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閑話:月見日和

中秋の名月&スーパームーン記念。

ヘスカンと卯月の話です。

「今日は月を愛でる日と聞きまして」


 あの夏祭りの日に現れた、知識の神の使徒という銀竜がまたやってきた。


「なんでも、明日はスーパームーンという、月が大きく見える日でもあるようですね」

「まあ、そうなのですか」

 そんなことを話しながら酒の入った大きな瓶にグラスを2つ掲げ、屋根にでも登って月見というものをしませんかと言う。

 そのようすがなんだか楽しくて、思わず頷いてしまった。


 先日のように空中を歩くという術を使い、本殿の屋根に上がる。昼は荒れていた空もすっかり晴れ渡り、天中近くに月が煌々と輝いている。

 絶好の月見日和であろう。


「こちらは、雨の後は空気が澄み渡るのでしたっけ。月がひとつしかない空もなかなかに不思議で、おもしろいものですね」


 彼はにこにこと笑いながら空を見上げる。

 月がひとつなんてこと、わざわざ口にするまでもなく当たり前だろうにと私が首を傾げると、彼はまたおもしろそうにくつくつと笑った。

「満ちた月をただ愛でるという風習も優雅ですね。余裕というものを感じます」

 とくとくと酒を注いで私へと手渡しながら、そんなことまでを呟いている。

「あなたのお国には、このような風習がなかったのですか?」

「ええ、貴族でもそんなことをしませんでしたね。ましてや平民や冒険者など、そんなこと発想すらしませんよ」

「まあ……」


 彼は月を振り仰ぐ。煌々と輝く満月を。


「確かに、見ようによっては兎に見えるものなんですね」

「はい」


 私も月を振り仰ぐ。

 月読尊は、今日はどちらにいらっしゃるのだろうか。


「……それにしても」

 ふと、彼が月を見上げながら呟く。

「あの影がそのまま兎とすると、ずいぶん大きな兎になりそうですが」

「……まあ!」

 私も顔を上げて、ぽかんと月全体に広がる影を見つめた。

「たしかに……そうですね」

 形は兎でも、大きさは兎どころか。

「考えたこと、ありませんでした……昔は、あの月は見えるままの大きさでしかないものだと思っておりましたから」

 そう。見えるままの大きさならともかく、今では月が実はこの星の何分の1かという巨大な星であると知ってしまっている。あれを兎とするには、大きく映った影にしても大きすぎるのではないか。

 呆然と月を見つめるばかりの私を、彼がくつくつと笑う。


 ひとしきり笑い、落ち着いたところで、どちらからともなくグラスを掲げた。かちんと小さな音を立てて合わせたグラスの中で、淡い金色の酒が揺れる。


「中秋の名月に、乾杯」


 そう微笑んで含んだ酒は、とても芳しい香りを残しつつするりと喉を通っていく。


「そういえば、ひとつ気になっているのですが」

「どのようなことでしょう?」

 こくりと酒を飲みながら、なんということなしにまた彼は疑問を口にする。

「中秋と仲秋というのは、どう違うのでしょうか」

「まあ」

 そういえば、それもあまり考えたことがなかったな、と思う。首を捻るがよくわからない。そもそも元はただの兎であった私に、あまり学はない。

 長くここに住んでいるのに、私の知らないことは多いのだ。

「……ま、そのうち調べてみましょうか」

「お役に立てず……」

 畏る私を、彼はくすくす笑う。恥ずかしさのあまり、顔に血が上ってしまう。

「いえいえ、知らずを知るというのは、我々知識の神に仕える者にとっての最大の喜びですから。世界を知ること自体が、我々にとって生きる目的ですらあります」


 こちらの世界にはまだまだわからないことが多く、それがとても楽しいのだと彼は語る。

 喜び語る彼の顔は月の光を浴びて銀に輝き、とても眩しいものと私の目に映る。

 そういえば、太陽の輝きが黄金に例えられるように、月の輝きは白銀に例えられることが多いのだったなと考える。


 白兎と銀竜が、こうして共に満ちた月を愛でる。

 それも、妙な(えにし)の為せる(わざ)なのかもしれない。



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