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終章

 本日、穏やかな春風に包まれた会場に、あふれんばかりの人が集まっている。


 スフィアーク城の庭園に造られた会場は、白を基調とした清らかさがポイントだ。と、会場を準備した人たちから聞いた。


 確かに、庭園に持ち込まれた八本の石柱も、石柱をつなげるように飾り付けられた長い布も、料理を並べられた大理石の長方形をしたテーブルも、何もかもが白一色で統一されている。


 会場の上座にあたる場所も、白い足場と言う徹底ぶり。おまけに神官まで白い。と言うか、あの人たちは大体白か黒しか着ないか。


 まあこういう日は、その色が何よりも好まれる日ではあるんだけど。


 今日は主役以外の賓客が、白を着ることは許されない大事な日だ。


 巨大な長方形の大理石でできたテーブルには、豪華な料理と味わい深いワインが並ぶ。


 会場に集まる人々は思い思いに料理を堪能しているらしく、口にいれた食事にみんな笑みを浮かべる。


 もちろんこの喜ばしい日に、笑顔を見せない人も少ない。この会場にいたっては、笑顔じゃない人など一人もいない。






「そっちの生クリームとって」


「はい!」


 ジェナスさんの指示に従い、今まで見たこともない大量の生クリームを運ぶ。


 会場の方から聞こえるにぎやかな声に、自然と時間が迫っている焦りを感じてしまう私だが、ジェナスさんは相変わらずマイペースで、嬉しそうに最後のデコレーションを手際よく施していく。


 脚立に腰を下ろし、三段目の外側に、薄いピンクに色付けされたクリームで、見事なバラを再現している。外側に浮き出ているように見える無数のバラと彩る葉に、真珠を模した砂糖菓子をバランスよく貼り付けていく。


「残り時間はどれくらいだっけ?」


 と作業に集中しながらも、時間だけはキッチリ気にしてるジェナスさん。


「あと三十分くらいです」


「うん。順調……あとは、鳥さん取ってくれる」


「はいっ」


 ジェナスさんが言う鳥さんとは、愛を運ぶとされる聖獣、純白のコルナだ。


 その名の通り、全身真っ白な羽に覆われたつがいの聖獣で、人々に愛を届けることを使命にしているらしい。恋人や夫婦の守護神として、多くの人に愛されている。


 銀のトレイに乗ったホワイトチョコと水あめで作られた二羽の聖獣をジェナスさんへと渡し、ジェナスさんがてっぺんに鳥を乗せれば。


「はい、完成!」


 そこには巨大なウエディングケーキが出来上がっていた。


 全長およそ四メートルの、今までに見たことのないウエディングケーキだ。


 大きいケーキ作れますか? と言う私の問いに、できるよ。と笑顔で作ってしまうジェナスさん。この人は絶対に只者じゃないと思う。


「でも、まさか自分が王女様のウエディングケーキを作れるとは思わなかったよ」


 そう言って脚立から降りながら、ジェナスさんが笑う。


「ですよね」


 私もそれをジェナスさんに頼む日が来るとは思わなかったです。


 最後のチェックに私とジェナスさんがケーキの周りをぐるりと一周し終わると、良いタイミングで侍女さんが数名現れる。


「そろそろ運んでも大丈夫ですか?」


 そう言って厨房に入ってくる数名の侍女さんたちに、私とジェナスさんはうなづいて見せる。


 そして、出来合上がった巨大なケーキに見惚れる侍女さんたちに、私もジェナスさんも互いに顔を見合わせて大成功を確信できた。


 あの日、サンドラが私にお礼を考えた。と言ったのは、このことだったのだ。


 お店にもいろいろ迷惑をかけてしまったし、サンドラも個人的に気にしていたらしい。


 そこで、店の修復にかかるお金の保証をしてくれたわけだが、それだけじゃ足りないと、こうして、わざわざ仕事の依頼までしてくれた。


 職人としてかなり名誉なことだと言えるし、私も友達のお祝いに貢献できることがうれしい。


「もう大丈夫ですよ。ただし、細心の注意でお願いしますね。これだけ大きくて重いので、バランスはシビアですから」


 そう言ってジェナスさんがほほ笑めば、侍女さんたちは表情をピシッと引き締めてしっかりうなづいてくれた。うん。本当に、気を付けてくださいね。


 侍女さんたちがこれでもかと言うほど慎重にケーキを厨房から運び出すのを見送りながら、私とジェナスさんはその辺にある椅子に腰かけた。


 いや~。下準備から始まって、今日ケーキが完成するまで三日。せわしなく動き回ってやっと安堵の息が口からこぼれる。大変だったけど、心地よい疲れを感じてちょっと幸せなんだよね。


