ちょっと長くなってしまいましたが、楽しんでいただけたなら嬉しいです。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
violet