3.さぁ飛びこめ、のめりこめ
「フフ、フフフ──ッ!」
駐騎場のなかに、甲高くも怪しげな笑い声が響く。
通りすがった作業員や騎士の持ち主はその声に怯え、その主を見たものはみんな黙って目をそらした。
「ふふふ、良い、良いわねこの子!」
ユリエルだ。作業着に装いを変えて、開けた装甲に首を突っ込んでは怪しげな含み笑いを繰り返す。
なんであれ”騎士”であるならば、ユリエルにとっては興味の的だ。
調査しかできないと言うのはいささか片手落ちのような気がするが、しょうがないと無理にでも納得する。
そもそも他人の重騎士をさわれるだけでも役得なのだから、これ以上なにを望むと言うのか。
「──いやでもあんなことやそんなこと……」
とりとめのないことを呟きながらも、全身を舐め回すように観察する。
「ううむ、日常的に全体的にきれいに消耗している動かしているわね、でもあまり激しい動きはない。関節が錆び付いていないだけまだましかぁ」
首を突っ込んで、関節まで、つぶさに、舐め回すように観察を続けていく。
内部構造を、装甲を。脚、腰、胴、腕、頭。触れられるかぎり、全てに目を通していく。
その早さは目を見張るもの。培ってきた技術を発揮して、早く、正確に。
「──おや?」
肩の淡い緑の装甲板を調べていた時の事である。
継ぎ目になにか、布のようなものが引っ掛かっている。
装甲をずらせば、すぐに取りだすことができた。
両手一杯程度の大きな赤い布切れに、首をかしげる。
「だれかの作業着にしては、布の厚みも場所もおかしいし……だいたいこんな”赤”だなんて……?」
こんな派手な赤となると、服だろうか。それともドレス? だがなぜ肩装甲の隙間なんて所にあるのだろう。
まさか”私”のように騎士に登るような奇特な女はそういまい。それもドレスのままなんて、私ですら。
第一、ドレスだとするには生地も厚く、大雑把。これはとにかく頑丈なもの。
だとすれば作業着?いや。大きすぎる。
──服ではない?
はてさて、これは一体なんであろうかと首を捻っていたその時の事である。
「──そこの怪しい奴! なに人ん家の重騎士に顔突っ込んでるんだ!」
下方から、声をかけられた。
意外とばかりにユリエルは顔をあげると、声のほうを覗き込む。
ずいぶんと高めの声だと思いながら声の主を見て「あら」と目を見開いた。
「なんだよ、おい聞こえてるんだろ、勝手にさわるなよ降りてこいよ!」
ずいぶんと小さな少年たちであった。階段をかけ登りながら、声を張り上げている。
そして足元の方で、警戒するようにじっとにr舞う少年もまた一人。
その言葉もまあ当然と思いながら、二人のあまりにも必死な様が微笑ましくて、つい笑ってしまう。
「何笑ってるだお前は! なんだって勝手に触るかな!?」
「あらあら、あなたたちは?」
「ジミー・ブライス!」
「ウェイン・トラス」
目の前で、元気よく血気盛んにジミーが叫ぶ。騎士の足元で整然と、しかし負けじと力強くウェインが叫ぶ。
小さな少年二人の視線にも動じることはなく、ユリエルは微笑んでいた。
それが癪に障ったのか、二人とも険しい表情は崩さない。
「 そっちはどうなんだ名乗られたら名乗るものだっていってたぞ」
「あら、失礼──私、ユリエル・アウグストルと申します」
すくっと立ち上がって、伸ばした背筋を優雅に折った。
カーテシーとばかしに裾を持ち上げる仕草を交えると、少年はおののくように後ずさり。
ユリエルと比べても頭一つ程度の差。しかしそれでも少年には大した違いではなく”大きい”もの。
そして、ジミーへ目をつけた。作業服のウェインと比べて、くたびれているが仕立ての良い、品のある服装。
そして何より、”うち”の重騎士ときた。それなら──
「ブライス、ということはギルボン・ブライスはお父様かしら? 私はその人から許可を頂いて調査をしているのよ」
「ちょ、調査ぁ?」
「ええ。先日起きた重騎士失踪事件のね」
「重騎士が失踪?! なんだ、それ! 知ってるかウェイン?」
「いいや、全然」
「──あら?」
薄い胸を張って答えれば、目を丸くしてこの慌てよう。
彼にはサプライズだったのだろうか。
「じゅ、重騎士が消えた? そんなこと、が、あるのか?」