「いい仕事したなぁ。あんなに大きなケーキ作る機会なんてそうはないからね」


「そうですよね。でもよくあんな微妙なバランスで潰れませんね。ケーキ」


 そう言って、私はあらためてケーキのデザインを思い出す。


 あれは凄いよ。一言で表すならミニチュアの塔だもん。ケーキは三段重ねで、上に行くほど小さいケーキが置かれる形になっているのだけど、それぞれのスポンジケーキの間に、飴で作られた柱が支えとして五本あり、相当の重量があるにもかかわらず、潰れずに形を保っているのだ。


「うん。それは大丈夫。あれキッチリ飴の骨組入ってるんだよ。僕は全部食べられないものは食べ物として認められない。だから、ケーキを支える骨組みまで、全部食べられるもので作ってるし、しっかり計算して組み立ててるんだよ」


 やっぱり徹底してるんだなぁ。なんて感心する私だが。


「でも、そのせいでデザイン的に課題は残しちゃったかもねぇ」


 なんて、ジェナスさんは少々残念そうに苦笑いを見せる。ジェナスさんの考えていたケーキのデザインはもっと違っていたんだろうか?


 侍女さんたちが見惚れてくれて、私もすごく素敵だと思ったけど。


「でもすごく綺麗なケーキでしたよ?」


「うん。ありがとう。でも、もっと上を目指したいでしょ? 今のままで満足しちゃダメだよ。より美味しく美しくを目指せばね。もっと料理はおいしくなる」


 ジェナスさんはそう言うと、料理人らしい明るい顔で笑って見せてくれた。


 だから、やっぱり私の目標であり、ジェナスさんはいつか超えたい壁でもあるのだ。


「はいっ! 私も、もっと頑張って勉強します!」


「うん。適度に息抜きしながらね」


 そんな感じでひとしきりジェナスさんと笑い合った後、ジェナスさんはその場に立ち上がった。


「さて、こんなチャンス滅多にないよ? せっかくの王女様の晴れ舞台なんだから、友達としてもしっかりお祝いしておいで。メリル」


「え? ジェナスさんは行かないんですか?」


「行くよ。だって見たいもん。美少女のウエディングドレス姿」


 満面の笑みで言われた。あはは、ですよねぇ。


「でも、まだ厨房借りたいから、それが終わってからね。だから先に行っておいで」


 そう言って、笑顔で私の背中を軽く押してくれるジェナスさんに感謝しつつ、私はお言葉に甘えて一足先に会場の方へと少々小走りで急いだ。






 あまり目立たないように、ちょっと離れた場所で見よう。と思っていた私に、警備にあたっていた兵士の人や騎士団の人たちが、こぞって人をどこかに追い立てる。


 いったい何の仕打ちですか? と聞く間もなく、私はあれよと言う間に、会場にいるブリトニアさんの元まで追い立てられてしまった。


 場所的には、上座から少し離れた右手脇の方だ。賓客も来れない位置と言う意味では特等席ではあるんだけど、この位置はどう考えても王族の護衛が陣取る位置だろうと思う。


 なぜ私をここに追いやったのか。追いやった全員に小一時間問いただしたい気分になる。が、今日と言うめでたい日に、ぶつぶつ文句を言うのもなぁ。と思って、私は不満の根こそぎのみ込んで、おとなしくブリトニアさんの隣にいることにした。


 華やかな音楽が流れる中、式は順調に進んでいるようで、今日の主役であるサンドラとサウラス王子が純白の衣装に身を包み、上座にあたる場所で主役のためのテーブルと椅子に腰を下ろし幸せそうに微笑んでいる。


 代わる代わるに祝辞を送りに来た人々に何事かを返しながら、お姫様も王子様も完璧に役をこなしているんだから、すごい体力と精神力だと感心してしまう。


 それにしても、本当に今日のサンドラとサウラス王子は完ぺきな美しさだった。


 それは一枚の絵画のようにも見えるし、物語の挿絵にも見えるほど素敵で。


「はぁ」


 思わず幸せなため息が口から洩れてしまう。


「やっぱり、憧れるものか?」


 うっとりとサンドラたちを眺める私に対し、隣にいたブリトニアさんが小さく笑った。


「はい。だって、やっぱり素敵ですもん」


 ブリトニアさんに顔を向けて彼を見上げれば、めまいを覚えるほど素敵な微笑みを浮かべるブリトニアさんと目があい、悲鳴を上げそうになるのを、私はなんとか押しとどめる。


 な、なんだろうか。今日のブリトニアさんはいつもに増して破壊力があるんだけど。


「きっと、メリルのウエディングドレス姿は想像以上に綺麗だろうな」


 なんて、どこか恥ずかしげに言うブリトニアさんに、私の頬が火を噴きそうなほどの熱に焼かれる。


「さ、サンドラほど綺麗にはならないですよっ」


 恥ずかしい。恥ずかしすぎるっ! なにがとはわからないけど、とにかく恥ずかしいっ!


