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招かれざるお客様・前編

 そして、時間と言うのは忙しいときほど過ぎるのが早いといつも思わされるけど、今日もなんだかんだと、忙しくも楽しい一日が終わりを迎えようとしていた。


 最後は片付けと掃除をして、今日のお仕事は終わりだ。


 私は慣れた手際で、掃き掃除と拭き掃除をするためにテーブルにイスを乗せていく。


 カウンターテーブルのイスも退かして、まずは掃き掃除。今日一日のゴミを綺麗に取り除いていく。


 掃き掃除が終われば、次はモップとバケツを持って拭き掃除だ。汚れを残さないように、丁寧にモップがけをはじめる。


 ジェナスさんは厨房で調理器具の片付けやら掃除に大忙しだろう。それが終われば明日の仕込みも待ってるんだもの。


 私は自分の仕事に専念しないと。そう思って掃除に集中していた。


 だけど、丁度店の半分ほどの床を拭き終わったあたりで、店の出入り口に取り付けてあるベルが『チリリン』と、綺麗な音を室内に響かせたのだ。


 すでに店は終わりの時間を過ぎ、店先にはクローズの看板を立てたはずで、聞きなれたベルの音に、厨房に居たはずのジェナスさんまでカウンター奥から顔を覗かせる。


 もちろん、私も音が鳴ったほうへと顔を向けた。


 すると、そこには全身黒ずくめの男が二人。ずかずかと店内に足を踏み入れて居る姿が私の目映って、私は首を傾げてしまう。


「あの。今日はもう終わりなんですけど」


 私は営業スマイルを男たちに向けて、優しく見えるように注意しつつ、男たちの様子を伺う。というか、男たちの風体は全身黒ずくめで、顔まで布で覆い隠し、見えているのは目の部分だけ。


 相手の顔色を伺うことは出来そうにもないけど、そんなことよりも、なんで彼らはここに居るんだろう? と疑問が頭をもたげて仕方ない。


 だって、この風体には覚えがあるんだもの。今朝方見かけたあの二人組の男とまるで同じ格好なんだから、忘れるはずないし見間違うはずもないでしょ。


 朝のときはすぐに逃げられてしまって、彼らの姿をよく見てなかったけど、今はぶしつけなほど凝視することが可能だ。


 上から下までじっと見つめる私に、男たちは特に反応を示さないので、ここぞとばかりに、穴が開くほど見つめてみるが、男たちは真っ黒いマントに、黒いブーツ。と、今朝見たときと変わり映えはない。


 中に着ている服もご丁寧に真っ黒で、腰につけた得物は、ロングソードよりやや短めの短剣だけ。


 私の記憶が確かなら、ロングソードより短く、ダガーよりもやや大きめの短剣を好んで使うのは、暗殺者か盗賊だったと思うのだけど。


 剣のことはまあ、とりあえず部屋の隅っこにでも置いといて。


 まるで他の色は知らない。とでも言いたげな黒一色の服装に、私はまったく面白みを感じなかった。


 違う色があるとすれば、見えている肌の褐色と、私から見て手前に居る男の青い目と、奥に居る男の茶色の目くらいだ。


 そして、男の一人。この場合は青い目の男と呼ばせてもらうけど、そいつは腰に下げた短剣を鞘から引き抜くと、真っ直ぐに切っ先を私に向ける。


「おい、女……。怪我をしたくないなら、お前の持っているものを寄こせ」


 そう言って、私を威嚇するように殺気立った雰囲気を見せる……けど。


(寄こせって。え? 持ってるのって、モップ? いやいや、もしかして、強盗?)


 私は久々に驚いた。何しろここはお城も目と鼻の先にある王都の中心地、しかもメイン通りに面した店だ。


 夜とは言えまだそこまで遅くもない時間で、まさか店に人が居るところに堂々と押し入るなんて。


 そう思って呆れ半分、驚き半分のまま、私が黙って男たちを見つめていれば、何も返事をせず、しかも私が動かないことに気分を害したのか、青い目の男は一歩足を前に踏み出し、剣の切っ先を私の視線まで持ち上げてみせると、少しだけ口調を強めた。


「聞いてるのかっ。さっさと出せっ」


 いや。出せと言われても、私が持っているものなんて、お金とか、ハンカチとか、家の鍵とか……。


(なんていうか、この人たちって、なんて図々しい強盗だろう。あれ? そもそも強盗だから図々しいのかしら? どちらにしても迷惑極まりない)


 私はそう結論付けると、持っていたモップの先を男たちに向けた。このとき、男たちには聞こえないように、小声で最も簡単な呪文を唱えることも忘れない。


 魔法の中でもわりと簡単に使えて、剣を振るうのに便利な魔法は『強化の魔法』だ。


 強化というのは、つまり物の強度を上げるというだけの魔法だけど、その効果はとても汎用に使えて応用にも優れ、柔らかいバナナで包丁を叩き折る。なんていう芸当も出来てしまったりする。何でも使い方次第ってわけね。


