6.inter mission-彼/彼女の戦い
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すでに、夜の帳は落ちている。
静まり返る街を細月が淡く照らすなか、グラントとロックは、崩れそうな建物の一角にいた。
そばには、息を潜める警官たち。
彼らと共にランタンを囲い、示すのは目標─劇場の地図。
ご丁寧にも窓口で配布されているパンフレットをもとに、ロックが詳細を書き加えたものだ。
「カークライト劇場だが、どうにも裏道がいくらかあるらしい。案内には書いてない場所がいくらかある。どれも増設だの書き損じだので言い逃れできる範疇だ」
そう言って、苛立たしいようにほぞを噛む。
「もう少し調べたかったんだが、事が起きるのが今日なんじゃないかってところなんだよなぁ」
まあしょうがない、と切り替えたように言うが、顔にはまだ悔しげな表情が見える。
「それならこそ、うちの人海戦術だ。……だが、なんで今夜ということになる。中で聞いたか?」
「いやぁ、中に入ったとき、倉庫が慌ただしかったのもひとつ。だが確信したのは……」
そういってランタンを動かすのに会わせて、グラントも視線を追った。
明かりが示した先は壁。そこに照らされたのは『騎士道物語』の公演の張り紙。
そして『監督ローラン・グリンウッドのメッセージ』。
「丁寧に今日の日付も銘打ってあるんだが、雨風で古びている。数日前から貼り出していたのは明白だ」
「書面の日付なんて損じても、そう気にするものじゃない、からなぁ……うちの書類もたまにあるのが」
「そこはちゃんとしてくれよ」
「わしはしとる」
嫌なことを思い返したしかめっ面のまま、グラントは書面を覗き込む。
読み込んで、中身のない言葉の羅列に興味を失ったようで、すぐに目の前に集った警官に振り向いた。
グラントが取り出した懐中時計を合わせ、それに警官らも倣う。
号令とともに息を潜め、町に散らばっていった。
●
暗がりに、大きな自動車が二台止まっていた。
箱のようなその車体は、警察車両。そのなかには、警官が詰め込まれ、息を潜めている。
息を呑むもの、身を縮こませるもの、余裕綽々に笑うもの。
統率されつつも緊張に張り詰めた警官隊に、声はない。それでも息づかいだけで、各々の反応が見える。
その中で、ふとしたようにグラントが言った。
「──なぁ、お前が探し当てたとき、うちの部下は何をしていた」
言外に、あの茶豆問屋の子供のことを言っていた。
「まあ、文句を言いたくなる気持ちはわかるけどさ、職務を果たして彼の姿を探していたんだから」
「そうしてくれたな。だが、代わりにうちの手柄をしっかり持っていきおってからに」
「こんなでかいお誘いを紹介しただけじゃないか」
「その礼はくれてやってる」
「……報奨金ってのがそちらにはあるそうだね」
「ここに一緒にいられてるだろ?」
「なに? 大群が暗がりをさ迷っても良いのかい?」
「──ようし、わかった。上に掛け合ってやろう。ケチな連中だろうがそうは出んぞ」
交渉は、成った。満足げにロックは笑みを浮かべる。しかし次の瞬間には引き締まり、前を見据えた。
「それでも十分さ──さぁ、もうすぐ時間だぞ」
ロックの言葉と共に、エンジンが唸りをあげる。始動は順調。活気の良い声が響く。
エンジン始動を担った警官が飛び乗って、車体がきしんだ。
「あぁ、そうだな。二、一──ゆけぃ!」
グラントの合図と共に、二台は夜の町へと飛び出した。目指すは劇場。
赤の眼光が街に射す。叫びが遠く、こだまする。
●
ずしりと、にぶく響く振動に、ユリエルは目を覚ました。
天井からはらはらと落ちた埃をベッドから払い落として、起き上がる。
髪にまでかかっているのがうっとおしい。
