第48話 アイスのついで? 異世界転移、転生の仕組み
闇獣襲撃を防いだ直後。
「せっかく “ ▓▓▓ ” ちゃんと過ごせると思ったのに、どうしてですのぉぉぉおぉぉっ!!」
絶叫するセラシアが、王家の紋章入りの綺羅びやかな馬車でドナドナされて行った。わたしはただ呆然とそれを見送っていた。
あれからひと月——
『ぱわぱわ! ジャムが焦げるにゃっ』
「ぁ……あぁっ! いやーっ、キノちゃん早く教えてぇぇっ」
わたしはと言えば、元の世界へ戻ることも無く未だにルチルのまま、公爵家に出戻っていた。
セラシアは王城に居を移しているものの、好き勝手わがままに過ごせる公爵家暮らしを再開したわたしの現状。コレって実家に戻っただけと言うよりは、悪役離脱計画の振り出しに戻った感じ?
「……やっぱり、まずいわよね」
『ぱわぱわっ!? ジャムが大変なことになってるにゃっ』
「は? え? えぇぇぇっっ!! きゃーっ!」
わたしの悲鳴と、香ばしいを超えてしまった匂いに、公爵家の使用人たちが駆け付けて来た。手早く窓を空けて換気を計り、大きなシーツを手にした二組がバサバサと扇いで換気を促す。念のための、水桶を手にした者も済ました様子で入室し、ミニコンロの様子をチラリと確認した。
慣れすぎて、焦りひとつないタスク作業になっている気がする。ううん、気のせいじゃないわね。
ここひと月、どこか集中力に欠けるわたしは、同じ事を繰り返しているのよね……。
『アイスを取りに行くだけに、悩み過ぎにょ』
呆れ返るキノちゃんは、わたしの頭の上だ。けれど、相変わらずわたしとラファエル以外に毒キノコ姿は見えないらしく、周囲の誰もがキノちゃんに反応することは無い。
『向こうへ一緒に行って、アイスは持ち帰る。ぱわぱわ乙女は置いてくる。そんなことなら、お安い御用にょ?』
「キノちゃんが凄いのは解ってる。出来る出来ないじゃなくて、わたしの気持ちの問題なの。
……ごめんね、ちっとも決められなくて。ジャムアイスをなかなか食べさせてあげられなくて」
キラキラを貯めた精霊は、物や人、果ては魂を持って異世界を渡る事が出来る。けれど、それは何度でもと云うわけじゃない。
前回の精霊による界の移動は、生前のシャレードが一生掛かって振り撒いた、キラキラの素を集めての『たった一度』が限界だった。
——その一度で、向こうの世界に生まれていたわたしたち “ ▓▓▓ ” 家族の魂は、揃ってこの世界へ連れて来られた訳だ。
新たに赤ん坊として生を受ける世界は、無数に存在する世界間でランダムに変化するらしい。にも関わらず、無数にある世界のひとつに目当てのシャレードが、オズと揃っていた事は精霊らにとっても驚く事態だったようだ。
膨大なキラキラを集めた精霊の力でも、生命の移動はあくまでも一度きり。片道切符になるから、『お試しで短期間』なんてことは出来ない。実際に異界移動を経験したらしいキノちゃんはそう言った。
だから、余計に悩んでしまう。
『良いにゃ。代わりのジャムタルトも、ジャムロールケーキも、ジャムクッキーも、ジャムスコーンも美味だったにょ。アイス待ちの利子としては、大満足すぎるにゃ』
そこまで一気に話したキノちゃんの声が途切れ、ふわりと特大毒キノコが振り降りて来た。そのまま目の前に浮遊しながら留まると、わたしの顔を覗き込んでコテンと小首を傾げる。
『アイスが無くとも、キラキラぽんぽこりんで大満足にょ? 礼はこれまでの分で終いでも……』
「それは待ったぁっ! まだっ……、まだ “ ▓▓▓ ” の世界への道は残しておいてほしいのっ」
降って湧いた悪役令嬢世界離脱の機会。希求した平穏な元の世界行きの機会。みすみす捨てるのは惜しすぎるのよ。
“ ▓▓▓ ” の世界では、魔法や精霊も無い代わりに、平穏な暮らしが送れた。ドラマチックな展開も、美麗な隣人たちもいない、普通に苦労することもあるけど、平坦な安寧に包まれる毎日がそこにはあった。
対してルチルの世界では、精霊に誘導された物語通りの「悪役」の立場への矯正力が働いていた。元となった物語の展開離脱に成功した今でも、闇獣や、精霊が存在することに変わりはない。 “ ▓▓▓ ” の世界でも、人知を超えた自然現象はあったけれど、ここではそれにプラスして精霊によるとんでもない事象が引き起こされる。更にはわたし自身にも創造力なんて妙な力が備わっていて――。
つまり内的要因的にも外的要因的にも、平穏に過ごすなんてとてもじゃないけど無理だろう。いや、絶対に不可能よ。
「顔付きで、喋って、浮遊して、異世界転移まで出来る超特大毒キノコが、ほとんどの時間頭の上に居る現状よ。そんなルチルの基本スタイルが、そもそもにおいて普通じゃないもの。平穏要素が見当たらないわ」
『キノは精霊にょ』
どっちでも良い。目の前で、特大キノコ型精霊が、偉そうに柄を反らすなんて、多少の呼称が変わったところで、尋常じゃないのは間違いないんだから。
むにり、と両頬を引っ張ったところで「ルチルちゃんっ!」と、声が響いた。必死な呼び掛けとともに、部屋に飛び込んで来たのはお母様だ。
「またジャムが火を吹いたって聞いたわっ! 怪我はないの!?」
心底不安げに眉尻を下げ、瞳を揺らして駆け寄り、わたしの頭の天辺から爪先まで、触れたり、屈んで目視したりと忙しい動きを見せる。
これも、わたしのジャム焦がしと共に始まった恒例だ。
「もぉっ、ルチルちゃんがやりたい事を止めたくはないけれど、心配で心配でっ……本当に火傷や怪我はないのね?」
大丈夫と伝えるけれど、お母様は尚も気遣う言葉を重ねて来る。
ヒロインにとっては、『意地悪な継母』ポジションではあるけれど、わたしにとっては甘過ぎるくらい溺愛してくれる憎めないお母様なのよ。
お父様だって、仕事人間で無口なのは別に憎むべき要素じゃない。むしろ前世 “ ▓▓▓ ” のお父さんだってそうだった。
この世界の両親だって、妙な役割を与えられてはいたけれど、しっかりルチルを愛して育ててくれている。
「本当に怪我も火傷もありませんわ、お母様。下手に怪我を隠してたりしたら、あの真実を見抜くラファエル様にも怒られちゃいますから」
「そうね! 第二王子殿下はルチルちゃんを大切にしてくださっているものね」
そうなのだ。
今や、この世界でのわたしを取り巻く環境に、しっかりガッチリ執着質に食い込んでいる存在——ラファエル。
この世界から去って『平穏平坦』『悪役離脱』を叶えようとしたわたしに、闇堕ちするほどのショックを受けた人。
彼の強い気持ちに引く部分も勿論ある。……どころか大いにある。けれど、悪役として嫌われるだけの存在だと思っていたルチルに、「面白い」と価値を見出し、いくら引き離そうとしてもひたすらわたしの味方になり、寄り添い続けてくれた人。
惹かれないわけ無いよね?
色んな人への心残りが有りすぎて、平穏な生活に戻る道を選びきれないでいる。
「ルチル? もしかして、また悩んでた?」
ほら、今日もまたこちらの気持ちが揺れたタイミングで、すかさず現れるんだから。




