7.《グリンウッドの展覧会》
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眩しいまでの照明に照らされた舞台の中、司会は盛大に声を張り上げる。
大人しくも華やかな衣装に身を包む若い少女が掲げているのは、小さくともまばゆく輝く、獅子の彫られたペンダント。
『さぁ、この重騎士の鍵はJの37番、あなたのものです!』
「いよっしゃぁ!」
雄叫びとともに腕を振り上げた仮面の大男に、拍手が送られる。
立ち上がっていた大男は周囲に深く笑みを浮かべながらも拍手に応じる。
そばに寄った少女からペンダントを受けとると自慢げに掲げて、そっと椅子に戻っていった。
その間も、拍手は止まない。
それは落札者への”敬意”の現れ。商品を求めて攻めるこの場はまさに決闘場。
出品物という”相手”を誰が一番落とせるのか。誰がいかに”愛”を魅せるのか。
ここは誰もが意中の相手を仕留めんとせめぎ合う場。
そう、劇場でただいま執り行われているのはオークション。
これこそが《グリンウッドの展覧会》。
不満の残る結果でも文句は言えない。
だからこその、惜しみ無い喝采だ。
取られちまった? ──チクショウメ。
本気じゃなかった?──ざまぁみろ。
罵声と嬌声、拍手が何度も続いていく。
喜びに満ち溢れるものがいれば、悔しさを滲ませるものもいる。
そして、苦痛に身を焼かれるものも居た。
最後列、左手に座る男もその一人。
毎度のようにやって来る常連だ。しかし彼でも、今回は”外れ”としか言いようがなかった。
物が悪いのではない。むしろ彼の審美眼に叶う逸品揃い。
ほとんどの人が前のめりに熱狂しているのが良い証拠。
だが、しかし。興味が引かれるならば、その逆もまたしかり。
絵画も、彫像も、今目にした重騎士の”鍵”ですら、今宵の彼の琴線には、掠りもしなかった。
『さあお次は、重騎士の彫像でございます──』
そんなこと、これまでも二度はあった。だが今回はとくにひどい。
その二度ですら食指は動く代物が一つや二つはあったというのに、今回は未だない。
次の”娘”の呼び声に尻を浮かせては、そっと戻すことが続いている。空虚な時間に悲鳴をあげたかった。
──ない。ない。何もない。
ほとほとに疲れはて、思わず天を見上げる。
写る天井で見事な格子に組まれた梁すら、気に障るように感じてしまう。
まるで閉じ込められているかのよう。
神に文句の一つでも叩きつけたくなってしまうほどの退屈に身を焦がしていた。
ならさっさと帰れば良いものの、それでも男は居残っている。
──くだらない。つまらない。面白い!
次はきっと、良いものがあるはず。そんな期待を胸で燻らせて、椅子を尻で磨く時間が続いていく。
いっそ帰ってしまおうか。そんな言葉が四度脳裏のよぎった時のことだった。
「……やけにうるさいな」
不意にそばの扉から、騒がしい音が聞こえてきた気がした。
いや、気のせいではない。確実になにか聞こえてくる。
いまも盛況な舞台によってよくは聞こえないが、何やら、言い争うような声。
そんなことは珍しい。何事か、と気になり目をやったそのとき、厚く重い扉が弾けるように勢いよく開いた。
劇場が、一瞬静まり返った、次の瞬間、
どっと雪崩れ込む青い姿に、誰かの叫びが響いてきた
「──警察だ!」
先頭、巌の男の険しくも猟犬の如し眼光ににらまれて、男は竦み上がった。
──あぁ、これは今までで一番最悪の”娘”だ!
