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招かれざるお客様・後半


「食べ物の恨みは恐ろしいって知らないの?」


 私はモップをくるりと一回転させると、また槍でも構えるようにモップの先を男たちに向けなおす。


「た、食べ物? いや、食い物は要求してねぇ――」


 そう言ってうろたえる茶色の目の男に、私は恨みがましい視線を送りつけた。


 そもそも彼らが急に押し入ったりしなければ、こんなことにはならなかったし、彼らが私に剣を向けなければ、私だって反撃したりなんかしないっ!


 つまり、悪いのは黒ずくめの男たちだ!


「私が食べ損ねたっ! ズッパイングレーゼっ!」


 楽しみにしてたのにっ!


「ず、ずっぱ? なんだそれ? と、とにかく逆恨みすんじゃねーっ! お前の持ってる物を寄こせって言ってんだっ!」


 青い目の男はそう言うと、今度は私自身に狙いを定めて、剣を横に払うよう斬りつけてくるが、私はモップの柄を縦に構えて剣を受け止める。


 泥棒の分際で私の楽しみを奪うとは、しかも反省もしないとは。


「絶対に許してあげないからっ」


 私は受け止めた剣を強く弾き返すと、弾いた勢いのまま、青い目の男の懐に飛び込んだ。


 その速さは、父いわく。『現役時代の俺といい勝負』だそうだから、自慢できる程度には早いと思われる。


 たぶん青い目の男も、自分の懐に飛び込んだ私の動きに付いて来れなかったのだろうと思う。


 弾かれた剣をまた私に向けようと中途半端に構えた状態で、私の顔が自分のすぐ目の前にあれば、それはもう驚いたに違いない。


 一瞬私と視線を合わせたけど、男が動き出す前に、私は構えたモップを男のあご下から、力いっぱいで押し上げた。もちろん毛の付いていないほうで。


 ガコンッ。となんだか鈍い音が聞こえたが、まあ、死にはしないから大丈夫。


 これが剣だったら頭の串刺しが出来上がってしまうところだ。そんなの見たくもないけど。


 青い目の男は軽く三十センチほど体が浮いたが、重力に従い大きな音を立て床へと倒れこむ。


 そしてピクリとも動かなくなり――えっと、終わり……かな?


「な、何なんだお前……くそっ」


 茶色の目の男が狼狽しているような声を発した。なんだか私が弱いものイジメしている気分になるのはなぜなんだろうか?


 でも押し入ってきたのも、先に手を出してきたのも彼らだ。


「もう一度言うわ。これ以上痛い目にあいたくなかったら、さっさと出て行きなさい」


 私は腹部を押さえてこちをら見る茶色の目の男を睨み下ろした。


「こ、ここで引き下がれるかっ!」


 男はそう叫ぶなり、腰に下げていた短剣を引き抜き、そのままの勢いで私の足元を払うように剣を振る。


 でも男の行動は私の予想の範囲だ。


 私はモップの柄で男の剣を外側に払い、そのままモップの柄を半回転させ男の米神あたりを狙って力いっぱい振りぬくつもりだった。


 だけど、私の攻撃を男は持っていた短剣の鞘で受け止めて、鞘を斜めに傾けるようにずらし、モップは鞘で作られた軌道に沿って男の頭上を通り過ぎる。


 鞘は鉄ごしらえの物のようで、金属同士が当たる甲高い音をさせる。


 受け流しがうまいなぁ。とっさに剣の鞘を使うなんて、やっぱり場慣れしてる玄人に間違いないだろう。青い目の男は、たぶん私のような小娘を前にして、油断していたに違いない。


