オーナーの成分は八割優しさ。
騎士団の団員さん二人が、黒ずくめ二人組の意識を戻そうとしているのを横目に、私とジェナスさんは、騎士団の第三部隊隊長、オランフリン=シェーザ=ベルモットさんと話を始めていた。
見た目は若く、黒髪の好青年という言葉がしっくりきそうなベルモットさんだけど、どうにも機嫌が悪いように見える。
意志の強そうな薄いグレーの瞳には、ちょっとばかりの不機嫌さが見て取れて、その不機嫌さもあいまって、つり目がさらにつり上って見えてしまう。
実際につり上がってるのかもしれないけど。
騎士団の隊長クラスが着るシルバーブルーの甲冑は、硬い海蛇の鱗で作られた物で、傷どころか汚れひとつ見当たらない。きっと日々一生懸命に手入れしてるんだろう。
その背に流れる赤いマントも、汚れやしわもなく輝きを放ち、ベルモットさんの几帳面さがうかがえる。
腰に下げた質のいいロングソードに、それが収まっている鞘も、また見事な細工がされていて、ベルモットさんが動くたびに『カチャリ』と小気味良い小さな音をさせていた。
「――それで、急に室内に押し入り、武器を向けてきた。と言う訳なんだな?」
ベルモットさんはそう言うと、少しだけ苛立たしげに眉間にしわを寄せて、難しい顔で私を見下ろしてくる。
別に私に当たるような素振りがあるわけではないのだけど、ベルモットさんの態度はどことなく威圧的だ。
私はとりあえず頷いて見せるけど、ベルモットさんの眉間には、最初に現れたときよりも三本ほどしわが増えているのは間違いない。
しかも、黒ずくめの男たちが持っていた短剣を見たベルモットさんは、さらに眉間のしわを増量中。もう無理じゃないかと思われるほどしわだらけなのに、まだ増えるらしい。
なんて、今はまったく関係ないことに私の意識が傾いてしまう。
「襲われるような心当たりは?」
ベルモットさんにそう聞かれて、私はベルモットさんの眉間のしわから無理矢理、意識を引き戻される。
だけど、ベルモットさんの言葉に私は首を傾げてしまうばかりだ。
心当たりも何も、怪しさ全開の男に狙われないといけないような理由なんて、私には思いつきもしない。
「心当たりなんてありません。第一、あの人たちって、強盗じゃないんですか?」
私が逆にそう聞き返せば、ベルモットさんはまた眉間のしわを増やした。
もしかすれば、眉間のしわって生まれつきかもしれない。
「では、なぜ君はここに一人で残った。店の主と一緒に逃げるべきじゃなかったのか?」
「だって、強盗にタダであげていい物なんて、何一つお店にはありませんから」
私がきっぱりそう言えば、ベルモットさんの眉間は、もう数えるのが不可能のほどしわだらけになってしまう。
「そういう意味ではない。普通の女性なら、得体の知れない男二人を前にして、戦おうとは思わないだろうと言ってるんだ」
難しい顔で私を見下ろすベルモットさんの言葉に、私は首をかしげるばかりだった。
普通なら、襲われたら返り討ちにするものじゃないんだろうか?
もちろん大前提として、自分で処理できる場合に限り。というのが基本だろうけど。
その条件を満たした上で、私は自分で処理できるから、黒ずくめたちを倒しただけで、特別なことは何もしてない。
私が先に黒ずくめの男たちを挑発したわけでも、ケンカを売ったわけでもない。
それに彼らは略奪者であって、何かを施してあげる理由もない。
剣を抜いて脅してきたのだって、彼らのほうからだ。
つまり、それ相応の態度で返すのが普通だ。と、私の父が言っていたのを実行したまでのことで――。
あれ? もしかして、これも常識外れな考え方だったろうか?
私がベルモットさんの言葉に返しあぐねていると、続けてベルモットさんは溜息を吐き出すように言葉を続ける。
「強盗だと分かっていて戦い、しかも返り討ちにする女など見たことがない」
なんだか女の子として否定されたような気がして、私はベルモットさんの言葉に少々落ち込んでしまう。
しかも首を横に振って、ベルモットさんに「やれやれ」という雰囲気まで醸し出された。
これは完璧に女の子として否定されてる。うわぁ。かなりへこむなぁ。
「ベルモットさん、メリルのおかげで僕も皆さんを呼びに行くことができたんです。メリルも必至にがんばってくれただけですから」
少々落ち込む私の横で、ジェナスさんがフォローしてくれる。
(うぅ~。女の子扱いしてくれるのも、私に優しくしてくれるのもジェナスさんだけですよ~!)