●
グラントら突入隊が劇場へ向かう、暫し前のこと。
「──オークション?」
「恐らく。だがそう俺はにらんでいる」
路地裏の隅。ランタンで互いを照らしながら、ロックは言った。
「カークライト劇場のことを調べてみたんだが、それなりに客を集めているらしい。だがちょいと妙だ。”夜”の評判を聞かない」
「夜? だがしっかりあるだろ」
ほれ、と示したのは『騎士王物語』の公演張り紙。そこにはしっかり昼と夜の表記がある。
日に三回。いたって普通の公演回数。
「そんなに面白くないのか?」
「いや、昼が空いていたから行ってみたが、それなりに良い俳優とセットと演出でまずまずの出来映えだよ」
「ほう。ならわざわざ足を運ぶ必要はなさそうだな」
「──え、行くの?」
「わしをなんだと思っている。まぁ騎士王物語はさすがに飽きた。あまり引かれんものだよ」
「ほんと王道だからなぁ……」
二人は揃ってため息を吐く。
「他にいくらか聞いてきたが、これも同じ。だがみんな昼公演での感想なんだ。チケット売場ではいつも夜は”売り切れ”なんだとさ」
「──ならなぜ評判がない。さっきも多くの人が来ていただろう。着飾った連中がな」
先程も、劇場の玄関に多くの客が吸い込まれていった。『満員御礼』も頷く人波。
何も知らなければ彼らは観劇にやって来たようにしか、見えないだろう。
「だから”観ていないんだ”。あれほどの満員御礼、それも常。でも評判はゼロ」
「悪評すら……か。無味乾燥でもなにかしら批評はあるはずだものなぁ」
「そういうこと。ユリエルは別用で調べていたが、その評判はみんな昼の客だったし、夜は満員で誰も行ってない」
ふいに、思案する。
「夜のチケットは……どこか別の場所で売ってるのかもな」
「まだ、別のやつも潜んでいるのか」
その推測にはグラントも思い当たり、苦い顔。
先のことを考えてしまってか、嫌そうに頭を掻いた。
「それで、なんでオークションなんだ。捜査で見たこともあるが、こう、画廊みたいにしても良さそうだが」
「そこは正直憶測さ。だけど良い舞台がある。そこに観客も参加できる。こんなもの逃さない手はないだろ?」
「それは言えるな」
二人そろって、深い笑みを浮かべた。
●
──小僧、推察は大当たりだな。
内心、グラントはにんまりと笑っていた。とはいえ今は大事な捜査の真っ最中。
とうとう警官隊の突入が、始まった。
それは舞台だけではない。
倉庫玄関や裏口に至るまで、ロックが短時間で調べた限りをつくし、穴を塞いでいる。
「そこまでだ貴様らぁ!密輸品売買の容疑で全員拘束する!」
先陣を切ったグラントの一喝が発端であった。
そこから先はまるで嵐のよう。
扉のそばにいたこともあってすぐさまと押さえられた男が、その顛末をつぶさに観察していた。
誰かの罵声が怒鳴り散らし、観客らの怒号と悲鳴がこだまする。
よくよく見れば舞台からあっさりとショーマンらの姿は消えていた。
彼らを追うように、その舞台裏にまで警官らがなだれ込んでいる。
──もう逃げたのか。
拘束してきた警官に引っ立てられながらそれを見て、関係者の逃げ足に男はどこか感心すらした
銃声すら響く。そして、誰かを叱責する声。
音が混ざりあって、頭の奥までかき回されるようで、男はただ困惑するしかない。
「──もう構うものかぁぁっ!」
そして一際大きなざわめきと雄叫びに、思わず目がいった、次の瞬間。
仮面の大男から放たれた視界を覆う閃光に、目を背けた。
何事かと呆然としていると、警官が強引に引っ張ってきた。
乱暴な扱いには抗議を立てようとするが、その鬼気迫るあまりにも必死な表情には従うしかない。
それでも、文句だけはどうにか口にした。
「なんだ、どうしたいきなり!」
「わかってるだろ!? あの光!」
明らかな焦燥の色。同じように、何人もの警官が劇場から雪崩出てくる。
皆、同じような必死の形相。
そして、思い出す。今回の出品物、そのなかには確かにあったではないか。
”物”の状態も定かでない、ただの付属品だ。そうに違いない。
──そう、信じていたものが。
扉を抜けるその瞬間に光のなかに見えた眼光に、掻き消された。
天井に入ったヒビ、劇場そのものを揺らす轟音が、それを否定してくる。
先程の出入り口から溢れた塵は、まるで生きた雲が追いかけてくるかのよう。
必死に逃げながら、叫ばざるをえなかった。
「まさか、完品だったのか!?」
「ちくしょう、重騎士だよ!」
天井が、崩れてくる。