 あまりの恥ずかしさに慌てて顔をそらしてサンドラを見つめるけど、イチゴ顔負けの赤くなった私の顔は、今日の白い会場ではいつも以上に目立つ気がして、余計に恥ずかしさが増す。


「そんなことはない。いつか、君に着てほしいと思っている」


「え?」


(それは、どういう……?)


「いつか見たいな」


「えっと……」


 いつか見たい。って、それって、つまり。


「私が結婚するときのはなしですよね! もちろんベルさんやブリトニアさんを招待しないはずないじゃないですか!」


 ああ、びっくりした。危なく勘違いするところだったっ。恥ずかしいっ。


「あ。いや、それはありがとう。いや、そうじゃなくて(俺のためにぜひ着てほしいというか。むしろ俺の横で着てほしいというか)」


「はい? なんですか?」


 相変わらず後半部分がよく聞き取れないんですが?


 不思議に思って首を横に倒して見せれば。


「なんでもない」


 そう言って笑うブリトニアさんだが、笑顔がどこかすすけてますよ? どうしたんですか?


「相変わらず本命にはへたれなブリトニア君。女性の口説き方を伝授してあげましょうか?」


 と、どこか笑いを含む明るい声に、私とブリトニアさんは顔を向けた。


 いつもの魔導師服ではなく、正装に近い恰好のベルさんが、楽しそうに笑いながら私たちに近づいてきて、私の隣で足を止めた。


「余計なお世話だ。と、いうか。お前、何を持ってきたんだ? それ」


 ブリトニアさんはちょっとだけ眉間にしわを寄せると、ベルさんの手元を顎で指す。


 そう言えば、と私もベルさんの手元を見つめれば、そこには中身の入った透明な寸胴グラスが三つとスプーンが三つ。ベルさんの手にしっかり握られていた。


「メリルなら名前は知ってるでしょう? ここに来る途中で、ジェナスさんに会いましてね。運ぶついでに先に貰ってきたんです」


 そう言うと、ベルさんはスプーンとグラスを私とブリトニアさんにそれぞれ手渡してくれる。


「これは? 見た目が随分と可愛らしいというか」


 グラスを持ち上げて層になっている中身を眺めるブリトニアさん。


 カスタードとクリーム、それにケーキがミルフィーユのように折り重なり、様々なフルーツが宝石の方にキラキラとグラスの中で輝いている。


 しっかりシロップのしみ込んだ中身に、思わずあごのあたりがきゅっとなる痛みを感じた。


 たっぷりのクリームとジェナスさんの手により装飾を施されたグラスの上部は、それだけでも豪華に見える素晴らしく完成度の高いデザートだ。


「これ――ズッパイングレーゼっ!」


 あの日、黒装束の暗殺者に襲われて食べ損ねて以来、次に食べられるのはいつだろうと半ばあきらめていたあれだ。


「そう、それです。メリルはこれが食べたかったんでしょ? ジェナスさんが言ってましたよ」


 そう言って笑うベルさんに、私は思わず感動のあまりベルさんを見上げてしまった。いや、別にこのデザートをベルさんが作ったわけないんだけど。


 ジェナスさんこれを作るために厨房に残ったのだとわかったら……もう。感動するしかないっ! なんて、なんて優しい人なんですかっ!? ジェナスさん!


「そうなのか。よかったなメリル」


 そう言って、にこやかにデザートにスプーンを突っ込み、早速食べ始めるブリトニアさんにうなづき返し、私もさっそく――と思えば。


「ん? ああ、メリル。こっちに投げる気ですよ」


 と言うベルさんの言葉に疑問符が浮かぶ。誰が何を『投げる』って?


 ベルさんがスプーンで指す先を追いかければ、天使のように微笑みを浮かべたサンドラが、今にもブーケを――投げやがったっ!?


 花嫁のブーケは未婚女性に投げる風習がある。愛を運ぶコルナの言い伝えでは、結婚と言う愛をコルナから送られた花嫁は、次に渡さないといけないらしい。


 そして、それを受け取れた未婚女性は、コルナの祝福により、恋人のいない人には新しい恋を、恋人のいる人には結婚を運んでくるとかなんとか。


「え? えっ!? ちょ、まっ!!」


 天高く放り投げられる白百合のブーケ。私の手にはズッパイングレーゼ。


 どちらも取りこぼすわけにはいかないっ! 女の子として!


 盛り上がる会場内に、ひときわ響く女の子たちの黄色い声。


 私がブーケを受け取れたかは、まあまた次の機会に。




 おわり


これにて『夢見る少女と負の遺産』は完結となります。

最後までお読みくださった皆様、お気に入り登録をしてくださった皆様。

本当にありがとうございました。

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