「あったのよねぇ。新しい重騎士を買おうとしたは良いけれど、ここに運び込んだら消えちゃったってね」
「”新しいの”?」
「ええ、もう一騎、ね。ちゃんと購入の書面もあったわよ?」
──そういえば、ロックはなにか書面から書き取っていたっけ。
手早くて聞きそびれたが、わざわざなにを書き留めたのやら。
「それじゃあ何か。こいつはもう用済みだってのかな。《フォード》のほうがいいだろうにな」
不満げなジミーの言葉に、ウェインも頷いた。
口を尖らせる彼らは、新しい重騎士にはあまり興味はないらしい。
《フォード》を見上げる眼差しは、寂しいもの。まるでもうボロボロだからとお気に入りを取り上げられたかのようで。
「大丈夫よ、あの人にこの子を手放す気はないわ。二騎を揃えるつもりだったっていうもの」
「ほんとうかね」
「ええ、そうよ。何なら聞いて見なさいな」
だから、ユリエルは安心させるかのようにしゃがみこみ、目線を合わせ笑いかけた。
とはいえ、その願いも消えた”騎士”を見つけなければ叶わないし、証明されないのだけれども。
「まあ召喚の光はないそうだし、どこに行ったのやら──」
「──と、とにかく消えたって言うんだろ。その調査ってんだろ!?」
「その通りよ」
「じゃあおれ、親父に聞いてくるよ。買うだの姉ちゃんだのさ。姉ちゃんはそれまで触るんじゃねーぞ!」
そう言うなり、ジミーは階段を下りていった。
階段を飛び降り、はしごを滑り落ちてと激しい音を立てたかと思うと、そのまま駐騎場の外に消えていく。
「車と馬に気を付けなさいよぉーっ!」
慌ててユリエルが叫んだ言葉は、ジミーに通じたかどうか。
「あら、早いこと」
「すみません。あいつはいつもああで」
「えぇそうね、まるで風のようじゃない」
のんびり上ってきたウェインの言葉に、微笑ましげに外を見つめてユリエルは言う。
ウェインが信じられないような、あきれた眼差しをするものだから、首をかしげた。
●
ユリエルは重騎士の足元で、作業台にじっと座っていた。
対面の椅子には、少年ウェイン・トラス。二人残されて、お互い探るように、暫し見つめあう。
「お茶でも用意してもらおっか?」
「いえ……いりません」
にっこりとユリエルが笑いかけても、ぶっきらぼうに断られてしまった。
ウェインは距離を見計らっているかのようで、壁を感じる。
身構えた犬を相手にしているよう。唸りをあげないだけ良いだろうが、警戒されてることに違いはない。
──もしや、話はしたくないのだろうか。
そういう子もいる。とはいえこれは”調査”。そんなこともたやすく掻い潜ってロックは聞いていたのだ。
止める理由にはならない。そう思い、そっとユリエルは言った。
「ねぇ、ウェインくんっていったわね」
「くんなんて要らない、ただのウェインでいいよ」
ぼそりと加えた言葉は、ともすれば生意気ともとれる。
対等にしてもらいたいのか。ユリエルも、そう言いたくなる気持ちはわかる。
”おじいさま”の研究相手にも、そんな口を利いたものだ。
思い出して、ついほほを緩めるものだから、ウェインに睨まれてしまう。
こわいこわい、と手を振って、そっとささやくように、身を乗り出す。
「あなたは、彼のお友達でしょう。あの子は、この《フォード》の持ち主の一家」
じゃあ、あなたは。
「”ここ”の子だよ」
これまたぶっきらぼうな答えに、ようやくユリエルは思い当たった。そういえば、ここは《トラス駐騎場》。
「あぁ、そうか。あなたはここの息子さん」
「一番下だけどな」
そう言うウェインはどこか鼻高げ。騎士が十数騎も集う”一家”だ。自慢に思っても当然だろう。
こうも分かりやすいこと。気づかなかったとは己を恥じるばかり。ユリエルは心の内で赤面した。
ふと、ウェインが視線を動かす。いぶかしがるようにユリエルを見つめ、次いで《フォード》を見上げる。
そしてまた、ユリエルを。気がかりなようにうつろう眼差しで、ウェインは言った。
「なぁ、調査したって言うんだよね、こいつを、見て」
「ええ。曲がりなりにも騎士を専門にしてるんですもの」
──何を疑っているのやら。
推し量るような言葉に、ユリエルは薄い胸をはる。 いっそう怪しげな感情に眼差しは染まったものだから、首を捻った。
「じゃあ、こいつを見て……どうだった?」
「どうって?」
「見た感想だよ」