事務所の窓から外を覗いてみれば、一つ挟んだ向こうの通りに、家の合間をぬって揺ったりと歩く影がある。
肩で輝く赤いランプに照らされたその顔は、警察騎。
暴れる雑騎士だとか、事故の対処だとかで顔を出すことが多いけれど、こうしてパトロールで見ることもある。
そのときの音には、不満そうに声をあげる人もいるけれども、”騎士”はうるさいものだから仕方がない。
そもそも建設作業などでもその手のクレームは茶飯事。気にするのが悪い。
「だけどまぁ、もう少し丁寧に仕事すれば良いものを。私ならあんな騒音起こさない、の──ふぁぁ……」
──あの部品を調達、油を挿して、それからそれから。
作業行程を想起しながら警察騎を見ているうちに、あくびを噛み殺す。
しつこく襲いかかる眠気にとうとう負けてしまったのが、港の”会合”が終わって事務所に戻ってから。
日は十分に高く、ランチもしっかり取っていたというのにもう外は真っ暗とは、ユリエルも驚きを隠せない。
まあ仕方ない。暖かな日差しで船をこぐようでは危険だ。
家事ですら危ぶまれるのに、工具を振り回したりする騎士の整備だなんてもっての他。
ノックスの整備をしたくとも、今は休むしかない。
「あの警察騎、ほんとは突入用よねぇ……ノックスも無くて大丈夫かしら」
話は、ユリエルも聞いている。あの警察騎の行く先にはロックもいるだろう。
遠方を覗くが、見えようはずもない。それでも、ユリエルは彼の身を案じ、そっと祈った。
──今、ノックスは動かせない。
義肢たる手足は健在。しかし以前の”決闘”は存外機体骨格にダメージを与えていたらしい。
人間なら暫し休めば勝手に治る。しかし”騎士”はそうもいかず直さなくてはいけない。
そして以前の相手ともなると重量物の振り回しを何度も喰らったために”負傷”が蓄積していた。
問題はこれが手足全体に及んでいたことだ。
手足だけが疲労に覆われた状況で、激しく動けるものだろうか。
歪んだ箇所を放置しては、万が一が起こりうる。
学校の合間に交換し、寝る間も惜しんで補修して、チマチマとした作業すること二週間。
おじいさまなら、とっくのとうに終わらせていた。けど、もう居ない。私一人しか居ないのだ
ロックは「休めるからちょうど良い」と笑っていたけれど、それでも不満は残るもの。
こうなったのは自分の作った義肢が未熟だからでは、と疑ってしまう。
”本当の四肢”なら耐えられたのだろうかと思うことはある。
どこかに消えたノックス本来の四肢のことは、おじいさまの資料にもまともに載っていない。
埋没してる最中に朽ちたのか、切り売りでもされたのか。
理由はどうあれ最初から無かったのだろう。概念図のようなものはあっても、それが本物か定かではない。
残ってれば、と惜しんでしまう。
「まぁ、負けない手足を作ればいいのだけれども──ね!」
ぐい、とのびを一つ。
ノックスはお休み。まだまだ眠い。マスターに聞いても『展覧会』は空振りだ。
なかなか良いことはないけれど、何より今は修理をするのが先決。
そのためにもしっかり休んで鋭気を養って─
「──寝るまでの気分転換よ。えぇ、警察騎がうるさくて目覚めてしまったんだからすぐに眠れるわけが……」
ごそごそと、寝床にペンと紙と下敷きをまとめて持ち込んでいった。
●
カークライト劇場。その掲示板のすみにひっそりと、張り紙があった。
『騎士王物語』の広告だ。その隣には監督ローラン・グリンウッドの言葉が張り出されていた。
壮大で美麗。しかし飾られていて中身のない言葉が書き連ねられている。
見れば興味を失ってしまいそうな、そのもはや意味のない言葉の羅列。
だがそれこそが、”もうひとつの案内”。
『グリンウッドの展覧会』へのご案内──……