 私がいろいろと考えをめぐらせている間に、男は弾かれた剣を正面に構え、その場に立ち上がり体勢を立て直した。


 互いに睨み合い、武器をしっかりと構える。といっても、私のは武器ではなくてモップという掃除の道具だけど。


 じりっと男の足が床をするように前に出た次の瞬間、男は一足飛びで私に剣を突き出してくるが、私はとっさに体をひねり男の攻撃を避けた。


「あ。しまった……」


 突っ込んでくる男を避けたあとで、私は避けちゃ不味いだろうことを思い出してしまった。


 だって、私が避けたら、私の後ろにある店の備品たちが被害にあうかもしれないじゃないっ! そう思って慌てて振り返ったら、案の定だ。


 私に突っ込んで避けられた男は、周囲にあるテーブルやイスにぶつかったのか、少し体制を崩していた。そのせいで苛立った男の矛先は店の備品たちに向く。


 そして男にとって邪魔なテーブルやらイスやらを男が蹴り飛ばし、剣でぶった切っているところを、私はしっかりと見てしまった。


「ちょっ!? 店の物を壊すの止めてよっ! アンタに全額請求するからねっ!」


 まあ、動くのに邪魔というのは分かるけど、何も乱暴に扱わなくてもいいじゃないっ。


 店の物たちが一体何をしたというのか。


 それに壊したイスやテーブルは、誰が弁償してくれるというんだろう。実は特注品で、スペアがたくさんあるわけでもないのに。


 男の行動にむっとなる私に、男はピタリと一瞬動きを止めるが。


「嫌だったら、お前の持ってるものを寄こせってんだ――よっ!」


 男は最後の掛け声と共に、また店のテーブルの足を折ってしまう。


「食べ物だけじゃ飽き足らず、人の店の物にまで手を出すとは……もう許さんっ!」


「いや、だから食い物は奪ってねぇからっ!」


「うっさいっ! 泥棒めっ! 二人仲良く騎士団に突き出してやるんだからっ!」


 私が走り寄ってモップの柄を突き出せば、男は持っていた鞘でモップの柄を右側へ弾き、短剣を私に突き出してくる。


 私は弾かれたモップの柄を手放すと、男の突き出した剣を横に体をずらすことで、最小限の動きにとどめるようにして避けた。


 私の手から離れたモップは、私のすぐ足元に小さな音を立てて落ちる。


 私はそのまま男の側に近づくと、男が持っていた鞘を掴み、男の手首を膝で蹴り上げて男の手から鞘を奪う。


 そして、奪った鞘で男の顔面めがけて腕を振り上げれば、当然のように男はそれを避けようと、剣で私の攻撃を受け止めた。


 これで、相手の剣は封じたことになる。


 私は自分の足のつま先に、先ほど床に落としたモップを引っ掛けて蹴り上げると、空いてる手でモップの柄を掴み、男が反応するより早く、私はモップの毛の付いてないほうで、男の足のつま先を力いっぱい叩き付けた。


「でぇっ!?」


 男がその痛みに気を取られた瞬間。私は一歩足を引くと、モップを構えて男のみぞおちを突く。その反動で男は一メートルほど後ろに飛んでから床に倒れ込み、備品はさらに破壊されて、私は泣きたい気分にさせられた。


「きっちり弁償してもらいますからね」


 私はそう低くうなるようにつぶやいて、苦しそうにお腹を押さえる男の側に立ち、静かに男を見下ろした。


 すると、男は両肩をびくりと小さく跳ねさせ、ぎこちなく私を見上げる。


「お、お前……一体何者だ……」


 男のつぶやきに、私は自分の眉間にしわがよるのが分かる。


 だって『何者』なんて、失礼な話でしょ? 見れば分かるじゃない。


「私はただのウエイトレスだっ!」


 私はモップを振り上げると、男の頭を殴りつけた。もちろん、手加減はしてあげたわよ。ほんの少しだけ。


 茶色の目の男もそのまま動かなくなり、どうやらこれで一安心かな。と私は深く溜息を吐き出してしまう。


 私はモップをいったん壊れていないテーブルに寄りかからせると、男を殴り飛ばしたときに、床に転がった剣を鞘に収めるため短剣を拾った。


「それにしても……」


 あらためて店内を見れば酷い有様になってしまった。


 店の備品は壊され、折角掃除した床はホコリと木のくずだらけ、おまけに大きな黒い粗大ゴミが二人も転がってるんだもん。


「これじゃ、明日の営業は難しいかなぁ」


 なんて、私はガックリとうな垂れてしまう。


 まぁとりあえず、私の私物や店の物は盗まれなかったし、ジェナスさんもうまく逃げてくれたみたいだから、よしとしておくしかない。


 でだ。一先ず二人組が目を覚ます前に、武器は没収しないと。それに、二人組を縛り上げるのも忘れずにやるとして。


 私は男たちの持っていた剣をなんとなく、いろいろな角度で眺めて見る。けど、特にこれといった変哲もないただの短剣だった。


 これならどこの武器屋にでも置いてあるだろうし、珍しいものじゃない。むしろ珍しいのは鞘のほうだと思う。


 鉄製であることや、黒塗りであることは指して珍しいことじゃないんだけど、二本の剣をそれぞれ鞘におさめてよくよく見れば、その黒い鉄製の鞘には、少々可愛くないシンボルが二本共に刻まれていた。


 どちらの鞘も同じ、交差する死神の大鎌と、悪魔を象徴する目の模様にコウモリの翼が描かれている。


 こんな特徴的シンボルを好むのは、大体『闇に属する住人』と呼ばれる者たちくらいだろう。まあ邪教徒だったり、殺し屋だったり、悪魔崇拝者だったり。


 私はあまり邪神やら神やらのことは詳しくないから、これが冒涜的な絵柄であることくらしか理解できないけど。


 その可愛くないシンボルマークが鞘の下のほうに描かれていて、こういった模様のほうが特徴的と言える。


「どうにも嫌な予感がするなぁ」


 こんな冒涜的な模様を好んで使う人たちが、一般庶民です。ということは、まぁまず間違いなくないだろう。


 そう結論が出ると、私は溜息を吐かずにはいられなかった。


 だって私は、ただ一生懸命働いて、将来お店を持ち、素敵な旦那様でも出来たらいいなぁ。なんて、そんな普通の幸せを望んでいるのであって、こんな怪しさ全開の変な集団と係わりたくなんてない。


 一生かかわらないで済むなら、それが一番いいんだけど――。


 嫌な予感に不安を感じながら、私はお腹の中のモヤっとした気分を吐き出すように、また重苦しい息を吐き出せば、丁度いいタイミングで騎士団の人を連れたジェナスさんが戻ってきたのだった。


 店の中が荒れ放題で、特注の備品がいくつか壊されてしまったけど、それでもジェナスさんは、私に怪我がないことを喜んでくれた。本当にいい人だよ。


(お店の備品たちを守りきれなくてすみません)


 私は心からジェナスさんに謝るしかなかった。



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