その怪訝な色にしてはまっすぐな、真摯な眼差し。
ああ、彼は本心から訪ねている。友の家の騎士が、他人から見てどうだったのか。本気で知りたいのだ。
その言葉に、ユリエルはしっかりと頷いた。
「ええ。この子はとても良いものよ」
「本当か?」
ぐ、と首を伸ばして、疑うようにウェインは言う。
つぶらな瞳を、睨むように厳しく歪める。脅すようなその目に一歩もたじろぐことは無い。
何せ、本心を言っているのだから。
「内部を見たのだけれどね、この子は発掘される前から改修されてるポイントが少ないのよ──」
この《フォード》、そもそもからして”当時品”の多い厄介者。
作られた当時の様子が随所に見られる─原型が残ってるという意味では貴重な機体だ。
練習に使われているせいか、くたびれてきているのが少々もったいない所。
とはいえ整備士が優秀なようだから、破損することもないだろう。これぞまさしく健康優良”騎”。
──口が、回る。《フォード》に関して調べたこと、思うこと。
調査にかこつけた様々なことを、心赴くままに言いたい放題。
はと戻ったときには、もう遅い。
ようやくウェインが目を丸くしていることに気づいたものの、とりつくろう言うことも叶わず。
先程までの舌はどこに飛んでいったのか、「またやってしまった」と嘆くことしかできない。
「そ、その……ごめんね──」
「そうだよ、その通りだよ、あんた!」
慌てて謝罪しようとして、ウェインの食いつきぶりに今度はユリエルが目を丸くする番だった。
なにせウェインは乗り出してまで破顔しているのだから。何かが琴線に触れたよう。
「こいつは全然改造してないだろ。そこから昔の、当時の姿が見えるかもしれないんだよ!」
腕を振り、手を叩き、わかってるなと大はしゃぎ。先程までの無愛想な様子とは大違い。
その姿に面くらいながらも、ユリエルは頷いた。
「ええ、それなのに今でも状態が素晴らしいわ。動かしてもたいした異音は出ないはずよ」
「そうだよ。やっぱり良いよね、こいつ。よく動くし、変な癖もない特に動かしやすくて良いよ」
「──あら?」
やいのやいと話し合って、ふと、気づく。
おれのじゃないのが悔しいと、彼は笑っているけれど。
「そんな感想が出てくるなんて、やっぱり動かしたことあるのね、あなた」
良いこと聞いたとばかりににやつく笑みを見せられて、ウェインはばつが悪そうに目をそらした。
「べ、別に良いだろ、動かさせてもらったんだ。姉ちゃんも触らせてもらってるだろ」
「まぁ、そうなんですけれど……羨ましいわねぇ。私動かすことはとんとダメだもの」
「えぇ……簡単だろ」
なに言ってるんだと呆れた視線には、ユリエルとてたじろぎ、苦笑い。それでも無理なのは揺るがない。
”手元のレバーを動かせば大きな腕が動く”だなんて理解はしても、さりとて上手くできることか。
技術と知識、経験と動作は別物なのだ。いくら学ぼうと叶わぬものに、心の内で涙を圧し殺す。
言ってしまえば、とにかく肌に合わなかった。
「……だからってペダルに”靴”履かせたり、椅子を前にしたり工夫してまで乗ることないでしょう。危ないわ」
「な、なんで知ってるんだよ!」
「空いてたわよ、操縦席」
「──え」
「鍵を開けっぱなしなんて不用心」
これ見よがしなため息に、少年は顔を青ざめて、階段をかけ上がった。
けたたましい足音が駐騎場中に響き渡る。
まさしく風の如し。子供ならば誰もかも、それは変わらないようだ。
「嘘、ついちゃったわね」
はしたなくもつい舌をこぼして、そう思った。
●
「はい、お疲れさま」
忙しなく降りてきたウェインは、ユリエルの差し出したカップを手にとって、口につけた。
熱いものだからと慌てて吹いて冷ましてはちびちびと口つける姿は、先程までの様子ともあいまって、まるで猫のよう。
ユリエルも、そっと吹いてから流し込む。
紅茶は熱いのは仕方がない。もうもうと湯気を立てるばかりに熱いのが、一番いい味が出るのだ。
お店が出しているものと比べて多少薄目、柑橘のような香りの、甘い味わいのある美味しい紅茶だった。
「どしたのさ、これ」
「頂いたのよ」
ほら、と掌で示した先で若い女性がカートを引きながら作業員や客らに茶を振る舞っていた。