私はジェナスさんの言葉にまた感動していた。
だけど、ジェナスさんのフォローの言葉にも、どうやらあまり納得していないようなベルモットさんは、眉間のしわもそのままに、溜息のような空気を鼻から吐き出すと。
「まあいい。君の話は上司に報告させてもらう。また後日詳しい事情を聞かせてもらうために、城に足を運んでもらうことになるかもしれないが、快く来てくれると助かる」
ベルモットさんはそう固い口調で言葉を吐き、騎士団の二人とやっと意識の戻った黒ずくめの男二人を引き連れて、赤いマントを翻しながらレストランから去っていった。
騎士団の人たちの姿が完全に見えなくなると、ジェナスさんは珍しく大きな溜息を吐き出して見せる。
「なんか、あのベルモットさんって少し威圧的だったよね?」
なんて、ご不満顔を覗かせていた。
「そうですね」
ジェナスさんの言葉に私もうなずいてみせる。
まあ、ジェナスさんの言うとおり、私も少し威圧的だとは思ったし、機嫌もあまりよくなさそうだったなと思った。
だけど、店に来たときからベルモットさんは不機嫌そうだったし、それがイコールで全部私の責任なのかと問われれば、たぶん違うんじゃないかとも思える。
確かにベルモットさんは威圧的で不機嫌そうだったけど、私に八つ当たりするような素振りは感じなかったし。
それに騎士団の人は生真面目なイメージがあるけど、別に威圧的な人が多いわけでもないはずだ。
少なくとも、私の父が騎士団をまとめていたころは、みんな和気藹々としていた。なんて言っていたけど……。
まあ時が経てばそりゃいろいろ変化ってあるものだし、そもそも人それぞれ性格だってあるんだし。
私はそう納得して、店の片付けはまた明日にしようと言うジェナスさんの言葉に甘え、早々に自宅へと帰ることにした。
今わからないことを考えたって、思考はぐるぐると堂々巡りを繰り返すだけだし。
それにしても、ズッパイングレーゼは食べたかったよぅ。
一夜明けた翌日。私はいつもより少しだけ遅い時間に店へ来ていた。
昨日の騒ぎで店は当然のように臨時休業だ。あの男たちに修理費の全額と休んだ分の売り上げを保障させてやりたい。どうせ騎士団や国は保障してくれないんだし。
「夕べの盗賊に弁償させるのはやっぱり難しいですよね?」
私がポツリとつぶやけば、ジェナスさんは小さく笑った。
「まあ、そうだね。だけど泥棒に遭遇して無傷なんだから、それを喜ばないとね。五体満足ならいくらでも仕事は続けられるんだし。ね?」
私に言い聞かせるようにジェナスさんが笑顔を見せるけど、備品の一部は使い物にならず、新しく備品を発注する羽目になってしまって、大いに迷惑なことこの上ないの確かだ。
まあジェナスさんの言うとおり、怪我もなく何も盗られてないし、あとは散らかった店を片付けてしまえば、明日からの営業には差し支えないけど。
「発注品が届くまで、代わりのイスやテーブルを買ってこなくていいんですか? 代わりの備品くらいなら私でも買えると思うんですけど」
店の物を壊したのは私じゃないけど、私も少なからず責任を感じているわけで。
大きな出費であることには違いないんだから、私のお給料からでも差っ引いてくれてかまわないと思うのに、ジェナスさんは相変わらず優しくて。
「あははっ。いいんだよメリル。君のお金は大事にとっておかないといけないよ。それどころか、悪い奴らを捕まえてくれたんだから、逆にお礼をしなくちゃいけないなぁ」
なんて言って笑ってくれる。
「うぅ、ジェナスさん……私、片付けを一生懸命がんばりますっ!」
「うん。頼りにしてるよ」
ジェナスさんの優しさに少しでも応えるため、私は自分に気合を入れるしかない。
次に店が襲われる事があれば、絶対に店を守り抜こうと私は決意を固めた。