 だけど、私の呟きに気付かなかった男たちは、私の行動に目を見開くと、次の瞬間にはおかしそうに両肩を揺らして笑い出していた。


「くっくっく。おい。そんなもので俺たちに歯向かおうって言うのか?」


 そう言ったのは茶色の目をした男のほうだった。私の構えているモップを指差して、けらけらと楽しそうに笑っているが――。


「今すぐ出て行かないと、痛い思いをすることになるわよ」


 私はそう言って営業スマイルを引っ込めると、冷たく男たちを見つめた。私はいたって大真面目だ。


 長い木の棒の先端部分に、細い布が束ねられた物がくくり付けられている。どこにでもある一般的なモップだ。特別な素材じゃないのは確かだわ。


 普通に考えれば、金属で出来た刃物を押さえられるほど丈夫なものじゃないし、そもそも使い方は掃除をするための道具でしかないのだ。


 そう、普通に考えればね。


「ちょっとお仕置きが必要だな」


 青い目の男はヘラリと笑ったようだった。


 一言呟いた後、青い目の男が短剣を振り上げて、私の持っていたモップの柄を狙い短剣を振り下ろす。


 でも、その適当な斬撃を魔法で強化しているモップの柄で受け止めるのは容易なことだ。


 モップの柄と男の持つ短剣がぶつかると、金属同士がぶつかるような甲高い音を室内に響かせた。


 私にとっては特に驚くようなことではないけど、男たちは自分たちの予想とは違う結果に両目を見開いて驚いて見せる。


 いやいや、そんなに驚くことでもないでしょ?


 だって普通に考えても、木の棒で研ぎ澄まされた鉄の剣を抑えるなんて不可能だし、木の棒で剣を受け止めることができるということは、何らかの魔法がかかっていると思うのが普通じゃない?


 それに普通は、剣を向けられて動揺しない人はいないし、もし動揺しない相手であれば、つまり剣を向けられることに慣れている証拠だと思うんだけど……。


 見た目の怪しさや持っている獲物から、彼らが慣れていると判断したんだけど、もしかして……素人なんだろうか?


 だけどチャンスだ。驚いて動きまで鈍くなった男たちの隙を私は逃したりしない。


 私はすぐさまジェナスさんへと声をかけた。


「ジェナスさんっ!」


「あ、うんっ! すぐ呼んでくるよっ!」


 私の呼び声にジェナスさんは「はっ!」として頷くと、慌てて店の裏口へと回り、外へ飛び出す。


 もちろん、前もってジェナスさんには、何かあったら私を助けようとしないで、警備隊か騎士団を呼んでくれと話は通してある。


 もちろんその話をした時は、ジェナスさんに渋い顔をされたのだけど、私のファミリーネームを出して納得してもらえてしまう辺り、うちの名前って、本当にどこまでも浸透してるんだなぁ。なんて悲しくなったけど。


 そういうわけで、もともと私は剣も魔法も使えるので、何の問題もなく自分の身は守れちゃうから微妙だ。


 こういうときばっかり、両親が面白半分で教えた技術が役立ってしまうことに、私はかなり複雑な気持ちになってしまうけど。


 でも心配なのは、戦うことの出来ないジェナスさんだと言うのは間違いない。私にとっては彼に何かあったらそれこそ一大事だもの。


 まあ、複雑な気分になる実家の話題と、ジェナスさんとのやり取りは一先ず置いといて、私は眼前の敵へと意識を戻した。


 裏口から駆け出したジェナスさんの存在に現実に引き戻された男たちは、互いに目配せをするけど、それは一瞬のことで、次の瞬間には茶色の目の男が、ジェナスさんを追いかけるため、私の横を走り抜けようとする。


 だけど今さらどんな行動をしようとしても遅いし、私が行かせるわけないじゃない。


 私は青い目の男の短剣をモップの柄で強く弾き返すと、私の横を通り抜けようとした男の腹をボールでも打つように、モップの柄で力いっぱい打ち、その反動で男の体はくの字に曲がる。


 そのままモップの柄を振りぬけば、茶色の目の男は、先ほど入ってきた扉のほうまで吹き飛び、いやに大きな音で店の壁に当たって止まった。


 二人組の男は私の行動に両目を見開いて、またもや驚いている。


 私はモップの柄を右手に持つと、床へ立てるようにモップを持ち、左手を腰に添えて男たちを睨んだ。


 折角半分ほど掃除も終わり、あとでズッパイングレーゼを食べようとジェナスさんと話してたのに。


 一体なんの仕打ちなんだ。と、私は誰かを責めずにはいられない気持ちでいっぱいなのよ。



2017/10/29 誤字の修正。

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