やいのやいのと集まって、言い寄られては手を振りあしらって、また先へと進んでいく。
軽くはねのけられた彼らもすぐに引いて、台やら縁に腰を下ろしていいる。
作業を止めてカップを傾け、目を細めてくつろぐその満足げな表情、満喫しているようだ。
軽くあしらう彼女のすがたに、ウェインはなるほどと納得したように頷いた。
「ああ、上の姉ちゃんだ」
「あら、ご家族?」
「上の姉さんだよ、うちのことを色々やってんだ」
なるほどご家族。それなら駐騎場揃いの作業着をまとっていたのも、納得してゆりえるもかカップを傾けた。
「あの子をよろしくお願いしますね」等と言って少年のカップも一緒に渡されたのもそれゆえだろう。
「ぼくらの兄弟姉妹、色々やってんだぜ。一兄経営、二兄役者、三姉がアレ、四姉学生。五が僕だ」
「あら、家族がいっぱいいて羨ましいわね──あなたの肩書きは?」
「操縦士! 僕が整備台に入れてやるんだぞ!」
「あら、あなたが庫入れするの?」
「へへ、すごいだろぉ? 移動の時は僕が動かしたりするんだい!」
少年のあどけない顔には見合わぬ、自尊に溢れた不敵な笑みであった。
”騎士”はひとりでには動かないもの。だから、整備に納入とその時々に応じて、代理の者が用意される。
大概は関係者だけれども、それを職として生きるものもたまにいるのだ。
この少年も、そうなりたいらしい。
「へぇ。じゃあ重騎士も?」
けれどもなんとなしの問いに、彼は唇を尖らせて不満げな顔を見せる。
とはいえ先程までと比べてれば、かわいいもの。
「あー……いや。まだ雑騎士しか乗せてもらえない。緑の時は見てなかったし」
「あらそう。だからこの子には乗せてもらったのね。”下駄”はずいぶん使い古していたけれど?」
ユリエルが見上げるのを、ウェインは頬を膨らませてにらむ。
不機嫌に歪む眉を見て、ユリエルは苦笑した。
「別にそれくらい良いだろ。ジミーも良いって言ってる」
「だから練習してるんでしょ。あんなボロボロにしてまで。”本物”に乗れるくらいになりなさいな」
「ああ、そのとおりさ!」
おだてられてウェインが鼻を伸ばす。そのあどけない笑顔ときたら。
重騎士は、だれも彼も家の箔。信用がなければ任されない。乱暴に扱われて台無しにされては堪らない。
重騎士を扱うということは、操縦士にとて一つの誉れ。
体はまだ追い付かなくても、彼ならきっと十分に任せられそうだ。
笑っていると、駐騎場の出口にジミーの姿が見えた。
何やら大きく膨らませていた頬を一息に飲み込んで、走ってくる。彼も紅茶をもらったのだろうか。
ずいぶんと慌ただしい少年だ。
「──ウェイン! あの親父頼んだってさ!」
「なにぃ!」
「でしょう」
腰を浮かせ驚きを隠せない彼らに、ユリエルは鼻高々。
彼らは互いに目配せしあって、渋い顔。そして、揃ってユリエルへ向け、頭を下げた。
「うぅ……疑ってごめんなさい」
「はい、謝れるのはいいこと。でも私は気にしないから、大丈夫」
「でも姉ちゃんを疑っちゃったから。ちゃんと謝らなきゃ」
「生真面目ねぇ。でも良いわね、そういうのは」
誉められて、と少年たちは嬉しそうに笑いあう。
「父ちゃん言ってたんだよ、カッコいい赤の重騎士だったんだってさ!」
「へぇ、そうか。こいつもカッコいいよなぁ?」
「あぁ、そうだよなぁ! そのままオレにくれれば良いのにな」
「そいつはいいね」
ユリエルは頷きあう二人を微笑ましげに見つめていた。
だがその二人がじっと見てくることに気づいた。推し量るようなその視線に、何かと考える。
その時間は、一瞬。どんな言葉がほしいのか、すぐにわかった。
「”カッコいい”じゃないの、この子は!」
「だよなぁ!」
二人は花咲くように破顔する。三様の笑い声が、駐騎場に響いた。
「それじゃあ、私はそろそろ、次に行くわね」
「次ってなにさ?」
「お隣さんよ。じゃあ新しい子を楽しみに待ってなさいな」
そう言ってユリエルは《フォード》の、彼らのそばを離れた。
機体そのものの調査は完了。あとは作業員らの聞き込みだ。
少年二人からは、話は聞いた。無邪気な、元気な子達だこと。手を振れば、彼らも応じてくれる。
その笑顔に頬を緩めると、ユリエルは近くに座する雑騎士へと向かった。目当ては、そこでカップを傾け行きをつく作業員たち──
そうして、いくらか話しているうちに、不意に彼らの視線をいまだに感じることに気づいた。
じいっと、まだねラテイルカのような視線が追ってくる。
その方をいれば、彼らは姿を隠す。なんだろうかと首をかしげて、また作業員らとの話に戻っていった。
●
じゃあねと立ち去るユリエルに、少年二人は大きく手を振っていた。
作業員らとの話に入ったのを見て、そおっと騎士の足元の隅、物陰に潜り込む。
「あの姉ちゃん、こいつ調べてたんだよな」
ジミーの言葉に、ウェインが頷く。話し込むのは、先程までのユリエルとの会話。
肩を寄せて身を潜め、額を付き合わせるようにしてボソボソと囁きあい、目線は周囲にチラチラと飛ぶ。
聞き耳をたて、誰かが近づかないのを祈るばかり。
「そうそう。操縦席まで見てたみたいだ。それくらいかな。ただかなり詳しいから、危ういよ」
「お前よりもか?」
信じられない、といわんばかりにジミーは目を丸くする。
だが無言の頷きが帰ってくるものだから、唸って腕を組んだ。
「そっかぁ、そっかぁ。たぶん、大丈夫だよなぁ。他の人たちも、とりあえず頼んであるからな」
「僕らからも言ってあるって。だから──」
静かな、それでいて自信に溢れていたはずのウェインの笑みが、次第にしぼんでいく。
やがて、二人は揃って頭上を見上げた。そこにあるのは、重騎士。
「──ばれてないよな……?」
「たぶん……」
ジミーの家の重騎士は、静かに、その偉容を示すようにたたずむだけ。
いつも目にしているその姿は、たくましく、安心すら覚える頼もしさ。
だというのに、今この時はまるで違って見えてくる。
黙り、静かに見下しているようで。それこそ──ああ、そうだ。叱るときのよう。
……怒ってる?
とらと動かした視線が互いにぶつかり合い、少年二人が笑いあう。
あまりにも下手くそで、ぎこちないものだけど、それでも笑う。
「ま、まぁ大丈夫だよな!」
「ああ、バレやしないって!」
ああそうだ。こいつと一緒なら大丈夫。肩を組んで、二人は高笑い。
だが二人を呼ぶ声がそれぞれ聞こえて、慌てて別れて飛び出していった。
別れ際。指を振り、互いに武運を祈った。
●
西の町。住宅の立ち並ぶなかのひとつ。大きな庭のある家に、ロックの姿があった。
「──面白い話の数々、お聞きできてよかったです。え? ありがたいですが、これからも予定があるので」
住人の老爺とともに外に出ると、赤く染まった空を見上げて苦笑い。
握手を交わして、ロックはその場を離れた。
暫し歩き、振り仰ぐのは今しがた別れを告げた老やの住まい。もう戻ったのか、見送りに手を振っていた老爺の姿もない。
二階建てのコテージかのような小振りな住居だ。
周囲に広がる庭には、溢れんばかりの草花。枝葉と色鮮やかな花々が道を形づくり、夕焼けに映え輝くその幻想的な美しさには、目を見張るもの。
老夫婦自慢の庭。その言葉に偽りはないと、まじまじと見せつけてくる。
良い夫婦だった、晩年でありながら仲は良好。手伝いともうまくやりもう一人のお家族のようで、みているだけでも暖かさを感じる
それだけに、彼や奥方の知識と知見は素晴らしいものだった。
それだけでも、話を交わしたかいはあるというもの。
──それにしてもこの庭、ユリエルにも見せたいものだ。
彼女もこの美しさというものには近頃心を引かれているのだ。
「”騎士”に染まってるが、ましになってきたからな」
人並みのセンスはあるのだ。見とれるに違いない。彼女のことを老夫婦もきっと喜ぶことだろう。
だが、ロックの鋭い目は、その隣、隅へと移ろうにつれ、研ぎ澄まされていく。
それは庭のなか、そばに立つもう一軒。
老爺の家の倉庫だと言うが、そうと知らなければ二つの家が並ぶようにしかみえない。
老爺は現役のころ、雑騎士の駐騎に利用していたという。のぞかせてもらったが、なかは処分しきれない建材もいまだ多かった。
使いすぎたし溜めすぎたと笑っていたが、その年季の入り用からして、どれ程使い込んでいたことか。個人で雑騎士を持てるのも納得いってしまう。
「──こんなところから、出てきたとはな」
近くの厩舎の馬丁は、たしかに言っていた。先日、確かにそこから白と赤の重騎士が出てきたと。
その色、形状といい、それは《ムーア》であることに違いなかった。




